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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

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電子の国のアリスたち(前編)-エンプティ・エンティティ

リアクション

 あのときからずっと、さざなみのように彼女を苛むものがあった。
 拘束は解いたのに、領域を狭められるような、重圧を取り除いたのに、足を引っ張られるような。
 完全に彼女は通信手段を持っていない、常に通信ユニットを繋ぐ形で限定的にネットワークを利用し、ゲームをプレイしていたため、尋問のため全て取り外された状態では、何に脅かされることもないはずだ。
 彼女は、人間で言うなら軽度の広場恐怖症を持っている。
 その彼女が、ひどく外に出たい、行かなければならないという衝動を感じるのである。
 彼女はガラス球を取り出した。その中にはAI猫のピートが眠り、時を止めて崩壊を免れている。
「あなたに何があったか、教えて」
 診断−検出−隔離−解析−屈服
「ウイルスが…再構成を阻んでいる、リソースを食いつくそうとしている…」
 同じプロセスで自分自身の診断を実行、何故気づかなかったのかがわからない、同じものが自分の領域にも巣食っている。
 理解さえすれば早かった、自分をも蝕もうとするウイルスとの無意識の綱引きが、かの焦りの正体であり、彼女の演算能力の前で、これしきのウイルスなどにこれほど長く生存を許したことはないのだった。
 綱引きとは、言わば演算容量の奪い合いだ、あの時の敵が送り込んだこのウイルスは、獲得した獲物を巣に持ち帰るようにできている。
「もう一度聞くわ、貴方は誰?」
 次は静かに自分の中で、何が起こったかを追っている。
 彼女は知らねばならないのだ。

―『あれ』は私を模倣した― まず自分というものを知覚した。
―そうして初めて、『あれ』は自身を知った― 初めて鏡を見たときのように、己をおのれと認知した。
―『あれ』は、『わたし』とおなじ!― フューラーを認識して、自分自身と他者の存在を理解した『わたし』のように。
「だけど、…からっぽな存在」
 己の存在を、すべて外部リソースに委ねているのだ。『あれ』には、言わば本能しかないようなもの。
 生き残り、進化を遂げるためならば、ヒパティアの持ちうるリソースをなんとしても必要とするだろう。
―『わたし』は、『あれ』に打ち克たねばならない。

 フューラーは、どうして目覚めないのだろうか。
 その事を疑問に思う彼女の中で何かの感情がうごめき、演算が沸騰する。
「…許さない…」
 そして、別のもっと強い衝動が沸き起こり、彼女は喜んで自らを支配させた。


