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*機晶姫保護団体発足*
晴れた百合園女学院の中庭では、ニーフェ・アレエ(にーふぇ・あれえ)がララ サーズデイ(らら・さーずでい)から剣の稽古を受けていた。
金の巻き髪が秋風に舞い、白い鎧が煌いて、その動きの軌跡は彼女にドレスをまとわせているかに見えた。
簡素な鎧をまとうニーフェ・アレエは、時折その見事な剣技に見惚れながらも、いわれたとおりの型をこなしていた。
そう。ニーフェ・アレエはまだ実践に近い稽古は難しく、ひたすらララ ザーズデイは剣の型を教えていた。
ルーノ・アレエ(るーの・あれえ)と体つきが違うためか、剣の腕前は恵まれていないニーフェ・アレエは、攻めるどころか、護りもままならない剣の動きだった。
「ファンデブ、アンガンデ、ファンデブ……バランスに気をつけて。実践では、まず敵の利き腕を突く。突剣による攻撃はあらゆる剣技の中で最速だ。リーチの短い君は、スピードに特化するしかない」
「は、はい……っ」
呼吸が乱れ始めると、ララ ザーズデイは一息漏らすと、ニーフェ・アレエの一撃を剣の切っ先で交わす。すると、頬をララ ザーズデイの剣が掠める。そのまま、勢いあまってころん、と転がってしまったニーフェ・アレエの頬には傷がついていた。
「ニーフェさん!」
ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が悲鳴を上げると、すぐさまリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が歩み寄り、ヒールをかける。すぐに治癒されていく傷に、ララ ザーズデイ本人も安堵のため息を漏らす。
「すみません……物覚えが悪くて……」
「頭で理解することと、身体がそれについてくるのとは違う。仕方のないことだ」
「あはは……パソコンみたいに、インストールするだけで出来たらいいんですけどね……」
自嘲気味に笑うニーフェ・アレエの頭を、ぽん、とリリ・スノーウォーカーは叩いた。なでたというよりも叩いたというのが正しいと証明するように、リリ・スノーウォーカーはわずかに怒りを秘めた瞳でニーフェ・アレエを見つめた。
「機晶姫は、生きているのだ。色々言うものもいるが、お前たちは『人間』だ。魂のないものに、ヒールは効かないのだ」
「それに、インプットされただけの動きは、人間に負けてしまう。修練もまた、繰り返すだけのものだけれど、同じことが全くできるのと、繰り返そうとすることは別のことなんだよ」
「……でも」
「ニーフェ、君は上達している。つい先日まで、剣をまともに構えられなかったとは思えないよ。私の動きに着いてきているのだからね」
ララ ザーズデイの言葉にも、ニーフェ・アレエはにこりともしなかった。
普段の彼女なら、心配させまいとにっこりと笑うのだが、今は自分の不甲斐無さを嘆いているのだろうか、睫を伏せたまま座り込んでいる。
「姉さんは……」
ようやく口を開いたニーフェ・アレエは、ララ ザーズデイに問いかけた。その瞳は、とても純粋でまっすぐに向けられた。
「姉さんは、姉さんは、強かったですか?」
「ああ。とても強かった。実際に、何度か手合わせもしたことがある。君が現れる前のことだったが……」
それを聞いて、ニーフェ・アレエは深く深くため息をついた。そして、立ち上がってお尻のほこりをはたいた。
「じゃあ、がんばらなきゃ。私、姉さんを助けに行くのに……姉さんより弱かったら、ダメですよね」
「ダメではないよ。稽古に励み、自分の身を護れるくらいになれば、いずれは人を護れる。君が君自身を護れる分だけ、強いものは戦いに集中できるのだからね」
「はい! がんばります! ララさんたちに、迷惑をかけっぱなしじゃいけませんし……」
その言葉を聞いて、今度はララ ザーズデイが哀しげな表情になった。いつもの彼女らしからぬ表情に、ニーフェ・アレエは目を丸くした。
「え?」
「次の探索では、私たちは君の側にいられないだろう。修練は、今までどおりの型をこなせばいい。今の君なら、一人でもこなせるはずだよ」
「ララさん!?」
「我らは……ニーフェが戦えない相手と戦うことを選択したのだ」
「君の愛する人を傷つけることになるだろう。そうしたら……こうして語らうのは、今日が最後になってしまうだろう」
そういって、少し哀しげな笑みを湛えたまま、ララ ザーズデイとリリ・スノーウォーカーはその場を立ち去った。ユリ・アンジートレイニーは、ニーフェ・アレエの手をとって、優しく微笑む。
