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ぶーとれぐ 愚者の花嫁

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ぶーとれぐ 愚者の花嫁
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第四章 沈黙する令嬢

こういう時はむしろ、わりと単純な技の方が効果があると思うわけだ。 斎藤邦彦(さいとう・くにひこ)(国境の防衛戦)

何でも屋の私だが仕事を選ばないわけではない。
では、何でも屋というのは嘘偽りかと問われれば、そうでもないと答える。
今回の依頼にしても最初は断った。

「斎藤さん。
あなたは、難度の高い護衛、要人警護等を得意としており、依頼は必ず達成させるのを信条としているそうですな。
その左腕もティセラとの戦いで失ったとききました。
失礼だが、仕事を依頼するにあたって、あなたの身辺は一応、調査させていただきましてね。
なんでも、あの、ノーマン・ゲインがらみの事件では、日本からきた少年探偵を警護されたとか。
我が方の依頼は、あなたの経歴からしても、ふさわしいものだと思うのですが、なにが不満なのです。
報酬ですか。
相場の三倍を提示させていただいているのに、それでは足りぬと」

ちなみに私の名前は、斎藤邦彦だ。
多くの場合、だいたい斎藤さん、と呼ばれる。
平凡ですまないな。
私に断られた依頼人の言い分はもっともだった。
彼が残念そうな顔で席を立ち、出入り口のドアノブに手をかけたところで、私は彼の言葉の正しさをようやく理解した。

「待て。
あなたが言ったように私は、警備、護衛を専門? としている。
だから、結婚阻止や人も恋愛に口を挟むなど、お門違いもいいところだ。
ただテレーズ嬢の身辺警護をする。
それだけの仕事なら引き受けましょう。
あなたたち一族にとって、彼女の結婚を阻止するのと、彼女の命を守るのと、どちらが大事なのか、お話をきいていると、わからなくなるんですがね」

依頼人は私と契約し、私はパートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)とマジェスティックにきた。
基本、護衛や警護は表舞台にあがる仕事じゃない。
黒子よりもさらに目立たない、スプリンクラーや防災報知器並みの裏方仕事だ。
現在、私とネルは二人で交代体制を組み、本人には知られないようにテレーズ嬢を二十四時間警護している。

「邦彦。
ネルよ。
時間だ。
交代しよう」

ネルから連絡がきた。
この仕事の間は、へたをしたらまともに人と話すのは、パートナーとの連絡時だけかもしれないな。
しかし、無口な人間が心の中まで無口とは限らない。
現に私はこうして一人、胸のうちでいろいろつぶやいている。

「ネル。
プランBだ。
いまから二人で彼女を警護する。
今日の彼女の行動はおかしい。
重役をつとめる各企業を分刻みのスケジュールでまわり精力的に仕事をこなしているのは、いつもと同じだが、いまは自分で車のハンドルを握っている。
運転手は、さっき車をおりた。
おそらく、彼女の命令だろう。
乱暴というかムチャなドライブだ。
普段、彼女についているガードマンたちを巻きたいようだな。
私は、エアカーで彼女の車を追っている。
ネルは、私の場所を確認してこちらに合流してくれ」

「了解」

だが、ネルと合流する前に、私は車を降りた。
テレーズが車を捨て、街へと駆けだしたのだ。

「ネル。
テレーズは車をおりて雑踏を走っている。
彼女に発見されないように伴走して、もし危険があるようなら、彼女の身柄を確保する」

髪をほどき、ブロンドをなびかせた高級ビジネススーツのテレーズに続き、黒スーツの彼女のガードマンたち、そして、私が、再現された十九世紀のロンドンを走る。
いつ靴を脱いだのか、先頭を走る彼女はなんと裸足だ。ハハハ。
ガソリンで走るクラッシックカー風にデザインされたエアカー、馬車、ロンドン市民になりきっているシャンバラ人たち、道路にたちこめる蒸気、それらの間をぬぐいながら、テレーズたちを追っていたのだが。
彼女の姿が、消えた。
見失ったのは、私だけではない。
私の十数メートル手前にいるガードマンたちも右往左往している。
警護対象の消失。
私は、一番してはいけないミスをしてしまったのか?

