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ビターなチョコは甘くない

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ビターなチョコは甘くない

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第9章


 夜の公園を並んで歩く若い男女。
 女の子はどことなく落ち着かない様子で、隣の彼をちらちらと見ている。
 やや軽そうな男の方は女慣れしているのか、夜のデートに動じた様子はない。
「あ、あのさ……」
 女の子が口を開いた。可愛らしいトートバッグから、綺麗にラッピングされたチョコレートを取り出した。
「ん? ああ……何かそわそわしてると思ったら――」
 えへへ、と女の子は自分の顔を隠すようにチョコレートを構えておずおずと差し出した。
「うん……ね、もらって……くれる?」
 男は口の端を吊り上げて、ニカっと笑った。

「ったりめーじゃん! オレが女の子からのチョコを断ったりするわけが、つかぶっちゃけ一個も貰えそうに……ゲフンゲフン」
 何かを思い直した男はゲホゲホと咳き込み、仕切り直した。

「……当たり前じゃないか、君からのチョコレートをこのオレが断るとでも思ってるのかい?」
 やたらと瞳をキラキラさせて男は言った。
「うれしい! ね、食べて食べて!」
 女の子は嬉しそうにチョレートを渡す。男は感激した様子で包みを開け、中身を見た――


「ぐぎぎぎぎぎ……」
 という二人――シヅル・スタトポウロ(しづる・すたとぽうろ)宇佐川 抉子(うさがわ・えぐりこ)の様子を、抉子のパートナー瞼寺 愚龍(まびでら・ぐりゅう)は近くの茂みから観察していた。
 従前の知り合いである抉子とシヅルはチョコレイト・クルセイダーの噂を聞き、何とかしておびき出そうとしてカップルのフリをしているのだ。
 そして愚龍とシヅルのパートナー、エパミノンダス・神田(えぱぴのんだす・かんだ)は二人で周囲を警戒している、というわけだ。

 ところで抉子に大絶賛片想い中の愚龍の胸中は察して余りあるものがある。
「あれは演技あれは演技演技演技えんぎ。囮捜査囮捜査囮囮おとり……」
 シヅルと抉子が仲の良いイチャイチャカップルを演じているのを見ながら、その手に持った暁の剣を握り締めて耐えていた。
 その様子を見て、エパミノンダスは笑う。
「おーぅ、これは見事なバーニングライスケーキ!! ぐーちゃんはツンツンデレデレでベーリィプリティーですね」
 独特なエパミノンダスの言い回しに戸惑うものの、こちらも元々友人なため意味や意図は理解できる愚龍。即時に反応した。
「う、ううううるせぇよエピ! 誰が焼き餅なんか焼くかって……! だ、だいたいアイツは色気ってモンがねーからよ、シヅルのヤツとカップルごっこでもして少しは……ってあああぁ」

 見ると、チョコの出来栄えに感激した(という設定の)シヅルが抉子の手を取っている。
「えぐ公……ゲフンゲフン、抉子、君がこんなチョコレートを作れたなんて感激だよ……」
 と、シヅルはチョコレートを絶賛した。
 実際のところそのチョコの出来は見事なもので、見た目といい包装といい、細やかな心遣いが行き届いた一品であった。とても素人が作ったものとは思えない。

 まあ、作ったのは愚龍なのだが。

「うん、えへへ……とっても頑張ったんだよ♪」
 嬉しそうに抉子は頷いた。

 もちろん、頑張ったのは愚龍なのだが。

「うんうん、えぐ公もやっと女子らしい事を覚えたんだな……オレ嬉しいよ」

 シヅルさん、残念でした。

 抉子はというと、シヅルが開けたチョコを覗き込んで感嘆の声を漏らした。
「わぁ……おいしそう! ね、ねえ、ちょっとだけ食べていい?」
 それを聞いたシヅルは疑問を口にした。
「ん? ちょっと待てえぐ公。お前が作ったのものを何でお前が食うんだよ?」
 ん? と小鳥のように首を傾げた抉子は事実を告げた。
「え? 違うよ? これ作ったの愚龍だよ?」
「え、これ作ったの愚龍さん? うわ、じゃあこのキラキラな飾りつけもふわふわなラッピングも愚龍さんプロデュースっ!? さすが愚龍さんマジパネェ。……つか抉子、お前ダメじゃん。ダメダメじゃん」
「えー、だってー。一緒に作ってみたけど愚龍の方がずっと上手なんだもんー。あたしは何か失敗ばっかりだし。ねねね、ちょっとちょうだい、ちょっとだけ……!!」
 抉子の失敗作はお料理の妖精さんが根性でおいしく片付けてくれました。

