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リアクション
そんなこんなで、四度ドアが開くことはなく、全員が席に落ち着いた。それぞれに紅茶や珈琲が配られる。ちなみに、ファーシーの席は通路側のお誕生日席だ。彼女のカップの隣には、ぐしゃぐしゃになった手紙があった。
「ファーシーさん、何があったんですか? ラスさんに何を言われたんですか?」
「少し立ち入った事にはなりますが、よかったら、詳しい事情を聞かせてください」
「そうです! 喧嘩はいけませんよ! 喧嘩というのは、本人達では気付けないことから起こったりもするものです。私達で、何かアドバイスが出来るのなら是非!」
「うん……」
ティエリーティアと大地、ルイに促され、ファーシーはぽつぽつと話し出した。最初は、普通に脚の相談をしていた事。他に、もう1つ相談したい事があって、その前の確認のつもりだった。彼女は、その時に話した事をほぼ、同じように繰り返した。
「それまでは、普通に話をしていたの。無愛想だったけど、ちゃんと聞いてくれたし……まあ、わたしが何度か遮っちゃったような気がしないでもないけど。でも、ピノちゃんが戻ってきて、様子がおかしくって……。慌てて追いかけるから付いていこうと思ったら、邪魔だって……」
「邪魔!」
ルイが驚く。
「それで、振り向いて、ルヴィの言ったことに縛られ過ぎてるって……、内容は、みんなあの場にいたから分かるかな……あ、ミニスさんは知らないわよね」
「そうね、何て言われたの?」
「遺言……って言うのかな、ああいうの。『友達を大切に』って。『みんなの気持ちを大切に』って……『幸せをいっぱい分けてやって、分けてもらって――皆で楽しく』って……」
ファーシーは下を向いて、少し涙声で言った。
「とても大切な言葉よ。だけど、わたし、そんな……言われたから皆の役に立ちたいって思ってるわけじゃない。そう、思ってたのに……解らなくなって。わたしの気持ちが解らなくなって。銅板だった頃の方が、利己的だったって。わがまま……だったって。わたし、混乱して……。でも、何故かすごく腹が立って……」
「ふむ。ラス君も、もう少し言動に気を使えるようになると良いのですが……」
「本当に余計なことしか言ってないわね……」
クロセルとブリジットが言い、望がファーシーの方にやや身を乗り出す。
「良いではないですか、利己的だろうと、利他的だろうと、迷惑をかけようと。私なんて迷惑かけまくりですよ?」
「え? ……そんな事……」
「役に立つか否かではなく、迷惑か否かでもなく、私は貴女と一緒にいたいと思ったから、ここに居るのです。
例え……貴女の迷惑になろうとも」
「そんな、迷惑だなんて……!」
身を乗り出そうとするファーシーに、望はにこりと笑いかけた。
「ですから、誰に何と言われようと、貴女は貴女がやりたいと思う事をすれば良いのですよ、ファーシー様」
「…………」
「世界は、良くも悪くも『自分』を中心に回っているのです」
ファーシーは黙って、視線を落とす。
「足がまだ動かないからって、車椅子だからなんて、関係ないよ。ファーシーはファーシーらしく在ればいいんだ」
永太もそう言葉を添える。
「そうですよ。それと、キミは歩くことができれば万事上手くいくと考えているようですが……移動手段が変わっても行動範囲が若干変わる程度ですよ? 歩かなくても、相談に乗ったり、仕事を手伝ったりとできることは沢山あります。本当に他人の役に立ちたいなら、自分にできる事を少しずつ増やしていくべきですよ?」
クロセルもそうアドバイスし、望が言う。
「腹が立ったのでしょう? その気持ちを大切にすればいいんですよ」
「うん……」
そして、束の間の沈黙の後、大地がファーシーに話しかけた。
「ファーシーさん、確かに、ラスさんは冷たいことを言ったかもしれませんが、内容を考えると……それはファーシーさんへの心配から来たもののように思えます」
「心配? わたしを……?」
「そうです。表面上はかなりひどいように思えますが。ラスさん自身、その時は余裕が無かったのでしょう。もともと口が悪い人ですからね」
「……そう……そうなのかな……」
ファーシーは考える。心配、してくれたのかな……。うーん、そう思えば思えなくも無いかな……。でも……、ううん、そうだとしたら……。
