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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

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浪の下の宝剣~龍宮の章(後編)~

リアクション


6.ツギハギガネット



 まるで他人事のように、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は感心してしまっていた。
 鹵獲した他勢力のイコンを、それも応急処置のような改修を施しただけで、ああも動けるものなのか。
 恐らくそれは六天魔王のメインパイロットを務めている織田 信長(おだ・のぶなが)も同じ気持ちのようで、顔に自然と笑みが浮かんでいる。いや、これはもしかしたら獲物を前にしたライオンの笑みようなものかもしれないが。
 あまり防衛戦力を割くわけにもいかないため、綾乃のツェルベルスの計二体がこちらからあのツギハギガネットに回せる戦力の限界だ。これで奴を釘付けに、いや撃墜しなければならない。
 既にガネット固有装備は使い果たしたのか、先ほどからシュバルツ・フリーゲの鏖殺寺院機関銃でしか攻撃をしてこない。ただでさえ補給も満足にできないのに、鹵獲機であれば当然の結果だろう。
 魚雷のような水中用の武装が無いのならば、直接の攻撃による脅威は低い。
「ぬおっ! なにをしておるっ!」
 信長が味方機のツェルベルスに吠える。彼女達が放ったスマートガンが六天魔王を掠めていったのだ。
「そっちが射線に飛び込んできたんだろうが!」
 向こうのラグナも吠える。
「信長、上!」
 信長は忍の声の前に反応していたが、それでも間に合わない。ビームシールドを向ける前に、何発か被弾してしまった。こちらもスマートガンで反撃を試みるが、引き金を引く前に素早く移動されてしまう。
「ちょろちょろと、うっとうしいわっ!」
「この程度のダメージならまだ持つ、大丈夫だ」
 地上での戦いなら、視野が広いとでも言うのだろう。だが、相手の位置を探るのに機体のライトとソナーを持ちいらなければならない暗い水中での戦いでは、視野がよくとも見えるのは暗闇しかない。
 見えないはずなのに、向こうはこちらのイコンの動きを正確に把握している。気配を手繰るのが得意なのだろうが、ここまで的確に動かれると舌を巻くしかない。
「何か近づいてるぞ」
「小癪な!」
 ソナーに表示された物体に向かって、スマートガンを放つ。直撃、粉砕した。
「岩じゃと」
 光に当って映し出されたのは、大きな岩だったものだ。スマートガンの直撃を受けて今は砕けてしまっている。
「どういうことだ?」
 ソナーに目を向けると、後方に動きの早い何かが一つ。後方にいるツェルベルスを狙っているようだ。
「岩の爆発に紛れてすり抜けてったみたいだな………そっちに向かってる、気をつけろ」
 通信を入れて、こちらもその影を追おうと背中を向けると、石の爆発で乱れたソナーが復旧しそこにイコン相当の大きさのものがあると告げる。
「なんだって」
 被弾、今度は直撃だ。しかも、装甲の薄い背中にだ。
「ぐぅっ」
 制御が乱れ、六天魔王が沈みはじめる。銃撃は止まない、せめて前を向いてシールドを向けなければ、ダメージの蓄積で機体が持たない。
「志方ないですねぇ」
 通信が入ると同時に、銃撃が止んだ。急遽機体を反転させると、ツギハギガネットの左腕が吹き飛んでいる。さらに、スマートガンと思われる射撃攻撃が続く。ツェルベルスが居ると思っていた地点の、反対側からだ。
「あそこにあんのは、腕と足をもいだカニだよ、残念だったな」
 いつの間にか、ツェルベルスは囮を立てて潜航移動していたようだ。いくら気配が読めているように見えても、完璧ではなかったようだ。だが、ツェルベルスの射撃も二発目からは当っていない。
「逃げるつもりか!」
 通信いれっぱなしのラグナの声。
 初撃で武器を持つ腕を吹き飛ばされたのだから、もう攻撃手段は無いのだろう。逃げるは当然の選択かもしれない。
