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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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【カナン再生記】巡りゆく過去~黒と白の心・外伝~

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第2章 そこにあったはずのもの 7

「ほら、これです」
 永太が指をさした先にあったのは、なにやら壁にめり込んだようになっている時計のような装置だった。円を描く数字を指すようして、中心から時計の長針にも似たものが飛び出している。
「これって……」
 驚いて目を見開くリーンに、永太が答えた。
「いやー、ぶつかってしまってついつい本棚の本を散らかしてしまったら、ちょうどこの装置の端っこが目に入って……本棚をずらしてみたらこれですよ」
 笑いながら言う永太だったが、これはそれ以上の発見ではないだろうか。
 すでに装置を調べ始めていたパートナーのカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)と政敏をリーンは見やった。政敏は装置すぐ傍の壁に迫るほど顔を近づけており、壁石の隙間に指先をかざしていた。
 そんな彼の様子をいぶかしんだリーンが聞く。
「政敏……どうしたの?」
「……風だ」
 政敏が呆然としたように呟いた。
 壁石の隙間から流れてくるのは、確かに冷たい空気の漏れであった。と、いうことは――
「この先に通路があるのは間違いなさそうだな」
 集まっていた契約者たちの間に緊張が走る。保管庫で終わりと思っていた地下通路に、更なる先があるということは、それ以上にこのヤンジュスが隠す何かあるということだ。
 すると、もそっと覗き込むようにして見ていた武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)が、半ば興奮気味で装置の前まで進み出た。
「これは……またえらく古い装置ですね」
 装置の周りに描かれる文様は、どこか古王国かなにかの古き時代の名残を感じさせた。ふと幸祐が横にいる機晶姫に目をやる。
「メモリー検索――該当項目はありません」
 パートナーのヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)の無機質な声が幸祐に告げられる。そのまま彼女は180度振り返ると再び警戒態勢に戻った。しかし……ヒルデガルドの記録にないのも当然のことなのかもしれなかった。幸祐が見る限り、これは古びて劣化しているとはいえ、比較的近い時代のものに違いなかったからだ。
「文様は古王国のものを模しているみたいですが、装置自体は経っても50年ってところでしょうか。それにしても、何かの仕掛けですかね?」
 カチカチと針を動かしながら言う幸祐の傍で、ロベルダが言う。
「おそらく、シグラッド様のほどこしたものでしょう」
 シグラッドは仕掛けや秘密を好む用意周到な人間だった。これは、彼が奥に眠る何かを開くために使っていたものなのだろう。
 頭を悩ませたロベルダたちの中で、ふと幸祐は眉をひそめた。
「どうしましたか?」
「……文様が変だ」
 幸祐はロベルダに答えると、装置の周りの文様をなぞった。彼の目が自然と細まる。
「確かに古王国時代を彷彿とさせるものだが、ところどころちぐはぐだ。たとえばこれは……少女の意味するところか? いや、それとも遊び?」
 ぶつぶつと独り言のように呟き始めた幸祐。どうやら、文様としては欠けている部分があるという話だった。
「もしかしたら――」
 突然、幸祐は何かに気づいたようにはっと顔を上げた。目を向けたのは、装置が隠れていた本棚の対面側にあるもう一つの棚である。
「その棚をどかすんだ」
 それまでの丁寧な口調とは裏腹な鋭い声に、慌てて仲間たちは本棚を押しはじめた。重いそれをなんとかどかしたそこには何も見当たらない。きょとんとした仲間たちだったが、幸祐はすぐに彼らの前に出てくると壁を捨て置かれていた金槌でぶっ叩き始めた。
「ちょ、ちょっと幸祐さん……!?」
 突然の暴挙に慌ててそれをとめようとするリーンだったが……すぐに幸祐はそれを制した。
「見てみろ」
「……こ、これはっ!?」
 ロベルダの驚きの声があがった。
