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リアクション
劇場の幕が上がり、ライトが消された。
黒いスクリーンに映像が映し出されるはずが、映ったのは僅かにノイズが入った暗闇のみ。
そこに、茅野 菫(ちの・すみれ)の声だけが響いた。一方的に喋るような口調で、相手の声は聞こえない。電話だろうか。
「だからさあ、問題ないって言ってんのよ。ちょっとくらい魔法が暴走したって何とかなるんだから。
元が大したことないんだから平気平気……あ? ほっとけ?
だーいじょうぶだって、責任問題とか起こらないって。心配性だなぁ。
ん、そう。大体これ作るのに幾らかかったと思ってんの? 回収しなきゃやってらんないでしょ?
……よしOK。大丈夫、見せてやるわよ、プロデューサーの手腕ってやつをさ」
『カナンなんかじゃい』
ようやく暗闇が晴れると、そこは青空が広がる小高い丘だった。
その丘には街が一望できるように一つの墓が立てられている。だが、それは木の板を十宇に合わせただけのもので、墓と言うには粗末なものだった。
その代わりと言うべきだろうか、周りにはたくさんの花が植えられていて、その墓の下で眠っているであろう者を祝福しているかのようだった。
その墓にそっと手を添えた一人の女性がいる。彼女は、こちらを見ると微笑んだ。
「皆さんこんにちは。私はマザー・グース(まざー・ぐーす)、旅の詩人です。
今日は、私が旅をしながら見てきた『カナン王国』という国の『女神イナンナ』と『征服王ネルガル』のお話をしたいと思います」
その彼女に後ろから話しかける少女は、刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)。
「あの、グー姉さま? せっかく好き放題できるらしいから闇の巫女として大暴れしようと思ってたんだけど……」
いつの間にか普段のゴスロリ服ではなく、普通の旅人のような格好をさせられている刹姫。
グースがその刹姫を振り返った。画面の奥を振り返る格好になすので、その表情は見えない。
「刹姫ちゃん……? 闇の巫女では普段の刹姫ちゃんそのまますぎですよ、ここは演じる場ですからね。
それに刹姫ちゃん最近ちょっとハジケすぎですよ、この間なんか他人様まで巻き込んだそうじゃないですか?」
手に持っていた記録帳の陰にグースが持っていたのは怨念のアイスピック。角度的に刹姫からは見えない筈だが、笑顔を崩さないグースのオーラは既に刹姫を圧倒している。
「ご、ごめんなさい姉さま! さ、最近ちょっと調子乗ってました! 手伝うから怒らないで、ね、姉さま?」
その言葉ににっこりと微笑んだグースは、アイスピックを隠してこちらを振り向き直した。
「失礼しました。それでは、何からお話しましょうか。
そう、あれは――」
一陣の風が吹き、草花が揺れる。
その風が、少しだけ時間を巻き戻してくれた。
『女神王国カナン〜征服王ネルガル攻防戦〜』
プロローグ
この物語はフィクションであり、実在の人物および団体とは一切関係ありません。
小高い丘の上から、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は道行く兵士たちを眺めていた。
ここはカナン王国の一地方、西カナン。
カナン王国は『女神イナンナ』が治める、緑溢れる平和な王国だった。国は東西南北の四つの地方に分かれ、それぞれをその地の領主がその地方を統治していた。
北カナンには世界樹『セフィロト』があり、カナン王国のどこからでもその大樹を見ることができる。
そのセフィロトの元、女神イナンナの慈悲深い統治と各領主の治世で人々は平和な日々を過ごしていた。
だが、その平和は長く続かなかった。
ある日、神官長である『ネルガル』が女神イナンナを封印し、さらにその力を引き出して各カナン地方を征服し始めたのだ。
『征服王ネルガル』を名乗ったネルガルは瞬く間に北カナンを制圧し、続いて西カナン、東カナンも女神イナンナの力で征服していった。
ネルガルに征服された地方は荒廃し、また、イナンナの力で砂の雨を降らせたネルガルによって、緑の大地は徐々に砂漠化していく。