「このまま好き勝手させたままにはさせぬ!」
「ちょ、信長」
 いきなり全開で動き出すものだから凄いGがかかった。それでも、若干向こうの方が早い。
「逃がしはせぬぞ、食らえっ!」
「まさか、今ここでやるつもりか」
「当然じゃ」
 水中戦に不慣れな味方を巻き込みかねない、という理由で前回自粛させられていた嵐の儀式、ここでなら巻き込まれる奴がいてもせいぜい一機だ。
「そこじゃっ!」
 力場が形成され、最初は小さく、しかし驚く程のスピードでそれが巨大な渦へと変貌していく。まるで巨大な栓が抜かれたかのようで、自分達の機体までそれに引き寄せられようとしている。
 確かに、こんなもの乱戦状態で使えばみんなまとめて飲み込まれていくだろう。実際に穴があるわけではないので、巻き込まれた洗濯機のようにイコン同士がもみくちゃにされるのだろうか、なんと恐ろしい。
 忍はとっさに周囲を索敵し、ツェルベルスが巻き込まれていないことを確認してほっと息をついた。だが、その時に奴、ツギハギガネットも健在である事も確認できた。
「捕えた!」
 ツギハギガネットは渦に巻き込まれてはいない。だが、信長ははっきりとそう言った。
 渦がツギハギガネットの動きを抑えているのだ。この場所より渦に近いあの機体は、ここ以上にその影響を受けている。今の状態は、あのイコンのこの戦場における優位性を全て殺した状態だ。
 吸い込まれる勢いを足して、六天魔王がツギハギガネットに迫る。
「これでおわりじゃぁっ!」
 まさかこの状況で、自ら渦に突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。相手の反応は一瞬遅れて、その間に間合いは十分に縮まった。イナンナの拳が、ツギハギガネットの頭部を打ち抜く。
「……残念じゃったのう、完璧の状態ならまだしも、寄せ集めの腕ではこの六天魔王を打ち抜くことなどできぬわ」
 渦が力を失って消失していく。
 ツギハギガネットの残った腕は、肘が耐え切れずに千切れて沈んでいった。
 こちらの拳に合わせて向こうも殴り返してきたのだが、ツギハギの腕は六天魔王を打ち抜くには叶わなかった。



 誰だって、最初から上手には泳げない。多少の才能の差はあるかもしれないが、前に進めるようになっていく。
 イコンの操縦とて、大きく変わりはしない。
 ガネットタイプのイコン、オルタナティヴ13/Gは最初から水中で動く事のできる機能と装備が備わっている。だが、あるのと使えるのではまた別の話だ。自分の体ではないが、自分の体の延長として使えるようになるには、練習が必要だ。
「遅いぜ、それじゃ無理だ」
 水中でぐるりとローリング、ボロボロのシュメッターリングから放たれた銃弾はオルタナティヴ13/Gを捕えられない。お返しに、と放たれたガネットトーピドーは直撃こそしなかったが相手を吹き飛ばした。
「まだまだ終わらないよ!」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が新兵器、ソニックブラスターを吹っ飛ばされたシュメッターリングに向けて撃つ。目視できない音速の衝撃波だ。
 爆発のような派手さは無いが、何かに殴られたようにシュメッターリングは弾かれ、半回転しながら海底へと沈んでいく。
「何度見ても、不思議だな」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は沈んでいくシュメッターリングを目で追いながら、呟く。目に見えない攻撃なら、銃弾だって肉眼では捕らえられない。だが、そういったものとは全く違う気がする。
「でも、これおっもしろいよね!」
「狙えばほぼ確実に直撃だもんな」
 見た目はただの音響装置、攻撃が来るなんて思えないから相手も直撃するまで対応できない。その威力はコクピットまで響くのか、大抵の相手は一撃で動かなくなってしまう。
 残党勢力には物凄い効果的だったが、防衛システムは吹き飛ばしてもすぐに戦線に復帰する辺り、コクピットへのダメージが大きいのだろう。
「それにしても、急ぎすぎちまったぜ」
「回収地点に一番乗りだね」
