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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第14章 ゆる農場で収穫祭り!(3)

 収穫が行われている畑からは少し距離をとった一角では、収穫物と畑の作物を使っての昼食作りが行われていた。
「農園にある物であれば、何でも、どんどん使ってくれていいですから」
 バジが、葉物の茂った畝を指す。
「わー、ありがとうバジさん!」
 これだけあればいろんな物が作れるとはしゃぐ美羽に、バジはメガネの奥の細い目をさらに線にして、照れたように頬を染めた。
「いえいえ。これも皆さんのおかげですから。皆さんが開拓してくださらなかったら、生まれなかった命です。ぜひ皆さんのお役に立ててください」
 そのとき、キャーっと畑の方で悲鳴が上がった。ワームの幼生をパッと放り出し、隣の者にしがみついている女性がいる。その様子がコミカルで、どっとほかで笑い声が起きた。
 農家の人も手を止めて、一緒に笑っている。
「――来てくださって、本当に感謝しています。ここにもう一度緑がよみがえって、われわれに笑顔が戻る日がくるとは、夢にも思っていませんでした」
「バジさん…」
 振り返ったバジはもう笑ってはいなかったけれど、美羽をやさしく見つめる目は変わらなかった。
「何も生まれない不毛の荒野……あのまま終わるのだと、絶望していました。けれどそうはならなかった。あなた方がやって来て、ここを緑にしてくれた。「終わり」はないのだと……大地はよみがえることができるのだと、心の底から信じられる気持ちになれた。
 すべて、あなた方が来てくださったおかげです。ありがとう」
 胸がきゅうっとして、とっさに美羽は言葉が返せなかった。
 懸命に首を振る。
「いつでも、来るよ。呼んでくれたら、どんなときだって、私たちは駆けつけるから!」
 美羽からの真摯な言葉に、バジは頷き、ほほ笑んだ。
「ありがとうございます」
 目じりで涙が光った。



「さあ、まず何を作りましょうか」
 荷物の中から鍋やフライパンといった調理器具や調味料を取り出しながら、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は、んー? と考えた。
「男爵イモは食感を生かしてコロッケとか。メイクイーンは煮物ですよね。お肉ありますから肉じゃがにしましょう。キタアカリはそのまま、じゃがバターというのも…。でもどうせでしたら、東カナンのお料理を作るというのも――美羽さん? どうしたんですか?」
 てくてく歩いて戻ってくる美羽が、目をごしごしこすっているのを見て、ベアトリーチェはあわてて立ち上がった。
「ううん。なんでもない。目に砂が入っただけ」
「まぁ。ならこすっては駄目です。目薬で――」
「それよりさ、ベア。ここにある食材は全部使ってもいいって。何か取ってこようか?」
 まだ少し赤い目をしていたが、美羽は元気に笑っていた。
 ベアトリーチェはわけが分からなかったものの、何か大事が起きたわけではなさそうなので、それ以上追求するのはやめにする。
「それなら私が取ってきます。美羽さんはこちらで下ごしらえをお願いできますか?」
「うん、分かった。皮をむいたらいいんでしょ?」
「お願いします」
 あらかじめ汲んできてあった水を鍋に移し、ゴシゴシ洗っている美羽をちらちら振り返りつつ、ベアトリーチェは畑で収穫しているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を探した。
「コハクくん」
「――なに?」
 にんじんの入ったカゴを手に、コハクが立ち上がる。
「私、ちょっとあそこを離れますので、よかったら美羽さんのお手伝いをしていただけませんか?」
「? うん、分かった」
「お願いしますね」
 彼女の意図が掴めないまま、とりあえず、コハクは美羽の元へ向かうことにした。
「あれ? コハク」
 じゃがいもの皮をむいていた美羽が、彼に気づいて笑顔を向ける。
 全然いつもの美羽だ。何が問題なんだろう?
 小首を傾げつつ、コハクは今収穫してきたばかりのにんじんをじゃがいもの山の横に並べた。
「何作るの?」
「何だろねー? よく分かんないけど、ベアがむけって言ったからむいてるんだー」
 ピーラーをシャッシャッと走らせて、手早く皮を向いていく。何を作るか分からないため、切らないできれいな水の入った鍋にどぽどぽ丸ごと落としていった。
「ふーん」
 と、コハクも腰を据え、にんじんの泥を洗い流し始める。
「畑に戻らないの?」
「うん。僕も手伝うことにした。もうすぐお昼だし……早く作らないとね」
「ふーん…」
(ベアだな。もう、心配性なんだから)
 コハクの横顔を見ながら、そう思った。ふうと息をつき、またじゃがいもに向かう。
 美羽がそう思ったのをコハクも察知していた。そ知らぬフリで黙々とにんじんの下ごしらえを続けていたが…。
(ひとを思いやるって、難しい)
 そう考えたコハクの脳裏に、エリヤの姿が浮かんだ。
 コハクはエリヤを直接には知らない。救出に向かった北カナンの神殿で、少しだけ、その姿を見ることはできたけど、重度の発作を起こしていた彼とは結局口をきく時間も、まともに知り合う機会もなく、死んでしまったから。
 幼くして命を散らせたエリヤ……まだたった8歳だった。
 それなのに、発作の苦しみの中でも兄のバァルのことを思いやり、彼を苦しめることで泣いて……彼に幸せになってほしいと願っていた。
 自分に、それができるだろうか?
 死の瀬戸際で、そのことを悔しく思わずに、ただだれかを思い……その幸せを……願えるだろうか?
 たとえば、美羽とか。
(――美羽が、ほかのだれかと幸せになることを、願えるかなぁ?)
 もちろん死後だけど。
 美羽が知らない男と――知ってる男かもしれないけど――幸せだと言い合って笑ってる姿……想像さえしたくないと考えるのは、心狭すぎ?
(今だって、美羽のどこがいつもと違うのか、全然分からないし)
 でもベアトリーチェはそれに気づいたからこそ、コハクを美羽のそばに置いて行ったのだ。
 ベアトリーチェにもかなわない。
「――あーあ…」
 まだまだだよなぁ、と重いため息をつくコハクだった。



