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Trick and Treat!

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13.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのはち*思い思いに楽しもう。


 ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)は、人形工房に居るクロエのことが気になっているようだ。
 そう気付いた和原 樹(なぎはら・いつき)は、
「工房に遊びに行ってみようか?」
「いいの?」
「もちろん」
 その時、見計らったように電話が鳴って。
「もしもし。あ、クロエちゃん? ショコラちゃん居るかって? ちょっと待ってね」
 はい、と電話をショコラッテに渡す。
「こんにちは。……そう。……行ってもいいの? ……そう。じゃあ、行くね」
 短いやりとりを終えて、電話を返しながら。
「樹兄さん。人形師さんのところで、ハロウィンパーティを開催するんですって。
 クロエちゃんに、ショコラちゃんも来ない? って誘われたの。
 ……行ってもいい?」
 おずおずと、そう訊いてくる彼女の頭を撫でてやって。
「それじゃ、お菓子を作ったりしなくちゃね」
 樹は優しく微笑んだ。


「ショコラッテは朝から何をしているのだ?」
 キッチンで奮闘するショコラッテに、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は問い掛ける。
「おにぎりを作っているの」
「おにぎり? ハロウィンだぞ?」
「ちゃんとわかってる。だから、こういう形」
 言われて、完成したおにぎりを見てみた。
「なるほど」
 ケチャップライスでハロウィンのカボチャを模した形に成形し、海苔や卵で顔まで作ってある。そのテクニックや発案は、さすがとしか言いようがない。
「……これは、カボチャの顔の魔女か?」
「髪は錦糸卵なの」
「中身が気になるところだな」
 そう言ったところで、オーブンが焼成終了の音を鳴らした。樹がキッチンに入ってくる。
「樹兄さん。上手に焼けてる?」
「ばっちり」
 あっちは何だろうと樹の後ろから覗いてみれば、カボチャの形のシュークリームが出来ていた。
 おにぎりも、お菓子も、しっかりとハロウィン仕様だ。
「樹、樹」
「何だよ」
 ショコラッテがおにぎり作りに戻っている隙に。
「トリック・オア・トリート」
「……あんた、大人げない」
「子供でなければもらえないのはクリスマスだろう?」
「どっちもどっちだよ」
 樹はそうやって言い捨てて、シュー生地にクリームを絞る作業に入ってしまった。
 構ってもらえなくて、少し寂しく思っていたら。
「……ほら、これ」
 樹がシュークリームを渡してきた。
「端っこの焦げたやつだから。味見にでもどーぞ」
 たしかに生地は少し焦げていたけれど。
 きちんとクリームを絞り、粉砂糖まで振りかけてくれているではないか。
「ハッピーハロウィン」
 お決まりの言葉も言ってくれたし。
 フォルクスは満足そうに笑って、シュークリームを食べた。
 ほんのりとカボチャの風味がする、さくさくふわふわの美味しいシュークリームを。


「とりっくおあとりーと」
「とりっくおあとりーとー♪」
 工房のドアを開けて入ってきたショコラッテの言葉に、クロエが楽しそうに復唱した。
 そんなクロエの後ろから、
「はい、どーぞ」
 リンスがお菓子を差し出してきた。手を伸ばして受け取る。
「ハッピーハロウィン」
「リンス、わたしには?」
「クロエには散々あげたでしょ?」
「とりっくおあとりーとなのー!」
「はいはい」
 飴玉一個、ころりと掌に落とす。
 それにクロエは喜んで、ショコラッテの手を繋いだままスキップで工房内を回る。
「みんなにとりっくおあとりーとするのよ!」
「みんなに?」
「おかしいっぱいになるの。うれしいわ」
 想像してみた。
 お菓子に囲まれる私。
 きっと、樹兄さんは「たくさん集めたね」って笑って頭を撫でてくれて、フォル兄は「さすがだな。どれ、我が味見してやろう」と言ってくるだろう。
 樹に、食べさせてくれ、と言って怒られるかもしれない。でも、怒る樹は本当のところ、嬉しいんだ。つまり照れ隠し。たぶん、そういうの。どうしてそんなことをするのか、ショコラッテにはわからないけれど。
「ショコラちゃん?」
「え?」
「かんがえごと? むつかしい?」
「うん。でも、大丈夫」
「そう?」
「答えは出たの。みんなに、とりっくおあとりーと、するわ」
 そして、お菓子をいっぱい持って二人のところに戻って。
 分けて、皆で楽しさを共有するんだ。
 だって今日は、ハッピーハロウィン。