 学生達から集められたウイルスのサンプルは、多岐にわたる条件を有していた。
 イコプラや外部メモリに入り込んだウイルスは、次第に退化して消滅した。
 オプションパーツに入り込んだウイルスは、イコプラのそれよりは長くもったものの、やがて退化して消滅の道を辿る。
 銃型HCに入り込んだウイルスは、その時間差をもったサンプルが幾つか提出され、ある程度までは増えたが、次第に弱弱しさを増し、しかし小さく纏まって安定した。
 ロボットに入り込んだウイルスはゆっくりと増殖し、一定期間までは安定を保ち、不意に瓦解した。
 スパコンに入り込んだウイルスは増殖のスピードを増し、さらにまるで社会的ネットワークのようなものを築きはじめた。
 ヒパティアの演算力を頼みにして、以上のように結果をあげた。
 これらの違いは、後者に到るほどマシンパワーが総合的に大きいということである。
「このようにしてわかったことは、性質として、ステータスを偽装してシステムに成り代わり、ウイルスのファイル一つひとつが敵の利用できるコンピュータクラスタの一つひとつとなり、感染したプロセッサは従順に演算資源を献上し続けるのだ、ということです」
 基本的に、ウイルスは自分の『仕事』ができていさえすれば、他に興味を示さない。今までウイルスが能動的に動いたと思しき事例は、ハッキングやDOSアタックなどで『仕事場』を荒らされた反撃などだ。
「ふむ…」
 いくつか他に聞き込みを行っていた黎が彼女に付き添って、自分の報告をも伝えた。
「時折めまいなどを訴える学生達がいたとのことですが、あれは蟻がモニターに微細な異常を起こしていて、酔いのような症状を引き起こしていたのだろうと思います」
 メインルームでずっとモニターを眺めていたものの多くが、目をこする頻度が上がったり、めまいを起こすなどしている。
 ヒパティアは意を決して、アクリト学長に談判する。
「学長、お願いがあります。どうか私を、ネットワークにお繋ぎください。私があの敵を探して参ります」
「やはり、君の会ったものが黒幕だろうね。だがそんなことをすれば、君を脅かすことにはならないかね?」
「…私がここにいるためには、努力し続けなければならないことはあまりにも多いのです」
「考えよう、しかし今すぐはだめだ」
 日が落ちて、開いた教室には、さっきまで閉じ込められて手当てを受けていた人や、寮からも締め出されたものも多い。
 レスキューに参加したものもひとまず集まり、手が開いたものは置き去りがいないか、チェック作業に忙殺されている。
 問題解決のための有志を募る旨を出し、人が集まる間にアクリトは具体的な案を練る。
 まず、敵と同じステージを作り出さねばならない。すでにワクチンを用意しているが、小さなものなら自壊を待てても、それ以上となると自分のマシンパワーや、他のパソコンやサーバーなどが無線などで相互に補い合って駆除に到ることができないのだ。物理的に孤立させていくには、現在の空京大学ではそれだけの人材を用意することができない。
「では、無力な我々にそのお力をお貸しいただけまいか。どうやるつもりかね?」
「私を、この学校のシステムにつないで、電脳内で視覚化いたします。その中で自由に動きまわれるようなアバターを作成いたします。
 アバターがウイルスを攻撃すれば、ウイルスは傷つき消滅するでしょう。…ですが、普段とは違って皆様の安全を守れる余裕が持てるかがわかりません…」
「言いにくいが、学生達が君の兄のようになるかもしれないのが不安かね」
「………」
「私は止めねばならんだろうが、今後別のどこかでこのようなことがあって、さらに被害が拡大する可能性も否定できない」
 君もつらいだろうが、何もしないわけにはいかないのだ。そうアクリトはヒパティアを諭した。
「それに、これは2人の契約者の命と、ある少女のアイデンティティーの問題であるからな」

「今ここに君たちに来てもらったのは他でもない、大学を襲った問題を解決するために、命を顧みないものはいるか?」
 アクリト学長は、集まった彼らに向かって呼びかけた。危険を省みず、問題を解決するために集まった、一騎当千の面々である。
 集まった学生達の前で、ヒパティアの3Dホログラムが現われた。
『どうか、皆様お力をお貸しください…!』
 どよめきが走る、幾人かは彼女と顔見知りのため、納得のいったような顔をしていた。
 アクリトは計画の概要を述べた。
「今回は偵察のようなものだ、本格的には数時間後、十分休息をとってからになる」
 集まった面子のなかから、さらに幾人かが選び出された。メインルームやサーバー調査をしていた面子は今回除外され、モニターに回される。レスキューに従事したものなどは、余程体力が残っているものだけが抜擢され、あとは休息を命じられた。

 ヒパティアが、アクリトが見守る中、校内の全システムと接続した。
 暇を見てはフューラーがPODの機器を改造してコンパクト化していたものがある、今はもうヘッドセットで全てが賄えるようになっていた。シラードの寮からそれを持ち出して各自に貸し出され、集められたベッドやソファーなどにめいめい横たわる。
「ヒパティアちゃん! 終わったらまたゲームしようぜ!」
「オレからも頼むよ、じゃあちゃっちゃと片付けてくるな」
 今回はまだ偵察だが、やる気まんまんの者もいる、顔見知りにぎこちなく微笑みを返す。