「邦彦。
地下だ。
テレーズは、遺跡浮上でできた割れ目に飛び込んだ。
落ちたか。逃げこんだか」

イヤホンからネルの声が響く。

「地下だと。
危険すぎる。
どこだ。どこにいる」

ネルからは返事はない。
私はネルの居場所をGPSで確認する。
ディスプレイ上は、ネルは私の目の前にいると表示された。が、姿はない。
ネルは、私の足元、地下にいるのだ。

「邦彦。
聞こえる?」

「ネル。
大丈夫か。
私は、おまえの頭の上、真上にいるはずだ」

「そんなことより、テレーズの身柄を確保した。
足をケガをしている。
飛び降りた時の衝撃ね。
彼女は、意識を失っている。十メートル近いダイブだもの。
彼女を抱えて地上に戻る。
ここにはなにもない、と思う。
たぶん、これは、事故だ。逃走中の」

「了解した」

まだテレーズの姿を求め周囲を見回している黒スーツたちに、私は近づいていく。
数日ぶりにネル以外と、会話をする理由ができたようだ。



マリー、訂正だ…。世の中には忘れていたほうが良い記憶もある…。
だから、無理はしないほうが良い…辛かったら言うんだぜ? 春夏秋冬真都里(さよなら貴方の木陰)


捨てる神あれば拾う神あり、なんだぜ。
俺は、マジェスティックの切り裂き魔事件に巻き込まれて、つらいめにあったらしんだけど、そんな過去、全部忘れちまったんだぜ。
スコットランドヤードから半裸で蹴りだされた俺を拾ってくれたパパ、ルドルフ・グルジエフ神父に、俺はこれから一生ついてくんだぜ。
パパは、全身いたるところあった俺のケガ、切り傷、擦り傷、火傷、打撲が治るまで、毎日、俺の体をタオルでふいて、薬を塗ったり、湿布をはったりしてくれたんだぜ。
全身の筋肉をくまなくほぐすマッサージもしてくるんだぜ。
俺もお礼としてパパの肩や足をもんでやるんだぜ。
真都里は耳掃除がうまいですね、って誉められてすごくうれしかったんだぜ。

「ルドルフ神父、いや、あんたは俺の信仰の父だから、パパって呼んでいいか」

「どうぞ。
かまいませんよ。
あなたのような子を持てて私は幸せです」

「パパ。
俺は、信仰にすべてを捧ぐあんたの生き方に共感するぜ。
俺も姉っていう女族の一員にずっと苦しめられた生きてきたから、あんたの気持ちはよくわかる。
あんたはきっと俺の姉みたいな連中に囲まれて育ったんだろ。
俺だっていまでも姉以外のすべての人に幸福になって欲しいと思ってるからな。
パパはなんにも間違ってないんだぜ」

「フフフ。息子よ。
きみは心身ともに深い傷を負った姿で私のもとにあらわれた。
いたいだけこの教会にいてください。
もし、あなたが旅立つ日がきても私はそれをとめはしません。
ただ、それまでは、仲良くしましょう」

「当たり前だぜ。
俺たちは年の近い仲良し親子なんだぜ。
パパ。今度、風呂で背中を流させてくれ。
俺は尊敬する親父と風呂に入りたいんだぜ」

「真都里は、お父さん子ですね」

今日、俺はパパとテレーズに会いに行くんだぜ。
名家のバカ娘のテレーズが、アンベール男爵と結婚して親族のみんなに迷惑をかけるのをとめに行くんだぜ。
パパと俺の他にも、パパの考えに共感した影月銀(かげつき・しろがね)ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)清泉北都(いずみ・ほくと)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が一緒なんだぜ。
みんなでテレーズを正気に戻すんだぜ。

