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破滅へと至る病!?

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破滅へと至る病!?

リアクション

「……ココ……オイしくない……?」
 黒い少女は異変に気づき、引き返そうとした。
 向かう先、紫の部屋は人が列を作っていて何かに夢中で、しかも何人かが入れないように見張っている。
 あの先には「匂い」もしない。それにあれだけ人が多かったら、もしそれがあったとしても、“食事”するには向かない。
 踵を返そうとして、自分の行く手にさりげなく立ちふさがろうとする何人かの姿に、彼女は眉をひそめた。
「おナカ、スいた」
 黒い少女は片言で不満を漏らすと、“食事”を探して辺りを見回す。
 そして、「それ」を見つけたのだった。

 空京大学に在籍するスモウ(観戦)レディ・アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)の日本人名が、実は火箱真緒であることからも推測できるように、火箱真子は彼女の遠い親戚にあたります。
 百合園女学院に通うごく普通の女の子である彼女は、ごく普通の恋をして、ごく普通の学生生活を送っていたのですが──実は、黒史病をこじらせていたのです。
「貴様に深淵の力を与えよう」
 タシガンエリアとキマクエリアとを繋ぐ通路との境界には、丁度アラビア風のお城がアーチ状に建てられていた。
 たった数メートルのお城だったが、両側にはランプやら金銀財宝などのフェイクが飾られ、一気にタシガン気分を盛り上げてくれる。壁面には階段が付いており、その上方には玉座があって、普段はここから姿の見えない王様が声をかけてくることになっていた。
 だが、今そこに悠然と(努めて悠然と。よじ登るのに三十分くらいかかったので、まだ息を切らせていた)座っていたのは、その火箱真子だった。
 いや、より正確に言えば、アシュレイのつもりになっている真子だった。
「何ですって!?」
 見上げて彼女に答えたのは、教導団のフリー能力者朝霧 垂(あさぎり・しづり)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)(になりきっている少女たち)だった。
 コンビ名を<銀の雨に終焉を齎す蒼い空>と爽やかに名乗っているものの、契約者の間では<2人は最終兵器(リーサルウェポン)>と呼ばれ恐れられているとかいないとか。
 彼女たちは呼び名通りの圧倒的な戦闘力周囲の契約者達を倒しつつ、このバトルロイヤルの首謀者を探していたのだ。そして遂に辿りついた。
「その殺気──おまえが首謀者だな」
「いかにも」
 垂の問いかけに、アシュレイは重々しく頷く。それは少女らしい仕草ではなく、長い時を生きてきた老人のものだった。
 そこに違和感を覚えながらも、垂は彼女が首謀者であることを疑わなかった。殺気と物々しさは確かに首謀者に相応しい。
「……いいか、世界は一人の物じゃない、皆の物なんだ! 幾ら金や力があっても思い通りにはさせない!!」
「そうよ。招かれたバトルロイヤルについて、私達考えたの──この戦いにどんな意味があるのか、誰が得をするのか」
「そうか、気付いたのか……。ならば教えてやろう。わしこそが月極の長老。戦いを勝ち抜いた者……その者こそが、『深遠なる力』に匹敵する力の持ち主だ。その力をもってすればこの日の本(ヒノモト)を破壊するのも容易、というわけだ。貴様らもこのわしの血の一滴となるがいいわ!」
 アシュレイが長い台詞を一気に言い終えて立ち上がった──弾けるように、垂とルカルカが左右に飛び出す。
 足首で、彗星のアンクレットが光の軌跡を描く──ダッシュローラーが床を蹴り、流星のように壁を滑る。
「壁面を滑るとは驚いたぞ──だが、甘いわっ! 大極螺旋粘縛掌!!」
「何いっ!?」
「きゃあっ!」
 アシュレイの手がひらめいた。
 大極螺旋粘縛掌──日本古来の魔術の中でも、最古の封印術のひとつである。
 大極から大地の力を取り出し、これを帯状に練った我武手以布を用いて、対象を大極に引き込むことで封印する、大魔術だ。
 両側の壁を滑って玉座に殺到した二人の足に腕に、瞬く間に茶色の触手が巻きつき縛り上げる!
 ローラーが壁と擦れて火花が散ったかと思うと、二人の体は宙に持ち上げられていた。触手はそれ自体がアシュレイの指先であるかのように自在に動いて抵抗する彼女たちに巻きつき、茶色の繭を完成させようとしていた。
「ルカルカ、大丈夫か……?」
「たれちゃんこそ……」
 ルカルカは両腕に力を込めて布を引きちぎろうとしたが、一枚一枚は紙のように薄く脆そうな我武手以布は、片面が粘着の性質を持っており、巻きつく毎に互いにがっちりと密着して、まるで木乃伊の包帯や乾漆造の麻布ように強固だった。
「いいか、チャンスを伺うんだ。俺たちには絶対にできる」
「うん、絶対に負けない!」
(もし今負けたってまだチャンスはある。また長老が強い契約者を狙う時を待ってしかければいい。……だけど……)
 だけど、とルカルカはきっと前を、余裕の表情を浮かべるアシュレイを見据えた。
(だけど……、今だって負けたくない!)
 アシュレイは抵抗を止めた彼女たちに、勝利を確信していたのだろう。
「さあ、我の野望の礎となってくれ──」
 口元に酷薄な笑みを浮かばせて、両手を指揮者のように操った。
 二つの茶色の繭は天井高く掲げられた。繭はぎりぎりと締まっていく。
 垂とルカルカは、それが単に物理的な圧力をかけて締め上げられているのではないことに気付いていた。
 いつの間にか力が出なくなっていたのだ。いくらでもある遠距離攻撃の手段は、仕掛けようとしても、契約者としての能力が発動しない。
 我武手以布には、封印に至らなくともそれ自体に封印と束縛の効果があったのだ。
「ふはははは、今こそ我が千年に及ぶ野望が叶えられる時! 待っていろ真緒よ、終焉は近い。お前を見殺しにした王朝を継ぐ日本を共に滅ぼそう──」

