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リアクション
第2章 そこにあったはずのもの 5
本棚にぎっしりと詰め込まれた大量の書物の中から気になるものを抜き出して、琳 鳳明(りん・ほうめい)はその本にかぶっていた埃をばんばんと叩いた。
「けほけほっ……もう、何十年も経ってると、そりゃあこれだけ埃もたまるよね」
顔をしかめながら本のページをめくる鳳明に、パートナーの南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)も気になる書物を探しながら声を返す。
「まったくじゃな」
面倒くさそうに言いながら、書物の列に目を通していくが……どうやらここは記録書のほうが多いスペースのようだ。鳳明もそれに気づいてか、早々に持っていた本をもとに戻した。
保管庫は、いかにも事務的雰囲気の漂う無機質な部屋であった。壁は冷たい灰色の石タイルだけで構成されており、そこに様々な資料や蔵書の棚がずらりと並んでいる。一応はテーブルや椅子もあるものの、なぐさめ程度にしかならぬものだった。
「政敏さーん! そっちは何かありましたかー?」
「うんにゃ……特にめぼしいものは見つからねぇなー」
鳳明は、自分たちとは反対側であぐらを書きながら蔵書の山を調べている緋山 政敏(ひやま・まさとし)に声をかけた。しかし、彼のほうもどうやら当たりくじはないようで、バタンと彼は読んでいた本を閉じてしまった。
「大昔の税の徴収記録に改築記録……どれもこれも大した情報じゃないな。正悟……そっちは?」
「……こっちも同じようなもんだ。俺はもう少し奥を当たってみる」
政敏の近くにいた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、そう言うと本を本棚に戻して奥のほうまで歩いていった。性格的なものなのかどうかは分からぬが、政敏と違って読み漁った書物が綺麗に整頓されているのが何とも言えぬところだった。
契約者たちが保管庫を探索する中で、ロベルダはいまだ打撲に痛むシャウラとともに椅子に腰掛けていた。やはり、老体ということもあるのだろう。
そんなロベルダに、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)がなにやらカチャカチャとお茶の準備を整えて尋ねてきた。
「紅茶はいかがですか?」
「おお、これはこれは……」
ロベルダの驚きの声を聞きながらも、すでに玲はコポコポとティーカップに紅茶を注ぎ込んでいた。どこかその音は、ロベルダの安心を誘う。
「では、お言葉に甘えて……」
すっと差し出されたそれに口をつけると、ロベルダは感嘆の声を漏らした。
「これは……素晴らしいですね」
「ありがとうございます。お褒めいただき……恐縮です」
玲は恭しく頭をさげて、シャウラや他のメンバーにも紅茶を振舞った。しかし、そうしていながらもパートナーのレオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)同様、警戒を怠らないのはさすがというべきか。
レオポルディナはにこにこと玲の紅茶を飲みながらも、聖なる保護結界“禁猟区”を展開している。仮に先ほどのような魔物がまた現れたとしても、そのときにはその気配に気づくことができるだろう。
「ふふふ……やっぱり玲のお茶はおいしいのです。ロベルダさんにも認められて、執事免許は皆伝なのですよ」
「そのような免許があるのかは分かりませんが……確かにロベルダさんに褒められるのは嬉しいですね。私にとっても先輩のようなものですので」
玲にそう言われると、ロベルダは自嘲するように笑った。
「私はただの年を食ったおいぼれでございますよ。それに、これだけのお茶が出せるのなら、執事としてはとても優秀だと思いますよ」
「そういえば、ロベルダさんもやっぱり紅茶はよく作られるんですか?」
そうしてほほ笑みあう二人の近くで資料を調べていた火村 加夜(ひむら・かや)が、ふと気になることを尋ねた。彼女は数多くの文献を読みながら、なんとかその中でも使えそうな情報をメモして纏め上げている。
彼女は、一つの資料を手にとってロベルダたちに見せた。
「ここにも、歴代執事の紅茶作法について載っているみたいです」
「ええ、やはりお茶の作法は執事のたしなみですので。しかも、やはり主によって好みがありますのでね……そういったことを記録していたのでしょう」
ロベルダは執事の大変さを物語るように苦笑した。
そして、加夜の資料は随分と古いようで、今は使われていないものだという話だった。現在は新しい書物がちゃんとニヌアの居城に残されているそうだ。
それよりも、加夜としては好みのほうに関心を抱いていた。
「好み、ですか?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、たとえばシャムスさんの好みなんかもやっぱり把握されているわけですね?」
加夜が聞くと、ロベルダは悪戯げにほほ笑んだ。
「あの方の場合ですと、紅茶の好みよりもお菓子の好みかもしれませんが」
「お菓子?」
「……とてつもなく甘いものがお好きなのです」
その言葉を聞いて、一瞬周りはぽかんとした。何せ、想像がなかなかつかなかったからだ。
「あ、甘党、ですか?」
「そうですね。とにかく甘くしておけば、シャム様の場合は問題はありません。いやはや……ある意味執事としては張り合いがないような気もしますね」
そう言いながらもほほ笑んでいる様子は、おそらくそれをどこかロベルダが楽しんでいるからだろう。そんな二人の関係が、加夜の目には眩しく映った。
しかし、ふとロベルダの顔はどこか哀しげに歪んだ。
「紅茶であれば、シャムス様よりもエンヘドゥ様のほうがよくお飲みになっておられましたね……思えば、もう随分と彼女に紅茶をいれておりません」
エンヘドゥのことを思えば、そこにいる契約者たちにも言い難いやるせなさが募る。壁にもたれかけていた伊東 武明(いとう・たけあき)は、そんなエンヘドゥのことについて言葉を切り出した。
「そういえばエンヘドゥ殿は……ヴァイシャリーで自分はネルガルの側にてスパイを行っていたという発言をしていたそうですね」
武明は自身でそれを耳にしたわけではない。
話は、自分のパートナーである七瀬 歩(ななせ・あゆむ)から聞いたものだ。思えば、彼女からそれを聞いたときからずっと気になっていた。
「エンヘドゥ殿は、なぜそのようなことをしていたのでしょうか? 何か、国家神に絶望するような出来事でも……」
実際に彼女がスパイを成功させていたかどうかは定かでないが、その動機については明らかにしておくべきだろう。
幼き姿ながらも深淵を見つめるような深い瞳は、じっとロベルダを見つめていた。
「……エンヘドゥ様が国家神に絶望するようなことは、おそらくないと思いますよ」
「では、なぜスパイなど?」
正直に言えば、それはあまり好感の持てる言葉ではなかった。聞きようによっては責め立てるような印象を受けるものであるからだ。しかし、武明は迷うことなく真摯にそれを告げる。言葉の重みから逃げていては、視野から隠れたものなど見つけることさえ不可能であろう。少なくとも、彼はそんなことを思う。
ロベルダはそれを理解しているかのように、つらそうな表情で言った。
「それは……おそらく私たち南カナンの民の命を利用されたのでしょう。石像は偽物だったという話でしたね。しかし……それは確かに南カナンの民の命であったに違いありません。エンヘドゥ様は優しいお方です……自分の心を、犠牲にしてしまうほど」
武明は納得したように目を瞑り、それ以上この話を聞くことはなかった。
犠牲の上に成り立った結果が“白騎士”とは――皮肉なものだ。
武明は抱くようにして握り締めていた鞘を深く握り締めた。強く、強く……怒りを静めるかのように、彼は握り締めた。
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