「パパ。
実は俺、作戦があるんだ。
俺の作戦をきいて欲しいんだぜ」

「かわいい真都里。
今日はどんな愉快なことを思いついたのですか」

「いままで言わなかったけど、俺は演技が得意なんだぜ。
俺の演技力でテレーズをメロメロにして、男爵との仲を引き裂いてやるんだぜ。
それが、テレーズ自身にも、男爵にも一番いいと思うんだぜ」

俺の提案にパパは、すっぱいものでも食べたような顔をしたんだぜ。
金髪のオールバックで、前髪をニ、三本、額に垂らした、知的で端正なマスクのパパには、似合わない表情だぜ。

「あなたをそんな危険なめに合わせるなんて、私には耐えられないかもしれません。
今日は、あなたを連れていかない方がいいかもしれない。
いまからでも教会へ戻って、セバスチャンが仕事をさぼらないように見張りでもしていますか?
私はあなたに色欲に乱れた女妖と話して欲しくありません」

パパは金縁の鼻眼鏡をいじりながら、話してくれたんたぜ。

「ごめんよ。パパ。
俺は、でも、パパの役に立ちたいんだぜ。
すべては演技なんだ。
俺の役者ぶりを安心してみてて欲しいんだぜ。
俺は、役者として、大監督のかわい次郎兄貴の映画にも出演したことがあるんだぜ」

「あなたがそこまで言うのなら、とめはしませんが。
心配ですね」

パパの眉間に深い皺が刻まれたんだぜ。
申しわけないんだぜ。
親族がとりはからってくれたとかで、テレーズの屋敷に行くと俺たちはすぐに、彼女と面会できたんだぜ。
彼女は、車椅子に乗っていたんだぜ。
今日、事故にあったらしいんだぜ。
入院した方がいい大ケガらしいけど、本人の希望で家に戻ってきたって、メイドさんが説明してくれたんだぜ。
テレーズ自身は、あいさつもせずに、人形みたいに感情のない冷たい目で、黙って俺たちを見ているんだぜ。

「俺から行くぜ!」

俺は先頭を買ってでたたんだぜ。
薄茶色の地味なドレスを着て、行儀よく車椅子に座っているテレーズの前に、俺は膝まづいたんだぜ。

「なあ、テレーズ。
人生はいつだって突然なんだぜ。
ありふれた日常に奇跡を、そう、テレーズと言う名の美の奇跡を紛れさせるのだから」

準備してきた出会いのセリフに反応は、なかったんだぜ。
俺は、あきらめずに続きにいくんだぜ。

「俺とテレーズの出会いとかけて、俺とテレーズの小指と解く。
その心は。
見えないいと(意図・糸)がある。
そう、いつだって大切なことは見えないんだぜ!」

俺は最高の笑顔でテレーズに小指を立ててみせたんだぜ。
ぶるっ。
テレーズから俺の方へ、冬山の風が吹いてきた気がして震えちまったんだぜ。

「もういい。
さがりなさい。
あなたの真心は、テレーズ嬢には、届かなかったようです」

背後からパパに優しい声をかけられても、俺はまだあきらめないんだぜ。
俺はいま髪型がソフトパンクだから、ワイルドっぽくみえて、お嬢様のテレーズには受けが悪いかもしれないんだぜ。
こんな状況は打破するために、俺は、小道具を用意してきたんだぜ。
教会から持ってきたナイフを自分の喉元に突きつけて、俺の本気をみせるんだぜ。

「うおおおおお」

なりふりかまわなさをアピールするために叫んだんだぜ。

「俺は、俺は」

ポケットからナイフをだしたんだぜ。
「真都里!
落ち着きなさい」

パパが叫んでるんだぜ。
これは演技なんだぜ。
心配御無用なんだぜ。
俺はナイフの柄を両手で握りしめて、

「ぐおおっつ」

いきなり吹っ飛ばされたんだぜ。
腹が痛い。
撃たれた?
テレーズは、相変らず平然と、座ってるんだぜ。
俺は、隠れてテレーズを守ってる護衛に、撃たれた、かもなんだぜ。
立てない、体の力が、入らないんだぜ。
意識が、パパ、だんだん、白く、光が、だぜ。
だぜ。



大切な女がいた。
俺は吸血鬼の貴族で、彼女はシャンバラ人の血筋。後で知ったが、結構な身分の令嬢だったらしい。
けれど種族も年齢も血筋も関係なく、ただ彼女は俺自身を、俺は彼女自身を愛した。

どうして別れなければならなかったの?

