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葦原明倫館の休日~ティファニー・ジーン篇

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葦原明倫館の休日~ティファニー・ジーン篇

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第5章  救護班のティータイム♪

 午前中、救護班には房姫が控えていた。
 みなのがんばる姿を応援しつつ、けど眼はやはり。

「ハイナったらあんなにはしゃいで……あ、こけた」

 いつのまにか、ハイナを追ってしまうみたい。

「房姫さま」
「あら、白姫さん」
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ、ちょうど独りで暇をしていたところですの」
「あたしもいるよ!」
「えぇ、葉莉さんもどうぞ」

 そんなおり、テントを訪れたのは樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)土雲 葉莉(つちくも・はり)だ。
 白姫はいつもどおり最低限の茶道具を抱えているのだが、葉莉は。。。

「チョコのにおいが甘すぎです……ぅおっ!?
 ひょ、ひょぇ〜!」

 ふらふらしながら、両手いっぱいの大鍋を運んでいるではないか。
 狼ゆえの嗅覚により、ふたの隙間からもれるにおいに酔い気味らしい。
 あっ、危ないっ!

「とっと……おまえ、大丈夫か?」

 危機一髪、ずっこけそうになった葉莉の手をマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)が握っていた。
 おかげで鍋もひっくり返さずにすんだ。

「あっ、ありがとうございますっ!」
「白姫からもお礼を申し上げませんと……葉莉を助けていただき、誠にありがとうございました」

 鍋を挟んで対面するマクスウェルへ、慌てて頭を下げる葉莉。
 すでに房姫の隣で風呂敷を開いていた房姫も、丁寧に謝辞を述べた。

「いやいや、無事でなによりだぜ」

 はははと笑ったマクスウェル、テントの端に葉莉ごと大鍋を着陸させる。
 今日という日に『怪力の籠手』を装備しておいてよかったと、ふと思った。

「お礼にお茶をごちそういたしますわ、えっと……」
「自分はマクスウェルだ、みなにはウェルと呼ばれているがな」
「ウェル殿、ご主人のお茶は美味しいですよ!」
「そうか、ではいただくとしよう」

 マクスウェルの手を引き、白姫の隣へと座らせる。
 だが葉莉は、このときまだ気づいていなかった。
 実はマクスウェルの本当の性別が、苦手な男性であることに。
 それが幸いしたため、鍋騒動も無事に収まったのだが。

「マクスウェルさま、こちらは房姫さまでございます」
「ハイナ総奉行殿のパートナーなんです!」
「初めまして、房姫と申します」
「お会いできて光栄だ、よろしくな!」

 白姫と葉莉が房姫を紹介して、これでみんなお知り合い。
 マクスウェルの求めた握手にも、房姫は快く応じた。

「しかし、葉莉だっけ?
 おまえが運んでた鍋には、なにが入ってるんだ?」
「あれはホットチョコレートです!
 雪合戦で冷えた身体を温めてもらおうと、ご主人と一緒に準備してきたのです!
 チョコが焦げないように、力いっぱいかきまぜました!
 ネネとココにも手伝ってもらったんですよ、ねっ!」
「えぇ、陰陽科の家庭科室を使わせていただきましたの。
 葉莉ががんばってくれたので助かりました」
「それはまた……お心遣いに感謝いたしますわ」
「これが忍犬か……可愛いな」

 今度は、マクスウェルから葉莉への質問。
 忍犬2体も召喚してのがんばったアピールは、白姫の心にも届いている。
 房姫からも感謝されたのは結構、嬉しかったかも。
 ちなみにマクスウェルは、忍犬にちょっと心奪われたり。

「っと、いけない、連れて帰りたくなっちまう」
「かまってもらえて、ココもネネも喜んでいます!
 ありがとうございます、ウェル殿!」
「やっぱり今日は来てみてよかった」
「ん?」
「実はな、自分は雪合戦というものを見たことがなかったのだ。
 どうやって雪で勝負するのかも、なにを競うものなのかも疑問だった」
「その疑問はとけたのですか?」
「うん、前者は。
 雪をまるめて投げ合うというのは、なかなか新鮮だったよ」
「競うモノは、人によって違うのではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「みながチームとして競っているのは、もちろん優勝だと思うのです。
 けれど1人ひとり、自分のためだったり、誰かのためだったり、参加した理由が異なるでしょうから」
「なるほどな、想いはそれぞれ……か」

