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リアクション
ハロウィンの夜
ハロウィンの本番は夜。
トリック・オア・トリート。
明かりのともされたジャコランタンを目印に家々を回るお化けたち。
ラテルの街の人々に協力を説いてくれた生徒たちの力で、そんなハロウィンがラテルに再現されようとしていた。
ミルムの前には包帯ぐるぐる巻きマミーが2体。
「そろそろ出発だな」
背が高くて下半身に服を着ている方のマミー……四条 輪廻(しじょう・りんね)が集まっている子供たちの様子を見ながら呟いた。そしてふと振り向き。
「……おい、今なんでメガネと狸に関係のない仮装してるんだメガネのくせに、って言った奴、表へ出ろ」
「四条さん、いったい誰に喋ってるんですかー?」
もう1体、こちらは全身すべて包帯のみのマミー、アリス・ミゼル(ありす・みぜる)が輪廻の背に声をかける。
「いや、なんか今、誰かにつっこまれたうな気がしてな」
気のせいか、と首を振ると輪廻はカボチャのランタンを持った子供たちに目を戻した。
やや歪なところもあるランタンは、昼間輪廻と一緒に作ったものだ。手に手にランタンを掲げ持ち、期待いっぱいの目をしている子供たちへと向けて、輪廻はタイミングを見てカウントダウン。
「3、2、1」
そしてぱちんと指を鳴らした。
「わあっ」
ランタンの仕掛けが発動し、花火のような光を散らしながらくるくると回る。
同時に、図書館の周りに仕掛けた蝋燭に青白い光が一斉にともった。
「はーっはっはっは、さぁ祭りの始まりだ!」
何事が起きたのかと目を丸くしていた子供たちは、輪廻の声にこれが仕掛けなのだと察して歓声を上げた。
「すごーい!」
「ほんとにお化け出てくるみたい!」
それを
「Happy Halloweeeeeen!」
との言葉で送り出すと、輪廻は満足そうに仕掛けの片づけに入った。
いつもならここらあたりでアリスの怒りの一撃が飛んでくるのだが、今日のアリスの機嫌は悪くない。大きな袋をマミーならぬサンタクロースのように担いで、にこにこしている。
「……文句は言わないのか?」
「えへへー」
かぱっとアリスが開いてみせた袋の中には、黄色いぐしゃぐしゃしたものが詰まっている。どうやら、ランタンの為にくりぬいた中身を全部回収したらしい。
「これだけカボチャの実と種があれば、1週間はいけます! 今週はカボチャ週間ですよ」
子供たちが喜ぶ仕掛けの代償は、脱白飯週間となって輪廻にのしかかるのだった。
夜になってからのイベントというだけで、わくわくが増すのはどうしてだろう。
「ふふふ、お菓子いっぱい〜夢いっぱい〜」
普段は出来るだけ大人っぽくしようと注意している祠堂 朱音(しどう・あかね)も、この時ばかりは他の子と一緒になってはしゃぐ。
だって今日はハロウィン。
騒いで笑ってお菓子をもらって。
そんな風に楽しんで良い日なのだから。
仮装はパートナーとお揃いの魔女スタイル。使い魔の代わり、というのではないけれど、ペットたちも引き連れてきている。ふわもこを連れて歩いたら、みんなも喜んでくれるのではないかと思ったからだ。
朱音がとても楽しそうなので、一緒に回るシルフィーナ・ルクサーヌ(しぃるふぃーな・るくさーぬ)も微笑を誘われる。魔女の格好はイルミンスールでは良く見られるものなので仮装としてはどうかとも思ったのだけれど、ラテルの家を回っての感触は悪くない。
「あんまり離れすぎないようにして下さいね。はぐれてしまいますよ」
興味を引かれた方にふらふらと行ってしまう子供たちに気を払いながら、シルフィーナもハロウィンの雰囲気を楽しんだ。
「懐かしい、ハロウィン……ワタシも昔よくやって遊んだわね」
須藤 香住(すどう・かすみ)はハロウィンの様子を懐かしく眺めはしたけれど、どうやって騒げばいいのかは忘れてしまった。うまく皆にまざれるかと、少し不安に思いながらついて歩く。
パートナーの中で1人だけ魔法使いの格好をしているのはジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)だ。全員お揃いで魔女をやろう、と言われたのを、男の自分が魔女っ娘のコスプレをして誰が見て楽しいのかと、断固として拒んでこの仮装にしたのだ。
「次はこの家だよね。みんないくよ〜。トリック・オア・トリート!」
子供たちと一緒に朱音が扉を開けてお菓子をねだる。
「お化けさんたちいらっしゃい。いたずらはご免だから、このお菓子を持っていってね」
子供たちの訪れを待っていた老婦人が、お菓子がいっぱいに入った籠を見せた。透明な袋でラッピングされた中身は、カボチャ色のパウンドケーキだ。
朱音はさっそくお菓子に手をのばし、幸せそうに取った。
「えへへ、お菓子ありがとー♪ とってもおいしそうだよね〜」
次々に子供たちがお菓子をもらっていく中、物怖じして前に出られない子もいる。
「ほら、一緒にもらいにいこうぜ」
ジェラールはさりげなく、そんな子の背に手を当てると前へと連れて行った。
「トリック・オア・トリート!」
ジェラールが自分から先にそう言って連れてきた子供の顔を見ると、子供は小さな声で真似をする。