本人たちが振り切ったつもりだったお家のゴタゴタってやつは、そう簡単には切り離せなかったってことさ。
知らぬところで膨れ上がったお家同士の疑心暗鬼が彼女を殺した。
……今でも覚えてる。
ホントにあっけなく、一発の銃声が彼女を永遠に連れ去ってしまった。
・・・・・・お前もさ、早く大切なものに気づけよ。

……?

お前の大切なものは、もうお前の傍にあるよ。
気づいた時には失ってたんじゃ遅いんだぜ?…………なんて、人生の先輩からの助言。なんつってな。 清泉北都&ソーマ・アルジェント(チェシャネコの葬儀屋 〜大切なものをなくした方へ〜)


「いまのは、なんだったの?」

ルディさんにきいても、苦い顔で首を傾げるだけでこたえてくれなかったんだよね。
テレーズさんに相手にされなかった真都里くんが逆上し、彼女を刺そうとして、護衛の人に射殺された? で正解なのかな。
あ、ごめん。
死んではないよね。
光学迷彩で姿を隠していたらしいガードマンっぽい人たちがでてきて、真都里くんの背中を乱暴に叩いたら、彼は蘇生した。
でも、まだ、ぼんやりしてて、そのまま別室に連れてかれちゃったよ。

「真都里のやつ、なに考えてんだ。
おい北都、これから説得するっていうのに、すごい前フリになっちまったな」

「ねえ。これもルディさんの作戦じゃないよね」

「北都。
ソーマ。
すまない。
真都里には私が後でよく言ってきかせるので、許してやって欲しい。
彼は、素直すぎる性格の子なのです」

「素直とか、違う気がするけど」

「暴走野郎の真都里は放っておいて、俺たちがいこうぜ。
テレーズはいまの騒動の間も、ずっと無表情でそれを眺めてた。
相当な難敵だな」

ソーマが言うように、テレーズさん、この部屋にきてから、まだ一度もまばたきをしてない気がするよ。
僕、清泉北都はつい先日、メロン・ブラック博士の陰謀に巻き込まれて、このマジェスティックにやってきたんだ。
その時、僕らがさせられたのは、戦争の真似事というか破壊活動で、僕としては、この街に申し訳ない気持ちがあるんだよね。
だから、パートナーのソーマ・アルジェントとまたこの街にきて、今度は人助けをしたいと思ったわけ。
神父のルディさん(ルドルフさんだと薔薇の学舎の先輩とかぶるんで、愛称で呼ばせてもらってるんだ)たちと、テレーズさんの説得にきたんだけど、いまの彼女をみてると、自信がなくなるよ。
ルディさんが励ます感じで僕の肩に手を置いた。

「真都里はあんなふうになってしまったが、真の愛を知っている私やきみらのような若者なら、彼女の歪んだ心を治せると私は信じています」

「おまえもたいがいに歪んでいる気がするけどな」

すごく親切に対応してもらってて、こんなこと言うのもなんだけど、実は、僕もソーマと同意見だよ。

「きみらの誤解を受けるのは、テレーズ嬢の無理解よりも、私には悲しい」

はあ。そうですか。
ルディさんと僕、ソーマはテレーズさんの前へ行った。
彼女は美人、だね。
一目見てそう思ったけど、側で見てあらためて確認した感じ。
鼻が高くて、目が大きくて、肌はきめが細かくて、僕は単純に第一印象で、彼女ならもてるだろうな、って感じた。
例え、名家の令嬢じゃなくてもね。
そういうモデル、女優級の美人さんに黙ってただ見つめ続けられると、なんだか怖くなってくる。
ここまできたからには、言うべきことを言わないと。
ルディさんがヘンなことを言う前に。