 当然、その妖精さんは愚龍なのだが。

 抉子はシヅルが持ったチョコの箱からチョコを取り出そうと身を乗り出している。端から見ればイチャイチャしているように見えなくもない。

「ぐががががが!!」
 その妖精さん――愚龍はというと、抉子の様子を見るに耐えかねて公園の木に頭を打ちつけて理性を保とうとしていた。
「おー、なんとパッションにあふれたハイビートなヘッドバンギング!!!」
 エパミノンダスはその愚龍の様子にどこかズレた賛辞を送っている。
 だが。

「―ぐーちゃん!!」
 エパミノンダスは愚龍に注意を促した。シヅルと抉子の二人の前に、いつの間にか茶色タイツを着込んだ集団が現れている。チョコレイト・クルセイダーだ。


「ふっふっふ……まだバレンタインには早いと言うのに随分と見せつけてくれるじゃあないか……見ろ、こんなにセンサーがときめいて……あれ?」
 クルセイダーの男は、手元のときめきセンサーを確認した。
 ときめき反応はあるものの、それは目の前のシヅルと抉子からの反応ではないと気付いたのだ。
 反応の出本を探してセンサーを覗き込むクルセイダー。その視線が茂みの方へと移っていく。
「そこだ、その茂みの中からどうしようもなく激しいときめきを感じるぞ!! これほどの強烈なときめきは初めて――」


「ときめいてねぇっーーーっっっ!!!」


「どわぁぁぁっ!?」
 クルセイダーは驚きの声を上げた。
 突然、愚龍の叫びと共に茂みから引っこ抜かれた樹木が飛んできたのだからその驚きも理解できる。
 ときめきを指摘された愚龍は怒りと恥ずかしさにブチ切れ、頭を打ちつけていた木を引っこ抜いてエパミノンダスとの協力サイコキネシスでブン投げたのである。

「よっしゃ!! これでも喰らいな非モテ集団!! いくぜエピ!!」
 飛んできた樹木にひるんだクルセイダーに、シヅルはスプレーショットをばら撒いて牽制した。
「オーッケェーイ!! いくよシヅル!!」
 エパミノンダスも茂みから飛び出して、シヅルと共にクルセイダーを挑発する。
「へっへー! モテない男共は大変だねーっ! 悔しかったらここまでおーいでーっ!!!」
 シヅルとエパミノンダスは抉子に攻撃の手が及ばないように、クルセイダーを挑発しながら離れて行った。
「な、なんだとーっ!」
 クルセイダー達は走りながら戦闘を繰り広げるシヅルとエパミノンダスを追っていく。
 一瞬にして取り残される抉子。

「あ、追わなくちゃ。でもこれどうしよ……あ、愚龍。はい、これ」
 先ほどシヅルから奪い取ってしまったチョコの箱は抉子の手の中だ。やって来た愚龍にチョコを返そうとする。
 戸惑う抉子の頭の上にぽん、と手を載せた愚龍。
「……返さなくていい。それはお前に作ったモンだ。だからまあ……後で喰え」

 耳まで真っ赤にした愚龍の言葉のその意味に、抉子は気付かない。
「え、いいの? わーい。……わぁ、おいしい〜♪」
 箱からチョコを一個取り出して口に放り込んだ抉子は、無邪気に感想を述べた。


 その笑顔を見た愚龍は、まあいいか、とため息を漏らすのだった。


                              ☆


「この寒いのにおめでたいねぇ……チョコなんて貰えれば幸せってもんでもないだろうにねぇ」
 と、八神 誠一(やがみ・せいいち)は見知らぬ女子を襲っていたチョコレイト・クルセイダーの耳元で囁いた。
 自身はブラックコートで気配を殺し、闇に乗じて迫った誠一に隙はない。クルセイダーは完全に不意を突かれた形だ。
「え?」
 と、振り向いたクルセイダーの口に放り込まれる『テロルチョコおもち』。
 チョコという名前はついているものの、その性能はものすごく弱いプラスチック爆弾に近い。
「おぺしっ!?」
 軽い細工で爆発するように作ってあるものの、今回の目的は殺傷ではなく変態退治なのでせいぜい気絶する程度だ。
 口の中が激しく爆発して気絶するクルセイダー。
 誠一は調子よく次々と敵の口にテロルチョコおもちを放り込んでいく。
「どうですか、チョコなんてもらってもいい事ばかりとは限らないでしょう。モノによっては常識をはるかに超えた危険物だってぇのに。コレなんかまだマシなほうですよ、リア達のアレに比べればねぇ」