最期まで抵抗を続けている南カナンではあったが、ここに来ていよいよネルガルの軍勢が本陣を西カナンと南カナンの国境付近に設営し始めていた。
七瀬 歩は、その国境から少し西カナン寄りの草原で羊飼いをしている少女。
女神イナンナを敬愛し、神官長ネルガルを尊敬する。
何が正しいか、世界はどうなっているのか、そんなことは知る由もない一般市民。彼女は、ただの羊飼いだった。
どうしてイナンナが封印されたのか、ネルガルが反乱したという噂を聞いてもいまひとつピンと来ていない。
未だに事態の深刻さを理解できず、女神イナンナを称える歌を口ずさみながら、彼女は自分の仕事を続けた。
ただ、ひたすらに、愚直なまでに。
☆
南カナンの首都、ニヌア。この街が征服王ネルガルに抵抗を続けるカナン王国最期の砦であり、ネルガルに抵抗する人々の唯一の希望であった。
『黒騎士』として名高い領主が治めるこの街は、国軍と義勇軍の団結力の強さで辛うじてネルガル軍を阻み続けていた。
その街の広場で、五月葉 終夏(さつきば・おりが)はヴァイオリンを引き続ける。
ブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)はそのヴァイオリンに合わせて舞を踊った。
それは、女神イナンナを称える踊りだった。
ブランローゼが軽やかに舞うと、女神をイメージした華やかな衣装が風に踊り、鈴のついたブレスレットやアンクレットが一挙動ごとに美しい音色を醸し出している。
そこにコウ オウロ(こう・おうろ)が火術で蝶や鳥の幻を作り、ブランローゼの女神の舞に合わせると、街の広場はひとつのステージ。
街を行く人々は、鈴とヴァイオリンの音色につかの間の苦労を忘れ、夢のような時間を過ごすのだった。
「――っと!」
ブランローゼの足元が僅かに揺らいだ。
まだまだ踊り手としては未熟な彼女。特に整備されてもいない広場で踊っていたせいで、足を取られてしまったのだ。
「ほい、よっと!!」
バランスを崩して踊りが止まってしまう前に、オウロは炎の蝶を増やしてステージを盛り上げた。
それにより、しばらくは炎の舞に観客の視線が集中し、女神の舞から自然に切り替わった形になる。
しばらくして、ステージが終わった。終夏たちは観客に頭を下げ、拍手を浴びる。
いつネルガルが攻めてくるか分からない市民にとって、こうした旅芸人のステージは欠かせない娯楽だった。
「いえ、お代はいただいておりません」
観客の何人かが終夏たちに対して見物料を渡そうとするが、終夏はそれらを全て断っていた。
「この国が平和になった時、また私達の公演を見に来て下さいな」
終夏いつもそう言っていた。
彼女らがこの国に来たのは、戦争に怯える人々の心に灯をともすため。
明日をも知れぬ人々に、笑顔をもたらすため。
「芸は笑顔のためにある、か。お代も貰わんとは、あの阿呆らしいわなぁ」
オウロはそんな終夏の様子を見ながら道具を片付ける。
そこにブランローゼは話しかけた。
「先ほどは、ありがとうございました」
踊りの最中にオウロがフォローしたことに彼女が礼を言うと、オウロはひらひらと手を振った。
「はん、やめてぇな改まって。礼言うヒマがあったら今度は失敗せんことやな」
「……は、はい」
少ししょげてしまったブランローゼをよそに、追うオウロは呟く。
「しっかしなぁ。お代を貰わんのはええけど今夜の宿はどないすんねん。生きていくには金もいるんやで。
……まあ、あいつも頑固やから言い出したら聞かんしな。……別に反対するつもりもないし」
すると、観客の中にいた恰幅のいい男性が声をかけた。
「何だ、あんたら泊まるところがねえのか! ちょうどいい、俺はこの街で宿屋をやってるんだ!
この街にいる間はウチに泊まるといい!! 心配すんな、代金はいらねえよ。
……そうだな、一日一回、ウチの宿屋でステージを演って貰うってことでどうだ?」
思いがけない申し出に、終夏たちは顔を見合わせる。
終夏は二人に向けて微笑んだ。
「ほら、お代なんか貰わなくても何とかなるものだろ、オウオ、ロー?」
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