 どくん。

「──!? 何だ、これは。もしやこの小娘が──」
 何が起こったのか。突如アシュレイは胸を押さえて体を折り曲げた。そのまま玉座に倒れ込んだ。次に口から出た声は、先ほどまでの彼女のものではなかった。
「ダメ! 日本は、私の故郷を壊させたりはしない! お願い、私を殺して!」
「アシュレイ、あんたは……」
「私の心の中に、誰かがいるの!」
 今の月極の長老は実態を持たない──開演前に誰かが言った言葉が二人の脳裏に蘇った。
 長老は何の罪もないアシュレイの体に憑依していたのだ……!
「なんて残酷なことを……!」
 目を見開くルカルカに、垂が素早く告げる。
「ルカルカ、急げ。これはチャンスだ。今でさえあれだけ強い長老が、元の力を取り戻す前に倒せる、たったひとつのチャンスだ」
「でもたれちゃん」
「急げ!」
「……うん」
 アシュレイは体の内側から突き上げる力に対抗するように、椅子にかじりついていた。
 彼女が意識の表層に現れたことで、二人の体を縛る我武手以布の束縛も弱くなっている。
 二人は布を渾身の力で引きちぎると、玉座へと続く階段にすたんと降り立った。
 トップレベルの契約者の二人の動きは俊敏だった。アシュレイの意識に抗いながらもがきながら、長老放つ新しい我武手以布をルカルカの二丁拳銃の弾丸が打ち抜き、垂の“カタクリズム”が渦を巻きながら、アシュレイの体を包み抵抗する余裕を奪う。
 視線を合わせ、心を合わせ、二人は階段を駆け上がる。
 この時、既にアシュレイは必殺技を喰らうことを覚悟していた。
 けれど、必殺技はなかった。それは、その能力・技能の全てがルカルカには普通のことだったからだ。特別なものなどなにもなかった。
(最終兵器と呼ばれ龍騎士を倒せる戦闘力はあたり前なんだもん。そしてルカだからこそ)
「いくよ、たれちゃん!」
「ああ!」
 玉座の前まであと数歩というところで、二人は再び飛んだ。双方から手を伸ばし、指を絡ませる。
 同時に垂の“パイロキネス”が彼女たちをひとつの炎にした。
「悪は滅びよ!」
 火の玉と化した二人の脚が伸び、キリモミ回転しながらアシュレイへと吸い込まれる──。
「あり……がとう……」
 声は確かな手ごたえを足裏に感じた時、アシュレイの口がそう動いたような気がした。
 彼女は玉座から数歩よろめくと、階段に崩れ落ちた。



 ──そこに、黒い少女は立っていた。
 玉座を見上げ、三人を見上げていた。
 紙のように真っ白な肌に、長い前髪から無表情な双眸が三人を見つめていた。
 彼女は口を開けた。



 今そこに立っているのは、火箱真子という名の一人の少女と、どこにでもいる二人の少女だった。
「何でない日常がこんなに素敵だったなんて……世界は救われたんだ!」
 真子は呟いてから、頬を染めて。
「な、なんであんなことしてたんだろう」
(アシュレイに憧れていたからって、あんな設定で遊ばなくても良かった、よね)
 火照る頬をぺちぺち叩いて、その場を逃げるように去っていく。
 彼女の背を見送って、二人の少女は呆然と顔を見合わせて、やはり同じようにその場を去った。



「ごちそうさまでした」
 黒い少女は微笑むと、踵を返してキマクエリアの方へと、しっかりとした足取りで歩いて行った。