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カナンなんかじゃない

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カナンなんかじゃない
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第3章


「ふん。来ると思っておったぞ」
「いやまあ……確かにやっと見つけたわけだけど……何してんだぃカメリアは」
 探していたのは七刀 切(しちとう・きり)。探されていたのはツァンダの地祇の一人、カメリアだ。
 そこ自体は問題ではない。

 問題は、カメリアが南カナンと西カナンの国境付近の畑に、首まですっぽり埋まっていることだ。
 まるで風呂にでも入るかのように肩まで埋まって、髪は両サイドでツインテールにまとめている。
 カメリアは、戸惑う切に告げた。
「ふん、どうせ切にぃのことじゃから儂に何かの役をやらせに来たのじゃろ。
 儂は演技なんぞできんからな、先手を打っておったというわけよ」
「……先手って……」
 先手を打つことと畑に首まで埋まることとの関連性が見出せずに、切はとりあえず周囲を見渡していた。
 そういえばここは何の畑なのだろうか、とカメリア以外の作物を見ると、地面からは青々とした立派な葉が何本も飛び出しているのが見える。
「これは……スズシロ……てことは……」
 見ると、埋まったカメリアの側に立て看板がしてある。


『かめりあ大根』


「見ての通り儂は大根じゃ。ろくな演技などできんから帰るが良い」
「……つまり大根役者って言いたいわけか。いいから出て来いよ! 一人で埋まってるよりも楽しいぞぉ!!」
 切はカメリアのツインテールを引っ張ると、カメリアを強引に収穫した。

「やらんと言うとるじゃろがーーーっっっ!!!」
 引っこ抜かれたカメリアは切の耳元で鼓膜も破ろうかという勢いで絶叫した。

 マンドラゴラか。

「そんなこと言わずにさぁ。みんなも来てるんだから、なぁ?」
 と、痛む耳を押さえてカメリアを説得にかかる切。
 その言葉を聞いたとき、着物についた泥を落としていたカメリアの動きがぴたり、と止まった。
「みんな、ということはあ奴も来ておるのか……?
 よし、気が変わった! 大根役者でよければやってやるぞ切にぃ!!」
 途端にやる気を見せたカメリアに、切は相好を崩した。
 乗ってきたワイルドペガサスを呼び、カメリアを乗せる。
「よっしゃ、そうこなくっちゃ!!
 んじゃあカメリアはネルガル役だ、ワイはその兄で側近役な!!」
「うむ、腕が鳴るわい!!」


 ところでカメリアさん、それは悪役ですが。


 そんな事にも気付かずにすっかり乗せられたカメリアを見守っていたのが、メキシカンな衣装を着てやたら目立つ背景、橘 恭司と半ケツ サボテンであった。


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 一方こちらはネルガル軍。数隻の飛空艇が西カナンの上空を侵攻していた。
 地上部隊は西カナンと南カナンの国境付近に待機している。この飛空艇隊がネルガル軍の本陣であり、その到着が南カナン侵攻開始の合図なのだ。

「さぁてっ! こっちの役者も確認しとかないとねっ!!」

 その飛空艇の中で元気な声を上げたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。リーブラ・クロースを身に纏った彼女は無意識に色気を振りまいているが、ネルガルの側近の神官役としては、悪役っぽくていいのかもしれない。
 まあ、本物のネルガルの側近、アバドンとは大きくイメージがかけ離れてしまうのだが、これはフィクション、知ったことではない。
 ともあれ、そのルカルカの姿を狙うカメラマンが藍玉 美海(あいだま・みうみ)である。
「……あの」
 ルカルカは美海の視線というか、カメラが気になっている。
 それもそのはず、美海が構えるカメラはやたらとローアングルできわどいショットばかりを狙っているのだから。
 その様子を見てため息をつくのが、久世 沙幸(くぜ・さゆき)であった。
「はぁ……またねーさまの悪い病気が……」
 今は沙幸一筋を公言してはばからない美海だが、やはりかわいい女の子のチェックは欠かせない。
 映画の中であれば好みの女の子も多かろうと、カメラマンがてらに物色中なのだ。
「ほらほら沙幸さん、ぼさっとしてないで――その辺りで反射板を持ってちゃんと照らしてあげて下さいませ」
「……う、うん。ちょっと暗いな……じゃあ光術で……」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、ちゃんとアシスタントとして手伝ってあげるあたり、沙幸も人がいいというか付き合いがいいというか。

「はい、じゃあ次の方いきましょうね……えーと?」
 と、ネルガル役らしいダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)にカメラを向けた美海だが即座にスルーした。
「……ねーさま、映さなくていいの?」
「……わたくしのカメラにはかわいい女の子しか映りませんの」