 白姫による笑顔の説明は、マクスウェルと葉莉を素直に納得させるものだった。

「さぁお待たせいたしました、どうぞ」
「「「いただきます」」」

 ことんと茶筅を置くと、白姫はみなの前にお茶を差し出した。
 一緒に、兎をかたどった真白い生菓子も供される。

「いつもどおり、たいへん美味ですね」
「ありがとうございます、房姫さま。
 それにしても、みなさま楽しそうでございますね」
「えぇ、けど1番はしゃいでいるのは、ハイナですわ」
「ハイナさまご提案の雪合戦ですものね。
 ですが賞品が房姫様のチョコレートとなればこそ、みなさまのやる気もすごいのでしょう」

 まったりのんびりしているうちに、第1試合が終了。
 4人は手分けして、白姫と葉莉のつくったホットチョコレートとハート型クッキーを選手達へと配布した。
 クッキーをチョコにつけてチョコフォンデュができるという、なんとも気の利いた差し入れである。

「よかった、みなさま喜んでくださって」
「はい、つくった甲斐がありましたね、ご主人!」

 チョコを手にした仲間同士、さらには対戦相手同士で、話の輪が広がっていた。
 疲労を癒し、お互いの健闘を称えるための助けになればと考えていた白姫。
 想いは、みなに伝わったようだ。 

「まだかな〜♪」

 そんなこんなでお昼をはさみ、第2試合開始の時刻。
 救護班のテントには、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)が座っていた。

「どうした、どこか怪我でもしたのか?」
「あ、いえいえ、みんなを待ってたの」
「というと?」
「うん、3人だけじゃ大変だろうから、私もお手伝いにきたよ。
 特技に『応急手当』があるし【ヒール】もつかえるしね」

 匡壱とゲイルの問いかけに、ミシェルはぽんっと胸を叩く。
 自分こそ救護班にふさわしいと言わんばかりの、満面の笑みで。
 ちなみに、午前中房姫と一緒にいた3人はというと。。。
 午後用のホットチョコレートの準備と、葦原明倫館の見学へ出かけてしまったそうな。

「俺は……専門なのは暗殺と偵察くらいなものだが」
「ん?
 銀もついて来てたんだ」
(お手伝いしてくれるつもりなんだね、きっと)
「雪合戦大会か、総奉行も妙なことを思いつくものだな」

 振り返ると、置いてきたはずの影月 銀(かげつき・しろがね)がいた。
 銀はミシェルのことを本当に大切に思っており、今日も離れたくなくてついてきたらしい。

(ミシェルは救護班の手伝いをする気のようだが、ミシェルになにかあってはいけないからな)

 そう、銀は過保護なのだ。
 しかし。

(過保護?
 保護に過ぎることなどあり得ない、なにかあってからでは遅いだろう)

 自分の行動については、こんなふうに考えているみたい。

「とりあえず『日本酒』と『ソーイングセット』は持ってきたが……」
「ん?」
「銀殿、ソーイングセットはなにに使うのですか?」
「怪我をしたときに縫うと早く治……」
「駄目だね、没収だよ〜」

 匡壱とゲイルの反応に、銀は首をかしげる。
 その直後ミシェルにソーイングセットをとりあげられ、今度は逆方向へと首を傾けた。

「俺が以前怪我をしたときはそれで治ったのに、なぜ駄目なんだ?」
(あれ〜『なんでダメなのか分からない』みたいな顔してるんだよ……ちゃんと見張っとかないとね)
(まぁミシェル以外のやつはどうでもいいしな、日本酒で適当に消毒でもしておけばいいだろう。
 ……大怪我とかしたら、ミシェルがどうにかするだろうしな)

 なんと、銀はソーイングセットで怪我を治した経験があるとのこと。
 そりゃあちゃんとした技術のある方が、ちゃんとした設備のもとでやれば治るのかもしれないけれども。
 銀にそんなことさせられないというミシェルの判断は、その場の誰が視ても正しかった。

「しっかし、怪我人って来ないもんだな」
「えぇ、幸い午前中もゼロ人でした」
「攻撃スキルを使えないのです、傷を負うことはほぼあり得ないでしょうな」
「ねね、匡壱、チョコのつくり方を教えてもらえないかな?
 バレンタインも近いしね」
「あ、あぁ、構わないぜ。
 じゃあ今日の大会終了後にでもやるか」

 横一列に並んで座って、雪玉の行方を追う5人。
 銀が話題を提供して、ほかの者が応える感じ。
 そろそろ、ネタがつきそうだ。。。

「ボクは騎士王なんだぞ−!」
「「「「「ん?」」」」」

 そのとき、テント後方から子どもの声が聴こえてきた。

「多くの戦場で勝利してきたからボクが指揮すれば勝てるんだぞ−!
 雪合戦がんばるぞー!」
「たまの休日だというのに……ハイナ奉行は元気だよな。
 うちの駄目騎士王も元気だが……おーい。
 雪って意外とこけやすいから気をつけろよ……あ、こけた」

