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リアクション
第七章 雪だるまとギャング
環菜さ……環菜……
陽太、私のこと、覚えておいてね。夏の終わりのこの夜のことだけでもいいから、記憶の片隅にでもとどめておいてね。たとえ何があっても……
何を言うんですか……環菜は、俺のすべてです! 俺は世界で一番、貴女のことを愛しています! 影野陽太(かげの・ようた)(切なくて、胸が。 〜去りゆく夏に)
おにーちゃんが、くるとちゃんやあまねおねーちゃんのお手伝いをしてるのは、知ってたんだけど、その時に地底探検をしたマジェスティックで、また事件が起こったんだって。
おにーちゃんたちは、環菜おねーちゃんを迎えに“ならか”に行ってるから、わたしが一人で美味しい固ゆで卵を食べにきたよ。
この事件は、ハードボイルドって種類のゆで卵と関係あるんだよね?
だから、マジェスティックのレストランを食べ歩いて考えてみることにするよ。 おにーちゃんがお財布貸してくれたから、いっぱい、いっぱい食べちゃうね。
まずは、最初に見つけたカフェに入ってみる。
「ゆで卵より、料理より、デザート。デザート。ぷりーず!」
メニューを呼んでも、字ばっかりで、どんなのだかわからないんで、わかりやすく頼んでみたよ。
ウェイターが笑って頷いて、わたしのとこに持ってきてくれたのは、細長いグラスに入った下の方が青で、上の方が白色の飲み物、カットされたライムがグラスについてて、チェリーが浮いてる。おいしそうだけど、
「これ、お酒じゃないの? わたし、飲んでいいのかな」
迷ってたら、もっときたよ。
お皿には、屋根に雪ののった小さな小屋と、かわいい雪うさぎさん。
「なにでできてるの」
「飲み物は、この店の名物のノン・アルコールのカクテルだから飲んでもかまわないわ。
皿のお菓子は英国伝統のシュガークラフトよ」
教えてくれたのは、わたしの前の席に座った、青い目の女の子。
「あなた、誰?」
「私はシェリル・マジェスティック。この街の占い師。
あなたは」
「わたし、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)。
おにーちゃん、えっと、影野陽太のパートナーだよ。ここには、と、なにしにきたんだったっけ」
「あなたも迷い人なのね」
うーん。わたし、迷い人かな?
シェリルちゃんは、細くてちいちゃいけど、かしこそうだよ。
「シェリルちゃんは、迷い人さん?」
「私、道に迷ってしまったみたい。
占いは得意なのだけど、方向音痴なので、よく迷うの。
自分がどこにいるのかはわかるのよ。
でも、歩きだすと行きたいところにいけないの。
なんでだろう。
「尻軽女給」へ行かないと」
「しりがるじょきゅう」
「お店の名前。
カフェなの」
「それって、食べ物屋さんだよね」
「ええ。
私を運命の人のところへ導いてくれる人の仲間たちがいるところ」
とにかく、食べ物屋さんだったら、
「ここのデザートを食べたら、わたし、シェリルちゃんと、しりがるへ行くよ。
わたしも一緒ならきっと迷わないよ」
「あなたの迷惑じゃ」
「なんか違う気もするけど、わたし、マジェに食べ歩きにきたんだ。
だから、お店を紹介してもらうのは大歓迎だよ」
「ありがとう。ノーンちゃん」
まだ凸凹な二人だけど、凸凹だからこそ、がっちりはまって離れなくなるんですよね。
ずっと一緒に並んで歩いていこうね。 赤羽美央(あかばね・みお)(はじめてのひと)
真実に傷つくのは愚か者だけだ。ドイツの古いことわざです。ご存知ですか?
