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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

     ◆

 動きが重い敵に対して、更にはそれが大きな対象である場合、多数による制圧は同時に絶対的な勝利を意味する事になる。
如何に一撃が大きかろうと、如何に対象が頑強であろうともに――だ。
そしてこの場においてそれは、絶対的な勝利以外の意味も含まれる。
「セルファ!」
「ええ!」
 真人の掛け声に対する返事は、しかし風の調べなどではない。あくまでそれ一人、実態を持った存在の言葉である。ただただその動きは流動し、目にも止まらぬ様な速さを有しているだけなのだ。
詰まる所、返事の主はセルファ、その人。
彼女はゴーレムを攪乱しながらそれの関節部分に適切な攻撃を加えている。
「一回戦った事があるってだけで、あんな動き出来んのか?」
 静麻は驚きつつ、ゴーレムの右腕を縛り上げているワイヤークローを持つ手に一層の力を込めた。
「こっちは援護で充分なんだから、それはそれで助かる。本来の目的はゴーレムの討伐じゃないんだからね」
 ふん、と一度、鼻で笑う樹は、手にする銃を相手の手足目掛けて放つ。
「コタロー、とりあえずあの兄ちゃんを手伝ってやんな」
「う! わかっらろ!」
 樹の肩から勢いよく降りるコタローはそのまま真人へ向かって走りだし、樹は反対側、セルファを援護する形を取る為に彼女の元へと走り出す。
「標的はセルファを狙っている模様」
「そうか……此処を戦場としたのは好都合と言う訳だな。遮蔽物がなく、見晴らしが聞いていて広い。散開しての交戦にはうってつけの地形、と言う訳か。静麻さん、一歩引き、相手の腕を完全に手繰り寄せて貰えるか!?」
 少し離れたところからその場を見渡すヒルデガルドと、引きの視点から見ている為に全体像を認識できる幸祐が全員に指示を出す。
「了解っと! こっちきやがれデカブツ!」
 力を込めてワイヤーを引き、セルファの方へとゴーレムが向かない様にする静麻。
「ありがと! こっちも安心して攻撃できる!」
「まだ気は抜くんじゃないよ、相手はまだ立ってる」
 樹も援護射撃をしながら、セルファの隣で停止した。
「コタローは大体だけど私の動きをわかってるんだ。連携取るからついといで」
「わかったわ!」
 樹とセルファが共にゴーレムの足元目掛けて走り始めた。
「ひらり、おーれうしゃんをはじゅしたとこお、ひょうじゅちゅはってくらしゃい」
「わかりました!」
 コタローが真人の方に乗り、彼に指示を出す。すぐさま彼は氷術をゴーレムから少し離れた場所、左側に出すと、樹とセルファがそれを足場に空へと飛翔する。
「えと、つぎ、おーれうしゃんのみぎうえに」
「右上、ですね!」
 再び氷術。空中の二人は更にそれを足場にし、ゴーレムの左腕の振り下ろしを回避しながら、空中で方向を転換する。
「せうふぁしゃんのすぐしたに」
 三度目の氷術、セルファが着地する地点に氷術を張った彼を見て、コタローが汗を拭う。
「ありがと、コタローちゃん、真人!」
「そら嬢ちゃん、とどめさしてやんなぁ!」
 樹の威嚇射撃で攻撃対象を分断されたゴーレムが、手前で地面に着地しようとする樹目掛けて攻撃を仕掛ける。
「不味い!」
「私はいい、早くとどめをっ!」
 着地した体制のまま叫ぶ樹の言葉に、セルファが歯ぎしりをし、掛け声ともどもに剣を構えた。

切っ先を真っ直ぐ敵へ。
 構えは低く
  動作はなく、ただの突き。
   柄を持つ腕に力を籠め――
    敵の急所を、ただただ穿つ。

 ガリガリと硬い物同士が削れ合う音の後、ゴーレムは力なく膝から崩れ落ちる。勝負はそこで決まった。
「……やったみたいね」
 呟いたヒルデガルドも、思わず息を呑んでいる。
「連携、と言う点ではこれほどの物、早々見れないだろうね。まさかその場しのぎで部隊で」
 幸祐はどこか愉快な物を見ていたかの様な嬉々たる瞳を向け、一同を見ている。
「よかった、無事だったんだ。樹さん」
「おかげ様で無事だよ」
 ゴーレムの立っていた位置からセルファが近付き、樹に手を貸す。
「私の攻撃だけだったら、絶対に間に会ってなかったよ――」
 言いながら、彼女は静麻の方を見やる。樹もふと、セルファと同じ方向を見やった。腰を降ろし、大きく息を吐き出す静麻の姿。
「彼の拘束がなかったら、お互いぺしゃんこだったんだから、彼のおかげじゃない?」
「……借り一つ、だな」
 二人はケラケラと笑った。
「セルファ、樹さん」
「ん? おう! ありがとな、兄ちゃん、コタローもお疲れ」
「あい!」
「コタローちゃんの指示で何とか援護できましたよ。あまり氷術を攻撃以外に使った事がなかったので……最初は吃驚しましたが」
「お陰で足が痛いわよ。全く」
「直撃前、地面に刺さった氷の足場。ダメージでかいけどあいつの一撃に比べりゃまだまし、だな」
 樹は横たわるゴーレムを見て笑った。
「こた、がんばっら、れす!」
 エッヘン、胸を張るコタローに、一同がありがとうと述べながら頭を撫でた。
「えへへ」
「おーい、お疲れ様」
 漸く腰を上げた静麻と、遠くで支持を出していた幸祐、ヒルデガルドがやってくる。
「皆さん、お疲れ様です」
「増援と合流、こちらまで誘導してきました」
 幸祐の言葉の後、ヒルデガルドがいつの間にかやってきていたアストライトを一同の元まで連れてきている。
「なんだなんだ? もう終わっちまってんのかい?」
「これはまだ、終わりではないですよ。これはただの足止め、黒幕は別の場所です」
 真人はアストライトに近付き、手を差し伸べて説明した。
「おう。そっか、ならまだ活躍の場はあるってこったな。よろしく頼むぜ」
 真人の手を握ったアストライトが笑顔のままに全員を見やった。
「では、我々は一路ラナロックの元へと向かいます」
「アストライトさんをラナロックさんのところへ届け、俺たちもそちらの戦力として参加しますんで」
「よろしく頼むぜ」
 静麻の言葉を最後に、彼らは此処で別の目的地を設定した。
「さて、行きましょ。雅羅たちが心配だわ!」
 セルファの言葉で、一行は進むのだ。
「足止めの足止め、成功だな」
 樹はにやりと笑い、隣を歩く真人を肘で突いている。