「ニーフェさん。大丈夫なのですよ。きっと、きっと、ルーノさんを救えます。もしニーフェさんが信じられないなら、ワタシが信じます。だから、きっと、ルーノさんを救い出してくださいね。お願いです」
「……ユリさん……ララさんや、リリさんは……姉さんと、戦うつもりなんですか?」
「大丈夫、きっとうまくいくのですよ。何もかもうまくいくのです」
そう笑ったユリ・アンジートレイニーに、それ以上問いかけることはできなかった。
だが、その笑顔にニーフェ・アレエは笑いかけた。
「ユリさんが信じてくれるなら……絶対うまくいきますよ!」
「はいです」
それから、一週間。
約束した稽古の時間に、ララ ザーズデイは現れることはなくなってしまったが、ニーフェ・アレエは一人でも言われたとおりの型をこなしていた。
もう一度、姉に逢うため。そして、慕う人を喪わないために。
機晶姫保護団体が流している動画が出回ってから、まだ一週間あまり。
動画に使われている文字が、ルーノ・アレエのものではないと信じたいメンバーの下、可能な限りの調査が行われていた。
『それ』を発見したのは、ある人形師だった。
ルーノ・アレエに関する情報を集めていた茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)とともに、これまでの彼女が関わった事件を改めて洗いざらい調べなおしていた。
とはいっても、ほとんどが既に纏められた文書を基に作られた詳細なデータの集合体だったので、簡単に目を通すだけだった。それだけでは彼女の想いは止められなかった。
友人になったばかりの、機晶姫が攫われた。
人形師として、機晶姫の存在にはもともと興味があったからという理由こそあったものの、茅野瀬 衿栖はルーノ・アレエの浮かべる柔らかな笑顔を忘れることはできなかった。そして、たくさんの仲間に祝福されている光景は、彼女の生い立ちからはとても想像できない幸せな光景だったのだ。
「衿栖、その勢いだとパソコンが壊れてしまうぞ」
ハッと気がついて、茅野瀬 衿栖は自分の指がかなり力強く動いていたことに驚いた。目を丸くする茅野瀬 衿栖の肩に手を置いたレオン・カシミールは、柔らかな低音で声を発した。
「どんなときも、冷静に。お前一人ではない、たくさんの仲間が彼女を探しているんだ」
「うん……そうだけど……これだけ長い間情報が得られないとなると……はぁ、検索してすぐにヒットでもすればいいんだけどね」
冗談めいた発言をしながら「ルーノ・アレエ」と検索を開始すると、妙な動画がヒットした。
それは保護団体の動画そのものと、新しく編集された動画。そして、そこにはルーノ・アレエの姿も映っていたのだ。
同じ頃、海京で榊 朝斗(さかき・あさと)がアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)とともに歩いていたところ、空を駆ける飛空挺から、チラシがばら撒かれていた。
古風なやり方だが、内容はネットにつないだら詳細がわかるようになっていた。
『機晶姫保護団体発足。続きはWEBで!!』
「続きは……って、古いなぁ。一昔前に流行ったやり方だよ、これ」
そう茶化した言葉にも、アイビス・エメラルドは口元を緩ませたりはしなかった。榊 朝斗が手にしたチラシも、道端の石ころを見やるように、まるで興味を示さないようだった。
だが、そんな既に見慣れてしまったパートナーの反応よりも、彼はその文面が気になった。
「機晶姫保護団体……か」
その脇をすり抜けるようにして駆けてきたのは、緑の髪の少女。一瞬パートナーと見間違えてしまったが、その肌の色は小麦色だった。
ぶつかりかけたのを、むこうが避けた為か、その少女は転びそうになった。
「きゃっ!」
「大丈夫!?」
榊 朝斗がそういって手を差し伸べるよりも早く、アイビス・エメラルドが彼女を受け止めたようだった。ほっと胸をなでおろすと、しゃがんで少女に手を差し伸べた。
「ごめんな、気がつかなくって」
「あ、いえ、コチラこそ……ごめんなさい」
手をとって立ち上がった少女……ニーフェ・アレエは、ペコリと頭を下げた。そのあとに駆け込んできたのは、長いツインテールの百合園の女子生徒と、メイド服姿の少女だった。
「ニーフェちゃん、大丈夫?」
「ニーフェ様、あまり駆けては危ないですよ?」
秋月 葵(あきづき・あおい)とイレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)が心配そうにその顔をのぞきこむと、ニーフェ・アレエは心配させまいとにっこりと微笑んだ。
「大丈夫です、コチラの方々が……ええと、私はニーフェ・アレエといいます」
