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盗まれた機晶爆弾

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盗まれた機晶爆弾

リアクション

   3

「ちょっとそこのキミ!」
 声をかけられ振り返ったその学生は、いきなり喉元を締め上げられ、目を白黒させた。
 ワイシャツの襟元を掴まれ捻られ、勢いよく校舎の壁に押し付けられる。しかも地面から三センチほど身体が浮いている。その頼りなさに、彼はますます慌てた。
「あんた、テロリスト?」
「!?」
 ストレートにそう尋ねたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
 彼女は、テロリストもしくはその協力者が空京大学関係者にいると判断した。そこまでは他と同様だ。その上で現状に不満を持つ者をピックアップ――しようと思ったのだが、生憎そこまでの時間がなかった。
 そこでマスコミ研究会や(基樹の所属する)ミリタリー研究会――という名のサバゲー同好会――を手当たり次第に当たることにした。いつの世も、自分たちが所属する社会を糾弾する者は必要であり、同時にそこから暴走する人間がいるのは必然と言ってもいい。
 今首を絞められているのは、マスコミ研究会の若者だった。
「あのね、キミ、もし何か知っているなら喋った方がいいわよ。この人はね、まあ見れば分かるだろうけどちょっと逝っちゃっててね」
 失敬な、とセレンはムッとしたが、そのままパートナーであるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の言葉を聞き続けた。
 若者の目は、セレンの身体に注がれた。水着だけ。――そう、メタリックブルーのトライアングルビキニのみを身に着けている。これはおかしな人だ、と若者は思った。水着姿綺麗なおかしなお姉さんに首を絞められている――若者はうっとりとした。
「セレン、緩めて。この子、本当に逝きかけてる」
 セレンは慌てて手を離した。若者はどさりと尻餅をつき、咳き込んだ。
「大丈夫? キミ、名前は? マスコミ研究会のメンバーよね?」
 若者は頷いた。彼の所属する研究会は、他と比べても過激な発言をすることで知られていた。
「だからって、テロリスト扱いは酷いですよ。僕らが何したって言うんです?」
 座り込んだまま、若者は二人を睨め上げた。
「テロリストを探してるのよ」
 セレンはあっさりと言った。
「まさか、うちの大学に?」
「そういう連中は、いつだってどこにだっているものよ」
と、セレアナ。
 ふと、若者が黙りこくったのを見て、セレンは彼に覆いかぶさるように腰を曲げた。
「あんた、何か知ってるの?」
「いや、別に……」
「もし何か知っているなら、早く言いなさい。何しろこの人は、『壊し屋セレン』と言ってね――」
「【ホット・ビューティ】と言って欲しいわね」
「――怖い人なんですね?」
「そう」
 若者が尋ねるのに、セレアナは頷いた。
「これ……まだ噂の段階で、裏取ってないんですよ」
「いいから!」
 セレンに押し切られるようにして、若者は渋々話し出した。
 サバゲー同好会に、アブナイ趣味を持った奴がいること。西門 基樹という生徒が、得意げに爆弾の知識を披露していたこと――。
「そのアブナイ趣味を持った奴の名前は!?」
「確か……ニコルソンって言ったかな。フルネームまではちょっと」
「分かった。ありがとう!」
 セレンは若者の手を取り、ぶんぶんと腕がすっぽ抜けるほどの勢いで振ると、走り出した。セレアナも追いかけようとし、振り返った。
「キミの名前は?」
「あ、僕はストーンです。アイザック・ストーン
「ありがとう、ストーン。感謝するわ!」
「違ったらすみません!」
 セレンとセレアナの後ろ姿を見送り、若者は微笑んだ。
「――でももう、間に合わないと思いますけどね」


