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第3章 繋がる音 2

 そこは床に巨大な魔法陣の描かれた部屋だった。
 モーラたちもここにたどり着くまでにのウォーエンバウロンの痕跡――すなわち“楽譜部屋”なるものをいくつか発見してきたが、この部屋はそのどれよりも精緻に作られている気がした。
 床の巨大な魔法陣の向こうには、石の彫像たちが並んでいた。様々な楽器を手に持ったその姿は、まるでこれからオーケストラでも始めようかというようだ。
 ハープ、フルート、オカリナ、ヴァイオリン――もちろんそれらも全て石造りである。彫像の手に直接つながっているそれは、本物のように音が奏でられるわけではなかった。
 何のためにそこにあるのか分からない謎の彫像を前にして、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は興味深そうにそれを観察した。
(……それにしても、修行に使われるような遺跡で『未知のお宝』だなんて。よっぽど巧妙に隠されてたり、形がないものなのかしら?)
 そうでなくては、とうの昔に見つかっているはずだ。
 この辺の遺物も、あらかた残されていないことから察するに、すでに手の入り込んだ場所なのだろう。使いどころの分からない魔法陣と彫像だけが、ポツンと残されたわけだ。
 一緒になって彫像を調べるモーラに、フレデリカは試しに問いかけるように聞いてみた。
「『音術師』の遺跡っていうぐらいだから、やっぱり音が関係してるのかしら?」
「かも……しれないです。お師匠様の話だと、ウォーエンバウロンさんはそういう音の仕掛けを好んでいたらしいので」
「好んでいた……か。案外、ウォーエンバウロンみたいな魔法使いも、自宅で音楽を聞きたいような普通の人に過ぎないのかもね」
 フレデリカは肩をすくめて彫像の調査を再開した。そんな時、彼女たちに向けた賛同をつぶやいたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)だった。
「自宅で音楽を聴く……もしかしたら、子守唄とかの可能性もありそうですね」
「…………どーしてそれが子守唄になるのよ?」
 意味が分からないと言ったように、彼のパートナーであるセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が口を挟んだ。
「だって、『永遠の安らぎ』でしょう? 子守唄なんかは、子供にとってはそんな気持ちになる唄なんじゃないでしょうか?」
「あ、なるほどですね」
 ポンッと、モーラは拳で手のひらを叩いた。
「それじゃあ、やっぱり楽譜なんて線が有力かもしれませんね。それこそ、『子守唄』の楽譜なんか」
「そうですね。もしかしたらそれが何らかの魔法要素を含んでいるかもしれません。簡単に魔法を使えるようにした技法の代物というわけですね」
「うーん、本当にそんなお宝だったらビックリです」
「………………」
 『エンドレス・ブルー』に関する談義で盛り上がる二人を、セルファはどこか面白くなさそうに見つめていた。無意識のうちに口はへの字になっていて、不機嫌さが露わになっている。
(なによもう、二人でたのしそうに話しちゃってさ。…………ふん)
 モーラの護衛のためには考察のフォローは仕方ないとはいえ、見ている分にはなぜか面白くない。胸がムカムカとしてくるのを、セルファはギリギリのラインで押さえ込んでいた。
 傍目からはそんなセルファの心情はバレバレなわけで――夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は同情の目を向けて肩をすくめていた。
(まったく、セルファも苦労しているな)
 それだけ、真人が鈍感ということである。綾香はそんな彼に声をかけた。
「なあ、真人。実はちょっと頼みたいことがあるんだが……」
「はい? なんですか?」
「セルファと一緒に向こうの壁にある記述を調べてきてくれないか?」
「え……でもモーラさんは……」
「モーラのことはこっちに任せておいてくれれば良い。他にも人手はあるからな」
 戸惑う真人だったが、綾香の言うことにおかしなことはない。それに、確かに壁面の記述が気になっていたことも事実だ。
 彼は素直にうなずくと、セルファと一緒に壁面へと向かった。
 そんな二人と綾香の様子を見ていたアンリ・マユ(あんり・まゆ)――いや、正確に言えば、彼女の体を借りているアスト・ウィザートゥ(あすと・うぃざーとぅ)は綾香に対して呆れを抱く。
(……相変わらず、おせっかいが過ぎますね)
(あら? アストだって似たようなものですわよ? 素直じゃないところ、とか)
(この遺跡の探索ですか? これは適材適所というものです。それに、私も少なからず遺跡自体には興味がありましたからね)
 心なしか早口で弁明するアストに、アンリはくすくすと意識下で声を漏らした。
(あらあら…………まあ、そういうことにしておきましょうか)
 見透かすような台詞に人知れずムッとなるアストだったが、それを表情に出すことはしなかった。まあ、そう思いたければ思っておけばいいと、判断を下す。
 二人――アンリの身体を借りているアスト――は、彫像の裏に回ってその構造を調べ始めた。
 コツコツと調べると、音が涼しく反響する。どうやら中は空洞になっているようで、音はそこを跳ねているようだ。
(空洞……? ということは、わざわざ反響の為に?)
 この彫像がわざとこのような内部構造を取っているとしたら、反響は何らかの作用を引き起こすものと考えられる。
 アストと同じように彫像の仕組みに気づいた綾香が、ある考察を語った。
「音を媒介とする術は共鳴作用を利用しているものが多い……対象の心や身体に響かせる、というヤツだ。それ以外の利用法があるとしたらそれは……共鳴を利用した遠隔操作か?」
(!?)
 その瞬間、わずかにアストの顔が険しくなった。彼女が普段から表情というものを利用していたならば、それでいち早く動けたかもしれない。
 だが、アストの表情の変化と彫像から聞こえてきた無数の音。そして輝き始めた魔法陣と壁面の紋様に奔った光の線に気づいたときには、すでにその“魔法”は発動してしまっていた。
「モーラ……ッ!?」
 魔法陣の中央にいたモーラに手を伸ばそうとするが、遅かった。
 音波の連鎖は魔法を生み出す。各所の紋様が輝き出すと一緒に、彫像から音楽が奏でられた。
 音楽が意識の彼方に遠ざかっていくのを感じながら――モーラの視界はまばゆい光に包まれた。