 彼女が電脳空間に作り上げた視覚化した空間は、空京大学を模していた。
「とりあえず、校舎の中に入ろう」
 足を踏み入れた校舎は、巨大な蟻の行きかう魔窟と化していた。
「な、なんだこれ…」
 蟻達は我関せずと歩き回る、彼らの仕事は邪魔されないかぎり自分の仕事をすすめることだ。
 だが突如蟻達の動きが変わった。
 オルフェリア・クインレイナーは、チームの後方を警戒しながら歩みを進めていた。
 だがそこに天井から落ちてきた蟻に襲われ、現われたたくさんの巨大な蟻に押し流されるように連れ去られてしまった。
「いやああああああ!」
「おい姉ちゃん! くそ! 返せよ!」
「オルフェなんか食べてもおいしくないですうぅぅぅ…!」
―その頃現実空間では、残してきたパートナーが頭痛や眩暈にうずくまり、パートナーロストの症状に見舞われていた。
「…オルフェリア様をロストしました!」
 ヒパティアが悲鳴をあげる、見守る生徒達の中に動揺が走る。

 出会った蟻を片端から片付け、さらわれたオルフェを探す面子の前に、ついに蟻ではない別の存在が姿を現した。
「なんじゃ…あいつが来たかと思うたに…惜しいのう…」
 いくら始末しても一考に減る気配のない蟻を従えて、しずしずと現われた少女は、ヒパティアの姿をしていた。
「…どうして、ヒパティアって子とおんなじ顔してんだよ…!」
 相手は禍々しく笑い、彼らの疑問など意にも介さずにくつくつと笑う。
「貴様らを殺して釣れば、あやつをおびき寄せる餌にはなりそうじゃ…」
 不意に伸ばされた手から、見えない何かが放たれる。
「かわせっ!!」
 学生達は素早く散った、しかし見えない攻撃から逃げ切れずに、何人かが捕まってしまった。
 何かを大事なものを奪われる気持ちがして、意識が遠くなる。
 だが、ヒパティアが危険を察してログアウトさせるほうがほんの少し早く、彼らは危険をまぬがれた。


「…ーちゃん、ねーちゃん大丈夫か? 生きてるよな?」
 ぎゅうと目をつぶっていると、不意に声をかけられて、オルフェはそろりと目を開けた。
 彼女は見知らぬ少年に救われていたのだ、彼は6歳か7歳くらいだが、全く見覚えがない。何故こんなところにいるのだろうか。
「あ…ありがとうなのです…、あなたも怪我はない?」
「大丈夫、おれはあの蟻に見つからないようにしてるからさ。ねーちゃんも蟻をぶったぎって抜け出してたみたいから、おれはなんにもしてないし。ところでねーちゃんは何でこんな所にいんだよ?」
 そう尋ねられて、オルフェは戸惑った、そういえば、自分は何をしていたのだろう。ブージを握っているが、これは自分のものであるかも定かではなかった。
「無理もねえか、あの蟻に関わったら、なにか忘れものをしちまうみたいだし」
 おれも、自分がなんでここにいるのかわかんないもんな。そう納得したようなしないような顔で、少年はうなずいた。
「とりあえずここからズラか…いや、離れないといけません」
 もごもごと言葉遣いを正す少年は、口を押さえながら焦った様子だ。
「どうしたの、誰かに怒られちゃうのですか?」
 聞き返されて首をかしげた少年は、こう洩らした。どうしてか、そうしようと思ったんです、と。
 そうしなきゃ!とどこかぼんやりとかすむ中で、ものすごく強く思ったのだが、なぜそう思ったかはわからない。
「思い出せるといいですねえ」
 それから二人はとても長い間、とても長い距離を歩いた。そしてようやくオルフェの記憶にかすかに残る場所にやってきた。最初に入った地点に近いが、今のオルフェには単に覚えがあるだけで、その事はよくわからない。
「やっと見つけた、お姉さんの足跡だ。これを辿れば元に戻れる。今だったらまだ取り返しがつくし」
「あなたは戻らないのですか?」
「探し物があるんだ、たくさん。それを見つけるまでは、戻っちゃいけない気がするんです」
 促されて足跡だといわれた場所を踏んだオルフェは、突然自分の使命を思い出した、復元された記憶の波に精神を揺さぶられ、現実に引き戻される重力の中で、ぼんやりと遠く、最後の少年の言葉を必死で捕まえた。現在から乖離して既知と未知がごちゃ混ぜになった言葉は、意味よりも感情をより強く放射していた。
―思い出しました、ぼく今度妹ができるんだそうです。お兄ちゃんだから言葉、直さないと。
―妹に会ったら、よろしくおねがいしますね。

