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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第7章(3)
 
 
「朝斗! しっかりして下さい、朝斗!」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)榊 朝斗(さかき・あさと)に呼びかける。
 彼は燃え盛る島から目を離せず、ただその場に立ち尽くしていた。
(火が……炎が全てを奪っていく。同じだ、『あの時』と)
 朝斗の心の奥底に眠る、遥か過去の光景。
 呼びかけても応えてくれない、父と母であった『物』。助けを求め、瓦礫の中を歩き回った自分。
 そしてその先々で見た、火に包まれ燃え盛る肉塊。
 『ボク』が死んで『僕』が生まれたあの日の光景が甦り、朝斗の中に眠る『闇』が再び顔を覗かせようとしていた。
「! ルシェンさん!」
 突然力が抜けたようにその場に崩れ落ちるルシェンを篁 天音が抱きかかえる。だが、ルシェンはそれを拒否すると甲板へと膝をついた。
「この脱力感……また、朝斗のあの力が……天音さん、私の事よりも……朝斗を止めてあげて……」
「で、でも……」
「朝斗が元に戻れば私も治りますから。だから早く……」
「わ、分かりました! 朝斗さん!」
 ルシェンの代わりに今度は天音が朝斗に呼びかける。その頃、朝斗は必死に自分の心に潜む『闇』と戦っていた。
(敵だ……敵は潰す)
(駄目だ……! そうやってまた傷付けるのか? 朝斗。周りも自分自身も、何もかもを)
(甘い事を言うな! 『俺』は――)
(違う! 『僕』は――!)
「ぐ、うぅ……」
「朝斗さん! 気を確かに持って!」
「あの炎……俺が……!」
「自分自身と向き合うんでしょう!? だったら負けずに思い出して! 朝斗さんが大切にしたいものを!」
 
『お前には護ってやりたいものってのは無いのか!?』
 
「――!」
 天音の言葉に、カナンで同じように自身へと叫んでくれた者の言葉が甦る。
 二人分の――いや、どんな状況になっても自分を気遣ってくれるパートナーを含めた三人分の想いが『朝斗』をこちらへと呼び戻してくれた。
「……そう、僕は逃げないって決めたんだ。離したくない絆があるから、僕は僕として自分の心に立ち向かうって……!」
 朝斗が顔を上げ、座り込んでいるルシェンへと手を差し伸べる。その表情に一切の迷いは無い。
「ごめん。それから……有り難う、ルシェン。それに天音さん」
「朝斗……良かった」
「もう大丈夫なの? 朝斗さん」
「うん。少なくとも今はあの力は出てこないと思う」
 原因そのものを解消しない限り、いつかまた同じように『闇』が片鱗を見せる事はあるだろう。だが、現実よりも精神的な物に拠る事柄が多いこの空想世界においてはもうその心配はなさそうだった。
「ルシェン。僕は何かの為に、皆を護る為に力を使いたい。だからその力が正しい道を示せるように、これからもルシェンの力を貸してよ」
「勿論です、朝斗。私達はパートナーなんですから」
 朝斗とルシェンの手が更にしっかりと繋がれる。そして二人は飛行翼を展開させると、海岸へと走ってきている少女を手助けする為に飛び立った。飛行手段の無い天音はそれを元気良く見送る。
「二人とも、気を付けてねー!」
 
 如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が海岸に辿り着いた時、丁度ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)達上陸部隊も小船から降り始めた所だった。
「あれは……どう見ても味方の雰囲気じゃないよね。あっちに見える軍艦から出てきたって所かな」
「調査対象、発見……宝玉の所持を確認。対象を敵と認定、攻撃を開始します」
 ヒルデガルドが剣を抜き、進路を塞ぐように立つ。そして玲奈を取り囲む形で展開した小人兵達が攻撃を開始した。
「おっと、やっぱり敵なんだね。それじゃあ……容赦はしないよ!」
 相手の攻撃を盾でガードし、お返しに槍で弾き飛ばしていく。一対多数とはいえ、小人が多い状態なら決して引けは取らない。ましてや玲奈が使う盾は大型のラスターエスクードだから尚更だ。
「攻撃対象の脅威をレベル3に認定。支援を要請します」
「どう? キミ達には絶対負けないよ! このまま倒して――きゃあ!」
 近くの小人達をなぎ倒し、そのままヒルデガルドへランスバレストを放とうとした玲奈の前の砂浜に突然穴が出来た。グナイゼナウからの砲撃だ。
「続けて行く。第二射、砲撃開始」
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)の号令で艦隊から次々と砲撃が行われ、海岸に穴を空けていく。
「ちょっと! 色々と非常識でしょうが!」
「効果的な手段を実行しているだけの事……対象を奪取します」
 砲撃の間を縫い、玲奈に肉薄するヒルデガルド。だが、彼女の攻撃は今度は朝斗によって防がれた。
「行けっ、戦輪よ!」
 飛ばした戦輪をサイコキネシスで操り、軌道を変えてヒルデガルドへと襲い掛かる。彼女がその対処に追われているうちにルシェンが玲奈の所に降り立った。
「お待たせしました、玲奈さん。他の方々は?」
「私以外は皆島に住む人達を避難させてるよ。私はこれがあるからこっちに走って来たの」
 そう言って玲奈が黄色に輝く宝玉を見せる。それだけでルシェンは合点がいったとばかりに頷き、玲奈を護るように前へと出た。
「では、こちらの敵は私達に任せて下さい。もうすぐ砲撃が止むはずですから、そのタイミングでアークライト号へ」
「砲撃が止む? 何で分かるの?」
「それは――どうやら、実際に見た方が早いですね」
 そう言ってルシェンが海の方に視線を向ける。その先には太陽と翼を意匠とした旗を掲げた海賊船、エル・ソレイユの姿があった。
 
