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リアクション
第四章 お誘いという名の市場引き回しの刑
神皇 魅華星(しんおう・みかほ)は、こういう場ではある意味、誰よりも光り輝いている存在であるといえる。何故なら彼女は、自分が『魔王の転生体』であると頑なに信じている、いわゆる厨二腐女子の典型のような人物なのだが、その信じ方がまた、半端ではない。
今回この即売会に足を運んだのも、『今は赤銀の女王として真なる闇の力も取り戻しつつあるのだが、昔を懐かしく思い、見学してやろう』という意図から思い立ったのである。
信じるって、素晴らしい。
ともあれ、ひとり上機嫌でそこかしこのブースを見てまわっていた魅華星だが、ひとりだけ、妙に場の空気から浮いている姿がぽつんと佇んでいるのを見つけた。
新入生雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)であった。
「あら、そこのあなた……あまりこのような場に、慣れていないようね。ひとつこのわたくしが、案内して差し上げてもよくってよ」
「え? あぁ、いや、その……」
いささか困った様子で口篭る雅羅だが、相手の反応などまるでお構い無しに、魅華星はさりげない仕草で雅羅の手を取り、すたすたと会場内を歩き始める。
雅羅はというと、すっかり魅華星のペースに乗せられてしまい、ただもう為されるがままに、あちこちのブースへと引っ張りまわされてしまっていた。
やがて魅華星と雅羅は、師王 アスカ(しおう・あすか)が代表を務めるサークルへとやってきた。
「やぁ、いらっしゃ〜い」
売れ行きもそこそこの同人誌を売り場のテーブル上に積み上げているアスカが出迎えると、魅華星は早速、アスカの力作『その声を聞かせて……』を手に取り、秒間3ページという超高速流し読みなる超人的な芸当を発揮し始めた。
「いや……凄いな、これは」
その超速流し読みの様を、売り子としてアスカの傍らに立っていたルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が、酷く感心した様子で眺めていた。
ルーツのみならず、雅羅とアスカも、魅華星の残像を見せる程の素早いページ繰りの指先を、呆然と眺めるしかない。
『その声を聞かせて……』は、アスカが渾身の力をかけて仕上げた恋愛超大作で、普通に読めば数時間はかかるのではないかとさえ思える程の分量を誇っているのだが、しかし魅華星は、魔王の速読術などとうそぶきながらも、この超大作をものの数分で流し読みし終えてしまった。
それだけでも結構凄いのだが、更に凄いのは、魔王級の涙と鼻水と涎であった。
余りにも切なく、余りにもほろ苦い恋愛を真正面から描き切った『その声を聞かせて……』の内容に、魅華星は不覚にも、もらい泣きしてしまっていたのである。
「こ、こ、これは……無様ですわ! こ、このわたくしが、も、もらい泣きだなんて……!」
それでもズビズバと鼻水を垂らしながら、ちゃっかり会計のオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)に代金を支払っている辺り、魔王の転生を謳いつつも案外常識はしっかりしているらしい。
鼻水でべとべとになった代金を受け取りながら、オルベールは引きつった口元で愛想笑いを返す。
「あ、ありがと〜ございました〜……」
「礼なんて、よろしくってよ! このわたくしを感動させた作品に、最上級の褒め言葉を贈ってつかわしますわよ!」
上から目線なのか、物凄く賞賛しているのか、よく分からない魅華星であった。
やがて、その魅華星と雅羅がアスカのブースを後にすると、入れ替わる格好で蒼灯 鴉(そうひ・からす)がアスカ達のもとへ戻ってきた。
この時鴉は、顔面涙と鼻水まみれの美少女に不思議そうな視線を送った。
「なぁ……あのお客、何があったんだ?」
今の今まで別のブースを見て回っていた(本人曰く、偵察とのこと)鴉には、事の次第がよく分からない。
鴉の疑問に、ルーツとオルベールが苦笑しながら顛末を説明してやると、鴉はますます訳が分からぬ様子で、しきりと首を捻っていた。
同人誌の即売会など、天御柱学院ではまず催される機会が無い。
こんなチャンスは滅多に遭遇出来ないとばかりに、宙野 たまき(そらの・たまき)は随分と張り切って即売会会場を歩き倒していた。
そんなたまきに同行しているのは、アリサ・ダリン(ありさ・だりん)である。どうやら暇を持て余していたところをたまきに誘われ、軽い気持ちで覘きにやってきたのだが、意外にも凄まじいばかりの熱気が渦巻く会場の雰囲気に、アリサはいささか圧され気味となっていた。