 校庭いっぱいに響き渡る声の主は、アネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)
 パートナーの武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)も一緒にいる。

「いちゃい……うえーん!」
「泣くな、救護班に連れていってやるから……」
「いちゃいよ、いちゃいよ!」
「ほら乗れ、おんぶして連れていってやるから!
 いつっ、髪引っ張るな、叩くな、噛みつくなって!
「ふえーん!」
「くそ……やりたい放題だな、おい!」

 アネイリンを背負い、牙竜は救護班のテントを目指した……だが。
 背後からの攻撃に、イライラを募らせる。

「おーい、匡壱とゲイル!
 怪我人を連れてきたぞ!」
「俺達ご指名だぜ!?」
「ほぅ、本日初の怪我人ですな」

 よいしょっと、ござの上にアネイリンを下ろした牙竜。

「まぁ、膝すりむいただけなんだが……とりあえず泣きやませてくれ。
 俺きらわれてるから、俺じゃ無理なんだわ」
「はぁ……」
「ふと思ったが、オマエら2人……子どもの相手できるか?」
「えっと……」
「なんか微妙な顔してるな……房姫さま、お願いします」
「あ、はい」
「お手伝いだよ〜ほら、銀も!」
「んじゃとりあえず酒でしょうど……」
「だから駄目だってば!」
「銀さん、この子を抑えておいていただけますか?」
「おぅ、それくらいおやすい御用だ!」
「房姫さま、消毒薬です」
「ありがとう、ミシェルさん。
 じゃあ少しがまんしてくださいね」
「ひっ!
 がりゅーのバーカー、バーカー!」

 消毒薬を塗られ、アネイリンの泣き声がさらに大きくなる。
 擦り傷ゆえ、しみるのだろう。

「がりゅーのバーカ−、バーカー!
 いちゃくないって言ったじゃないか!」
「……な、きらわれてるだろ?」
「うむ、ものすごく」
「なんかしたのか、こいつに」

 しかし、内容は牙竜の悪口である。
 指さし嘆く苦笑に、ゲイルも匡壱もちょっと同情を覚えた。

「うわーん!」
「さて、これでもう大丈夫ですよ」
「え、もうだいちょうぶ?
 あ……痛くない……ありがちょうございまちゅ、綺麗なおねーちゃん!」

 銀が離すなり、房姫に抱きついたアネイリン。
 そのまま、すぅっと眠ってしまった。

「まぁ、はしゃいで疲れたのですね」
「房姫さま、なんで俺はコイツにきらわれてるんだろうか?」
「そうですね……匡壱の言うように、なにかこの子がいやがることをしたのではありませんか?」
「思いあたるのは……コイツがエクスカリバーを使えないで、俺が使えてることくらいだ。
 アーサー王の英霊としては気にくわないのだろうけど、レベル的な問題で俺のせいじゃないし……どう思います?」
「でしたら、エクスカリバーを使えるようになる方法を教えてさしあげればよろしいのでは?
 目標があれば、それに向かってがんばるでしょう……文句を言いながらでも」
「なるほど、それもありかも」
「それに文句が言える相手、牙竜さんしかいないみたいですし」
「へ、それっていいことなのか?」
「……あたたちゃい……がりゅー、がりゅー……今度はいい子にしてるから……あちょんで……」
「この駄目騎士王……世話のかかるやつだな」
「ふふふ……手のかかるのもいまのうちだけですよ、きっと」
「だといいんですが。
 ちゃんと一人前になるまで面倒視ないといけないようだ。
 房姫さま、匡壱にゲイル、それに銀とミシェルだっけか、世話になったな。
 連れて帰って、ちゃんと布団で寝かせるとするわ」

 房姫からひきとったアネイリンを、牙竜は箱車へと載せる。
 普通の乳母車でないのは、牙竜のこだわりだろうか。

「ふんふんふ〜ん♪」

 アネイリンの寝言が嬉しかったのか、鼻歌まじりに屋敷へと去っていく牙竜であった。

「行っちまったぜ」
「あぁ、なにかどっと疲れたな」
「ではお茶でも淹れましょうかね」

 特別なにもしていない匡壱とゲイルだが、あんな間近で泣かれたのは初体験。
 精神的疲労を感じとり、房姫はお抹茶をたてることに。
 最早定位置となった横一列に並ぶと、5人はお抹茶と生菓子を味わった。
 ちなみに今回の生菓子は菜の花をかたどったもので、春の訪れが待ち遠しくなる一品である。