 それでいいのかカメラマン。

「はい、では次の方」
 次に美海が映したのは志方 綾乃(しかた・あやの)だ。
 その綾乃は寸胴鍋を加工して作ったという鎧、『ダークカルドロン』で身を包み、顔面は目や口が露出した『龍の面具』を装着し、それを覆うように羽織ったのはブラックコート。極めつけにダークカルドロンの中身は競泳水着

 何その装備

 そんな無言の突っ込みも無視して、綾乃は自分がネルガルであることを主張した。
「いやあ、志方ないじゃないですか、だって私がネルガルなんですから」
「あらまあ、そうなんですかぁ、それは仕方ありませんねぇ」
 だが、美海といえばそんな綾乃の格好もまるで無視してダークカルドロンから覗く競泳水着をローアングルで執拗に狙っている。

 あなたも本当にブレませんね。

「いやいや、ミーこそが本当のネルガルネ!!」
 と、言い張ったのはキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だ。パートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は百合園学園の敷地から一歩も外に出ないため、今日はいない。
 そのキャンディスといえば、ゆる族独自のボディの存在感を活かしたむちむちボディを惜しげもなく見せつけている。

 美海ねーさま、これを華麗にスルー。

「ちょっと、ミーを映しなサーイ!! このネルガルとしてろくりんピックを裏で牛耳ろうという比類なきネルガルを!!」

 すみません、ちょっと意味が分かりません。

 そこに割り込んできたのがライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)
「いやいや、私こそが本当のネルガルだよっ!!」
 と元気よく飛び出したライカに美海は微笑んだ。
「あらあら、これはまた可愛らしいネルガルさんですわねぇ」
 キャンディスの口直しとばかりにライカがもっとも可愛く見えるアングルを探していく美海。
 その結果としてローアングルからの接写になるのは変わらないのであるが。
「ふふふ……この私こそは『ドーナツの精ネルガル』!! 全世界はこの私の手でバナナの皮だらけになるのだ〜!!!」

 ごめんなさい、本当に意味が分かりません。

「いえいえ、そんなネルガルの正体こそこの私なのですよ」
「ノンノン、ミーこそがネルガルに相応しいネ、異論があるならばろくりんピックで勝負ヨ!!」
「ええいまどろっこしい、喰らえバナナの皮っ!!」

 そんな泥仕合の様相を呈してきた3人から離脱した美海、ふと目をやるとその騒ぎを遠巻きに見つめている女性がいた。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)である。
 つかさもネルガル役争奪戦に参加するのかと、美海は話しかけた。
「いいえ、私はネルガル様の愛人役を所望いたしましたので」
 瀟洒なメイド服に身を包んだつかさは、そういって薄く微笑んだ。
 童顔な彼女だが、そうやって微笑む姿はどこか儚げで、危うい魅力がある。

「……なるほど、愛人役というにはうってつけですわね……というかわたくしが手をつけてしまいそゲフンゲフン……し、しかし愛人ということはあれらのネルガルのお相手をなさるんですの?」
 と、美海が視線を動かすと綾乃とキャンディスとライカが揉めているのがよく見える。

「……あれは……ちょっと……」
 と、眉をひそめるつかさ。
 まあ気持ちは分かる。
 そんなつかさがふと周りを見渡すと、飛空艇の窓から外を眺めている男の姿を見つけた。
 その男は、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)だった。

「あら、素敵な殿方もいらっしゃるではありませんか……ねえネルガル様? お慈悲をくださいませな……」
 と、外を見つめるルオシンにしなだれかかるつかさ、だがそのルオシン・ネルガルはそのつかさに絡まれた指をそっと外した。

「……すまない、我には心に決めた人がいるのだ」

 そのルオシン・ネルガルの様子にもめげずに、つつ、と肩を指先でなぞるつかさ。
「まあ、そう固いことをおっしゃらずに……英雄色を好む、と言いますでしょう?」
 ルオシン・ネルガルの耳元で怪しく囁く。
 なるほど、自ら愛人役を志願するだけはある。

「……すまない」
 だが、そんなつかさをつれなく袖にするルオシン・ネルガル。
 完全に興をそがれた形のつかさは、憮然とした表情でルオシン・ネルガルから離れた。

「……つまらない。本当につまらないですわ」
 つまらないのはルオシン・ネルガルが相手にしてくれないからか、それとも、彼が心に決めた女性とやらに操を立てていることか。


「愛なんて……幻ですよ」
 つかさ本人にも、それは分からなかった。


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