雪だるま王国で主に法務を担当している私、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)は、女王の赤羽美央と共にマジェスティックにやってきました。
アンベール男爵とテレーズ嬢の結婚。ですか。
誰でも一つは持ってる哲学ってやつは、そいつのケXの穴と同じで、他人からするとクサいだけで役に立たないことが、ほとんどだぜ。
バンドメンバーとの利権争いに疲れた、ある有名ミュージシャンの言葉です。
アンベール男爵の哲学は、かなり臭いそうですね。心臓の弱い人がかいだら、死んでしまうほどの悪臭を放っています。
私と美央は、その臭いの元を断つために、ダウンタウンにいます。
雪だるまを作っています。
「ここにある娼館も飲食店も、男爵が関係しているのです。
街中にどんどん雪だるまを作って男爵を挑発しましょう」
私が立てた作戦は、街にいる男爵の部下を刺激してことを起こし、それをきっかけに男爵の悪事をあばく、というものでしたが、美央のとった行動は、やはり、というかいつものものでした。
店の前や道端に、魔法で作った雪で雪だるまを作製し、それにX便をかけたりする酔漢や、いたずらをしたりするものは、厳しく注意しています。
「雪だるま様のご加護で男爵を倒します。人でなしの外道が、表面では善人面をしている…まったく、反吐が出ます。許せませんっ」
ぺた。ぺた。ぽん。ぽん。
美央は怒りながらも、手馴れた動作で、人間の子供くらいの大きさの雪だるまを素早く作ります。
「あー美央ねえだ。美央ねえが、また悪者をやつっけにきてくれたんだ」
「今日は、エルムはいないのー。あの、吸血鬼のヘンなおじさんは?」
「うわっ。ガイコツがいるよ。美央ねえ助けて」
以前の事件で、美央やパートナーのエルムやジョセフと知り合いになったこの街の子供たちが、美央の姿を見かけ、駆けよってきて、黒のシルクハットにマント、スーツで身を固めたスケルトンに私に驚きます。
「驚かしてすみません。私も美央やエルムの仲間です。仲良くしてくださいますか?」
「しゃべるガイコツだあー」
「カッコイイイ」
ここの子たちに、どうやら私は受けがいいようですね。
「美央ねえ。あたしも雪だるま作らせて」
「雪だるま様を尊敬する気持ちを持って、お作りさせていただくのです。なむなむ」
自らの身を犠牲にして、切り裂き魔事件の模倣犯を逮捕したりもした美央は、ここでは英雄であり、人気者です。
美央を囲む子供たちが、あっという間に増えて、みんなで雪だるまを作りだしました。
美央は子供が好きですし、慕ってくる人を拒む性格ではありません。無表情なりに、とても楽しそうですね。
「みなさん。私とダウンタウンを雪だるま王国マジェスティック支部にしましょう」
「えいえいおー」
シャベルやスコップを手にした子供たちは行進を開始しました。
これだけ好き勝手にやっていて、ここを縄張りにする男爵の関係者たちがどう動くか、楽しみです。
子供に手をだすようなことは、私と美央がさせませんがね。
「女王様。わたしを助けて」
「どうしたんですか」
「わたしとシェリルちゃんは、困ってるんだよ」
私たちの一団に近づいてきた、二人の少女が美央に話しかけました。
「道に迷って。ちゃんと調べていっても、全然、そこにつかないの」
「それは、方向音痴ですね」
美央にズバリと指摘されて、二人は深く頷きました。
色街を少女二人でさ迷うのは、危険だと思います。
「ねえねえ、わたしたちも他の子と一緒に、女王様についていっていいかな。
あのね、わたしのおにーちゃんも、メロン・ソーダの事件で活躍したんだよ。
女王様はおにーちゃんの仲間だよね」
「おにーちゃんとは、どなたですか?
まさか、ニからはじまる人ではないですよね」
「あなたは、赤羽美央。
人々の心をつなぐ見えない王国の女王」
少女の一人が美央の手首を握り、手相を眺め、言いました。手相占い、ですか。
「この街の子たちに聞けば、あなたたちの行きたい場所はわかると思います。
みんなで一緒に行けば、たどりつけます」
美央の提案で、一団の中にいる街の子に、少女たちの目的地のカフェ「尻軽女給」の場所を教えてもらい、みんなで行くことになりました。
はい。怖い話というよりは、不思議な話なのですが、私の父の生家には、書庫があり、様々な書物がありました。
幼い頃、私はそこで不思議な本を見つけたのです。 水橋エリス(みずばし・えりす)(少年探偵と死者のいる教室)
とりあえず、人間も動物だ。
言葉よりも、拳がものを言う場合もよくある。
その事実を否定するのは、バカだろ。
いまがまさしくその場合だ。
「やめろ。三下」
俺のパートナーの水橋エリスを暴行しようとしたやつの顔に、俺はまず蹴りを入れた。
頬に靴のあとが残るくらいしっかりだ。
エリスの上から転げ落ちた、そいつの脇腹を蹴り上げる。
「頭、腹、足、どっから壊す。希望はどこだ」
「す、すす、すいません。オレは」
「あんた、言い訳したら、ペナルティ1・5倍だぜ」
「許してください。つい、でき心で」
「つい、俺のパートナーに襲いかかったのか」
背骨をブーツのかかとで踏みつけた。
「リッシュ。彼には私から話しかけたのです。アンベール男爵の情報を聞こうとして」
「人にものを尋ねる。別にそれは普通だろ。
こいつの対応は、異常だぜ」
力を入れた俺の足の下で、男は悲鳴をあげる。
俺、リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)はエリスのためにこいつの背骨を折るのに、ためらいはない。
やるんなら徹底しねぇとな。
「やめてください。そこまでしなくても」
「ちっ。甘いよなあ。しっかし、被害者がそう言うなら、減刑してやるか。起きろ、コラ」
チンピラ男の後頭部を叩き、俺はやつの襟首をつかんで引き起こした。
強引に体のむきをかえさせ、俺とむきあう格好にして、今度は背中を壁に押しつけてやる。
「このまま、生みの親でも判断できなくなるまでぶん殴られて、一生、手術と治療で医療費払い続けるはめになるのと、ただで気持ちよく、お前が知ってること、洗いざらい吐くのと好きな方を選ばせてやる。
最後通告だ。
三、ニ、一」
「話す、なんでも話すから、やめてくれよ」
ぱるぱる。
私のパートナーのリッシュは性格がまっすぐすぎて、なにごともやりすぎてしまうのです。
「襲われたところを助けてくれて、ありがとう。
でも、相手の人は大丈夫なんですか?