「こんにちは、俺もご一緒させていただけませんか?」

 そんなおやつの時間帯に、長原 淳二(ながはら・じゅんじ)がやってきた。
 美味しそうなお抹茶の香りに誘われたのだと、にっこり笑う。

「えぇどうぞ、いまお茶を淹れますね」
「ありがとうございます」

 腰を下ろしたのは匡壱の隣、なぜならそこが空いていたからだ。

「激しい運動も好きだが、観戦ってのもいいね」
「みんなのがんばってる様子を眺めるのも、悪くないよな」

 お茶を一口、大きく深呼吸をする淳二。
 匡壱も、そしてほかの4人も、笑顔で応えた。 

「いやしかし、総奉行もいいタイミングで大会を開催してくれました」
「お、なんでだ?」
「これまでの休日はなんだかんだ用事が入ってつぶれていたのですが、今日はなんの予定もなくて。
 なにをして過ごそうかと迷っていたときに、ちょうど総奉行の放送を聴いたのです」
「な〜る、でも参加はしなかったんだな」
「参加も考えはしましたが、たまには観戦でもしようかなと思いましてね。
 初めて出会う方々とお話をしてみたかったのもありますし」

 淳二と匡壱の話に、みなも入ってますます盛り上がるティータイム……試合そっちのけ。 

「ふふ、楽しそうですね。
 私も仲間に入れてはいただけませんか?」

 つづいて、プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が現れる。
 房姫のななめ後方に腰を下ろす姿は、実に上品だ。

「どうぞ」
「ありがとうございます……ああ、お茶が美味しいです」
「お口にあってよかったです」
「はぁ……みなさま、よくやりますね」
「審判もがんばっているみたいですよ?」
「ふふふ、しきるのが楽しいのでしょう。
 普段の生活、特に家のことなどは私達がしきっていますので」

 のんびり感想をもらすプラチナムに、ゲイルがパートナーの話をふる。
 だがその返事ときたら、無表情のままにクールな毒舌が風を切る。
 当人が聴いていなくてよかった、クリティカルヒットして心の傷になっていただろうから。

「あ、顔面直撃とかいたそうですね〜あら。
 こちらではこけていらっしゃる方も……がんばって、早くおきあがってくださ〜い。
 おや……ところで房姫さま、手づくりチョコとのことでしたが用意はよろしいのですか?」
「はい、万事整っておりますよ。
 貴方のお友達のおかげもございましてね」

 綺麗な顔で、さらりと痛いところをつくプラチナム。
 しかし、房姫も負けてはいない。
 くすりと微笑み、余裕のウインクをしてみせた。

「にゅふ〜♪
 龍兄がんばりすぎだよ〜」

 おぉっと、知らぬまに黒崎 椿(くろさき・つばき)がテントの端に座っているではないか。

「どこか怪我でもされましたか?」
「うぅん、ボクは元気だよ!
 それよりいま龍兄がこけちゃって、そっちの方が心配かも〜!」
「あぁ、そこでこけていらっしゃったのはあなたのパートナーでしたか。
 これしきの雪でころぶとは、もっと足腰を鍛えた方がよろしいですわね」
「うん、言っとく〜!」
「え、そんなこと伝えちゃったら、お兄さん傷つくんじゃないかな」
「そっか、じゃあやめとく〜!」

 ぴょんぴょん跳ねて、房姫に元気さを表現。
 そのノリで、プラチナムの毒をまともに受けとるも、淳二の言葉に思いとどまった椿。

「ねぇねぇ房姫さま〜。
 龍兄ね、ハイナさまと一緒に修行してるでしょ?」
「えぇ、たまにですが」
「そしてら龍兄ね、いっつも怪我してるんだよね。
 なにやってんだろ〜?」
「本物の武器を持って、ハイナと戦ってもらっているそうですよ。
 修行とはいえ、手を抜いてはいないのでしょうね」

 月1程度、ハイナは真剣とともに裏山へ出向く。
 そうしてその場にいる者を相手に、実戦形式の修行をおこなっているのだとか。

「わぁ〜龍兄すごいんだね〜!
 いっつも、ボクも龍兄の手当てでいっぱいいっぱいだよ〜!」
「そうですか、えらいですね」
「でも龍兄ががんばってるからボクもがんばらなきゃ!」
「よい心がけです」

 すると、椿は勢いよく立ち上がった。

「龍兄〜がんばれ〜!!」

 精一杯の大声で、パートナーの応援を始める。
 その姿に、救護班だけでなくほかの観戦者や参加者も、なんだかうるっときたのだった。