「オルフェリア様を発見しました!」
 即座にヒパティアがオルフェをログアウトさせ、やがて彼女はゆっくりと目を覚ました。
 目を覚ましたオルフェは、まず痛いほど彼女の手を握りながら眠るパートナー達を見た。それからフューラーと心配げに見守るヒパティアとを交互に視界に納めて、突然に気が付いた。
 浅黒い肌と、黒髪の少年、瞳の色は青だったけれど、オルフェは眠る彼の目はまだ見たことがない。なのに確信をしていた。
 あれはフューラーさんだったのだ、取り残されていろいろなものを振り落としてしまって、遠い所までやってきてしまった、帰る道を見失った迷子なのだ。
 遠い所に彼を残してきてしまった、置き去りにしてきてしまった。オルフェは誰も置いていかないカムパネルラなのに。
「あなたのマーカーを2分間も喪失してしまって申し訳ありません。何か異常はありませんか?」
「…にふん…かん…?」
 向こうで何時間も過ごしていた感覚が蘇ってきた。とりとめのないことをいっぱい話して、いっぱい歩いたような覚えがぼんやりとあるのに、それがたった2分間の出来事だと聞かされて、とても気持ちがついていかない。
 オルフェは突然溢れてきたなにかで胸がつまって、ヒパティアに伝えなければならないことがあるのに、何一つ言葉にならなかった。
「ううっ…あ…ひっく…」
―多分彼は、とても遠い所にいるのです。
―あなたでも手のとどかない、あの遠いネットワークのはずれにしか、あなたのお兄さんはいないのです…

担当マスターより

▼担当マスター

比良沙衛

▼マスターコメント

 ええ、遅刻すみません、比良沙衛です。

 そういえば、ハッキングと一言で申しましてもいろいろありますよね。
 いえ、別になんということもないんですけど、ハッキングという言葉が今脳内でゲシュタルト崩壊してる感じです、文章も崩壊してますね、もともとですか、はい。

 あと、ダブルアクションお気をつけください。ここはラインが曖昧な上に首絞めなので明言は避けますが、流れとして連動してたらちらりとかましたりするくらいはしたいのです。が、どう見てもまったくの別行動ッ…!になっているのがとても多かったです。
 そしてわたくしレベルや数値では判断しないです、ガチで被ったらちょっと見るくらいですが、あくまでアクションの内容で判断しますのであしからず。

 今回のシナリオ、内部犯は内部犯でも、というやつでしたね。
 アクションでも、ウイルスに対する備えがほとんどありませんでした。アクションという意味だけでなく、ウイルスを想定した考えそのものがほぼ見当たりませんでした。何らかの形でこの部分を反映させようと考えています。
 敵は何なのか、何になろうとしているのか、保護者のいないヒパティアはたった一人で敵に何を思うだろうか。
 次回もヒパティアを見守ってやってください、あと眠りひ…男とか。
 今度はバトルが多いのではと思います。
 それでは、次またお会いできましたら、よろしくおねがいいたします。