天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

ご落胤騒動

リアクション公開中!

ご落胤騒動

リアクション

   後日談

「さあさあさっ、御用とお急ぎでない方は、足を止めてお聞き下さい、実に哀しい物語――」

 両ノ面 悪路は事件の顛末を事細かに記した報告書を持っていた。逃亡の際、彼はそれを落とした。拾ったのはドライア・ヴァンドレッドだ。内容は、甲斐家に幾分好意的に書かれていた。しかも事件の黒幕は、「悪人商会」であるとまで記されている。
 子供を狙うことに良心の呵責を覚えていたドライアは、これぞ三道 六黒の温情だと思った。これがあれば、葦原藩は甲斐家を重い罰に処することはないだろうと。実際は、断絶までいかずに両家の力を削ぐためであったが、ドライアは知らずに葦原藩へそれを届けた。
 しかし既に小七郎との養子縁組、更に主膳の再びの隠居が受理されており、諏訪家からは高額の賄賂が渡っていたため、藩からは特に処分は下されなかった。
 ただし、静麻の作戦のせいで事件は既に大きくなっていた。庶民は事の次第を知りたがり、広まったのは諏訪家の侍が仲間を唆して謀反を企んでいた、という話だった。甲斐家の謎の後継者――当麻であるが――こそが偽者であり、闇に葬られ、首謀者たる九十九 雷火は姿を消したと噂された。
「それでどうなった?」
と、これが十日ほどの庶民の合言葉だった。彼らは風呂屋で、飯屋で飲み屋で、顔を合わせるたびに情報を交換した。
 その頃になって、八重桜という名の遊女が用心棒・田中太郎と遊郭を逃げ出し、逃亡の果てに川に身投げした、という話が瓦版を賑わし始めた。離れぬように小指同士を赤い糸で結んでいたというエピソードは、悲恋好きの女たちの涙を誘い、一月後には芝居小屋にかかることが決まった。
「自分が死ぬ話を見るのは、奇妙なものだな」
 武神 雅(たけがみ・みやび)は呟いた。傍らの武神 牙竜は、芝居を見ながら苦笑した。
「雅の流した話が、相当リアルだったんじゃないか?」
 目の前で、牙竜の偽名である田中某が、他の用心棒を斬って八重桜の手を取った。しばらくこの偽名は使えないな、と牙竜は思った。


 師王 アスカ(しおう・あすか)は、枠に入れた絵を丁寧に包み、紐でくくった。
「支度は終わったか?」
 パートナーの蒼灯 鴉(そうひ・からす)が、一階から上がってきて尋ねた。部屋には大荷物が五つあった。
「おまえこれ、全部持ち帰る気か?」
「だってみんなのお土産もあるんだもの」
 リュックからは木刀やら提灯が覗いている。何に使う気だと鴉は思ったが、突っ込むのはやめた。
 甲斐家から逃げる際、鴉は重症を負った。今こうして生きているのは、ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)の助太刀と、アスカの看病があったからだ。
 しかしそのせいで、一ヶ月近く寝込む羽目になってしまった。傷自体はもっと早く治っていたのだが、心配したアスカの命令で湯治に出かけた。今は宿を引き払うところだ。
 寝込んでいる間のアスカの青ざめた顔は、しばらく忘れられそうにない。
 町の噂と見舞いのゲイルが教えてくれた事の顛末は、全く違っていた。ただし、雷火が消えたのは確からしい。あの男は、あくまで諏訪家に忠義を尽くしたのだ。
「その絵、どうするんだ?」
「奥方様に送ろうと思ってぇ〜」
「本気か!?」
「だって、とってもいい出来なんだもの〜。見て欲しいじゃない〜?」
「あの女のせいで、こっちは――いや、いい。おまえのしたいようにしろ」
「そうする〜」
 アスカはペンを執った。詫びと、それから絵に添える言葉を色々考えたが、やめた。絵を見てもらえば、全て分かると思った。


 庭を眺めながら、那美江は包みを解いた。
「……良い絵じゃな」
 寝巻き姿の主膳が言った。
「殿、またお身体に触りますぞ」
「今日は気分がよい。案ずるな」
「殿」
 那美江が顔をしかめるので、主膳は笑いながら布団に戻ることにした。那美江は絵を包みで隠し、廊下に置いたまま主膳に続き、彼の肩に冷えぬようにもう一枚をかけた。
「小七郎はよくやっていてくれるようだな」
 諏訪家は小七郎を養子にやるのを渋った。だが小七郎は、全てを承知した上で甲斐家に入り、今は後始末に奔走している。おまけに主膳と那美江のために隠居所を作ってくれるという。
「体のいい、追い出しでございましょう」
「わしらを想ってくれているのだ」
 隠居所に入れば、世間の好奇心からは逃れられる。ゆっくり療養も出来ようという、小七郎の配慮だ。
「……殿は何故、わらわを離縁いたしませぬ?」
「別れたいのか?」
「わらわは、あの子を殺そうといたしました」
「だが、生きておる」
「もしあの子が、――あの女の息子が跡を継ぐようなことになるなら、甲斐も諏訪も滅びてしまえばよいとすら思うておりました」
「両家とも無事だ。――九十九には悪いことをしたがな」
「わらわは――」
「わしがおる。これからはずっとわしが。それではいかんか?」
「……風が出てきました。もう横になった方がよろしいでしょう」
 主膳は苦笑し、妻の言うことに従った。
 包みがめくれ、アスカの描いた絵が顕わになる。絵の中の那美江は、微笑んでいた。少女のように、幸せそうに。
 それはアスカが切り取った、ほんの一瞬。那美江が主膳を語るときに見せた、束の間の表情だった。


 その後完成した隠居所には、那美江の絵と、美しい装飾の施された守り刀が飾られていた。

担当マスターより

▼担当マスター

泉 楽

▼マスターコメント

というわけで、二回に渡ったお家騒動のお話ですが、これで完結しました。いかがでしたでしょうか?

NPCの行動ですが、当麻は長屋→甲斐家、ヒナタは一膳飯屋→甲斐家と決まっていました。その結果、違う場所を探したり行動順序が違っていたために、全然会えなかったりすれ違ったりという人が何人かいました。
また、当麻は女の子――というネタ、いきなり出して卑怯だと思われたかもしれませんが、実は前回から見抜いている人もいました。さすがにびっくりしました。今回のシナリオガイドではちょっとだけヒントを書いたつもりだったのですが、こちらは難しかったようです。反省。
あちこちのシーンでバトルをやっているので、バランスを考え、且つ戦力を外に出していて甲斐家は手薄だろうという判断から、クライマックスは戦闘なしです。最後に大暴れしたかった人には申し訳ありませんでした。
しかし、ざっと考えてあった話が、皆さんの行動で結構変わったので、やっぱりそういうところがこのゲームの醍醐味だと思いました。

現在のところ、今回のNPCが再登場する予定はありませんが、九十九雷火と(諏訪改め)甲斐小七郎は可能性があります。お楽しみに!

なお、次回のシナリオは、シャンバラ教導団を予定しております。またお会いしましょう。