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空大迷子

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空大迷子

リアクション

 食堂の片隅、一つのテーブルを占拠している学生がいた。レポートの課題に追われているらしく、教科書や関数電卓、レポート用紙が無造作に散らばっている。
 集中力が切れてきたのか、佐々良縁(ささら・よすが)は一度手を止めて溜め息をついた。前期の最後を飾る期末試験の勉強もあり、すっかりお疲れの様子だ。
「……よしっ」
 と、再び気合いを入れ直し、一気に終わりまで書き上げていく縁。
 その頃には食堂にも人が集まりだしていた。あと十分もすればピークを迎えるだろう。
「ふぃー、なんとかなったぁ……あとは提出するだけだー」
 そそくさとテーブルの上を片付け、縁は荷物をそのままに昼食を買いに行く。
 席へ戻っている最中、見知った顔に出逢った。
「やっほぉ、おつかれぇー。そっちの調子どぉ?」
 カルボナーラとコーヒーの載った盆を持ったクロス・クロノス(くろす・くろのす)は縁の隣へ来て言う。
「へろー、良い感じに顔色が悪いよ」
 どうやらクロスも疲れているらしかった。徹夜続きなのか、見た目にもぐったりしている。
「まあ、ドSな教授へのレポートは提出できたからいいけど」
「そっかぁ……あ、そっちの席どうぞー」
 と、縁は自分の向かいの席をさす。クロスがそこへ腰を下ろすと、縁も席について昼食を食べ始めた。
 ただでさえ暑いのにカレーを選んでしまった縁は、暑さに耐えきれず『超感覚』で猫耳を生やしてみた。表面積が増えた分だけ涼しくなるかと思い、ぺこぺこと動かしてみるも、体感温度はさほど変わらなかった。
「書き上げる事が出来たからいいけど、期限が2週間で8000字とかドS過ぎる」
 と、クロスが愚痴った。
「本当だよねぇ、あっちこっちでレポートレポート……期末だってあるのにねぇ」
「ね。そのおかげで睡眠時間が旅に出たきり、帰ってこないよ」
 互いに苦笑し合って、二人同時に溜め息をつく。学生には辛い季節だ。
 食堂内がざわざわし始めて、どちらともなく行列へ目を向けた。
「あー、今日ってオープンキャンパスだっけ」
「ここのカレー美味しいからねぇ……」
 そして食事に戻り、もくもくと午後に向けて栄養分を摂取する。
 レポートがすべて終わって期末試験が過ぎたら……と、クロスは無意識に現実逃避をして口を開いた。
「このデスマーチ終わったら、飲み会しようよ」
「あ、いいねぇ。飲み会しようよ、のみかーい」
 盛り上がりそうな話題でありながら、お互いにどこか元気がない。
「どこでやる? ワタミン? ワランワラン?」
 と、大学近くの居酒屋を思い浮かべるクロス。
「うーん、どっちのが美味しかったっけー? あ、でも予算考えなきゃ」
「やっぱり、お財布的には女子会プランがあるとこがいいよねー」
 ぐだぐだとおしゃべりを続ける縁とクロス。忙しい合間の昼時くらいは、こうして他愛のない日常を過ごすのもいい。

 医学部の公開講座を聞き終えたアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)は小さく溜め息をついた。有益な情報を求めてやってきたのだが、自分の知っている以上のことは教えてもらえなかった。
「あ、いた。アテフェフ」
 と、外で待っていたはずの鬼崎朔(きざき・さく)が近づいてきて、アテフェフはびっくりする。
「朔!? ちょっと、来てたんなら連絡くらいちょうだい」
 慌てて朔の隣へ並ぶアテフェフだが、朔は構わない様子で問う。
「何やってたの?」
「えーと、ちょっと公開講座を……ね。大した話じゃなかったけれど」
 朔はくすっと苦笑し、廊下の少し先にいる少女がこちらを見ていることに気がついた。
 朔が声をかけようとすると、少女の方から歩み寄ってきた。
「鬼崎朔さん、よね? 私はレイシャ・パラドクス(れいしゃ・ぱらどくす)よ」
「ああ、どうも」
 にこっと笑い合う朔とレイシャ。互いのパートナーたちの視線に気づき、それぞれに振り返る。
「この子はゴシック・ハート(ごしっく・はーと)
 真っ白な中に赤い眼を持つ少女がぎこちなく会釈をする。
 アテフェフは朔の肩に手をやりつつ、名乗った。
「あたしはアテフェフよ。……まあ、よろしくね」
 朔との時間を邪魔されたと思ったのか、なんとなく乗り気でない様子だ。
「これから昼食にしようと思っていたんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
 と、朔が誘う。
 同じことを考えていたレイシャは、にっこり頷いた。
「ええ、いいわよ」
 そして朔とレイシャは食堂へ向かって歩き出し、ゴシックがレイシャの袖を掴んで付いていく。その後をアテフェフも追った。
 食堂は見学者たちで溢れかえっていたが、四人席くらいならすぐに見つけることが出来た。
 それぞれが昼食に手をかけ、朔が言う。
「二人は姉妹みたいで素敵だね」
「あら、そう?」
 と、購買で買ったパンを一口かじるレイシャ。ゴシックもまた小さめの一口をかじって、もぐもぐしている。
「でも、朔さんたちだって姉妹みたいよ」
 レイシャはそう言うと、ゴシックをちらちらと見た。そしてパンを小さくちぎる。
 朔の隣は渡さないと言わんばかりの様子のアテフェフを横目に見て、レイシャはそれをゴシックの口元へ持っていった。
「ゴシック、あーんして」
「ぁ、あーん」
 と、どぎまぎしながらも口を開けるゴシック。レイシャはパンを食べさせることが出来て満足げに笑う。
 その様子に朔は微笑ましさを覚えたが、アテフェフは微笑ましさどころか嫉妬を覚えていた。仲の良さならこっちだって負けてはいないのだ。その証拠に、朔はアテフェフ特製のタンポポ茶を愛飲してくれている。
「ところで、二人はどういった関係なの?」
 そう尋ねつつ、人目もはばからずゴシックといちゃつくレイシャ。
 朔がアテフェフの方を見て、アテフェフもそちらを見た。じっと見つめ合うこと数秒――朔は答えた。
「アテフェフは、姉みたいな存在かな」
「……そうね。朔に何かあったら、あたしが許さないわ」
 それは互いに承知の上なのか、微妙にズレが生じていた。
 レイシャはおかしそうにくすっと笑い、またゴシックへ目をやった。――次はどんな風にいちゃつこうかしら?