「あ、僕は榊 朝斗だよ。それで、そっちがアイビス・エメラルド」
「朝斗さん、とアイビスさん……ありがとうございました」
「あら、そのチラシ……」
イレーヌ・クルセイドが、榊 朝斗の手にしているチラシを指差すと、ああ、といって差し出した。
「さっき、空から落ちてきたんだよ」
「どの位前ですか!?」
ニーフェ・アレエの必死そうな表情に、榊 朝斗は驚きながらも時計を見やる。
まだ数分と立っていないはずであることを伝えると、三人はまた急いで駆け出していったようだった。
「……なにか、あるのかな」
ふとそんなことを思っていると、携帯がメールを受信した。差出人は、アサノファクトリーの店主からだった。
同じく、空京でもチラシがばら撒かれていた。鬼崎 朔(きざき・さく)はそれを見るなり携帯を開いて、その動画とやらを再生する。
そこに映し出されたのは、先の遺跡で見つかったらしい動画を編集したもの。時々ナレーションが流れ、いかに非道な行いがされていたかということについて延々と語った後、文字が映し出される。
我々は、機晶姫に対する非道且つ不平等な現在の待遇の改善を求める。
機晶姫に対する今まで行われてきた非道な扱いを改善する意のあるものを募集する。
それは機晶姫に限らず、種族を問うものではない。
共に、平等に暮らせる世界を目指したい。
そして最後に、赤いドレスを身にまとうルーノ・アレエの姿があった。
『機晶姫に対する非道な行いを、決して許しはしません。いざとなれば、戦いも辞さない覚悟です』
きっぱりと言い放った彼女の姿を最後に、動画は終了した。スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)は興奮した様子で声を上げた。
「なんだか凄いであります! ルーノさんによく似ているであります!」
「……本人でないと言う、確証は?」
「え? ルーノさんを攫った人の手がかりでありますよ! ルーノさんがこんなひどいことを言うわけないであります!」
「どうしてそう思うんだ?」
「ルーノさんの友達だからであります!」
にっこりそう笑う機晶姫のーパートナーに、鬼崎 朔はわずかに苦笑した。
「温かな心……それをもつ機晶姫だと、自分が言ったんだったな」
「え?」
「いこう。恐らく、対策チームが出来てるだろう」
動画が、ネット上だけではなくテレビで取り上げられるのも、時間の問題だった。可能な限り視聴者を刺激しない程度に編集されたとはいえ、その動画の存在はかなり目の毒だった。
自室でそのニュースを見た赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、大慌てでリビングへと向かった。
実際既に本物の動画でルーノ・アレエの姿を目にしている赤嶺 霜月は、誰かが根回しして彼女の姿が映らないよう働きかけたのだろうと察したが、これでは見たくないものまで目にしてしまうことになる。
浅はかなテレビ局の人間に一発ビンタを食らわしたい気持ちだった。
案の定、家族でありパートナーのアイリス・零式(あいりす・ぜろしき)とメイ・アドネラ(めい・あどねら)はならんでテレビを見ていた。
『機晶姫保護団体発足……』
アナウンサーがそれについて語っているのを耳にするよりも早く、テレビを消したが遅かったようだ。メイ・アドネラは怒りで顔を真っ赤にしていた。
「ひどい……どうしてあんなことが出来るんだ!?」
「……あぁ」
「信じられない! 機晶姫は、おもちゃなんかじゃないんだぞ!?」
激しい怒りを露にするメイ・アドネラをなだめることもしないまま、赤嶺 霜月も静かに怒り続けた。そして、アイリス・零式がようやく口を開いた。
「……どうして……」
「アイリス」
名前を呼んで、赤嶺 霜月はアイリス・零式を抱きしめた。だが、彼女の表情は怒りでも、悲しみもなかった。
「どうして、メイや霜月は怒っているのですか……?」
そう呟いたアイリス・零式に、赤嶺 霜月は驚きを隠せなかった。
アサノファクトリーでは、依頼がないとき、機晶姫たちの部品整理が日課となっていた。
朝野 未沙(あさの・みさ)は動画を見ながら、怒りより虚しさと戦っていた。彼女の後ろで朝野 未羅(あさの・みら)がダンボールに丁寧につめられた部品の山を言われたとおりの場所に並べていた。
時折目が合えば、にっこりと微笑みかけてくる「妹」に、同じくにっこりと微笑みかけた。
そこへ、お茶を持った朝野 未那(あさの・みな)が声をかけた。
「姉さん~未羅ちゃん~お茶にしましょう~」
「うん」
「何を見ていたんですかぁ?」
「ルーノさんの、新しい手がかりだよ」
ほんの少しかげりが見えた姉に、朝野 未那は不安そうに顔をのぞきこんだが、朝野 未沙はすぐににっこりと微笑む。