結局、話を聞きながらも、ボコボコと何度も叩いていたでしょう。
一生とはいかないけど、顔もはれあがっていたし、かなりの治療費がかかるんじゃないかしら。
帰りもまっすぐ歩いてませんでしたよ」
「それは、エリスの責任じゃないし、もちろん、俺のでもない。
あいつの自業自得だぜ。
エリスが、やつに襲ってくれって頼んだわけでもないしな」
ムチャクチャ言ってますね。
「人が好すぎるぜ。
自分を暴行しようとした相手の心配なんかすんなよ。
それより、どうする。乗り込むか」
ぱるぱる。
さっきの人の情報だと男爵のダウンタウンでのアジトがあって、そこにはここの統治を任されているリーダーがいるそうなのですが。
「直接、アジトへ行ってしまっては聞き込みではなく、殴りこみになりませんか」
「相手がワルだと、どっちもだいたい同じだろ」
「普通、違います」
「そうだな。たしかに、エリスをそんな危険な場所に行かせるのは、気がひけるな」
そう言ってもらえるとうれしいです。
「俺が一人でいってくらあ」
ん。
最悪のコースとしては、監禁され、拷問され、処刑。
たった一人ではいくらリッシュでも、ぱるぱるすぎますよ。
「十五分して戻ってこなけりゃ、ヤードを呼んでくれ。
パートナーが殺されるって言や、ダウンタウンでもきてくれっだろ」
「いや、あの、ちょっ」
リッシュは足早に歩きだしました。
私は男爵の情報収集をして、それをテレーズの親族に提供して謝礼を得るつもりだったのですが、なぜ、殴りこみに行かなければならないのですか?
「リッシュ。私の意思を少しは尊重してください」
「カチ込みがすんだらきく」
カチ込み?!
演説は士気を向上させるための単なる手段。
問題がありますか?
私たち傭兵は主義や主張や正義や宗教のために戦うのではありません。戦争があるから、そこに身を投じているだけです。二束三文の駄賃のためにね。そうでしょう? 戦部小次郎(いくさべ・こじろう)(全学連『総蜂起!強制退学実力阻止闘争』)
ある意味、軍隊と同じく、犯罪組織も組織化された暴力集団であるわけです。
軍隊は、国のために、政治の一手段としての戦争、防衛といった汚れ仕事の面を担当し、犯罪組織は市民社会の裏面の欲望を、ある程度の秩序を持って、充たすために機能しているといえばいいでしょうか。
ようは似たもの同士ということですよ。
シャンバラ教導団歩兵科少尉の私、戦部小次郎としては、マジェスティックの犯罪組織の構成員の生態に、既視感をおぼえます。
街にいる下部構成員は、訓練されていない一兵卒ですね。
ですので、私がパートナーのリース・バーロット(りーす・ばーろっと)を囮にして彼らの組織と接触をはかろうとした際、私の予測通りに、裏道を歩くリースに声をかけてきた下部構成員には、苦笑を禁じえませんでした。
「お姉さん、いい仕事を紹介してあげようか。
頑張りしだいじゃ、御代様の妾か正妻にまでなれるかもしれねえぜ。
ウソじゃねえよ。
話だけでも聞きな。
マジェはか弱い女が、体一つで簡単に夢を叶えられる街なんだぜ」
リースのつけている隠しマイクを通して、彼の口説き文句がきこえてきました。
私のパートナーをなににスカウトしているんでしょうねえ。
リースは、実際はしっかりしていますが、おとなしく気が弱そうにみえるので、この作戦には適任です。
「やめてください」
「心配するなよ。
な、お茶だけでも飲みにこいって。
あんたと同じでここで俺に声をかけられて店に入った子が、何人もいるぜ。
みんないい暮らしをしてるんだ。
さ。見に行こう」
「私は、この街に、会いたい方がいて」
「どいつだ。俺が呼んできてやる。
大丈夫だ。
ウチの組織は、マジェじゃデカいんだぜ。
組織の力でどいつでも見つけてやるって」
さすが、訓練不足の末端の兵卒というか、あまり考えて話していないようです。
兵力の戦地での現地調達はこういった問題をはらむので、注意と教育が必要なのです。
「私、アンベール男爵に会いたいの」
「ああん。なんでだ。
親父はここにはいねえよ。
おまえ、お屋敷に行けば親父が誰にでも会ってくれるって話、知らねえのか」
リースの誘導から、彼は重要な情報を教えてくれました。
それは、彼が男爵の組織のものだということです。
スパイ活動中は別として、軍隊、犯罪組織といった暴力集団では内部の規律と、自分の所属する組織への帰属意識は、どんな集団でもかなりの強さで植えつけけられます。
他の点ではともかく、自分が所属する組織について嘘をつく兵士は、それを上から強制でもされていない限りほとんど存在しません。
どこどこの国の軍人である、なになにグループの一員である、というのが彼らのアイデンティティーなのです。
単純に暴力集団の構成員を怒らせるようと思ったら、その彼らの根本にある帰属意識を刺激して、ばればれのウソの所属先を教えるといいでしょう。
彼らは、最大限の軽蔑と怒りをあらわにするはずです。
「親父殿にお会いする前に、あなたたちの駐屯地。
アジトでよろしいですか?