「む〜。なんかせ〜ちゃんに大変失礼なことを言われた気がするのだよ?」
 と、誠一のパートナー、オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)は憮然とした表情で呟いた。

 だが、誠一に頼まれてチョコレートを手作りし、食べて貰えるのかと思いきやそのまま夜の屋外を連れ回され、自分が囮役であることをようやく理解したのもつかの間、ときめいていないとかいう理由で囮役としても使えないと言われた気分で、さらに手作りしたチョコさえもその言われようでは無理もない。

「ふっふっふ……そんなことはどうでもいい。さあ、そのチョコを渡して貰おうか!!」
 そのオフィーリアにじりじりと迫るクルセイダー。
 まんまと誠一の口車に乗ってしまった状況も面白くないが、突如として現れた変態に自分の手作りチョコを渡せと命令されるのも嫌な気分だ。
「むむむ〜。確かにせ〜ちゃんには渡せって言われたらすぐに渡せって言われているのだよ? しかしその物言いはちょっと腹が立つのだよ!」
 面白くないので目の前のクルセイダーに鬱憤晴らしをすることにした。
「ほれ、そのチョコをよこべしっ!?」
 手にした手作りチョコの箱をクルセイダーの顔面に叩きつけたオフィーリア。
 その衝撃で不器用にリボンがほどけ、中からオフィーリアの手作りチョコが姿を現した。

「あ、え、いや、な、何だこれえぇぇぇ!?」
 ついつい大きな声を上げてしまったクルセイダーの驚きも、もっともな事と言える。

 まず、一般的なチョコレートは箱から這い出てこない。
 そして、一般的なチョコレートは紫色をしていない。
 さらに、一般的なチョコレートは牙のついた無数の触手が生えていたりしない。
 ついでに、一般的なチョコレートは闇の瘴気を放たない。
 おまけに、一般的なチョコレートは自分から無理やり食べられようとしない。

「た、たすけてぇぇぇ!!!」
 オフィーリア作の『チョコレート』に絡みつかれて悶絶するクルセイダー。その様子を見てオフィーリアは満足そうに胸を張った。


「ふぅ、何かすっきりしたのだ。俺様のチョコが食べられるのだから光栄に思うのだよ?」


 誠一に誘われてオフィーリアと共にチョコを手作りした鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、可愛いハンドバッグから銀色の箱を取り出した。
 綺麗なリボンが巻かれたその箱を、潤んだ瞳でクルセイダーに差し出す。
「ねぇ……これ。ボク、皆さんのために一生懸命用意したんだ……食べて……くれるかな?」
 少なくとも見た目は美少女な氷雨。普段から女性慣れしていないクルセイダーはこんな可愛いコにそんな瞳で見つめられたことなどない。
「も、もももももちろん!!」
 勢いづいて手渡された銀色の箱を開けたクルセイダー。その表情が凍った。

 まず、一般的なチョコは緑色では以下略。
 というか、それデローンだよね。デローンチョコだよね。

 氷雨の作った『恐怖デローンチョコ』は『テロルチョコおもち』を利用して作った特別製で、その可塑性を利用してグネグネと動く。
 うっかりすると自ら飛び上がって口に入ろうとするのはデローン独自の特性であろうか。

「こ……これは……」
 銀箱の中に見える禍々しい緑色の物体は氷雨曰くチョコレートらしいのだが、いかに美少女の手作りといえどコレを食べるわけにはいかない。さすがのクルセイダーも戸惑いの表情を見せて凍りつく。
 ちらりと氷雨を見ると、潤んだ瞳から一筋の涙がこぼれた。
「食べて……くれないの……?」
 と、悲しそうな表情を作る氷雨、クルセイダーの胸が痛む。
 最初からチョコを奪うべき対象でしかない少女。それであれば恨まれようが泣かれようが構う事はない。
 だが、一度手作りチョコを利用して心に入り込んでしまった氷雨の涙は効いた。