大地は続けて、彼女の手元の手紙を示した。
「ところで、先程から気になっていたんですが、その手紙……。もしかして、『もう1つの相談』というのに関わっているんですか? ぐちゃぐちゃになっていますが」
「あ、これ? これはね……。うん。そうよ。この手紙について、相談したかったの」
「一体、何と書いてあるんですか? 差し支えないようでしたら、知りたいのですが」
ファーシーの話を聞いてしゅん、としていたティエリーティアが、慌てたように言う。
「大地さん、そんな、ぶしつけですよ〜」
「もちろん、ファーシーさんが嫌がらなければ、ですよ、ティエルさん」
苦笑する大地に、皆に見えるように、ファーシーは封筒の中身を取り出して、広げて伸ばして、テーブルの中央に置いた。
「これは……」
大地は手紙を見て――
「すごいじゃないですか。ファーシーさん、これが本当なら……」
皆もその内容を確認して、驚いたり顔を輝かせたりと声を上げる。そこには、こう書いてあった。
『拝啓 ファーシー・ラドレクト様
お久しぶりです。アクアです。覚えておいででしょうか。パークスの機晶姫製造所で、良くお話をした、機晶姫です。あれから、あの鏖殺寺院の襲撃から5000年以上が経ちました。やっと、と言うべきでしょうか。それとも、時などは瑣末な問題なのでしょうか。
ファーシーが生きていた事を、ろくりんピックの中継で知りました。脚が動かなくなっている事も。久しぶりに、会ってお話しませんか? 私なら、ファーシーの脚をなおせるかもしれません。
私は今、キマクの隠れ家的所に住んでいます。ぜひ1度、たずねてきてください。
そうそう、ご結婚されたそうですね。記号としてではありますが、私にも名字がつきました。ベリルという名字が。アクアという名前と合わせ、3月……『?』を示すものです。
少々長くなってしまいました。それでは、ご来訪お待ちしております。
アクア・ベリル』
全員がその内容を大体確認し終えた時――
「ファーシー!」
「……ルカルカさん!」
喫茶店に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が入ってくる。彼女は、ファーシーの頭をそっと抱き締め、それから機体の具合を確認するように改めてぎゅっ、とした。安堵したように息を吐く。
「良かった……!」
「ルカルカさん……ごめんね、心配かけて……」
「ううん、ファーシー……悩みがあるんでしょ? ルカにも協力させて」
「うん、うん……ありがとう……」
ルカルカはファーシーから身体を離して言う。
「肉体は魂の器……今回の剣の花嫁の事件、ピノさんの話は聞いたから、今日はルカだけで来たの。ダリルも心配してたけど、彼の安全の為に残ってもらったわ」
「ダリルさん……うん、そうだね。世界樹を案内してもらってから、会ってないもんね……」
「彼の昔をルカは知らない。彼は唯一彼だけって思うし、彼も言わないしね。ファーシー……ラスからカフェでの話は聞いたわ。脚のこと……そのもどかしさも、辛さもわかるわ。だから……なんでも話して」
「うん……今、手紙を皆に見せていたの。これ、読んでくれる?」
ルカルカは手紙を読んで、やはり驚いた。
「ファーシー……脚がなおるの? その、希望が見えたの?」
「それは……まだ、分からないと思う……アクアさんのことは、よく覚えてるわ。製造所の中でも、仲の良かった機晶姫よ。あ、ちなみにパークスっていうのは、あの跡地の名前。久しぶりに会ってみたいし、脚がなおるっていうなら、行ってみたい」
ファーシーは、ただ……、と顔を曇らせる。
「変だと思わない? 5000年前……あの時、みんな……いなくなったのよ。いっぱいいっぱい、埋葬したじゃない。あの結婚式の日に、みんな……消えていったじゃない。それなのに、どうして手紙が出せるの? どうして、今、シャンバラにいるの? 生きていてくれたら嬉しいけど……でも、そんなの……有り得るの? わたしが今、此処にいる。それなら、生きていてもおかしくないかもしれない。だけど……どうしても、躊躇いがあって……。でも、わたしが歩けるようになるまでに、どれだけの時間が掛かるか判らないから……皆に、皆と一緒に居たいから、相談して……意見を聞きたかったの」