そこへ連れていってください。
さもなくば、この腕はいただきます」
私はリースに意識を集中し、油断しきっていた彼の背後にまわって、肩関節を極めました。
「イテテ。
な、なんだ。てめえは」
「自己紹介は、アジトについてからです。
それとも、ここで引き金を引いた方がいいですか」
彼もよく知っているであろう小さな鉄の塊を私は彼に背中にあて、彼の沈黙と服従を手に入れました。
彼らのアジト、雑居ビルのワンフロアーを制圧するのには、都合、二分ほどの時間が必要でした。
一階はバー。
二階がアジトで三階は空きテナントになっているビルです。
廊下が人一人ようやく通れる広さであるとか、内扉やシャッターがたくさんあるとか、階段は急で段数がやたら多いであるとか、内部での戦闘を想定したつ作りになってはいましたが、人質の彼を突入した私とリース、先客として暴れていたリッシュ・アーク殿と水橋エリス殿の攻撃で、彼らの砦はもろくも崩れ落ちました。
暴力集団といっても軍と街のそれでは、大きく性質が異なりますし、マテリアルとしての破壊活動を主とする我々と、主に対象の精神をおびやかす手段として暴力を使う彼らとでは、正面からの銃弾飛び交う戦闘をすれば、結果はおのずとみえています。
屍累々は大げさですがそれなりに敵方に負傷者のでた事務所内で私とリッシュ殿は、あえてケガをさせずに残した敵方の司令官とむきあいました。
リースと水橋殿は、負傷者の治療にあたっています。
「おまえら、どこのやつらだ。
あいつか、あいつらマジェに戻ってきたのか?」
血走った目を私たちにむけ、敵司令官、中年のワイシャツ蝶ネクタイの男が吠えます。
私、個人としては彼の言葉の意味もわからなくもありません。
そもそも私は切り裂き魔事件後のマジェスティックの治安をここのヤードにだけ任せておくのは、非常に危険だと思っているからこそ、今回の件にも介入しているのです。
「私はロンドン塔の主人殿とも、その友人たちとも関係はありません。
司令官殿、アンベール男爵の弱みをお持ちなら、教えていただきたい。
交換条件は、ここでの貴殿の身の安全だ」
「俺のパートナーは男爵とテレーズの結婚をつぶす気なんだ。
おい。ネタをよこせよ」
リッシュ殿が襟をつかんで、脅しをかけても私はとめはしません。
「男爵様は、てめえらの考えてるようなお人じゃねえ」
「うるせー。
んなこたあ、知るか」
この状況でも自らの上官に敬意を示すとは立派ではありますが、愚かでもありますね。
「貴殿の男爵への忠誠心は岩よりかたいかもしれません。
しかし、リッシュ殿の拳に貴殿の脳細胞がこれ以上、破壊される前にお話になられた方が、今後もその忠誠心を発揮できる人生を送れるかと思います」
私の忠告が功を奏したのか、司令官殿は切り裂け、血で汚れた唇でこう告げられました。
「男爵様は、アレイスタやノーマンみてぇな腐れ野郎とは違う。
俺たち、いやマジェの連中全部のために、欲ボケしてる貴族や資本家どもとたたかってらっしゃられるんだ。
おまえら、誰になにを吹き込まれたかしらねえが、男爵様に手えだしたら、マジェの底で這いずりまわって生きてる連中を全部、敵にまわすと思えよ」
マイトの眼に光が戻る。その眼光に、力がみなぎる。
(分かった……!)