「皆さん、相手の砲撃を止める事さえ出来ればそれで構いません。各自、攻撃をお願いします」
 エル・ソレイユの甲板でセシル・レオ・ソルシオン(せしるれお・そるしおん)に憑依しているセアラ・ソル・アルセイス(せあらそる・あるせいす)が船員の小人へと伝える。その横ではマリアベル・ティオラ・ベアトリーセ(まりあべるてぃおら・べあとりーせ)が付き添うように立っていた。
「姫。姫がお作りになった旗で小人達も士気が上がっているようですね」
「ふふ、喜んで頂けて良かったです。お裁縫くらいでしかお役に立てませんが、皆様の為になる事が出来るのは良いですね」
「いいえ、姫。貴方の素晴らしさは決してそれだけではありません。こうしてそばに居て下さるだけで、僕に力をくれる」
「セアラ様……」
 マリアベルがセアラを見つめる。セアラはセシルの厚意で彼の身体を使わせて貰っていたが、そこで一つの奇跡が起きていた。
 
「セ、セアラ様……? そのお姿は……」
「これは……僕自身の姿?」
 
 普通、奈落人が他人に憑依した場合、その相手の外見から変化する事は無い。髪が逆立ったり雰囲気が変わる事はあるが、せいぜいその程度だ。
 だが、今のセアラはセシルの幼い頃のような姿をしていた。それはかつての自分そのものだった。
 これはセアラがセシルの祖先である事と、この世界が引き起こした仮初めの奇跡。
「そのお姿になられたのを見た時は本当に驚きました。まさかこうしてセアラ様のお姿を見られる事が出来るなんて」
「恐らくこの空想世界の中だけでの事だとは思いますが、それでも嬉しく思います。姫、貴方は僕が護ります。例えあの頃から数千年の刻が経っているとしても、僕が姫を愛するこの気持ちに変わりはありません」
「はい……わたくしも、いつまでもセアラ様をお慕いしています。こうして戦場であっても隣に立てる……生前からの夢が叶ったのです。セアラ様と共にいられるなら、怖いものはありません」
 二人の手が繋がる。そしてエル・ソレイユに続くように現れた他の五隻の船を共に、グナイゼナウ艦隊の砲撃を妨害するように行動を続けるのだった。
 
「敵の軍艦だと? それにあれは……連邦のリヴェンジと大陸のアストロラーベ。まさか、あの二国が手を組んだとでも言うのか? 馬鹿な……」
 ドナイゼナウの武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)が接近する艦隊の顔ぶれに驚く。反目しあう国同士の船が連携を取ってこちらに向かってくるというその姿はとても信じられるものでは無かったからだ。
「だが、こうして実際に我が艦隊に接近している以上、それを認めぬ訳にはいかんか……全艦! この武崎 幸祐が命ずる。砲撃対象、敵艦隊! 撃て!」
 島への砲撃を中止し、エル・ソレイユ達へと攻撃を切り替える。対処を彼らに任せ、アークライト号は宝玉を持つ玲奈を収容するべく海岸へと近づいて行った。
「なるほど、皆来てくれたのね」
「えぇ。さぁ、この場は私と朝斗が。玲奈さんはその宝玉を船に届けて下さい」
「分かったわ、お願いね!」
 玲奈が飛行翼を展開し、飛翔を始める。
「最優先目標、離脱を開始。阻止します」
「それはやらせない!」
 飛び立つ玲奈へと攻撃を試みるヒルデガルド。それを朝斗がワイヤークローで妨害した。
「拘束。しかし、この程度なら……」
「それだけじゃない。悪いけど、痺れて貰うよ!」
「!」
 朝斗のライトニングウェポンがワイヤークローの手元から先端へと伝わる。雷電属性を付与したその攻撃は、クローを巻き付けているヒルデガルドへと直接効果を及ぼしていった。
 さらにルシェンの天のいかずちが周囲の小人兵へと降り注ぐ。
「これで大人しくしていて下さい。これ以上、貴方達の好きにはさせません」
「強敵……マスターの為に、目標を撃破する……」
 ワイヤークローを切断し、拘束から逃れる。電撃の影響が残る身体を精神力で制御すると、ヒルデガルドは二人を目標遂行の障害と位置づけ、剣を構えて向かって行った。
 
「皆、ただいま!」
 朝斗達が敵を抑えてくれている間に、玲奈は無事にアークライト号へと戻る事が出来た。甲板にいた篁 透矢が彼女を出迎える。
「お帰り、無事に戻ってきてくれて良かった。他の皆は?」
「まだ島の中よ。私はこれを先に持って来ただけだから、早く戻って皆を連れて来ないと――」
 玲奈が透矢達に見せようと宝玉を取り出す。その時、宝玉の変化に気が付いた。
「え、宝玉が光ってる……?」
「これは……『嵐の海』の時と同じ現象か? 不味いな」
「嘘! じゃあまた強制的に次の海に行っちゃうの? まだ皆戻って来てないのに!」
「光が収まる気配が無い。このままだと転移が始まるぞ。すぐに何かに掴まるんだ!」
 膨れ上がった光がアークライト号を包み込んでいく。島にいる者達を、そして艦隊戦を行っている他の船をこの海に残し、アークライト号はただ一艘、最後の海へと向かうのだった――