やがてふたりは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とカムイ・マギ(かむい・まぎ)のサークル『とわいらいと』前を通りがかり、そこでふと、足を止めた。
何となくではあったが、たまきは『とわいらいと』が発行する同人小説の内容に、えもいわれぬ不思議な魅力と、自分と同じ世界の匂いを嗅ぎつけたのである。
早速手に取って読んでみると、もう論評の必要も無い程に、レキの作品は完璧にたまきの心を鷲掴みにしてしまった。
「こ、こ、これ、買います!」
「はい! まいどあり〜!」
折角だからと、レキは手元のスケブにさらさらとイラストを走り書きして、たまきに手渡す。その時のたまきの極上の笑顔といったらもう、見ている方が腹が立ってくるぐらい、嬉しそうな輝きに満ちていた。
「あんなに喜んでくれるなんて……作った甲斐がありましたね」
「そうだね! たとえひとりでも、ボクの作品で元気になってくれるひとが居るなら、ボクはもう、それだけでも最高に嬉しいよ!」
カムイの笑顔に頷き返すレキだが、惜しむらくは、あの作品が安物のコピー本だったというところか。
こんなことなら、もうちょっと奮発して金かけとくべきだった、とレキが思ったとか思わなかったとか。
一方のアリサはというと、たまきが『とわいらいと』でひとり悦に入っている間に、別のサークルへと足を運んでいた。
丁度、『とわいらいと』の真向かいに当たる位置でスペースを確保している、『若松亭』なるサークルであった。
若松 未散(わかまつ・みちる)が代表を務めるこのサークルの売りは、少し変わっている。というのも、ここで売られているのは創作落語の同人誌、それも脚本とCDのセットという内容だったのである。
相当に玄人好みな売り物であった。
とはいっても、単にそれだけであれば、この即売会では売り上げ部数を伸ばすことなど出来ない。未散の作品が驚く程の勢いで飛ぶように売れているのは、未散がパートナーのハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)を四つん這いにさせた挙句、その上に座り込んで即興の台座と為し、今回の売り物であるCDの内容と全く同じ落語を、ここで一席打っているからであった。
しかもこの時の未散の格好がメイド服であったから、もうひとびとの注目を浴びない訳が無い。
「お前の親父に聞いたぞ。お前、流行のメイドカフェに入れ込んで、何日も家に帰っていないんだって?」
内容は、知るひとぞ知る『三枚起請』のまんまパクリなのだが、メイド服姿の落語家が一席打つというだけでも奇異の目を集め、大勢のひとだかりが出来る始末であった。
そんなひとだかりの中に、アリサは紛れ込んでいたのである。
流石にこのままでは商売にならないと思ったのか、未散は途中で寄席を打ち切り、
「はい、続きはこのCDで〜」
などと商売上手にやっているものだから、更に売れ行きが伸びるという寸法であった。勿論アリサも、1セット購入している。
「いやぁ未散くん、実に立派でした見事でした! そして何よりもそのメイド服、もう、わんだほーぅ!」
つい今の今まで四つん這いの無様な姿をさらしていたことなどすっかり記憶の彼方にすっ飛んでしまったかの様子で、ハルはやたらと未散を賞賛している。
或いは、あの無様な姿こそが至上の愛に思えていたのか……ハルという男、中々侮れない。
もう一体何度、ハルが未散のメイド服を指して「わんだほーぅ!」と叫んだであろうか。
本人もいちいち数えている訳でもないのだが、何度目かのハルの「わんだほーぅ!」が、別のところから発せられた「わんだほーぅ!」と、たまたまハモった。
他にも未散の可愛らしさを認める良識者が居たのか、と慌ててハルが嬉しそうに振り向くと、何故か視線の先には蛙が居た。
いや、厳密にはコタローを賞賛するルカルカの「わんだほーぅ!」が、ハルの「わんだほーぅ!」と偶然重なっただけに過ぎなかったのだが。
(……蛙)
凄まじく悔しい気持ちが沸き起こってきたハルだったが、相手はどうやら風紀委員。しかし、なななと一緒に大量の同人誌を突っ込んだ紙袋を抱えているのは何故だろう。
いや、今のハルにはそこまで思考が働いていない。
蛙さんとハモってしまった、未散へのわんだほーぅ。
何だかそれが、凄く悲しかった。
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