何かを背負った。
マイト・レストレイドはそれを自覚し、走り出す。 マイト・レストレイド(蒼空サッカー)
俺は自称ではあるが、地球のロンドンの警察、スコットランドヤードの所属のマイト・レストレイド警部だ。
現実に俺の家の人間は代々ヤードに勤めているし、俺も将来はヤードで働くつもりなのだが。
そして、現在、俺はパラミタでジャスティシアをしている。
状況に応じて、個人での法の執行権があるのは、まあ、よいとしても、死刑執行の権利、殺しのライセンスまであるのはいきすぎだろう。
俺が協力している百合園女学院推理研究会のメンバー、朝倉千歳も、ジャスティシアなのだが、ある意味、大きすぎる権限を与えられているので、使いどころに悩むと言っていたしな、同感だ。
犯罪者を捕らえ、司法の手に判断を委ねるまでは、刑事の仕事だと思う。
だが、自分一人の審判で犯人を射殺したりしていては、TVの刑事ドラマかハリー・キャラハンではないか。
「ワウ、ワウッ、ワウ。
(マイト。考えすぎるな。おまえは生真面目すぎる)」
ジャスティシアの腕章を手に、つい考えていた俺に、ロウが声をかけてきた。
パートナーの犬型機晶妃ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)は、会話機能に難があり、人語を理解はできてもしゃべれない。
メールもできるし、犬の鳴き声でも、だいたい言いたい意味は伝わるので、俺とのコミュニケーションに問題はないがな。
「これから現場に乗り込むのに、この腕章はつけておいた方がいいのかな。
俺はいつもヤードの警察手帳で身分を示しているし」
「ワウウウン。ワウン。ワウ。ワウ。
(おまえがいつも提示しているのは、イルミンの生徒手帳だ。今回は、逮捕やそれ以上の法を執行する可能性がある。つけていた方がいいのではないか)」
「そうだな」
俺は左腕に天秤のマークの腕章を巻き、ハンドガンの弾倉を確認した。
地球で父が取り逃がしたアンベール男爵のマジェスティックでの逮捕。
大きな仕事を前にして、俺は緊張している。
今夜、ここで男爵の組織と他の犯罪組織との取り引きが行われる。
その品目は違法薬物、盗品、地球からの密輸品等、取り引き自体の規模はそれほどでもないが、重要なのは、この場に男爵があらわれるという点だ。
現行犯で逮捕して余罪を洗わせてもらう。
マジェスティックのヤードはどうも頼りにならない気がするので、なんなら身柄を地球のヤード、俺の父のところへ引き渡してもいい。
ダウンタウンの古アパートメントの一室で取り引きは行われる。
俺は今回の捜査にあたって、推理研のメンバー、そしてこの現場では、冒険屋ギルドのレン・オズワルド(れん・おずわるど)さんと、マジェスティックになにか思うところがあるらしいセルマ・アリス(せるま・ありす)くんたちとも協力している。
「警部。
建物側面の非常階段を使って、それらしい人たちが例の部屋がある階に集まってきています。どうしますか」
推理研のペルディータ・マイナさんから携帯に連絡がきた。
ペルディータさんは、パートナーの七尾蒼也(ななお・そうや)くんとアパートメントの裏通り側に張り込んでいる。
「連絡、ありがとう。
こちらの突入後、逃走者の退路を絶つために、そこにいてくれ。
男爵が部屋に入ったのを確認後、俺は、レンさん、セルマくんたちと突入を開始する」
「警部。気をつけてくださいね。
御武運をお祈りします」
ペルディータさんの電話が終わると、離れて待機しているセルマくんから、男爵らしき人物がアパートメントに入ったという知らせがきた。
本当にあの時は肝が冷える思いだった。
折角ミリィのこと守ろうと思えたのに、いきなり危険な目に遭わせてしまった。パートナーとして、騎士としてこれじゃ駄目だと思う。
だから、もっと強くなるから。 セルマ・アリス(はじめてのひと)
事実を確かめにここへきた。
俺はマジェスティックに悔いがあるんだ。
蒼空の絆事件の時、メロン・ブラック博士にロンドン塔に捕らえられて、なにもできなかった。
パートナーもチハルも守れなかった。
騎士として、俺、セルマ・アリスの力が足りなかったんだ。
苦杯をなめたこの場所で、もう一度、自分の力をためしたい。
今回の件、巷では男爵が悪人と呼ばわりされているけれど、それはおかしいと思う。
噂は噂だ。
事実じゃない。
本当のことを確かめないと。
問題は、これまで男爵が婚約、結婚、恋仲になった女性を殺した確証がないという点で、それがない以上、男爵の罪はあくまで風評にすぎず、男爵にその風評を与えて利益を受けている人物、つまり真犯人が存在すると考えることもできる。