 剥がれた壁石のすぐそこには、先ほどの同じような装置が隠された。まるで上塗りされたかのように、壁の中に埋もれていたのである。
「どうして、こんな……?」
 怪訝そうなカチェアの声に、幸祐は当然のように答えた。
「二つあるとはっきり分かっては、侵入者がいた場合に困るからだろう。欠けていた文様の意味は、おそらく二つあって初めて意味を成すものだ。だからもしかしてと思ったんだが……案の定だな」
 幸祐の言葉に、ロベルダたちは納得の表情になる。
 しかし――問題はそこからだった。
「『囚われの姫を救いしは、右なる娘』……なんのこっちゃだな」
 二つ目の装置の周りにも、やはり同じように文様は描かれていた。しかし、その二つの文様の欠落から幸祐が導き出した意味は、どうにもよく分からないものだった。言葉としては分かる。しかし、それが数字と針と何の関係になっているのか。
 『囚われの姫を救いしは、右なる娘』――情景が思い浮かぶようなその言葉に、カチェアは想像をめぐらせる。シグラッドは確かに用意周到で理知的な男だったのだろう。これほどまで奥深くに作られた秘密を知れば、想像にかたくない。
 だが同時に……彼は絆を重ねてきた。その重みを、よく知る男だ。
 まるで夢でも見るかのように瞳を閉じていたカチェアの瞼が、開かれた。
「あの……ロベルダさん」
「はい?」
 静かに言葉の意味を計っていたロベルダに、カチェアは聞いた。
「シグラッド様は……お二人といつも同じ遊びをしていませんでしたか?」
「遊び……?」
 絆がどこにあるのか。もしかしたらシグラッドは私たちが思う以上に、そこにある大切なものを大事にしてきたのではないだろうか。
 ロベルダは、何かに思い至ったらしく声を返した。
「そういえば……よく当てっこ遊びをしておりましたね」
「当てっこ?」
「こう、手の中に何でもいいので、宝物を入れましてですね」
 ロベルダは答えながら、自らそれを演じてみせた。玉でも何でも、手の中に納まるものを入れてそれを握り締める。すると両手を後ろにやって見えなくすると、もう一度握り締めたまま彼女たちの前に見せてみせた。
「そのとき、それを見ていたシグラッド様の妻――シュメル様は、よくニヌアに伝わる童謡を唄っていたものですね……懐かしいです」
「童謡?」
 カチェアは何かが引っかかった。遊びもそうであるが、何より童謡である。
 そういえば……
「政敏、さっき見つけた本、貸してもらえない?」
「ん……あ、ああ」
 少し慌て気味で口にしたカチェアに、政敏は彼女と一緒に探して見つけた、ある本を差し出した。それはカナンの古き童謡を集めた本であった。本をめくっていったカチェアの目が、とあるページではたと止まる。
「これだわ……」
「なに?」
「政敏、左のほうをお願い」
 わけも分からず、政敏は彼女に左の装置へと追いやられた。カチェアは本を持ったまま逆側の右の装置を前にする。そして――
「まずは、右を3に合わせる」
 カチカチカチと針が動く音がした。
「そっちを、5にあわせて」
「あ、ああ……5だな」
 続いて、左の針が5へと動いた。
「そのあとは10。そして――最後に、左を16に合わせるのよ」
 最後まで首をかしげていた政敏であったが、彼が針を16の数字に合わせた瞬間――装置に挟まれていた壁の奥で何かが外れる音がすると、突然壁が開いた。
「わっ……」
 その開門の勢いに、思わずリーンが口をぽかんと開ける。
 カチェアは、自分の考えが合っていたことに安堵の息をついた。どうやら、ある一定の数字へと、針を順序どおり動かすことで開くようになっていたらしい。
 しかし、その数字はどうやって――
 怪訝な政敏たちに、カチェアは本のあるページを見せた。
「童謡の中でも特にニヌアに伝わっている一つのお話。『少女騎士』よ。これには、3歳と5歳のときの主人公の少女の姿、そして10歳になって戦いを覚えたこと、16歳で囚われの姫を救いに行くことが書かれているの」
 数字は、その歳を表していたということか。
 ロベルダが、感涙にも近い声で唸った。
「そういえばシュメル様も……よくその歌をお唄いになっておりました」
「少女が姫を救いにいくお話……」
 どこかそれは、今のシャムスたちにも似ている気がした。
 シグラッドが何を思ってこの装置を作ったのか、今となってはわかるまい。しかし、もしかすれば彼は、私たちが想像していた以上に何かを見通していたのかもしれない。そして彼は妻とともにきっと、それを乗り越える双子の姉妹の姿を見ていたのかも。
「カチェア……」
「うん……行こう」
 リーンに促されて――カチェアは本を閉じた。