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【新米少尉奮闘記】甦れ、飛空艇

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【新米少尉奮闘記】甦れ、飛空艇

リアクション

「何とか振り切ったか……?」
 トラックの助手席から後を振り向き、小暮がふぅ、と嘆息する。
「油断は禁物です、少尉」
 荷台に乗るレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が険しい声で答える。荷台に取り付くのが間に合った面々はしかし、先ほどの戦闘で多かれ少なかれ疲労している。周囲を囲んでいた護衛部隊も、トラックに乗れなかった者を回収するなどしているため、その陣形を大きく乱している。今襲撃があれば、乗り切るのは難しいだろう。
「……そう、ですね」
 小暮が改めて気合いを入れ直した、その時。
「少尉、草木が騒いでいます……二時の方向!」
 草の心、人の心のスキルをもつアイゼンヴォルフが、何かを察知して叫ぶ。同乗している大熊丈二が慌てて身を乗り出して、言われた方向へ目を遣ると。
「少尉殿、た、大変です! 敵の増援です!」
「数は?!」
「見える限りですが、巨獣五、蛮族おそらく四十!」
 大熊の報告に、小暮の顔に焦りが浮かぶ。
「総員戦闘態勢! 二時の方向より敵多数!」
 慌てて通信機を手に取り指示を出す。その声に、一件落着ムードだった車内もにわかに慌ただしくなる。
「三十秒後に接触します、巨獣の接近だけは何としても防いでください!」

「今なら奴らも油断しきっているじゃろ」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、蛮族に雇われて傭兵となっていた。
 巨獣を操る蛮族の後に乗り、目的のトラックへと接近する。
 慌てた様子で護衛の面々がトラックから飛び出し、あるいは乗り物をこちらに向け始めてはいるが、あちらの体勢が整うまでに充分先制攻撃を行えそうだ。
「まずは足止め、じゃの」
 辿楼院は巨獣の背の上から、手にしたリターニングダガーをトラックのタイヤ目掛けて投擲した。
 ダガーは狙い違わず、太いタイヤのゴム部分へと吸い込まれていく。
 が、咄嗟に飛び出してきた一人の男が、身を挺してそのダガーを掴んで止めた。アイゼンヴォルフだ。
「なにぃ?!」
 辿楼院が叫ぶ。
 が、叫んだのは辿楼院だけではなかった。
「トラックに対する攻撃を生身で守るってどういうことなの?!」
 トラックの荷台で、アイゼンヴォルフのパートナー、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)が悲鳴を上げていた。
「俺が回復魔法使えるからって無茶するのはやめろって言ってるだろおおおおおおおお!」
 良く言えば任務に忠実、悪く言えば無鉄砲なパートナーが心配で仕方ないヘイルは、荷台で頭を抱えている。
「当たり前のことをしただけ……っ……ぐ……」
 顔色一つ変えずにいたアイゼンヴォルフが、突然膝を折って崩れた。
「お、おい、どうした?!」
 ヘイルが心配そうに覗き込むと、アイゼンヴォルフは苦しそうに顔を歪めて蹲っている。顔色が悪い。
「まあ、これで一人じゃのぉ。トラックの足止めには失敗したが」
 トラックの目の前まで迫ってきた辿楼院が、ニヤリと笑ってアイゼンヴォルフを見下ろす。
 カラン、とアイゼンヴォルフの手からダガーが落ちた。魔力の篭もったダガーは、ひとりでに宙に浮くと辿楼院の手元へと戻る。
「おまえ、何をした!」
「なに、ちょいと毒を塗らせてもらっただけよ。すぐに死んだりはせんから安心せい……時間の問題だがなぁ」
 ヘイルの顔に怒りと焦りとが浮かぶ。すぐに治療しなくてはならないが、この状況では落ち着いて処置を行うのは難しい。まず第一に、パートナーの元へ行かなければ、と歯噛みする。
「さてと、荷物を頂くとするかのぉ」
 辿楼院がニヤリと笑うと、巨獣の首がぐるりと動き、そのツノがトラックをなぎ倒そうと動く。
 まずい、とヘイルは自らの腕に装着した、腕輪型の光条兵器に刃を出現させると、ぴたりと狙いを定めてその刃を射出する。刃はパラミタサイの分厚い皮膚を切り裂き、サイがおん、と悲鳴を上げる。
 丁度そこへ、サイの頭上から大岡 永谷(おおおか・とと)の放ったライトブリンガーの光が降り注ぐ。
 ぎゃお、と暴れる巨獣から、蛮族の男と辿楼院が振り落とされる。
 巨獣は魔法を放った大岡の方を敵と認めたらしい。ぐるりと首を巡らせ、そちらへと突進していく。
「こっちだ!」
 大岡はわざと挑発するように手招きすると、バイクを全力で走らせ、巨獣をトラックから遠ざけようとする。
 その隙にヘイルは急ぎトラックから飛び降り、パートナーの元へと駆け寄った。
 
 接近してきた巨獣一体はなんとか防いだものの、まだ数匹の巨獣が跋扈している。バイクやら馬やらに乗っている蛮族もまた馬鹿には出来ない。
 トラックの助手席で指示を出す小暮の顔にも、焦りが浮かんできた。
「強行突破の成功率は45パーセント……しかし、現状のまま持ちこたえられる可能性は50パーセント以下……くそっ!」
 小暮は情報を入力しているコンピューターの画面を叩いた。
 蛮族側の増援、こちらの負傷者、立て直せない体勢、飛び込んでくる情報は、どれを取ってもこちらに不利な条件ばかりだ。
「どうする……」
『おい、少尉殿!』
 ぎり、と奥歯を噛み締める小暮の脳裏に、直接声が響いた。
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)からのテレパシーだ、と気付いた小暮は意識をそちらに持っていく。
『このままじゃキリがないぞ! 街に入ってしまえば巨獣は暴れられない。強行突破したらどうだ』
「しかし、強行突破の成功率は50パーセントを切っています」
『成功率は単なる目安だ、後は勇気で補えばいい!』
 マトリッツが吼える。

「ゆ、勇気……」
『そうだ、勇気だ!』
 小暮とのテレパシーは繋いだまま、マトリッツはバイクに乗った蛮族の一人をワイヤークローの投擲で絡め取っていた。
 

そのまま引きずり下ろし、龍の力を込めた一撃で殴り倒す。
 相手が昏倒したのを確認すると、次の相手へと向かう。
 身体機能の大部分を機晶技術で補っている身体とは言え、疲れない訳ではない。しかし、マトリッツは「勇気」を信じていた。

 勇気を持って立ち向かえば、奇跡は起こる――

 現状、圧倒的、という程ではないにせよ、こちらが不利だった。
 辿楼院が毒の塗られた武器を、隠れ身で気配を断ちながら振り回しているのが大きい。ルーシェリア・クレセントがレティ・インジェクターで飛び回りながらすみやかに解毒を行っているが、こちらのペースは大きく乱されてしまっている。
 それでもマトリッツは攻撃の手を緩めない。必ず勝てると信じている。
 それは、他の面々も同じ事だ。
 可能性の問題ではない。
『俺たちは、この荷物を届けなきゃならない、そうだろ?!』
 やらなければ、ならないのだ。
 マトリッツの熱い思いが、直接小暮の脳内に送られる。
「……ですが……」
 しかし、成功率の低い作戦を選ぶことを、小暮は躊躇っていた。
 少しでも成功率が高い作戦を採るべきだという思いと、このままでは持ちこたえられないという不安とがせめぎ合う。
 そこへ。