「こんにちは。テレーズさん。
僕は、薔薇の学舎の清泉北都。
彼は僕のパートナーのソーマ・アルジェント。
そして、その黒衣の方が神父のルドルフ・グルジエフさん。
僕らはあなたに話があってここにきました。
少しの間でいいから、僕らの話を聞いてください」

僕のあいさつに、やっぱり彼女は無反応。
「本題に入る前に、私は、まず、あなたがなぜ、いまの北都の言葉を無視したのか、その意味を問いたいのですが、よろしいですか。
死刑間際の人間さえ神に救いを求めるように、あなたは、ここでこれまでのすべてを悔い改めなければいけません。いまのこの態度があなたという人間のすべてをあらわしていると私は考え、んぐ」

急にすごい勢いでまくしたてた、ルディさんの口をソーマがふさいだ。

「テレーズ。
俺たちの言葉は、おまえの心には届かないかもしれねぇ。
でもな、ルディも、その言葉がおまえの役に立つと思って言ってるんだ。それだけでもわかれよ」

ソーマ。ナイスフォローだ。
予想通りルディさんは、説得は苦手そうだから僕が話すしかないね。
ほんとに少しでも気持ちが伝わればいいけど。

「余計なことかもしれないけど、僕はあなたとアンベール男爵の結婚の話を聞いてね、調べてみたんだ。
男爵が不幸にしてきた人たちを。
あなたはおそらく知ってるよね。
男爵と結婚または婚約した女性たちは、多くの場合、その当人もだけど、彼女たちの家族が不幸に見舞われてるって事実を」

僕は、男爵について調べた時に、これを知ってゾッとしたんだ。
一家離散。
難病。
破産。
心中。
男爵と関わった一族は不幸になる。
彼には、青髭より、死神、疫病神がふさわしいと思う。

「本人たちはともかく、いままでお世話になったあなたの周囲にいる人たちが不幸になるって言うんだよ?
 それでいいのかな。
僕だったら、そういう行動はとれないな。
僕は家族に愛されずに育ったんだけど、それでも僕がここに存在できてるのは家族がいるおかげだし、家族が不幸になるかもしれないってわかってて、それはできないよ。
恋は盲目って言うよね。
あれはね、実際、恋愛している時は脳が、相手の都合の悪い部分を見せないようにしてるんだって。
だから、残酷かもしれないけど、あなたは錯覚してるんだよ。
彼を理解できるのは私だけ、とか、彼は私を必要としているとか。
考えてみてよ。
彼がいままで何人の人と付き合ってきたかを。
結婚は、婚約は、何人としたの? 
その人たちすべてに、あなたに言ったのと同じ言葉を言ってるんじゃないのかな」

僕は、自分でも言いすぎたと思う。
けど、ウソは言ってない。

「いまの北都の話をきいて、あんたがなんにも感じてないとは思いたくないけどな。
俺からもちょっとばかし、言わせてもらうぜ。
俺は、あんたの気持ちはわかる気もするんだ。
男爵と手に手を取って、逃げだしたい気分かもしれねぇな。
そんな気分の時に人の話なんて聞く耳は持たない、それはそうだ。
でもな、過去に結婚婚約したすべての相手が資産家の娘って時点で怪しいだろ。しかも不幸になるのはいつも相手とその家族で、アンベールの方はなんの痛手も受けてない。
はたから見てると、しゃぶりつくし、吸いつくした抜け殻を捨てた。
そう見える。
俺の話は、間違ってるか? 
悪意があるか?
ためしに今度、男爵と会う時に、「一族の事業が失敗して膨大な借金が…」とか言ってみたらどうだ?
連帯保証人になってもらうお願いをするのもいいな。
本当に愛しているなら、手を差し伸べてくれるはずだろう。
もし態度を変えたら、それであんたと距離を置くようなら言うまでもないよな」

