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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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終章 影の鼓動

 船の甲板に立つ少女の見下ろす世界は、荒野と砂に覆われていた。こうして空から見ていると、改めてここが緑にあふれる場所だったのだということが信じがたいことのように思えてくる。
(武明くん……大丈夫かな)
 七瀬 歩は、一足先にヤンジュスで探索を進めているであろうパートナーの無事を祈っていた。
 この先、何があるのかは分からぬ。
 ただ――
(みんなが、一緒にいられることを)
 ――歩はただそれを願い続けていた。

「次は、本当に後の無い戦いになる」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)の言ったその言葉には、その場にいた誰もが声を発せなくなるような……それほどの重みがあった。
 できることならば、それは嘘であると信じたかった。きっとこの世のどこかにいる運命を司る聖霊が、悪戯心で悪事を働いただけに過ぎないのだと。無論――そんなことはこの世にありもしないことだと分かってはいた。
 菜織たちのいる場所は、飛行する巨大飛空艇エリシュ・エヌマの艦橋であった。自動操縦を続けるエリシュ・エヌマが示している座標は、ヤンジュスと呼ばれる場所を目指しているらしい。無線機の通信によると、すでにそこにはロベルダと一部の兵士たちがいるのだとか。
 後のない戦いというのは、決して大げさな例えではなかった。
 エリシュ・エヌマの見下ろす大地を駆ける、味方兵士の一団の話によると、敵軍は南カナン軍を退けた後にすぐ進攻を開始したらしい。砦での戦いに敗戦したいま、おそらく敵はニヌアへと攻め入っているに違いなかった。
「エンヘドゥ殿を助ける意思のある者は居られるか」
 だからこそ――菜織は彼らの意思を決起させるべきだと考えていた。敵となってしまったエンヘドゥを助け、そして敵を退け、勝利を勝ち取るために。
「当たり前だ」
 菜織に声を返したのは騎士団“漆黒の翼”を率いる騎士団長のアムドだった。彼は真っ直ぐな瞳で菜織を見つめている。
「うむ……やはり、そうこなくては」
 彼らの意思はきっと死んではいない。
 そんな期待を寄せたそのとき――それはすぐ、無残にも打ち砕かれた。
「……無理だろ」
 弱々しいその声は、“漆黒の翼”の一人から発せられた。騎士団長の言葉に感化されて、血気あふれんばかりだった仲間の一人が、すぐにその騎士に近寄る。
「お前……何を言って――」
「無理だって言ってるんだよ!」
 騎士の悲痛な叫び声が艦橋に反響した。まるで、魂の底から這い出したかのような叫びだった。
「……艦下の兵団からの報告を聞いたのかよ? あいつら、ついに神聖都からの援軍まで要請してるって言うじゃねえか……こっちは砦の連中だけでも敗戦したんだぞ! それも――」
 そのとき、艦橋にやってきたのは菜織のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と、そして黒騎士の兜を外したシャムスだった。
「あの嘘つき野郎とその妹のせいでだッ!」
 騎士の声がシャムスに聞こえていたことは、まず間違いなかった。
 はっと気づいて振り返った騎士は……ばつが悪そうな表情になる。騎士のあまりの物言いに、ついにアムドが彼に詰め寄った。
「貴様、なんてことを……ッ!」
「やめろ!」
 騎士の胸倉を掴んで腕を振り上げたアムドに、シャムスの制止の声がかかった。アムドが呆然としたように彼女を見つめる。
「その者の言うとおり……正しいのはそいつだ。それ以上、彼を責めようとするな」
 アムドがゆっくり手を離すと、騎士はきまずそうにその場を立ち去った。
「シャムス様……」
「いいんだ」
 アムドは何か言いたげに彼女を見るが、主君が制止したことに進言することは、騎士団長としてためらわれることだった。まるでそんなアムドの気持ちを代弁するかのように、菜織が彼女に言った。
「シャムス君……エンヘドゥ君は」
「その話はもういい」
 菜織の話を、シャムスは言葉半分で遮った。しかし、菜織はそれで納得しようとはしなかった。いや……出来るはずもない。
「だけど、君は彼女を助けたいんじゃないのか?」
「……シャムスさん」
「…………」
 菜織と美幸――二人の声がシャムスの中で渦巻く。それは、悪態としても、そして善意なる言葉としても……
「だとしたら……」
 やがて彼女は、苛立ちを抑えきれなくなって叫んだ。
「助けたいに決まってるだろ!!」
 普段は冷静かつ気丈な振る舞いをしてきた彼女の、これほどまでの乱れた心の叫びを見たのは、アムドでさえ初めてのことだった。
「しかし……それはできない」
 叫んだと同時に叩いた艦橋の基板を、深く見下ろしていた。
「オレは領主だ。オレには、民を守り、そして救わねばならない使命がある……だからオレは……エンヘドゥがオレたちを……民を襲うと言うのならば……戦う……迷いを捨てて……オレは戦うのだ」
 その声に涙が滲んでいることに気づいたとき、最もつらいのは彼女だと誰もが知った。
 誰かが言ったことがある。無謀と、勇気は違う。それを履き違えることは、死にさえも繋がると。シャムス――彼女のそれは無謀を理解した決断なのか? あるいは、勇気を持たぬ臆病者の声なのか?
 ただ少なくとも――そのとき菜織と美幸は口を閉ざすしか、なかった。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
カナン再生記「黒と白」シリーズの外伝、いかがでしたでしょうか?

まずは遅延公開になってしまったことをお詫び申し上げます。
本当に申し訳ございませんでした。

今回は“外伝”という位置づけであるため、本編の登場人物シャムスやエンヘドゥはほとんど登場しておりません。
しかしながら、情報的には様々な形で今回のシリーズの背景を知ることが出来たのではないでしょうか。
……もしくは出来ていると幸いなのですが、それらの情報をもとに第3回を動いてみるのも、楽しみ方の一つかと思います。

次回の本編第3回で、南カナンのシリーズは終わりを予定しております。
どうなるのかはまだ全く分かりませんが、それこそがまた、『蒼空のフロンティア』の魅力です。
皆さんのアクションの力で物語を大いに動かしてくれたら、当方としては大変嬉しい限り……。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。