テレーズと男爵の場合ならば、二人の結婚に反対するテレーズの親族とか。
いくら俺がこう考えても、証拠がなければ可能性の一つにすぎない。
俺は、男爵をあくまで悪として追うマイトに協力しながら、男爵の身の潔白を証明できれば、と思っている。
二十世紀初頭の自動車を模したクラッシックタイプのエアカーで、頭からフードをかぶった男と、警護するように彼を囲む一団がアパートメントに到着した。
「男爵、こちらです」
物陰に隠れていた俺は、彼らの言葉の切れ端を聞き、すぐにマイトとレンに連絡した。
男爵がきたらしい。
マイトの話通り、彼はマジェスティックの犯罪組織のボスなのか。
噂は知っていたが、そうすると過去の殺人も。
いや、待て。
それとこれを結びつけるのは、まだ早すぎる。
「ウィル。計画通りに突入するよ。
こうなれば、男爵の身柄を確保して、なにがどうなっているのか直接、話をききたい」
「うむ。イーストエンドの連中が知らぬか、知ってはいても口を閉ざしているなにかが、ここにはありそうじゃのう。
ドラゴニュートのわしが役に立つといいが」
「ウィルを危険なめにあわせるつもりはないよ。
安心して俺の側にいて」
パートナーのウィルメルド・リシュリー(うぃるめるど・りしゅりー)は、全身が羽毛のような毛で覆われているかわいいドラゴニュートだ。
口調は、老人っぽいし、頭もいいけど、中身はまだまだ子供。
俺を心配して、ついてきてくれたけど、ウィルは守る。絶対に。
「わしは、セルマと一緒にいられるだけで幸せじゃぞ」
「ありがとう。
あと、一分で突入するよ。いいね」
俺は、ウィルの頭をそっと撫でた。
なのに、俺たちのやってることも平穏を乱す行為に他ならないな。 レン・オズワルド(隠れ里の神子)
俺のたまの休暇は、やはり飛び込みの仕事の依頼で急遽終了となった。
冒険屋ギルドは、パラミタの職業冒険者の社会的地位向上のために、俺が立ち上げた団体だ。
現在は七十五人のメンバーがいる。
マジェスティックの地下湖での古代兵器との激しい戦闘に疲れた俺、レン・オズワルドは、ことがすんだ後も、この街にとどまって、ゆっくりと復興していく街の様子を眺めながら、骨休みをしていた。
そんな時、冒険屋ギルドにちょうどマジェスティックの名家から依頼が入ったのである。
その一族の令嬢の婚約相手の身元を調べて欲しい。相手の素性が名家の花婿として、ふさわしいものでなければ、話をつぶしてもらってかまわない。
最初は、俺がでるほどでもない仕事に思えた。
だが、くわしく話を聞くと、この件を俺が引き受ける理由が二つ見つかったのだ。
一つは、花婿候補のアンベール男爵がすでに世間からは、犯罪者ともくされている過去と現在の持ち主である点。
こういう人物を野放しにしているから、第二、第三の犯罪王が生まれる。
あと一つについては、また、今度、話そう。
俺は、空京の冒険屋事務所から過去の男爵の情報を愛用の銃型HCに送ってもらい、自分なりに分析した。
結果、男爵の現在の犯罪を押さえようと動いている、百合園女学院推理研の連中と協力することにした。
アパートメントの一室に飛び込んだ俺、マイト、ロウ、セルマ、ウィルメルドの五人は、あらかじめマイトが用意したアパートの図面をもとにした計画通りに陣形を展開し、室内にいた者たちをすぐに支配下においた。
室内にいた男女十数名、逃げられたものはいない。
悪いがそのうち何人かには、足止め程度の軽いケガをしてもらった。
俺は、アンベール男爵と彼の情婦と思われる人物を有無を言わさず、束縛したのだが。
「アンベール男爵。
聞きたい話がある。
身柄を確保させてもらうぞ」
「だぁ〜ひゃっはっは!!
大ハズレだ。
俺様はゲドー・ジャドウ。
男爵に利用された哀れな一般市民だ。
世間の評判の悪い男爵を助けてやろうと、救いの手をさしのべてやってたら、なにも知らない間に、まんまと犯罪の片棒を担がされ、気づけばこのありさまだ。
まったく、俺様は人が好すぎるな」
フードマントを脱ぎ、カツラを外すとそこにいたのは、男爵ではなく、緑の長髪のにやけた男だった。
「俺様にもかって、貴族の婚約者がいた。
だが俺様たちの結婚をよく思わないやつらによって引き裂かれ、ついには彼女は…。命まで。
そのときやつらは金で雇った女どもを使い、俺様を恋人を死においやる極悪非道の女たらしに仕立て上げた。
事情を知らない世間は俺様をなじった。
俺様は、自分の過去とよく似た境遇の男爵を信用していたのに。利用されたんだ。
俺様は、無実だ。
被害者だ。
