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【賢者の石】陽月の塩

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【賢者の石】陽月の塩
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 ■ クラゲ大発生の海 ■
 
 
 
 まだ朝だというのに砂浜は白く輝き、潮の香を含んだ風は生暖かい。
 海水浴をするにはもってこいの陽気。けれどここで皆を待っているのは海水浴でなく、クラゲ退治と重い砂や海水を運ぶ労働だ。
「へぇ、ここで塩作り体験かー。俺、塩なんか作ったことないから楽しみだな」
 緋田 琥太郎(あけだ・こたろう)が期待一杯で海を見ていると、八塚 くらら(やつか・くらら)がええと同意する。
「こんな中で塩作りされる方は大変ですわね。塩作りに参加しない私たちがしっかりサポートして差し上げませんと」
「え? 俺、塩作りをするためにここに来たんじゃないのか?」
「いいえ。とっても暑いこんな中で作業する方たちをサポートしに来たのですわ。私だけでは荷物が重くてどうしようかと思っていたので、琥太郎が一緒してくれてほんとうに助かりますわ」
「えっ……ええっ?」
 到着してから知る事実。
 肩に掛けた荷物が一層ずしっと重くなったような気がしたが、くららはそんな琥太郎の驚愕には気づかずに砂浜を歩いていった。
 
