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ローレライの音痴を治そう!

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ローレライの音痴を治そう!

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第二章 果実の物語

 ヴァイシャリー湖畔。ローレライ達のいる場所から、少し離れた木陰にシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)はウッドチェアを用意しようとして、バッティングしそうになる。
「そなたは?」
「学園の放送でお顔を拝見したことがありますわ。確かシニィ様ですね。蒼空学園の中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)と申します」 
 綾瀬もウッドチェアを広げる。
「すると余興を見物に来たのは、わらわだけでは無かったか」
 微笑みで応じる綾瀬の眼帯を、シニィは興味深そうに眺める。
「どう言うわけかは知らぬが、そんな具合であれば聴力は鋭そうじゃな。手伝っても良さそうなものじゃが」
「いえ、あくまでも皆様の頑張りを傍観させていただくだけで」
 綾瀬が視線をやると、羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)と放送部員が忙しそうに走り回っている。
「シニィ様も、今回は解説ではないのですね」
 シニィはニヤリと笑って酒瓶とグラスを取り出した。
「わらわも見て楽しむだけじゃ。どうじゃな一杯?」
「未成年ですので」と綾瀬は断って、大きな紙袋を広げる。「好みのものがあればどうぞ」とシニィに勧めた。
「ほう、駄菓子ではないか」
「調子に乗って買いすぎてしまいまして、食べきれないので持ってきました。お酒に合うかどうか……」
「心配無用。真の酒飲みは、どんな状況であれ、酒を味わうことができるのじゃ」
 手頃な駄菓子を掴み取ると、それをつまみにグラスを傾けた。
「誰か来たようですね」
「楽しみじゃな」

 ローレライの元を訪れたのは、フードを目深に被ったイルミンスール魔法学校のエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)と、不気味な干し首をいくつもぶら下げた空京大学の藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)だった。
「私は愛の伝道師……美しい女性が心を痛める姿を見たくはありません、お手伝いいたします」
 エッツェルはフードを被ったまま丁寧にお辞儀をした。そんなエッツェルのフードを優梨子が剥いでしまう。
「あら、可愛いじゃない!」
 アンデッドとなり、半身が異形化したエッツェルの姿に、ローレライとイングリット、少し離れていたまゆりや放送部員ですら息を飲んだ。経験の差なのか、ラナは表情を変えなかったが、竪琴を握る手に力がこもった。
「いきなり何をするんですか」
 フードを被りなおしたエッツェルが、声も荒くとがめる。しかし笑みを浮かべたままの優梨子に、一同は非難の目を向けた。
「私はラナさんに武勇伝を歌にしてもらおうと思って。ね、良いでしょ」
 全く意に介さない様子で話しかける。ラナはいくらか冷ややかな視線を投げかけながらもうなずいた。
 優梨子は一昨年に経験した教導団・パラ実戦争のことを語り始めた。
「あの時は首狩り族の方々と一緒に、首をたくさん狩れましてですね。こう……」と、再現するように身振り手振りを交えて話す。
 たくさんの首を落とし続けたこと。残った遺体を恐竜葬にしたこと。そして初めて干し首を作ったこと。
「蛮刀使いでなかなか強い方でいらっしゃって、当方、肩口に一刀受けちゃったんですよー♪」
 乗馬服の上着を脱いで肩を見せようとするが、ラナが「見なくても結構です」と言うと、「そう」と服を整えた。
「本名が分かりませんので、差し当たりバントウさんとお呼びしております。とにかく、楽しかったですよー♪」
 話し終わると干し首を愛しげに撫でた。
 イングリッドはその場を離れずにいたものの、半ば話に耳を傾けることを放棄し、視線すらもそらしていた。
 ラナは目を閉じながら竪琴を爪弾いていたが、「これくらいでしょうか」と弾き語りを始めた。見ていたまゆりが静かに「スタート」の合図を送ると、放送部員がカメラを回す。離れたところで椅子にもたれかかっていたシニィと綾瀬も耳をそばだてた。

 手柄を目指し 仲間と共に 果実求めて 駆け巡る
 思い出刻む 我が身は誇り 成果愛しく 捧げ持つ   
 
 指先から妙なる調べが奏でられ、同時に口から武勇伝が語られた。
 ラナが会釈をしたところで、自然に拍手が起こった。もしどこかのホールであれば、万雷の拍手があっても不思議ではなかったが、居合わせたのは5人余り。それでも1人を除いて、精一杯の拍手をしていた。
「フルーツになっちゃったのか。ちょっとつまんないかな」
 拍手に力がこもっていなかったのは、当の優梨子だった。
「でもありがとう。良かったら一ついかが?」
 干し首を差し出したものの、ラナは丁寧に断った。