釈放しろ。
うおっ」
俺は、まだしゃべりたさそうなゲドーの口に、作業用のテープを貼りつけた。
服装からして、彼が男爵の影武者としてここへきたのは、明白だ。
いまの彼の言葉に信はおけない。
「ボクこそ無実で冤罪じゃけん。
パラ実のリンダ・ウッズじゃ。
早く解放してつかあさいよ。
男爵にこの豊満な体に目をつけられ、愛人兼用メイドとしてもてあそばれたんじゃ。
あげく、ここにゲドーと送りこまれて、危うく殺されかけたけんのう。
ボクは、マジェの平和のために一肌脱いだんじゃ。
万が一の時のために、あの有名なルドルフ神父さんに、ことのいきさつを書いた手紙を送っといたでのう。
神父さんがボクの身元を保証してくれるけん。
ボクは、男爵の懐に入ってやつの秘密を盗むつもりだったんじゃ。
かんべんしてつかあさい」
高価なドレスを着、ゲドーによりそっていたメガネの女も自分の無実をうったえている。
俺は、彼女の口にもテープをはった。
「マイト。この二人の身柄は、俺が引き受ける」
「どうするつもりですか。
逮捕者は、ヤードに渡す予定になっていたはずです」
「ヤードには、俺が責任を持って届けよう。
その前に、連れて行きたい場所がある」
俺のわがままにマイトは顔を曇らせた。刑事としては正しい反応だ。
「つまり、俺に、あなたの冒険屋ギルドでの実績、元公安部刑事のキャリアを信用しろ、と言っているのですね」
俺は、黙って頷く。
間があいた。
「わかりました。
俺としては、渋々承知といったところですが、他にも男爵の関係者は逮捕しましたし、その二人の取調べは後にしましょう。
もうすぐヤードがここに到着します。
その前に行ってください」
「すまないな」
「ワウン。ワウ。ワウ。
(独断専行は感心しないな。もっとも、きみのようなベテランに、私が、なにを言ってもムダだろうが)」
マイトの相棒の警察権機晶妃ロウが吠えた。
意味はわからないが、注意されたらしい。
「ワウウウン。ワウ。ワウン。
(マイト。これを見ろ。なにかあるぞ)」
「どうした。ロウ。
こ、これは」
「ワウン。ワウウウ。
(手帳だ。かなり書き込まれているな)」
「薔薇の学舎の校章?」
「ワウワウワウ。
(そこに書いてあるのは、持ち主の名前だろう。なぜ、彼の手帳が女もののバックに入って、ここに置いてあるのだ)」
「黒崎天音(くろさき・あまね)」
マイトとロウがやりとりしている。
室内にあったバックからなにかを見つけたようだ。
マイトがロウと直に会話? しているのをみるとさすがパートナーだと感心する。
こちらの捜査は彼らがいれば問題ないだろう。
とりあえずの別れを告げるために俺は、セルマ・アリスの姿を目で探した。
先刻の突入時、セルマは大健闘していた。
精一杯やろうという意気を感じた。
俺やマイトよりも犯罪捜査のキャリアが少ない分を気力でカバーしていた。
パートナーのドラゴニュート、ウィルメルド・リシュリーに手をださせず、一人で奮闘していた。
そんなセルマが、束縛した犯罪組織の構成員と話しこんでいる。
「男爵が犯罪組織の首領であるのは、間違いないんですね」
「これ、見てわからねえのか」
「事実を知りたいんです」
「そんなに男爵が気になるんなら、会いにいけ。
あいつは、誰とでも会うぜ。
いつでも商売の糸口を探しているからな」
「会いにいけば…そうですね、会えばわかることもあるでしょう。
あ、レンさん」
会話に集中していたセルマは、横にきた俺にやっと気づいた。
「男爵はやっぱり犯罪にかかわっているみたいです。
彼は、悪なんでしょうか」
「どうかな。
ある程度の規模の組織には、正の面も負の面もある。
一般企業でも、犯罪集団でもな。そのトップに立つ者は、善悪、どちらも合わせ持っている」
アンベール男爵という人物について、真剣に考えているらしいセルマに、俺は一般論しか語れない。
「セルマは、気持ち的には男爵の応援をしてやりたいのじゃが、彼にとって不利なものばかりでてくるのじゃ。
悩んでいても仕方がない。行動すべきじゃな」
ウィルメルドは、セルマを気づかっている。
「ありがとう。ウィル。
男爵に会いに行ってみるよ。
待っているのが、どんなこたえでもね」
「男爵がどんな人物でも、セルマにはなんの責任もないのじゃ。
あまりに、ヤバそうな人物なら、ムリにかかわらなくてもいいと思うぞ」
「今度は、中途半端で終わりたくないし」
セルマとウィルメルドは、次の行動の指針が立ったらしい。
俺もそろそろ、おみやげを持って会いに行くとしよう。
俺好みの小さなレディに。
俺たちにだってできることは沢山あるんだぜ?