 今日までの何度かの戦闘で、だいぶオルタナティヴ13/Gが手に馴染んできたように思えた。先ほどのローリングだって、やろうと意識せずに自然に動作ができていた。
 それがついつい面白くて、すこし特出しすぎたかもしれない。
 案の定、自分は孤立してしまっていた。そして、その孤立した一機を落とそうと残党の残り僅かなイコンの狙いがこちらに移ったようだ。
 だが、今は本当に調子がいい。
「一番乗りついでだ、残りの敵も全部殲滅してやるぜ」
「よーし、やっちゃえ!」
 何体敵が集まってこようとも、微塵も負ける気がしない。



 龍宮の防衛システムと戦闘をしたイコン乗りは口を揃えて、突然現れると語っていた。
 光の届かない海中において、目となるのはソナーだ。そのため、音を発しなければそこに居ないと同じであり、アクティブソナーでも岩か何かに偽装すれば潜り抜けることもできないとは言い切れない。
「電文きました。えぇっと、パイルバンカー回収完了、各機敵を船に近づけないよう留意しつつ撤退せよ、だそうです」
 マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)が届いた電文を読み上げる。
「そうか、とりあえず一段落ってわけだ」
 これで胸のつっかえの一つが取れたな、と斎賀 昌毅(さいが・まさき)は溜息をついた。
 戦線から少し離れた場所で活動しているが、同じ仲間の作戦が成功するかどうかは常に気がかりだった。成功してくれた事は素直に嬉しい。
「この辺りが境界線みたいですね。これ以上龍宮に近づこうとすると、反応するみたいです」
「そもそも、あいつら何を持って攻撃を仕掛けてくるのかさっぱりだからな」
 もし防衛システムが、動くものを狙うのならば魚なども攻撃対象だろう。もし、近づく魚に対してドンパチしていたら、もっと早くあの場所も発見されたはずだ。
「機晶姫なんですから、殺気看破のようなスキルを使ってるんじゃないですか?」
「そういや、機晶姫って事は説明されてたな。見た目がどう見ても量産型のロボットだからついそういうもんだって見ちまうぜ」
「でも機晶姫なら意思もあるはずですし、もしかしたらお友達になれるかもしれませんよね」
「お友達ねぇ……。そういう事ができそうな相手には見えないぜ」
「できますよ、きっと。あれ?」
「どうした?」
「何かが移動していきますね、龍宮とは別の方向です……どうします?」
 アクティブソナーをずっと監視していたマイアが見つけた不思議な物体。数は四つ、移動速度は魚雷ほどではないし、サイズはイコン程度のようだ。
「追ってみるか、もしかしたらカニの帰還経路かもしれないしな」
「わかりました。潜航して追跡します」
 グリンブルスティ―は音をたてずにゆっくりとその集団を追う。ある程度浮上していくと光も届き、その姿がモニタに表示された。防衛システムで間違いない。
「これで奴らの出入り口を塞げれば、帰りの便では楽ができるはずだ」
 ゆっくりとその姿を追っていくと、またも光が閉ざされる。何てことはなく、海京の下にもぐりこんだのだ。
 随分と遠いところまで行くんだな、と思っていると突然マイアが「ひゃうっ」と声を上げると被っていたヘッドホンを外した。
「どうした?」
「いきなり大きな音がして、びっくりしてしまいました」
「大きな音? ああ、そうか。海京の音が響くぐらいの距離まできちまったか。マイクの感度限界ギリギリまであげっぱなしだったんだろ」
「違います。何か爆発するような音です、ほら!」
 と、アクティブソナーを見ると反応が六個に増えている。
 誰かが防衛システムと戦っているのは間違いない。
「潜航はここまでだ、一息に取り付くぞ!」
「わかりました」
 グリンブルスティ―の最大速度でソナーの反応した地点へ向かう。
 海底ほどは暗黒ではないこの海域なら、メインカメラが十分に生きる。そこに映し出されたのは、HMS・レゾリューションが防衛システムを相手に大立ち回りをしている姿だ。
 戦い方も豪快だ。一歩も退く事なく、敵の攻撃を受けてなお反撃して敵を撃墜していく。大型のイコンだから避けられないのかもしれないが、中々熱い戦い方だ。
「こっちに攻撃、来ます」