僕とソーマの話がすんだら、彼女は口を開いた。
表情に変化はない。
かたい声で。

「私は、いまつらい仕事をしています」

「あなたは、彼らの気持ちのこもった話を聞くのが、つらい仕事だというのですか!」

「ルディさん。
いいよ。テレーズさんが、話を聞いていてくれたのは、わかったから」

 再びテレーズさんに怒鳴りかかったルディさんを、僕はとめる。
 聞いてくれたなら、あとは本人次第だろうし。

「きみは優しい人だね。北都」

「おい。
俺のパートナーに甘い声だすんじゃねえよ。神父」

ルディさん。
そのうち、ソーマに殴られそうだよね。それでもいいかな。



一方的に相手を悪だと決めつけて駆逐するのが、正義なのか?
目を開けて世界を見ろ。正義も悪も結局は自分で決めるものだろう。
法や常識は、人の決めたルールであって、それが絶対の正義とは限らないさ。 影月銀


真都里。
ルディ。
北都。
ソーマ。
さっきからテレーズに話しかけてるのは、男の人ばっかりだから、彼女もよけいに気が許せないんじゃないかな。
女の私や銀が話せば少しは違うかも。
銀は女だけど男前だから、ルディには男だと思われてるけどね。

「ねえ。テレーズ。私、ミシェル・ジェレシード。
あなたと同じ女の子だよ。
私とパートナーの影月銀は、たまたまマジェに遊びにきてたんだけど、ルディからあなたの話を聞いてね、心配になったんだ」

私は、テレーズの目を見つめて話した。
「私、不思議に思うんだ。
男爵がホントに優しい人なら、恋人のあなたが不幸になるかもしれないのに、結婚しようとはしないはずじゃない。だって男爵と結婚した人にはよくないことが起こるんでしょう?
彼はあなた大切に思ってくれてるのかな。
それとも自分中心に物を考える身勝手な人なの」

テレーズは返事をしない。
薄っすらとまくのかかったような虚ろな緑の瞳。
結ばれた薄い唇。
つらそうな顔も、怒った顔もしていないけれど、私はその整いすぎていて人形みたいな感じさえする顔を眺めている間に、彼女が、一生懸命そうしている気がしてきた。
私たちの言葉を無視して、まるで心がないようなフリをして。
つらい仕事をしています、って言ったよね。
つらい仕事って、なに?

「あなた、なにか理由があって、つらい仕事をしているの」

「我々、全員の誠意を踏みにじるテレーズ嬢の態度はまったくどうかと思いますが、彼女の沈黙にありもしない意味を求めてはいけません。
ミシェルズ、それこそ彼女の仕事、女たちが得意とする、思わせぶりな態度で他人の興味を自分にひきつけるルーティンワークに、まんまとのせられていることになるのですよ。
中身が空虚なものほど、自分を大きくみせる術にたけているのです」

「ルディ。
あなたこそ、いい加減なこと言わないで! 
それに私の名前は、ミシェル。ミシェルズではありません。何度、注意してもわざと男名前で呼ぶイヤがらせはやめてください」

私は真剣にテレーズとむかいあってるのに、ルディがいちゃもんをつけてきたの。
この人、女の子がからむと口からでるのは、難クセといちゃもんばっかり。
頭にきちゃう。
軽蔑している女族の一員に怒られても、全然、平気なのか、私ににらまれてもルディは顔色一つ変えません。

「俺のパートナーと揉めるために、ここにきたのではないだろ。
神父。
ミシェルの邪魔をするなよ」

銀が私の隣にきてくれた。
私には優しいけど、他の人にはクールで個人主義者の銀は、別にここへくる気はなかったのに、私のために一緒にきてくれたんだよ。

「ああ、銀二。
きみの気分を損ねたならすまない。
私は、ミシェルズにアドバイスを与えていたんだ」

さっきのどこがアドバイス?
ルディは、外見がほとんど少年の銀には、親切でいい神父さんになるの。
銀が女だって言っても、信用してないのか、信じたくないっていうのか、銀二って呼んでやたら親しげなんだよね。銀はすごく迷惑そう。