「た、た、た、食べさせていただきますっ!!!」

 よせばいいのに、意を決してそのデローンチョコを口に放り込むクルセイダー。

「で、デッデデデデデロー!!!」
 やはりというかなんと言うか、奇声を上げて倒れるクルセイダー。
 嬉々としてそのクルセイダーを縛り上げていく氷雨。


「フフフ、現実はそんなに甘くないんだよー。他人のチョコを奪おうとする悪い人にはおしおきなんだよー♪」
 その片手に、キラリと目薬が光った。


「ふふふ……私いま、とてもときめいています……!!」
 そこに現れたのが雨宮 七日(あめみや・なのか)日比谷 皐月(ひびや・さつき)のパートナーである。
「あ、あれれれ? 七日さん!?」
 誠一は驚いた。噂では皐月は死んだと聞いていたからである。パートナーが死ねばそのパートナーも大きなダメージを受ける。噂が本当であればここに七日が現れる筈はないのだ。
 だが、現に七日はそこにいた。皐月のために作ったチョコレートを随行させて、やや上気した表情でクルセイダー達を見つめている。

「……ま、いいか」
 と誠一は呟いた。
 事情がどうあれ、七日がここにいるということは皐月もまた最低限無事だということなのだから。


 ところで、その頃の日比谷 皐月。
 
「あー、七日なら完全武装で出て行ったけど何か?」
 と、パートナーであるマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)に告げた。
「何!?」
 マルクスは驚きの声を上げた。
 ただでさえ口が悪くてトラブルが多い七日、とある事情により大怪我をして全身包帯まみれの皐月が制止役として役に立たない今、七日の暴走を止めることができないのは分かっていた。
「か、完全武装ということは……アレもか?」
「ん」
 と、事もなげに頷く皐月を尻目に、部屋を飛び出すマルクス。
 暴走を止めることができないなら、せめて別な形で七日をサポートしなければならない。

「あんなもの街中で使われてみろ……射線上に草一本残らんぞ……!!」
 街中に出て映像や証言の材料を探す。
 それらの材料を、テクノコンピューターを駆使して加工していくマルクス。
 これにより、七日の行為によって何があってもその罪は全てチョコレイト・クルセイダー、および独身貴族評議会に被せられることになった。
「まったく……世話の焼ける……!!」
 と文句を言いつつも、次々に根回しをしていくマルクス。

「やれやれ、ご苦労なこったな」
 と、皐月は自分の事は置いといて呟くのだった。


 それはそれとして雨宮 七日。
「さぁ、Eat or Dead!!」
 七日が皐月のために心を込めたチョコレート、それがチョコレートアンデッドである。
「お、おのれ!」
 その茶色いアンデッドに襲いかかられながらも、なんとか反撃していくクルセイダー。
 だが、もとより液状化しかかっているアンデッドはそもそも物理攻撃を受けても再生し、哀れなる犠牲者にドロドロに溶けた体で覆い被さっていく。
 仲間を助けようとしたほかのクルセイダーも集まって、何とかチョコレートアンデッドを引き剥がそうとする。
 その様子を見て、七日は呟いた。
「……何ですか、何ですか。人が心を込めて作ったチョコレートに対するその扱いは。結局皐月も食べてくれませんでしたし……!!」
 この場合、皐月に罪はないと思われる。込められた心が悪意である、という話もある。
 ともあれ、やり場のない怒りに燃える七日。
「食べないと言うならば、答えは一つです!!」

 アボミネーション! 絶対闇黒領域! そして地獄の門による魔弾『クロウカシス』二門召喚!!
「さぁ、これで終りです!!」
 召喚されたパーツが空中で巨大な魔砲を形作っていく。
 七日の両腕の下腕と連動した魔砲は、クルセイダー達に狙いを定めていくが、その範囲内には誠一とオフィーリアと氷雨も入っていることも忘れてはならない。

「ちょ、ちょっと七日さん?」
「お〜、かっこいい! かっこいいのだけれど……!?」
「えー、七日さん、ボクらのこと見えてないのーっ?」

 次々に声を上げる一行を無視して、七日の両腕から発せられた魔力が、二門の魔砲に全てを闇と氷に閉ざす無慈悲なる咆哮を上げさせる!

「うわあああぁぁぁっ!?」
 逃げ惑うクルセイダー達。その頭上スレスレをかすめて魔砲の攻撃が上空に飛んでいった。
 それでも、攻撃の影響は避けきれずクルセイダー達は凍りついて倒れた。
「あーーーれーーー!?」
 一方、奈落の鉄鎖でクロウカシスの反動を殺していた七日だったが、あまりにも大きな反動は殺しきれず、はるか後方へと飛んでいく。


「……やれやれ、やっぱりチョコレートに関わるとロクなことがないねぇ。甘くない、甘くない」
 一歩間違えば死ぬところだった、とため息をつく誠一だった。