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リアクション
■6
「繰り返します、恋人同士の皆様は本日、蒼空学園へ近づかないようお願いします。繰り返します――」
駅で緊急の放送を流しているマルクを手伝いながら、舞は拡声器で通行人に対しそう叫んでいた。
隣では勿論マルクも同様に作業をしている。
それを見守りながら、未だ蒼空学園にいるイルマと通信中らしいブリジットへと彼女は視線を向けた。
「何? 一緒にいた女生徒が一人、何かにとりつかれたみたいになった? ――そんなの簡単よ。百合園女学院推理研究会代表であるこの私にかかれば、簡単な事件だわ。犯人は……嫉妬深い雪女に違いないわ。憑依されたのよ」
『は? 雪女?』
受話器ごしにイルマが声を返す。
「大体その暴れてるイゾルデって生徒はどうなったのよ?」
『先程は号泣していましたわ。今は場を離れて名簿を当たっていますので存じません』
「ふん、やはり名探偵のいるところ、事件ありね。イゾルデだっけ? 高い魔力、氷術、そして、狙われるカップル……これらが指し示す結論は一つ。雪――」
彼女が真剣に青い瞳を瞬かせながら再度告げようとした時、舞が思わず声を上げた。
「ブリジット……雪女って、それ、違う」
確かに蒼空学園の過去を振り返ってみれば、そう言うこともあった。だが、今回は明らかに違うだろうと舞は思う。
『……聞かなかったことにしておきますね』
淡々とイルマもまたそう返し、連絡を止めた。
その対応に何処か不服そうな表情で、ブリジットが連絡手段の機器を見つめているのを舞は静かに眺める。すると丁度、歩から連絡が入ったのだった。
「もしもし」
反射的に通信を取ると、歩が舞に対して、現在蒼空学園へと向かっていることを告げた。
それに応対しながら、舞はふと思いついて、自身が手にしている携帯機器へと視線を落とす。
「――マルクさん」
通話を一度終えてから、彼女は傍らでバイトに励むマルクへと振り返った。
「はい?」
それまでの仕事一筋の視線から、一端我に返ったように彼は顔を上げた。
「イゾルデさんてご存じですか?」
「はい? え、っと……どうして?」
青く見える髪を揺らしながら、彼は首を傾げる。
「応えて下さい。それに――随分アルバイトがお忙しいようですが……そうですね、この事態をご友人に連絡したりは、なさっているんですか?」
「……いえ、全然。だって兎に角放送しないとだし――最近じゃ、俺、Agastiaも放置しがちだし……」
自身の大学で広まっているスマートフォンの名を出した彼は、慌てるようにそれを取り出した。
「あ……結構メールとかきてるなぁ」
のんきなマルクのそんな呟きに、舞は黒く長い髪を揺らしながら嘆息した。
「今、蒼空学園で起きている騒動、誰が原因かご存じかしら?」
「へ?」
「イゾルデさんという方が暴れているらしいですよ」
「え……なんで?」
「――率直にお訊きします。イゾルデさんて……さてはマルクさんの彼女さんじゃないのですか? いや、奥さんですかね」
先程の歩からの連絡を思い出しながら、舞は黒い瞳を真摯にマルクへと向けた。
「彼氏さんはトリスタンさん? 不倫でしょうか、ダメですよ。などと、冗談を言っている場合ではないですね――マルクさん、お心当たりは?」
「ちょっと待ってくれ。彼氏は結局俺なの? トリスタンて人なの? っていうかトリスタンって誰!?」
「おいマルク。兎も角、イゾルデに心当たりがあるのは間違いがないのか?」
話を聴いていたブリジットが目を細める。
「ブリジット、お待ちなさい。こういうことは、やっぱりお互いの意思が大事だと思いますよ。人にも色々事情があるでしょうから……一方的な感情を押し付けても、不幸になるだけですわ」
舞がブリジットを制止する最中、マルクがおずおずと頷いた。
「彼女……ってわけじゃ、まだ、ないけどさ。イゾルデのことは知ってる。蒼空学園の娘だよな――忙しくてメール見られてなかったんだけど……今日の待ち合わせメールが……」
マルクのその返答に、ブリジットが更に眉を顰める。
「雪女の怒りを静めるには、すっぽかし男の首に縄をつけて、イゾルデの前に引っ立てて詫び入れさせるのが一番だと思うわ。一発張り手でも入れて溜飲が下がれば、雪女も成仏するわよ」
「いえ、雪女は関係ありませんから!」
再び舞が止めるも、ブリジットがマルクへと向かう足は止まらない。
「雪女だよ雪女。――と、言うわけでマルクさんだっけ? イゾルデを振った男を捕まえるのも、手伝ってよ。イゾルデの問題が解決すれば、避難誘導も不要よ。この混乱は収まると思うから、これも仕事よ」
「いや別に俺、イゾルデのことふってないし……それに駅のバイトが……!」
うろたえるように一歩マルクが退いた、丁度その時のことだった。
「バイトなんていいから、すぐに学園に行ってあげて」
その場に響いた声に、三人は目を見開く。
おずおずと舞が視線を向けると、そこにはイズールトが立っていたのだった。
彼らがたたずむ駅構内にも、次第に窓から夕暮れの薄闇が忍び込もうとしているところだった。
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