「大丈夫。二度と繰り返さなければいいんだよ。こんなひどいこと、あたし達が絶対に許さない」
「はい~。そうですわ~」
「未羅もルーノさんやニーフェさんのために、がんばるのっ!」
影野 陽太(かげの・ようた)の留守を守るノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は、以前イシュベルタ・アルザスが借りていた百合園の一室へと訪れた。
そこは彼のために、とずっと確保されているようでその後イシュベルタ・アルザスが改めて拠点とすることになった。
エレアノールはその隣に部屋を用意してもらったという。
その両手には、自分のお気に入りのお菓子と、竪琴が抱えられていた。何とかノックすると、扉が開かれる。そこにいたのは、ニーフェ・アレエだった。
「ニーフェさん?」
「あ、ノーンさん」
「差し入れだよ」
飴やクッキーの甘い香りが、部屋に広がる。その部屋は、何人かがパソコンや死霊を広げて少しばかり緊張した雰囲気が漂っていたが、ノーン・クリスタリアは抱えたお菓子の香りに夢中で気がつかないのか、タタタッと駆け込んでくる。
「また甘ったるいのがきたな」
イシュベルタ・アルザスはため息交じりに皮肉を言った。それを、エレアノールがこつん、と小突いた。
「こら! せっかくの差し入れに失礼よ。ごめんなさいね」
「うーうん。これ、とってもとっても、おいしーんだよ?」
にっこりと笑って、ふわふわのスナック菓子を差し出す。イシュベルタ・アルザスは最初はぷいっと顔をそらしたのだが、ノーン・クリスタリアの満面の笑顔に負けて結局一つ受け取ることになった。
「……ロリコン」
先に訪れていたらしいトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がぽそ、っと呟いた。鋭く睨みつけるが、和やかな雰囲気に呑まれている様では全く格好がつかない。エレアノールも、柔らかく微笑んだ。
「ふふ」
「イシュベルタおにいちゃんは、本当はとってもとっても、いい人なのです」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がにっこり笑った顔で、お茶を差し出す。ノーン・クリスタリアから気に入られたのか、お菓子を差し出され続けているさまは、このような状況でなければ全く持ってほほえましい光景だった。
「それじゃ、私行ってきますね」
「ええ。こっちは進めておくわ」
エレアノールの言葉に、ニーフェ・アレエはゆっくり頷くと部屋を飛び出していった。
「あれ? どこにいったんですか?」
「ルーノがいなくなってから、ずっと稽古してるんだとさ」
ヴァーナー・ヴォネガットの言葉に、トライブ・ロックスターが代わりに答えた。
お茶のお代わりを作る頃には、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が訪れた。
「すみません、遅くなりました」
「いや、こっちこそ連絡が遅くなってすまないな。茅野瀬から連絡が来たときにはもう出回ってたみたいなんだ。一応、ルーノ自身の映像は流れないように根回しがしたが……」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)がぽりぽりと頭をかきながらいう。パソコンのキーボードを軽快に叩きながら、一同に見えるように画面を向けた。
そこに映し出されたのは、件の動画だった。そして、その動画の最後に連絡先が示された。そこに連絡すれば、どこへ行けばその団体に参加できるのかがわかるのだろう。
最近追加されたらしい、ルーノ・アレエの言葉入りの動画も目にして、誰もが怒りを露にした。ニセモノであると思ってはいても、信頼する人の言葉ゆえに、偽りとはいえ重みが増していた。
「ひとまず、この団体への潜入捜査が既に開始されている。直で連絡取るのはまずいだろうから、俺を経由して、皆に行くようにしてある。メンバーのメーリングリストはこれだ」
「はい。ありがとうございます。あとはお願いしますね」
ロザリンド・セリナの言葉に、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が驚いたように声を上げる。
「え? リンちゃん」
「今回は、私も行きたいんです。あの遺跡……全てが始まった、あの場所に。以前の探索で隠し部屋の存在が見つかりました。今回もきっとあるはずです」
「俺が知る限りの情報、全部ロザリンドに渡した。あとは、エレアノール姉さんの記憶次第だな」