*...***...*


「なんだか……この前入院してから、変わりましたね」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)の言葉に、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は足を止めた。
「……変わった? 私が?」
 どこがだろう?
 どこも、変わっていないと思うのだけれど。
 勇気が出なくて、何もできなくて。
 きっと今頃、なんて考えるくらいしかできなくて。
 ……ほら、別に変わってないじゃない。
「いえ、いい笑顔で笑うようになりました」
「笑顔……」
 そういえば、前よりは笑うようになったかもしれない。
 言われなければ気付かないほど、今まで自然に笑っていた。
「あと。大人っぽくなったんですよ」
「え、そ……そうかな?」
「ええ、でも急にニヤニヤしたり落ち込んだりをするところは直した方がいいと思いますけど。例えば今朝とか」
「う……」
 そう。
 フィリップ・ベレッタを仮装行列に誘う事ができず、ルイーザと二人で人形工房へ行く、と決めたあと。
 ――誘う勇気があれば。
 そう、自分の勇気のなさに落ち込んで。
 もしも誘えていたら、今頃手を握ったり、腕を組んだり、していたかもしれないのに、って。
 告白なんてされちゃったりして……!
 そんな妄想で、ニヤニヤしはじめたり。
 そのあとまた、きっと無理。と思って沈んだり。
 気持ちを伝えて、でも、兄のように自分のところから離れて行ってしまったら……そう考えると、勇気なんて出るわけがなくて。
 ……などの、朝に行った一連の気分の浮き沈みを思い出したフレデリカは、
「……ごめんなさい」
 素直に反省する。と、「そういうところも、変わったところですね」と笑われた。
「でももう考えてないわ。……こんなこと考えて落ち込んでいたら、それこそ彼に怒られてしまうもの」
「ああ、そうだ。彼の話もしすぎですよ。おかげで私まで彼の好きなものとか、全て覚えてしまいました」
 言われて顔が赤くなる。
「そ、そんなにしたかしら?」
 ――してないよね? いつも通りだったよね?
 思いながらの問いだったが、
「あら、例えば昨日――」
「わあ! もういい大丈夫!」
 例を出されかけて、焦って言葉を止める。
「ふふ。……まあ、私にも覚えがあるので、あまり気にしなくてもいいですよ。言っておいてなんですけど、ね」
 そんな会話をしているうちに、工房が目に入った。
 ドアを叩いて、
「ハッピーハロウィン!」
 今日という日を楽しもう!


 丁寧な自己紹介と挨拶を済ませたか、お菓子を頂いてしまって。
 パイを食べながら、フレデリカは工房内を見回す。
 人形が、たくさんある。
 手のひらサイズのぬいぐるみから、ゆる族のような大きなものまで。不気味な日本人形があれば愛らしい西洋人形ともあり、100センチ以上あるビスクドールまであった。
「あ、フィリップ君」
「え!?」
「の、人形ですね、ふふふ」
「……もおー」
 からかわれたりもして。
 赤くなった顔を、ルイーザから離し。リンスの手元を見れば、こんな人形を作ってほしい、との注文書があり。
「ねえ、オーダーメイドもやっているの?」
「やってるよ」
 こんなの、と発注書を一枚渡された。
 人形の大きさや、感じ、色などを記入する欄。
 写真があればそれでも構わないと、但し書きもされていたり。
「……私も頼んでみようかな」
 用紙をもらったし、折角だから。
 でも、どんな人形を頼もう。
 真っ先に思い浮かんだのは、兄の顔とフィリップの顔。まったく同時に、ふたりが思い浮かんだ。
「……、……」
 どちらにするの?
 ……選べない、よ。
 どっちかなんて。
 だって、どっちも大切で、愛しくて、片方を選び片方を切り捨てるなんて。
 思わず月雫石のペンダントを握りしめる。中に、二人の写真が入っているペンダントだ。
「……どうしよう、かな」
 平静を装って出した声は、思いのほか震えていた。
 どうしてここまで動揺するのか、自分でもわからない。
 ルイーザを見ても、押し黙ったままで、アドバイスしてくれないし。
 リンスを見ても、決断を待って黙っていてくれる。
「……私、」
 出せない。
 答えが。
 ルイーザは変わったと言ってくれたけれど。
 大事な所で決断できない、私は結局変わってない。
 発注書を返して、「ごめんなさい」と謝ると、「いいんじゃないの」重さを感じさせない声で言われた。
「焦って決断することはないよ。よく考えることが大切。
 自分はどうしたいのか。一番したいことはなんなのか」
「一番……」
「そ。でも、一番に固執し過ぎてもだめ」
 これはあげる。そう、返した発注書を再び渡されて。
 ――いつ持ってきてもいいよ、って、そういうことかな。
 ちゃんと考えて出した決断なら、って。
 こくん、と素直に頷いて、発注書を無くさないようしまい込んだ。


