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暴走の眠り姫―アリスリモート-

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暴走の眠り姫―アリスリモート-

リアクション

 ――、天御柱学院 敷地内


『ただ今より、財後教授の総回診です』
 と、アナウンスが流れれば最高だと貴宮 夏野(きみや・なつの)は思う。
 連れのカルシェ・アサッド(かるしぇ・あさっど)とともに、前回研究所のロッカーから押収した白衣をはためかせて、リヒャトル・ワーグナーの『タンホイザー序曲』を鼻歌う。その音程の外れっぷりは作曲者が聞いたら激怒物だろう。
 余談ではあるが、ワーグナーはかの有名なニーチェに「彼は人間ではない、病だ」と表される位に自己中心的でわがままだったと言われている。
 そして、そんな作曲者の曲がテーマなるにふさわしいくらい、性格が最悪なマッドサイエンティストが財後教授である。テレビドラマ『黒い巨塔』にて悪逆非道な実験手術を大病院の裏で繰り返し、挙句最後は「マッドサイエンティストでありながら、自身を手術改造できずに死ぬことを心より恥じる」と言って、嘗ての患者に殺されたのはあまりにも有名だ。
 そのダークな一面とは裏腹に、キャラクター性に優れ、彼とそのドラマには多くのファンが居る。夏野もその一人だ。モノを弄る時に「改造改造、楽しいな、っと」と言う彼女の口癖も財後教授の台詞の影響だったりする。
 カルシェも夏野からDVD全巻を魅せられてからは『黒い巨塔』にすっかりハマっている。
「カルシェ、『α計画』どんな研究だったんだろうね」
「やっぱ、違法な実験計画じゃないかな」
「だといいね。ヒヒヒ楽しみだ」
 夏野は財後教授に成り切って、卑しく笑った。
 彼女は『α計画』について、それがどんなものなのか知りたくて天御柱を訪れていた。マッドサイエンティスト心がくすぐられた。とのこと。
 カルシェはと言えば、『α計画』にはそんなに興味はない。どちらかというと、海京の市場で料理に使える奇抜な食材はないかな。と調べ物の後に行くショッピングの方が気になる。
「あ、それタンホイザーだよね」
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が夏野の鼻歌につられて寄ってきた。
「お、ノーンじゃん。こんなとこにどうしたん?」
「おにーちゃんたちがそろそろ帰って来ると思うから、料理とお菓子の材料買いにきたんだよ」
 と無邪気に答える。ノーンの言うおにーちゃんとは影野 陽太(かげの・ようた)の事だ。今しがた彼は恋人の為にナラカで絶賛奮闘していたが、それももう終わってそろそろ帰って来る頃だと言う。
「うふ、じゃあ後でワタシたちと買い物に行こう。面白い食材が見つかるかもよ」
 ノーンは頷く。パートナーが長期不在のため、一人で買い物行くのはなかなか心細いところがあった。
「でも、今日は学院の様子が変だよね。皆あたふたしてるし」
 ノーンは特に用もなく天御柱に立ち寄っただけなのだが、なにやら騒がしく感じる。今はそうでもないが徐々に人伝に騒がしくなっている気がした。
「そうや、今日はアリサが極東新大陸研究所に引き渡される日だっけ? もしかしたら逃げ出してたりしてな」
 「そんなことないでしょう」とカルシェが夏野に軽く突っ込むが、本当にそうだったりする。
 そしてアリサが逃げ出した影響を二人も受けることに成る。
 三人のいる近場の校舎外壁が吹き飛ぶ。銃火器系の破壊による爆発だった。
「何!」
 ノーンが振り返ると、壁からのっそりと少女型の機晶姫が出てきた。
 機械の目が三人を視覚野に捕捉する。
――エネミー、発見。 自動戦闘プログラム開始。 コレより、殲滅ヲ行いマス ――