「うおっ、なんだと!」
 どうやら敵と思われたのか、こちらにも20ミリレーザーバルカンが降り注ぐ。慌てて回避する。
「あの機体と通信回線を開け!」
「どうやってですか?」
「無理やりでも開け!」
 発破をかけたら、マイアは本当に無理やり通信回線を開いてくれた。言ってみるものだ。
「戦の前に名乗りに来たか、見上げた騎士道精神だ」
 凛とした声でグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、向こうにとっては正体不明機に対して落ち着いた対応をしていた。
「ちょっと待て、こっちに戦うつもりは無い!」
「エンペラートキヒトの邪魔をする者は、ここで討つ」
 まるで聞く耳もたない様子だ。そもそも、エンペラートキヒトって誰だろう。その疑問が顔に出ていたのかもしれない。
「安徳天皇ことじゃないですか?」
 マイアも少し不安そうに言う。
 トキヒトとは安徳天皇の諱であり、漢字で書くと言仁となる。グロリアーナはそこから、エンペラートキヒトと呼んでいるのだ。
「……ちょっと待て、安徳天皇って今学院で保護してんだろ。なんで、こんな海中でおまえらが戦う事が、あの子の為なんだ?」
 現在、安徳天皇は天御柱学院で厳重に保護されているはずだ。幽閉とも言われているが、ともかく学院の外に出て活動しているなんて話は聞いていない。
「なんか話がかみ合わないわね。あんたどこの所属なの?」
 今度の声はグロリアーナとは別、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のものだ。
「俺達は龍宮調査隊の護衛部隊だ。そっちこそ、こんなところで何やってんだよ」
「……龍宮調査? なんでそれがこんな場所にいるのよ」
「俺達はそこのカニを追ってきたんだよ。もう全滅しちまってるけどな」
 いまいちかみ合わない会話を、互いに疑いながら情報を出し合ってズレを修正していく。
 おおよそまとまってくると、昌毅とマイアは呆れるしかなかった。どうやら、彼女を含む有志達が、保護されている安徳天皇を龍宮まで連れていったらしい。
 そうしてなんで彼女達がここで防衛システムと戦っていたのかといえば、彼女の背後にある海京から飛び出した部分。そこが、地下海京神社にあたるらしいが、そこに龍宮に転送できる装置があるというのだ。
「転送なんて技術があるって事は、だ」
「防衛システムも、ほんとに突然飛び出しているんでしょうね……」
 あのシールドを出入りできないなら、出入り口が別にあるはずと思って探ってきたが、転送装置があるのなら話は別だ。本当に、沸いて出てこれるとかずるい。
「定期的に防衛システムが来るのよね。壊されたら帰り道が無くなるかもしれないから、ここで私達は防衛にまわってるんだけど」
「武装集団にここを狙われるかとも危惧していたが、そちらが相手をしてくれていたのだな。うむ、偶然とは言え礼を言おう」
「いや、いいって。それより、よくみると随分損傷してるみたいだな。こっちも貴重な情報をもらえたわけだし、こっちで整備してもらえるようにかけあってやるよ。それと、ここの防衛も考えないとだな」
「そうですね。こちらのパイルバンカーでの帰還経路もありますが、今後の出入り口になるかもですし、壊されたくないですね」
 味方の船に通信を入れて、なんとか整備の話と防衛の話を通す。向こうも、そんな裏口知らなかったと驚いている様子だった。
「とりあえず、交換要因が来るからそれまでは俺達で防衛だな」
「ごめんね、なんか手間かけさせてるみたいで。私達が勝手にやってる事なのに」
「それと、もう気付いているとは思うが、この周囲には相当数の機雷がばら撒いてある。接近する時には注意するように味方に伝えておいてくれたまえ」
 機雷なんてあったっけ、と昌毅とマイアが顔を見合わせる。
 改めてアクティブソナーで周囲を調べてみると、小さな物体が周囲にちらほら見える。魚にしては動きが鈍い。グロリアーナが言った、機雷で間違いないだろう。
「ラッキーだったな、当らなくて」
「……そうですね」
 あれだけ動き回っていた自分達に、少し血の気が引いた二人だった。