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ご落胤騒動

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ご落胤騒動

リアクション

   十三

 爆発音と共に土が柱のように撥ね上がった。
 音を聞きつけ、諏訪家警護の侍たちが駆けつける。
「ギャア!」
 ヴァジュラを叩き込まれ、一人の侍が身体を二つに折って倒れた。
「ふン、これしきで情けない」
 セーラー服に魔鎧、ヴァジュラを手にした伏見 明子(ふしみ・めいこ)が嘯いた。目を細め、昇ってきた太陽に「そろそろ時間切れじゃな……」と呟く。
 この明子は、パートナーの水蛭子 無縁(ひるこ・むえん)に取り憑かれている状態だった。昼間は明子として今回の事件を調べ、夜眠ると、無縁が現れる。明子はここしばらく疲れているようだから――もちろん、無縁が毎晩辻斬りのようなことをしていたからだ――、いつもより遅めだろうが、時間がないのは確かだ、と無縁は思った。
「まだか……まだなのか」
 苛立つ口調の明子(中身は無縁)に、徳川 家康(とくがわ・いえやす)は言った。
「あの男の仕事は、甲斐家との養子縁組を成功させること。その近くで騒ぎを起こせば、必ず来る」
「しかし、小七郎という小僧は留守なんじゃろう?」
「九十九はそれを知らん。おそらくな。だがまあ、もう一発やっておくか」
 家康が再び爆発を起こそうとした時、明子(中身は無縁)にとって聞き覚えのある声がした。
「何だ、これは……!」
 穴だらけの地面を見て、九十九 雷火は唖然とした。
「貴様らか!」
「おまえが遅いからいかん」
 家康はきっぱり言い切った。
「そのせいで真田に氷藍を任せる羽目になったではないか」
 おまけにブツブツ文句を言っている。
 雷火は明子(中身は無縁)に目をやった。
「貴様は辻斬りだな?」
「おお、覚えていてくれたか。九十九雷火、わしはおぬしを買いかぶっておったようじゃ。よもやおぬしほどの手練れが、女子にいいように操られているとはな。まるで犬コロよな」
 雷火はじっと明子(中身は無縁)の目を見た。そしてフッと笑う。
「それは仕えることを知らぬ者の言い草だ。辻斬りなど何の束縛もなければ責任もない。ただの身勝手よ」
「ならばおぬしも独りになればよい!」
「俺がやらねば他の誰かがやる。それに」
 クソッ、と雷火は地面と周囲の塀を見回した。
「こいつの修理にも金がかかるぞ。貴様ら、よくもとことん邪魔をしてくれるものだ!」
「後で人手なら出すわい」
 明倫館がな、と家康は内心舌を出した。
「そんなことはどうでもよい。おぬしも剣客ならば、剣で語れ」
 明子(中身は無縁)はヴァジュラの両端から光の刃を出した。その先端を雷火に向ける。
「さあっ、一手相手をしてもらおうか! 拒否をするならわしらはここで騒ぎ続けるぞ。逃げるか? もしそうしたら、そうよな、甲斐の奥方、那美江というたか、それを斬るぞ」
 雷火は目を瞠った。
「馬鹿か、貴様……那美江様を斬るだと? そんなことをしたら」
 明子(中身は無縁)は、にたりと笑った。
「童を斬れと命ずるような外道なら、因果応報というものであろ。さあどうする? 童を斬る。主を守る、二つは取れんぞ? 主を守りたくば、全力でわしを止めてみせえ」
 雷火は嘆息し、鯉口を切った。すうっと腰を落とす。
「一つ、勘違いをしているようだが」
 じろり、と明子(中身は無縁)を睨めつける。
「俺の主はあくまで諏訪家。お家のためにならねば、誰であれ切り捨てる!」
 二人はじりじりと間合いを取った。先に動いたのは明子(中身は無縁)である。ヴァジュラから出た光の刃で雷火の肩を狙う。雷火が剣を抜いた。切っ先五寸の欠けた刃で跳ね飛ばし、返す刀で明子(中身は無縁)を袈裟懸けに斬ろうとした。
 しかしその一瞬、明子(中身は無縁)はベルフラマントで姿を消し、更に【ミラージュ】を使った。雷火が斬ったのは幻だった。
「何!?」
 雷火が明子(中身は無縁)の気配を感じ取ったのは、時間にして僅かコンマ何秒後のことだった。だが、それで十分だった。明子(中身は無縁)は【物質化・非物質化】で消していた飛竜の槍を、振り返った雷火の喉下へ突きつけた。
 ドン! と音がして、雷火の身体が宙に浮いた。ほんの僅かな間のことだった。そして地面に落ちた。
 諏訪家の侍たちの間にどよめきが広がった。
 九十九 雷火は諏訪家でも最強の男だった。その侍が今、大の字にノビている。契約者とはこれほど強いのかと恐怖がこみ上げる。
 しかしそれでも、そこから逃げようとする者は一人もいなかった。
 それぞれが剣を抜き、敵わずとも雷火を助けようとしている。
 家康は満足だった。何と言っても「人持ち」とまで言われた武将である。彼は家臣を一際大切にした。九十九 雷火は一介の侍とはいえ、部下に慕われている。諏訪家は決して、滅び行く家ではないと確信した。
 ならばこれ以上の流血は、得策ではない。
 家康は「碧血のカーマイン」を構え、侍たちの足元目掛けて引き金を引いた。
「これ以上の戦いは無用! 見よ、九十九も死んではおらん! おまえらの負けじゃ! おまえらが小僧どもに手を出さねば、わしらも何もせん! よう考えてみよ!」
 気絶した雷火が「うう……」と呻いたのを見て、侍たちは抜いた刀を鞘に戻した。
「……こ、これは一体」
「おお、ご苦労だったな」
 雷火を見下ろしていた明子が呆然としている。様子がおかしいと家康は気づいた。目つきが全く違っている。
「……少々お尋ねしますが」
「何だ?」
「これは私が……?」
「いかにも」
「この気絶しちゃっているお侍さんを私が?」
「覚えておらんのか?」
 明子は泣きたくなった。人が寝ている間にどこまでとんでもないことをしているんだ、あいつはっ!!!
 真実を知るのが恐ろしく、【サイコメトリ】も躊躇われる明子だった。