 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、机に置かれた脅迫状から手を離した。
「……ふう」
「大丈夫か?」
【サイコメトリ】は意外に体力を使う。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、パートナーの体調を案じた。
「大丈夫。それより分かったこともあるから――」
 ルカルカはデジタルビデオカメラに手を伸ばした。それを額に当て、目を閉じる。今度は先程読み取った内容を、映像として思い浮かべる。カメラに繋がったノートパソコン――ちなみに「シャンバラ電機」から好評発売中――に映像が転送された。
 若い男が脅迫状を作っている――。
 周囲には切り抜かれた新聞や雑誌が無造作に置かれている――。
 新聞の見出しが見える――。「大学」そして「マスメディア」――「この世界のあるべき姿」――。
 ぷつりと映像が途切れた。ダリルが画面から顔を上げると、ルカルカが天井を向いて喘いでいた。
「さすがに疲れたか」
「うん。――それとこれは、ちょっと映像にしにくかったんだけど」
「感情か?」
 ルカルカは頷いた。置かれた麦茶をごくごく飲んでから、続ける。
「色々混ざっちゃってて。喜びというか、楽しみというか――」
 口元に手を当て、相応しい単語を捻り出そうとするが出てこない。うーん、とルカルカは唸った。
「愉快犯なのか?」
「でもない。妙な使命感みたいなものもあって」
「テロリストとしての、かね?」
 アクリト・シーカーの問いに、おそらく、とルカルカは答えた。
「自分がやらなきゃいけない――。でも一方で、この脅迫状が大勢に及ぼす効果を想像して楽しんでもいる――」
「もしかしたら、複数いるのかもしれないな」
とダリル。それは既に出た説だ。だがダリルは、
「脅迫状を作った人間が、だ」
と付け加えた。
「使命感に燃えた者、ただ単に楽しむ者。一方のみを想定していると、動きを読み誤るぞ」
「じゃあ、それも、UPしておいてよ」
 ダリルはキーボードの上で指を滑らせた。
 既に基樹から提供を受けた――ルカルカの半ば強引なお願いにより――爆弾の写真が大学のサーバーにUPされている。パニックを恐れた大学側は渋ったが、アクリトが強引に捻じ込んだ。もし情報を秘匿したまま被害が拡大したら、責任の取りようがない、と。
 大学側は、パスワードを打ち込むことを条件に、承知した。そのパスワードは、今や空京学生以外にも広まっている。
「さて、もう一つ――警察や公安のリストを見たいのだが、閲覧許可は出るだろうか?」
「無理だろうな」
 アクリトは即答した。
「君たち教導団からの正式要請があれば可能だろうが、許可が出るのを待っている間に、爆弾が使われるかもしれん」
「まあ、そうだろうな。となると――ハックすると早いんだが」
「え!」
 ルカルカが目を丸くした。
「痕跡は残さんぞ」
「いやいやいや、それヤバイと思うよ。ねえ?」
 ルカルカはアクリトに同意を求めた。が、アクリトは「そうだな」と答えると、仕事があると言って部屋を出て行ってしまった。
「許可が出たな」
 ダリルの大胆さも結構なものだが、アクリトもまた、相当に困った人だなとルカルカは思った。


 自室を出たアクリトは、直立不動で立つレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)に気づき、苦笑いを浮かべた。
「ずっとそうしていたのかね?」
「任務ですから」
 レリウスの口調は、あくまで事務的だ。だが彼は、我が身に代えてもアクリトを守るつもりでいた。
 アクリトは、持ち込まれるであろう爆弾を解体することになっている。テロリストはそこを狙うのではないか、とレリウスは考えていた。既に犯人は近くにいるかもしれない。
 ――守らねば……!
 かつて目の前で大切な人を失くしたことのあるレリウスは、いっそ悲痛とも言える決意を抱いていた。
 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、そんなパートナーが心配でならなかった。
 レリウスは戦場育ちだ。生きる気力を失った彼にそれを取り戻させようとしていたが、他人と交わるためにと勧めた学校が、事もあろうにシャンバラ教導団。これじゃ今までと変わらないじゃん! 意味ねー! と思っても後の祭り。
 幸い馴染んでいるようだが、どうせなら他の学校を見るのもいいだろうと空京大学に見学に来たのだが、今度は事件に遭遇してしまった。レリウスがそう言い出すのは想像がついたので、止めはしなかった。
『レリウス』
と、ハイラルは心の中で呼びかけた。『分かってるのか? 誰かを死なせないために自分が死んだら世話ないぜ。ちゃんとその辺考えてんのかよ……』
 しかしレリウスに、その声は届いていなかった……。