こうやって映画を作ったり、医者にかかる金がなければヒールで治療したりな。
一時の施しはすぐになくなり、贅沢に慣れれば貧しさに絶望することになる。
援助するなら、自分で稼ぐ力をつけさせることだ。七尾蒼也(夢の中の悲劇のヒロイン〜ミーミル〜)
アパートメントの外で張り込んでいた俺とペルディータは、警部たちの突入直後、問題の部屋がある階の非常階段からおりてきた女性の身柄を確保した。
「すいません。
こちらへきていただけますか」
「貴方たちは?」
「俺は七尾蒼也。
パートナーのペルディータ・マイナとアンベール男爵について調べている。
百合園女学院推理研究会の関係者だ」
「百合園女学院推理研究会。
聞いたことがありますわ」
彼女は、貴婦人、と呼ぶのがふさわしい服装、容姿をしていた。
洗練された身のこなし、上品なドレス。
マジェスティックでたまに見かける、いかにも上流階級の住人といった雰囲気の女性だ。
「私になにか御用がございますの」
「いま、あなたがでてこられたアパートメントですが、失礼ですが、あなたはあそこでなにをしておられたのですか。
あのアパートメントにお住まいのようには見えませんし」
「それは私の自由かと思います」
ペルディータの質問に、彼女は悪びれず堂々とこたえた。
「貴方たちは、犯罪調査がご趣味の学生さんたちでしたかしら。
ウェブサイトで貴方たちの登場する読物を拝見しましたわ。
たしか、著者は、古森あまねさんでした。
誤字脱字の多いお嬢さん。
ああいう読者への配慮が足らない文章は、私、普通は途中で読むのをやめてしまうのだけれども、彼女のは、我慢して最後まで読んだわ。
犯人のよくわからない事件だったわね。
私、推理小説が好きですの。
貴方たち、今度は、なんの捜査をしておられるのですか。
そうねえ、いまここにいるということは、さしずめアンベール男爵とテレーズのことでも調べてらっしゃるのでしょう」
彼女が言う通りなので、俺たちは頷く。
推理研の最近の活動のいくつは、少年探偵の介助者兼伝記作者の古森あまねさんが書いた犯罪実話として、ウェブで公開されている。
お世辞にも有名とはいい難い、あんなマイナーなものまで知っているなんて、この人は相当のミステリマニアだと思う。
「どこまで調べたのですか。
捜査線上に私の名前は、登場してきました?
私は、マリー、とでも名乗っておきましょう。
怪しげなアパートメントからでてきた謎の女マリーですわ。
探偵さん、私から話を聞きたいのならば、まずはそちらの知っていること教えてくださらなければ、イヤよ」
彼女は、探偵? の俺たちとの出会いを楽しんでいるらしい。
ペルディータは、とまどっている様子なので、俺は彼女に俺たちの手の内を明かした。
「俺は、アンベール男爵の過去の花嫁たちについて調べたんだ。
最初の相手は、年上の未亡人だ。
結婚後すぐに男爵と一緒に暮らしていた家で変死している。
バスルームの浴槽で溺死したんだ。
事故扱いには、なっているけれど、怪しい点はたくさんある。当時、彼女の世話係だったメイドは、彼女の死後、行方不明だ」
「ダブロイドに載っていそうな内容ですわね。
探偵さんは、事件の真相はつかんでおられないの」
「事故発生時、彼女は一人で入浴していた、と考えられる。
そして、発見された時には、すでに溺死していた。
男爵には、アリバイがあるので直接、手をくだすのは無理だ。
協力者がいるとして、最初に容疑がかかるのは、彼女の身のまわりの世話をしていたメイドだが、まるで行方がわからない」
「もしかしたら、私がそのメイドかもしれなくってよ」
おもしろくない冗談だった。
話しながら、女はタバコをくわえ、火をつける。
「男爵の過去の事件は、みんなそんな風でしょう。
けれどもそれは、探偵さんでなくっても、誰でも知っているお話ですわ。
残念ね。
もっと、めずらしいお話が聞きたかったのに」
「あなたは、男爵についてなにか知らないのか。
俺は、彼がこうして悪評を立てられる原因を知りたくて、最初の事件を調べてみたんだ。
はじめから腐っているやつはいない。
彼がいまのようになった理由を知りたい。
俺も一つ話したんだ、あなたも一つ話してくれないか」
「このままだと、貴方はこの街でこたえを見つけられそうにないわね。
しょうがないわ。
私が少しだけヒントを教えて差しあげましょう。
男爵は、養子なの。
爵位は代々、家に継がれてゆくものだから、彼は、養子に入った家で長男になって、爵位を継いだのです。
もともとは、地球のロンドンの本物の貧民街にいた孤児だったそうよ。
お医者様かなにかの、それなりに裕福なお家の生まれらしいけれど、犯罪の被害にあって御両親を亡くしたの。
それからは、養子になるまで、ディケンズの、ほら、「オリバー・ツイスト」みたいな生活をしていたらしいわ。
他の子供とグループになってコソ泥をしたり、大人の悪者の手伝いをさせられたりね」
「あなたは、男爵と関係のある方なんですか」
俺が聞こうとしていたことをペルディータが聞いてくれた。
彼女はこたえずに、俺たちに自分の携帯をみせた。
そこには、白黒の画像があった。目つきの悪い少年がこちらをにらみつけている。
「若い頃の男爵よ。
地球で強盗をして捕まった時の新聞記事。
いまとは名前が違うから、見つけにくいでしょう。
彼の過去を知っているからかもしれないけれど、私は、いまのあの人を見ていると有名な怪人を思い出しますわ。表の顔は謎めいた大富豪、裏では薄汚れた街を守る暗黒の騎士」
「バットマン」
俺のつぶやきに、彼女は口元をゆるめた。
映画好きの俺としては、あのダークナイトもどきが俺たちの相手かと思うと、急に気が重くなった。
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