 見学に来ていたミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)に上目遣いをされていた。
「みーなー、おなかすいたの」
 そういえばそろそろ昼食の時間だ。しかも可愛いフランカの頼みなら受け入れるっきゃない。
 ミーナははっとすると、フランカの手をぎゅっと握った。
「じゃあ、食堂に行こうか」

 入り口でもらったパンフレットを開いて、遠野歌菜(とおの・かな)は口を開いた。
「やっぱりチェックすべきなのは……食堂!」
 隣にいた月崎羽純(つきざき・はすみ)は思わず呆れた顔をしてしまう。
「は? 食堂?」
「え、どうしたの? だってご飯は大事だよ!」
 と、歌菜。
「でも、空大まで来てわざわざ……」
 もっと他にもチェックするべきポイントはあるだろう、と言いたげな羽純。
「空大名物とか絶対あるはずだもん! ほら、行こっ」
 と、歌菜は羽純を連れて歩きだした。

「人いっぱいだねぇ……座れるかな?」
 と、食堂を見回すミーナ。フランカは良い匂いで溢れた空間に、さらなる空腹を無言の内に訴えた。
「とりあえず買おうか」
 と、ミーナは券売機の列へと並ぶ。
 そんな行列にも構わず、歌菜と羽純はスイーツ選びに迷っていた。
「やっぱり空大は違うね、種類がたくさんあるよ」
「う、うん……そうだな」
 羽純はまだ大学でスイーツを食べることに戸惑いを感じていた。品揃えは一般的なケーキ屋などと負けていないが、最初から食堂へ来ることになろうとは……。
「やっぱりここはパフェでしょ。ということで、空大限定マンゴーパフェ二つ下さーい」
「は?」
 勝手に注文されてしまい、さらに戸惑う羽純に歌菜は言う。
「あれ、羽純くんマンゴー嫌い?」
「いや……別に。でも、何でマンゴーなんだ?」
「限定って書いてあったから」
 にこにこと笑う歌菜に羽純は何も言い返せなかった。
 ミーナとフランカは、たまたま空いていた四人席を見つけた。二人で占拠するには申し訳なかったが、その内に誰かと相席になるだろう。
 大人一人前分のハンバーグランチを目の前にして、小さなフランカが大きく口を開ける。
「いただきまーす」
 よほどお腹が空いていたのか、ぱくぱくと食事に集中していくフランカ。
 向かいのミーナは美味しそうにハンバーグを口へ運ぶフランカを眺めてから、うどんセットに手を付けた。何の躊躇もなく食べ進めるフランカに周囲の人々の視線が集まっていた。
 マンゴーパフェを手にした歌菜は二人席を探したが、時間が時間なのでなかなか見当たらなかった。
「あ、ここいいですかー?」
 と、ちょうど二人分の椅子が空いているのに気づき、歌菜はミーナへ声をかけた。
「はい、どうぞ」
 と、ミーナがにこっと笑顔を向ける。
 歌菜と羽純はそれぞれ席について、目の前のパフェを改めて見つめた。
「美味しそうだね、羽純くん」
「ああ、そうだな」
 食べ頃のマンゴーが白い生クリームの上にごろごろと飾り付けられている。しかし羽純は隣でハンバーグランチを食べているフランカが気になっていた。小さい身体のどこに入ったのか、その皿はすでに半分ほどが空だ。
 先にスプーンを手にした歌菜がマンゴーを口にして笑顔になる。
「うん、美味しい!」
 彼女の幸せそうな様子に、羽純は余計なことを考えるのをやめた。そして自分もスプーンを取り、空大特製マンゴーパフェに舌鼓を打つ。