*...***...*


 ハロウィンの飾りつけがされ、仮装した人で賑わう工房内。
 それを見た神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、
「ハロウィンですか……。もう、秋なんですねえ」
 しみじみと、そう言った。
 風邪が完治しきっておらず、のどの調子が悪く掠れた声で。
 ぽそり、独り言のように言ったのだけど。
「じゃあトリックオアトリート、で来たわけじゃないんだ?」
 聞きつけたリンスが、椅子を勧めながらそう言ってきた。ぺこり、会釈してから椅子に座る。
「そうですねぇ。お菓子は持ってきましたが」
 いつもと同じく、のんびりまったり、工房でお茶でも飲んで他愛もない話をして帰るつもりだった。なので、仮装もしていない。
「えと。お邪魔してまーす」
 その時、翡翠の後ろから榊 花梨(さかき・かりん)が顔を出して挨拶してきた。
「あたしは、ハロウィンって知ってたよ。だから、リンス君! トリック・オア・トリート!」
「チョコレートと飴玉とマシュマロとクッキー。どれがいい?」
「う……、迷う……」
「迷ったならまた別の人にもお菓子をねだりに行けばいい。クロエ、一緒に回って遊んでおいで」
「あそぶの? あそぶわ!」
 リンスが手招いてクロエを呼んで、クロエは人懐っこく花梨に笑顔を見せて手を繋ぎ。
 二人で仲良く、工房内を回りに行った。
「あのお菓子美味しそう!」
「パイ? たべてもいいのよ、みんながつくってくれたの!」
「じゃあ、食べる〜♪」
 そんな幸せそうな声が聞こえてきて、翡翠は微笑む。
 楽しそうなのは、いいことだ。
 みんなが幸せで居るのは、いいことだ。
 はしゃぎすぎても、今日くらいはいいだろうし。
「リンス君も、楽しそうですね」
「そう? いつも通りだけど」
 つん、とした態度でリンスは言う。
 確かに、この今一瞬を見ていればいつも通りなのだけど。
 なんだか、楽しそうに思えたのだ。
 みんなが此処で騒いでいることを、楽しんでいるように思えたのだ。
 だからきっと、そうなのではないかな、と。
 表には、出していないだけで。
「お茶の準備、できましたよ」
 そんなことを考えていると、持参したお菓子をテーブルに並べお茶を淹れていた山南 桂(やまなみ・けい)が声をかけてきた。
 お菓子は、翡翠の手作りだ。パンプキンタルトと、手作りのゼリー。ハロウィンということを忘れていたにも関わらず、かぼちゃを使ったお菓子なのはただの偶然。だけどそれでハロウィンパーティに溶け込めそうだった。
「何、このゼリー。綺麗」
 リンスが驚いたような声で、ゼリーをじっと見つめた。
「二層ゼリーって、こういうこと?」
「二層ゼリーとは、ちょっと違いますねえ。あれは、二種類のゼリーを重ねたものですし。これは、うーん。なんて言うんでしょう」
 考えてみたけれど、わからなかったしまあいいや。
 リンスが興味を持ったゼリーを、彼の前へと置いてやる。
 白いゼリーを下にして、上にはかぼちゃを練り込んだ白玉団子が乗っている。形も凝っていて、かぼちゃに模してみたりして。
「下のゼリーはミルクゼリーですよ。召し上がってください」
「いただきます」
 手を合わせてそう言って、ゼリーを口に運ぶ。
「……美味しい」
 そう言ってもらえるだけで、作り手としては幸せだ。
「主殿」
 なんて、幸せを感じていたところ。
 桂の、わずかに硬い声が聞こえた。
「……はい?」
 嫌な予感を感じつつ振り返る。
 ずい、とマグカップを差し出された。受け取る。湯気の立つ、温かなそれを。
「あまり無理なさらぬよう」
「ええと……これは?」
「まだのどの調子がおかしいでしょう? これを飲んで、治してください」
 カップに鼻を近づけて、匂いを嗅いでみる。
 レモンの香りと生姜の香り。それに甘い蜂蜜の匂い。
「蜂蜜ジンジャーレモンです」
 案の定、その名前が出てきた。
「……え〜と。自分、甘いの駄目なんですけど」
「却下です。これを飲んで、大人しくしていてください。まだ本調子じゃないですから。それとも、ここで倒れて迷惑をかけますか?」
 そう言われたら、従うしかあるまい。
 観念して飲み始めるが、やはり苦手だ。
「甘いものが苦手なのに、甘いものを上手に作れるんだ?」
 揶揄するようなリンスの声に、苦笑い。手元にあったゼリーのカップの中身は、空になっていた。綺麗に食べきってくれたらしい。
「タルトも食べていいですよ? タルト生地から手作りです。フィリングはレーズン入りカボチャクリームです。焼いてからジャムでつや出ししました」
「美味しそうだけど、俺今おなかいっぱい。あとで一緒に食べよう」
「いえ、ですから自分、甘いもの苦手で」
「その時は紅茶を淹れますよ」
 桂が、後ろで笑っていた。
「……苦手、なんですけど?」
 桂とリンスにかかれば、その苦手さえ変わってしまうんじゃないかと。
 苦笑い、苦笑い。