「俺は銀だ。
影月銀。
まだおぼえてもらえないのか」

「ははは。銀二はきみの愛称だよ。
きみも私をルディと呼んでいいんだよ」

「カンベンしてくれ。神父。
あれもおまえの関係者か」

うんざりした顔で、銀はドアの方を指さす。
メイドさんに案内されて入ってきたのは、中年のおじさん?
ごくごく普通の髪が薄く、下腹のでている男の人が一人。
ルデイがそっちへ行ってしまうと、銀はテレーズにささやくように話かけた。

「清泉やアルジェント、ミシェルの話に俺が加えるべき言葉はあまりない。
男爵は女たちの弱味を収集する輩らしいな。おまえも男爵に弱味を握られているのか」

冷たい声で言い終えると、銀はテレーズの手にそっとなにかを握らせた。
銀、それは。

「危険な相手の懐に飛び込むなら、自分の身を守る手段を持て。
女ならなおさらな」

「そんなの渡したら、危ないよ」

私はテレーズの手からそれを取り上げようとしたんだけど、

「うああああ。神父様。お助けください。
私は、あの男爵にもてあそばれ、すべてを失った男です。
どうぞ、神のお恵みを」

突然の叫び声に注意を奪われて、ルディとおじさんの方をみちゃって。
おじさんは大声で泣きながら、かがんで、ルディの足にしがみついてる。

マジェスティックの名家の御曹司だったおじさんは、アンベルール男爵に誘惑され、彼の愛人! になったあげく散々、利用されて捨てられたんだって。
男爵の策略によって彼の家は没落し、彼はいまでは街角に立つ街娼にまで身をおとしてしまった。
いつ死ぬかだけを考えて日々をすごしていたおじさんは、テレーズと男爵の婚約の話を聞いて、かっての自分と同じあやまちを遠い(すっごく)親戚のテレーズには、踏ませたくないと、恥を承知でこの屋敷にやってきて。
涙ながらのおじさんの身の上話にも、テレーズは反応しなかったわ。

「このおっさんが愛人だったってことは、男爵は守備範囲が広いんだな」

北都のパートナーのソーマはヘンなとこに感心してる。

「やつは自分で経営してる男娼館があって、そこにちょくちょく遊びにくる、と。
もともとそっちの趣味のあったおっさんは、その店で男爵に目をかけられたわけだ。
ふむ。ふむ。よし。わかった。
これは、使えるんじゃねぇか」

「なにが使えるの」

「いいか、北都。
俺の過去の経験からいって遊び人は、例え、恋人や婚約者、妻がいてもだな、なかなか、長年の悪い習慣はやめられねぇんだよ。
まして、男爵のような本気の恋をしてなさそうなやつは、いつまで経っても、だろうぜ」

「僕にわかるように説明してよ。
テレーズさんには悪いけど、男爵が遊び人なのは、誰でも知ってるさ」

私も北都と一緒に首を傾げた。
なんなんだろ。
ソーマは一人でニタニタしてる。

「俺と北都がそこで働いたら、男爵は、とりあえず俺たちに手エのばしてくんじゃねぇの。
そんなあいつの姿をみても、テレーズはそうして黙ってられるのか」

「ソーマは、僕に男娼になれ、と」
「違うぜ。
フリだけだ。
男爵とお近づきになる作戦だよ。
心配するな。俺とおまえは二人一組のカップルってことで雇ってもらえば、ヤバイ客がきても俺がおまえを守る」

「え。
ソーマ。本気で言ってるの」

二人は、堂々とヤバそうな話をしてる。
ルディはおじさんを慰めてて、銀はあきれ果ててる感じ。
テレーズは、やっぱりだんまり。
私は、どうしよう。