「トリック……オア、トリート……」
「はい、お菓子をどうぞ」
老婦人からありがとうとお菓子を受け取ると、子供はにっこりとジェラールを見上げた。
「はい、あなたもどうぞ」
老婦人に籠を差し出され、香住はおそるおそるのようにお菓子を手にする。
「あ、お菓子、ありがとうございます……このケーキ、美味しそう……」
そう言いながら思い出す。
(うん、そうだった。こんなイベントだったよね……)
思い出したハロウィンも今のハロウィンもなんだか楽しくて、香住は淡い笑みを浮かべた。
「あ、っと……そっちじゃないよ」
お菓子を用意している目印となるジャコランタンがない家に走って行こうとする子供に気づいて、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)は慌てて走っていって止めた。
楽しいお祭りにする為には、子供たちが楽しむことはもちろんだけれど、付近の家に迷惑をかけないことも重要だ。その為に夢見は子供たちの列の後ろからついていって、様子を見守っていたのだった。
「あのお家はお菓子くれないの? ケチ?」
男の子は未練がましくぐずる。
「あのね、お祭りに参加しないからってケチとかそういう風に見るのは間違ってるよ」
「どうして?」
不満そうに口をとがらせる男の子の前にしゃがみこんで、夢見は目の高さを合わせた。
「お祭りに参加するかしないかは、そのお家の都合もあるし、考えもあるの。無理にお祭りに巻き込もうっていうのは、迷惑だと思うよ」
説明したけれど、男の子は落ち着きなく身体を揺すっている。
このままだと目を離した隙に、ハロウィンに参加していない家に行ってしまいそうだと見て、夢見はその子を列から連れ出した。
「お菓子をもらえるお祭りは楽しい?」
そう聞いてみると、男の子はすぐにうんと頷いた。
「だよね。だけど、自分の楽しさばかり考えてるのは良くないんじゃないかな」
「うーん……」
今度は良い返事はかえってこない。それに対して夢見は丁寧に説明した。
「お家にはそれぞれ、遊べるときと遊べないときがあるの。きみも、お手伝いしてて忙しいときに、お友達に『遊ぼう』って来られたら困るでしょ? あのお家もお家の用事があるんだから、邪魔しちゃ駄目だよ」
「でも、お菓子たくさん欲しいんだもん」
「他にもたくさんお菓子くれるお家はあるよ。ああ、こんなところでぐずぐずしてるとなくなっちゃうかも知れないなぁ」
夢見に言われ、男の子は焦った顔になる。
「なくなっちゃう?」
「大丈夫、そんなに簡単にはなくならないよ。でも、お祭りに参加していない家でお菓子ないよ、って言われてるよりも、くれるお家をたくさん回った方がいいと思わない?」
「うん!」
「だったらお菓子をくれるお家に行こうよ。ね?」
ようやく納得してくれた男の子を連れて、夢見は他の子供たちを追った。
いつもならとっくに閉館時間となっているのだけれど、今日はミルム主催でハロウィンのイベントをやっている。
館内にも人が残っているし、子供たちがトリック・オア・トリートから戻るのを見届けるまでは、と片づけをしながらもミルムはまだ開館していた。
「おぬしは街は回らぬのかえ?」
書類を抱えているサリチェを見かけ、ファタが声をかけた。
「ええ。おかげさまで今日はたくさんハロウィンを楽しめたわ。ありがとう」
気に入ったのか、サリチェはまだ魔女の衣装を着たままだ。
「最初ハロウィンのことを聞いた時には、子供のための楽しいお祭りかと思ったの。でも、いろいろな歴史とか背景がある行事だったのね。お菓子をあげたりもらったりするのも楽しかったけど、パラミタと同じように地球にも、いろいろな出来事があったり、積み重ねた時間がある、ってことが感じられて面白かったわ」
地球という場所があって、地球から来た人がいて。
知識としては知っているし、地球人との交流もミルムを通じて行われるようになった。ここには地球の絵本もある。
けれど、もう1つ別の世界が存在して、そこでこことは違う生活が営まれているのだということはなかなか実感出来なかった、とサリチェは言った。
「今日、ハロウィンのお話を聞かせてもらって、それが少しだけ感じられるようになった気がするの」
本当にありがとう、と礼を言って、サリチェは書類を自分の仕事部屋に運んでいった。
自由な時間をもらった分も、苦手な事務仕事をがんばらなければ、とサリチェが書類を広げた時、扉がノックされた。
「開いてるから入ってきてちょうだい」
サリチェの呼びかけに応えて入ってきたのは、薔薇の花束を持ったシーツかぶりお化けだった。
「トリック・オア・トリート? 甘いものくれなきゃいたずらするでござる」
その声で誰だか解ったサリチェは、あら、と笑う。
「お菓子なら、もらったものがたくさんあるのよ。よりどりみどりどれでもどうぞ。だけど……いたずらになるくらい驚かされちゃったから、もうお菓子は必要ないかしら?」
びっくりしたわ、と言いながら、サリチェは皆からもらったお菓子を薫に差し出した。
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