 白い砂浜が続いているが、彼ら以外の人影は無い。
 まるでプライベートビーチ気分だけれど、その原因は波間にふよふよと漂っている。
「クラゲ大発生ですか……漁業が滞って大変なんですよねえ……」
 クラゲの被害はばかにならないからと海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)は仮面越しに海を見やった。
 海では様々な条件が重なり合い、クラゲが大発生することがある。
 海豹仮面の住む村でもクラゲが大発生して難儀をしたことがあった。漁をすればクラゲの重みで網が破れ、クラゲに刺された魚は傷んでしまう。周辺のプランクトンの生態系に影響を及ぼしたり、魚の卵や稚魚が食害されて一層海のバランスを崩してしまったりで、周辺に大きな被害をもたらしてしまうのだ。
 それを知っているから、海豹仮面にとってこの状況は他人事ではない。
「けけけけけ、これじゃ誰も海で遊べねぇな」
 閑散としたビーチをゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は嬉しそうに眺めた。
 夏の海辺ともなれば、家族連れ友だち連れカップルがはしゃいでいる様子が目に付くが、このビーチにはそんな楽しそうな様子が見られない。それはゲドーにとっては愉快でたまらないことだ。
 いつもなら泳げず落胆する海水浴客を指さして笑いもするのだが、今回はそうも言っていられない。ゲドーの都合上、是非ともアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)には賢者の石生成に成功してもらわねばならないのだから。
「早く片づけないと作業の邪魔だね。クラゲくん駆除に取りかかろうか」
 触れれば刺されるクラゲは、拳を武器とするアトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)にとってやり辛い相手だが、あらかじめ分かっていたから準備はしてきた。手段など幾らでもあるものだ。
 それを博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が止めた。
「駆除は少し待ってください」
「殺さずに事を済ませる方法があるのかな? それはとても尊く立派な志だね、キミ」
 その考えは尊重したいと、アトゥは博季に向き直った。
「命を奪わずに済ます事ができるのならば、私もそちらの方が穏やかで好きさ。クラゲくんだって生きている訳だもの」
「ええ。……命は平等と謳いながら命を簡単に踏みにじる。そんな行為は本当は避けなきゃいけないことだと思うんです」
 博季は前日に徹夜で編んだネットに視線を落とした。ひたすら編んだのだけれど、1人で編める量はしれている。海にクラゲ避けネットを張り巡らすことにより、範囲外からクラゲが入ってくるのを防ごうと考えたのだけれど、残念ながらそうするには網のサイズが足りず、また、用意したのは網だけだからそれを設置することもままならない。
「ごめんな。罪もないクラゲたち。なんとかして、君たちを遠ざけられればよかったんだけど……」
 小さくため息をついた博季に、ならば、とコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が提案する。
「その網でクラゲをひとまとめに捕らえてみたらどうだ?
「捕らえる?」
「ああ。殺したくないのならそれを邪魔にならないところに移動させれば良いし、食用に使えそうならば一部は皆で食べてしまってもよかろう」
 なんなら網に追い込むのを手伝うが、と言うコアにゲドーが興味を示した。
「要するにここからどかせば文句ねぇってことだな。あんまり面白い方法じゃねぇが、砂鯱に沖の方まで引っ張らせてみるか」
 それならば少しでもクラゲの被害を減らせるかも知れないと、博季は即答した。
「お願いします!」
「追い込むのならたくさん入れすぎないようにしておきませんとな。クラゲで網が破れるといけませんからな」
 漁の際のことを思い出し、海豹仮面がそう忠告する。
「入れすぎないようにだな。了解した。とりあえず、出来るかどうか試してみよう」
 コアは海へと踏み込むと、クラゲのいる辺りへと網を投げる。
「よし、これを引っ張……」
 ばっしゃーん。
 網の端を掲げて振り返ったコアは、水しぶきをあげて海中に倒れた。
「ハハハハ、刺されやがったな」
 ゲドーが手を打って笑う。
「これは……気合いを入れて臨まないとですな」
 海豹湖面はクラゲに注意しながらコアの身体を浜へと寄せた。
 コアが介抱されている間、ゲドーは空飛ぶ魔法をかけた砂鯱に乗り、網の端を手に取ろうと試みる。
 が……。
「あぁ? さぼろうってのか? いい性格してんじゃん」
 何度促しても、砂鯱はすぐに海上から砂浜に引き返してしまう。砂の中でしか呼吸できない砂鯱は、長く空中に留まることが困難なのだ。
「じゃあ僕がペガサスで網を引きます。ああ、その前に海に入る人はこれをどうぞ」
 博季は持参してきたクラゲ避けクリームを皆に勧めた。このクリームを塗ってもクラゲが寄ってこなくなるのではない。けれどクリームの成分によって仲間と認識させることにより、触れた時に刺される率が下がるといわれている。
「一応酢も持ってきましたけれど、クラゲによっては逆効果になるものもあるので注意して下さいね」
 クラゲを移動させようとする者たちがそうして準備をしている横で、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は日焼け止めローションを取り出して崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に呼びかけた。
「お姉様、日差しが強いですから日焼け止めを塗った方がよろしいですわ」
「そうね。塗っていただこうかしら」
 夏の海に降り注ぐ紫外線量は多い。肌には大敵だ。
 小夜子は手の平に日焼け止めを垂らすと、亜璃珠に塗っていった。
 手から伝わる肌の感触、女性らしい曲線で構成された亜璃珠の身体に触れているだけで小夜子の動悸は速まった。その動揺を知ってか知らずか、亜璃珠は黒のモノキニの肩ひもをずらし落とす。
「ふふ、紐の跡が残ったりしたらみっともないし、ちゃんと隅々までお願いね」
「は、はい……」
 小夜子は顔を赤らめつつ、亜璃珠の肩から胸へと日焼け止めを塗り広げていった。
(お姉様の身体グラマーですね……この色気は私にとってはたまりませんわ……)
 その色気に魅入られて、小夜子はもう少し手を伸ばして柔らかな曲線をむにむにと揉んでみる。
「小夜子さ……」
 そこにやってきたエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)は、小夜子に掛けかけた声を途中で呑み込んだ。
 日焼け止めを借りようと思ってきたのだけれど、どうやら2人は取り込み中のようだ。
「こんなところでもイチャイチャと……」
 ドキドキする胸を押さえて、エノンはそっと場を離れた。
 亜璃珠は小夜子の好きにさせておいたけれど、適度に塗り終わったとみて小夜子の手から日焼け止めローションの容器を取り上げる。
「今度は私が塗ってあげますわ。さあ、横になって……」
 素直に横になった小夜子に、亜璃珠は日焼け止めを塗っていった。白のシンプルなビキニから出ている小夜子の肌は白い。日焼けをしたら困るから、きちんと必要な箇所には塗っているのだけれど……小夜子は恨めしそうな目を亜璃珠に向けてきた。
「お姉様、わざとやってますね……意地悪ー」
「だって日焼け止めを塗るだけですもの、ねえ? ホントは何をして欲しいのかは、言って貰わないと分かりませんわ」
 素知らぬ顔で寸止め状態を続ける亜璃珠に、小夜子はちょっと躊躇った後、小声で頼んだ。
「私がお姉様にしたように……隅々まで塗ってくれませんか? でないと……満足できない、です……」
 うるうるとした目で哀願する小夜子に亜璃珠はくすりと笑みをこぼし……手にたっぷりと日焼け止めローションを受けた。