――《スプレーショット》――

 機晶姫の突如の攻撃に三人が退避する。
「どうしたんだよコイツ! 正気じゃない」
「知らないよ! 夏野、まだ来る!」
 二体目の機晶姫が現れる。こちらも銃器武装タイプのようだ。ただ、こちらは左腕が無い。しかし、油断は出来ない。《シャープシューター》を繰り出してくる。 
 カルシェが銃弾を《超感覚》と《エンデュア》で耐える。後ろの二人を守るためだ。
「やるしかないようだね」
 白衣を脱ぎ捨て、【スナイパーライフル】を夏野が構える。機工士として機晶姫を傷つけたくはないが、しのごの悩んでいる訳にもいかない。自身の《機晶技術》と《先端テクノロジー》を駆使して、機晶姫たちが完全に壊れないよう破壊箇所を絞り込む。
「夏野! 機晶姫の弱点ってないの!」
「機晶石を破壊すれば止まる! でも、コアを破壊したら彼女たちは修復不可能になるから気をつけて」
 夏野の助言に従い、カルシェは機晶石を狙いとするが、機晶石は機晶姫の体内に内包されているため、迂闊に攻撃は出来ない。《チェインスマイト》で接合部を狙うことにする。
「わたしも応援するよ!」
 ノーンが《震える魂》で二人をサポートする。魔法攻撃力を上げる。
 夏野の《ライトニングブラスト》が機晶姫たちを撹乱し、その隙をカルシェが近距離での《チェインスマイト》で二体同時攻撃を仕掛ける。ノーンの《氷術》も効いている。十分なダメージを与え、撃破にもう一歩だ。
「ちょっと! やめなさいよ!」
 カルシェが今一度踏み込もうとした時、攻撃を停止させる朝野 未沙(あさの・みさ)の一声がする。
「もうなにやってるのよ。ジョイントの修復は大変なんだから止めてよね!」
 機晶姫の修復屋の意見に、カルシェが困惑する。専門家の意見故に無視するわけにもいかない。
「やるなら、手足を吹き飛ばすのよ。それで動けなくなるし。そのほうが修復するの簡単だもん」
「わかったよ……で、この子たちどうしたのよ」
 未沙はカルシェに尋ねられると、ゲンナリして答えた。
「それがさぁ、学院の整備科に連中に頼まれて、機晶姫のメンテナンスしてたんだけどさ――、誰のせいか知らないけど起動していない機晶姫たちが一斉に工房の外へ飛び出しちゃったのよね」
「あの子たちまだ起動していないの?」
 ノーンが驚く。では何故攻撃を仕掛けてきたのだろうと。
「正確には、自我覚醒状態にないの。基礎プログラムが強制起動しているだけで、感情や思考プログラムは作動してないの。プログラムが暴走するのは珍しいことじゃないけど、皆一斉にそうなるなんて今までにないわ。唯一救いなのは起動していた子達が暴走してないってことね」
 だから、整備が半端な状態で襲ってきたのかと夏野が納得する。とともに、完全整備の高性能機晶姫が襲ってきていたらと思うとゾッとする。
 そうこう話しているうちに、また増援がくる。未沙の話は本当だろう。他の場所でも戦闘の気配が濃くなってきたのを彼女たちは感じる。
「みんな、少し耳を塞いでてね」
 ノーンは味方に注意を促し、大きく息を吸う。
 110センチそこらの小柄な少女の口から130デシベルを越す《咆哮》が放たれる。耳を塞いでもその声は頭に響いてくる位だ。
 その分効果も有ったらしく、機晶姫たちの機晶姫たちのバランスセンサーが狂う。模擬三半規管に影響を起こしたようだ。
「すごくうるさいけど、ナイスよ!」
 この隙を逃さず、未沙が機晶姫たちに《テレパシー》干渉を仕掛ける。
(防衛システム解除、システムエラーオールリセット、プログラム強制シャットダウン開始)
 機晶姫たちの体が、突如動きを止めて人形のように倒れていった。
 「なにをしたの」と夏野が訊く。
「機晶姫のシステムに強制終了をかけたの。これでしばらくは大人しくするはず……」
 動かなくなった機晶姫の顔に手を当てて言う。
 《テレパシー》でのシステムダウンをした際に未沙は微かな痕跡を感じた。誰かは知らないが、機晶姫たちは彼女と同じ方法でシステム起動刺せられていたようだった。
 だが、未沙は機晶姫を暴走させた犯人よりも、この騒動が終わってもその後には、大量の機晶姫の修理が待っていることの方が悩ましかった。