「おーい、竜乃ー。食材持ってきてやったぞ」
 ずーーーっと鍋を覗き込んでいた竜乃は、ゲー・オルコット(げー・おるこっと)の呼び声に、ちらとそちらを振り向いた。
 両手をぶらぶらさせながらゲーが歩いてくる。
「どこにあんのさ。全然手ぶらじゃん」
「ふっふっふ」
 ゲーはもったいぶった笑いを見せたと思うや、いきなり上着をばっと広げた。
「じゃじゃーーーん」
 ぼたぼたぼた。
 内側に隠されていたじゃがいもとさつまいも、にんじんが足元に転がり落ちる。
「……普通に持ってくればいいのに」
「あー、分かってないなぁ。これも泥棒修行の一環なんだって」
 コトコト煮物料理を作っている、殊勝なパートナーのためにと持ってきてやったのに。
 コロコロ転がっていくじゃがいもを拾い集めながら、ゲーはぶちぶち説明をする。
「怪盗になるためには多角的な視野が必要なんだ。それこそ賽銭泥棒から野菜泥棒まで、あらゆる場面で通用する技を持たないと、立派な怪盗とは言えないんだぜ」
 ――いや、野菜泥棒は除外してもいいと思いますが。
「それってただのコソ泥とどう違うのー? それがし、よく分かんなーい」
 あきれ返った竜乃の棒読みもなんのその。
 ゲーはビシッ! と自分を指した。
「野菜泥棒をコソ泥とあなどるなかれ! 野菜泥棒はピッキング等、普通の技術が通用しない特殊な泥棒なんだぜ!! あの狭いサイロの中、いれかわりたちかわり出入りする人の目を盗み、いかに自然に野菜を取って出てくるか?
 ……ふふふふふ。あの出入り口をくぐるときのスリルったらなかったぜ。とがめられたら一巻の終わりだからな」
 ――野菜は好きに使っていいというお達しですから、とがめられることは全くなかったかと思います。
「あれ? でもゲー、収穫してたじゃん」
 さっき畑に出て行ったとき、キョロキョロ周囲に目を配りつつかなり不思議というか、不審者の動きで懐に野菜を突っ込んでいた彼の姿を思い出して、訊いてみた。
「当然だ。いかに綺麗に効率よく野菜を収穫できるかもポイントだからなっ!」
 で、懐に隠し持ってはカゴに移し、それを持って不自然なくサイロへ侵入、サイロから野菜を取ってきた、と。
「――そうじゃないかとうすうす思っていたけど、やっぱ、ゲーって疲れる男だよね」
 今さらかもしんないけど。
「なんだとぉー?」
「はい、これ」
 竜乃はおわんを突き出した。底の方に少しだけ、ほかほか湯気の立つ液体が入っている。
「……なんだ? これ」
 竜乃の唐突さにとまどいながら、ゲーはそれを受け取った。
「ドラゴニュート特製スタミナスープ。って言っても、具材はこれから投入するんだけどね。別ゆでしないとアク取りが面倒だから。
 味見してよ」
「ふーん」
 言われるまま、飲んでみた。
「うまいよ、これ。いいダシ出てる!」
「そう。初めて使う食材だったからちょっと不安だったんだけど……まぁ、熱を通せば大抵の物は食べられるからね…」
 と、独り言をつぶやいて、鍋に視線を戻した。
 そこではダシ取りもかねて投入してあった白っぽい肉団子が何個もぷかぷか浮いている。
「それ、肉か? うまそうだな」
「まだ味しみてないから。もうちょっと煮込まないとねー」
「じゃあできあがったら教えてくれよ。また味見するからさ!」
「オッケー。――あ、待って」
 立ち上がり、畑の方へ戻って行こうとするゲーを呼びとめた。
「なに?」
「これ、メイベルたちに返しといてよ」
 ガサガサ音をたてながら白い袋を手渡す。
「? 返しとけばいいのか?」
「うん。ありがとって」
「ふーん。分かった」
 ゲーは、中身がカラの白い袋を折りたたみ、懐へ入れた。
 竜乃はもう鍋に向かっていて、ゲーを見ようともしない。
 めずらしく真剣な目をして肉団子の浮いたスープをかき混ぜている竜乃に、じゃあと手を振って、ゲーは畑に戻って行った。