 次いでレッスンが始まった。姿を見られたエッツェルが「良いんですか?」と聞いたが、ローレライもラナも「ぜひ」と答えた。
「自分の歌声を聴いて、おかしいと思えた時点でそれは音痴ではありません」
 エッツェルの言葉に、これまでの考えを真っ向から否定されたローレライは、あっけに取られる。
「本当の音痴は、自分のおかしな歌声を上手だと勘違いしますから。はい、どこかのガキ大将みたいに」
 思い当たる節でもあったのか、イングリットや優梨子から笑い声がこぼれた。
「ですので、まずは自信を持って恥ずかしがらずに歌うことです」
「そうですね。ではこの歌を歌ってみましょうか」
 手本代わりにラナが一曲歌う。ローレライもなんとか真似して歌いきる。 
「私がいくらでも貴方の歌を聴きましょう、だから恐れずに、おもいきり歌ってください」
 うながされるままにローレライが歌い、エッツェルがすぐ側で耳を傾ける。

「そう、良い感じです」

「ゆっくりともう一度」

「恥ずかしがってはいけません」

 エッツェルの求めに応じて、ローレライは繰り返し繰り返し歌った。
「あの男かなり頑張るのぉ」
「でもかなりの汗です。限界が近いかもしれませんわ」
 少し離れた場所にいる綾瀬とシニィも、ローレライの破滅的な歌声が響いてくる。
 まゆりや放送部員は武勇伝が収録できれば用済みと思ったのか、いつの間にか撤収していた。イングリッドはこれも修業のひとつとでも思っているのか、ラナの側で辛抱強く聞いている。ただ不思議なことにラナと一緒に優梨子も楽しそうに聞いている。
「今日は……このくらいに…………しておきましょうか。歌うことには慣れて来たようですから」
「ありがとうございます」
 ラナとローレライのお礼の言葉を聞くと、エッツェルは「お役に立てたら光栄です」と一礼して立ち去った。
「今日は私達もこれくらいにしましょうか」
 ラナの言葉で銘々が帰路についた。

 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が目を覚ますと、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がどこかうれしそうに自分を覗き込んでいるのがわかった。
「気がつきましたのね」
 エッツェルが身を起こすと、額から濡らしたハンカチが落ちる。そして優梨子に膝枕されていたことにも気付く。
「あの後、気絶されたんですよ。私が用があって追いかけてきたので良かったんです。そうでなければ、闇にまぎれてモンスターか何かに襲われてても不思議じゃありませんから」
「そうだったんですか……」
 エッツェルは会った時から気になっていたことを優梨子に尋ねる。
「優梨子さんは、アンデッドである私の姿が気にならないんですか? ‘可愛い’とも言ってましたが」
「可愛いは失礼でしたね。ごめんなさい」
 素直に頭を下げられて、エッツェルも「いえ」と応じる。
「普通とはかけ離れてますけど、それもまた個性の一つだと思います」
 エッツェルはまじますと優梨子を見る。色白の肌に吸い込まれるような黒い瞳と長い黒髪。まれにも向けられることのない笑顔を自分に見せている。
「どうでしょう。お礼に食事でもご馳走させていただけませんか?」
 ── そしてあわよくば、その後もおいしく ──
 とエッツェルが思いかけたところで、優梨子の顔が一段と明るく弾けた。
「ええ、ぜひ! で、私からもお願いがあるんですが」
「介抱してくれたのですし、素敵な女性のお願いであれば、なんなりと」
「そう言っていただけるとうれしいです。ではあなたの首で、干し首をつくらせてくださいな」
 エッツェルの時間が数秒止まった。この瞬間に匕首や雅刀を持っていた優梨子が行動に移さなかったのは、彼にとって幸いだった。
 ── なるほど、私の首に目を付けたのか ──
「アンデッドで干し首を作るチャンスなんて、なかなかありませんもの。お願いを聞いてもらえてよかったぁ。干し首にしたものをもう一度乗せてもチャーミングかもしれませんね。ああ、嫌だ、私ったら。好きなことになると、どんどんアイデアが湧いてくるんです。…………エッツェルさん?」
 夢中でしゃべる優梨子が我に返ると、エッツェルは走り出していた。
「冗談じゃない。いくら再生能力があったとしても無理。ぜーったい無理。死人にクチナシどころか、死人に首なしだよ」
 洒落を言えるうちは余裕があったものの、「待ってくださーい」と追っかけてくる優梨子を見て全力で逃げる。
「なんなりとって言ったじゃないですかー」
 首をかけた追いかけっこは陽の落ちるまで続いた。