エレアノールは優雅にお辞儀をした。その装いは、ドレスの形を損なわないようデザインされた甲冑だった。長いドレスだったが、その手にした剣は装飾も見事だったが、よく使い込まれているというのが見て取れた。
「戦いでは後れを取らぬよう、可能な限り修練していましたが……記憶の混乱で、ご迷惑をおかけすると思います。どうか、よろしくお願いしますね」
「はい……エレアノールさん」
ロザリンド・セリナは、その女性に親友の面影を見つけて拳を握り締めた。そして、決意を口にした。
「ルーノさんを、今度こそ助け出しましょう」
「それじゃ、俺は行くぞ」
イシュベルタ・アルザスはそう言い放つと、窓から飛び出していった。一時たりとも待てないと言いたげな足取りに、ヴァーナー・ヴォネガットは階段を使ってそのあとを追いかけていった。
「もう、あの子ったらどうして行き先も言わないで……」
ため息混じりにそう呟くエレアノールの姿が、姉というよりも母に近かった。そんな様子に苦笑を漏らしながら、閃崎 静麻はパソコンの画面を切り替えた。
「とりあえず、だ。まぁ、連絡は俺によろしくな。既に潜入してる連中からは、まだ音沙汰ない」
「どういうことでしょう?」
「頭と連絡が取れるまでは、控えてもらってるんだ」
「保護団体のトップには、きっとあいつがいるはずだからな」
トライブ・ロックスターが小さく呟いた。その表情は非情な彼のもう一面が現れていた。
飛び出した窓の外で待っていたのは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)と緋山 政敏(ひやま・まさとし)だった。驚くどころか、その顔を見て不快そうにイシュベルタ・アルザスは睨みつけた。
「なんだ、お前ら」
「きっとここにくるだろうと思っていました」
「シスコンのお前のことだ。本当はすぐにでも駆け出したかったんだろう?」
「余計なお世話だ」
フン、と鼻を鳴らして既に用意をしてあった飛空挺を準備し始める。それをみた緋山 政敏がすぐにでも飛べるようにしてあったんじゃないか? と浮かんだ疑問を口にしようとすると、遠くからヴァーナー・ヴォネガットの声がする。
「ま、待ってくださーいっ! イシュベルタおにいちゃーんっ!」
「……アルザス、お前、ロリ」
「違う!」
その掛け合いを眺めて、エメ・シェンノートは苦笑を漏らした。この平和な光景に、唯一つ足りないピースがあることを、彼は知っていた。一呼吸置いて、白い紳士は口を開いた。
「アルディーン……あなたの実のお姉さんのことを、教えてほしいんです」
「……何故だ?」
「オーディオがアルディーンであるとしても、あなたの記憶の中にあるお姉さんとずいぶん執着具合が違う気がするんです」
「……ああ。それは俺も思った」
イシュベルタ・アルザスはそういうと最後に飛空挺へ乗り込み、出発した。
カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)はヴァーナー・ヴォネガットから差し出されたお菓子を口にしながら、談笑していた。。
「記憶を弄られた後、俺だけ記憶障害がないのが不思議だったんだ」
運転をしながら、イシュベルタ・アルザスは独り言のように呟いた。
「エレアノール姉さんはいまだに思い出せない記憶が多くある。それは、さんざん記憶を弄られたせいだと思っていた」
「思っていた?」
「今思えば、あのアルディーンのことを、ほとんど思い出せない……死んだというその事実だけ鮮明で、それ以外は叱られた時、悪戯をされたときのことだけだった……わずかな優しさに触れたという記憶が、まるで一つもない。代わりに、エレアノール姉さんに叱られた記憶が一切ない」
それを聞いて、リーン・リリィーシアが小首をかしげた。
「どういうこと?」
「実の姉と、エレアノールさんの記憶を混ぜられた可能性がある、と?」
「ああ。実際……エレアノール姉さんは怒ると怖い」
実感の篭った一言に、噴出さずにはいられなかった。緋山 政敏は痛みの走る腹を抱えながらも、しっかりとたって問いかけなおす。
「それ、で?」
「……ああ、そして、叱るときのエレアノール姉さんと、記憶の中のアルディーンが一緒だった……あの、記憶装置についても調べなおさなきゃならないんだが……」
「思い込み、その類があったらもしかしたらその記憶を『忘れた』と自覚していないだけ、かもしれないですね」
「この方角は、教導団ですか?」
「あの女にも聞きたいことがあるんでな」
カチュア・ニムロッドの言葉にイシュベルタ・アルザスは飛空挺の速度を上げた。
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