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リアクション
■ 砂運び 海水運び ■
クラゲ退治が行われている間、浜辺では塩作りの準備が進められていた。
「随分大荷物になったわね」
ビニールシートや海水運び用のバケツを運ぶのを手伝いながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が額に浮いた汗をぬぐった。
「あのさ、錬金術じゃなかったっけ?」
茅野 菫(ちの・すみれ)に呆れた様子で聞かれ、アゾートは答える。
「ここでするのは錬金術じゃなくて、それに使う素材集めだよ」
「でもこんな手法は錬金術らしくないと思う。アゾート、それ日本でなんて言うか知ってる? 塩田って言うのよ」
「そうなんだ。ボク、塩はお店で買ってきたことしかないからよく知らないんだよ」
アゾートは荷物の中から紙を取りだして眺めた。その手元を祥子がのぞき込む。
「それが陽月の塩の作り方なの?」
「うん。本をそのまま持ってきたら汚れちゃうから、書き写してきたんだ」
「ちょっと見せてもらえるかしら」
祥子は写しを手にとって読んでみた。
陽月の塩の作り方の概要は、水が染みこまないように加工した地面の上に海の砂、海水をたっぷりと撒き、日中は太陽に、夜は満月の光に当てる。その砂を海水に入れて混ぜた後、砂を取り除いて火にかけて煮詰める、というものだ。
そうして作られた塩は、降り注ぐ太陽のぬくもりと満月の光を含み、海水の成分と煮詰める際に使用する火の力を得た『陽月の塩』として尊ばれ、儀式の際にも使われたのだとそこには記されていた。
「この説明からだと、陽月の塩は所謂『揚浜式塩田』っていう方法で作られるのね」
紙を一読して言った祥子に、アゾートは感心した目を向けた。
「そういうのがあるんだ。詳しいんだね」
「製法にこだわらなければ、海水から塩を得る方法は他にもある。流下式塩田といって、ゆるい傾斜を流すことによって海水を濃縮し、それを枝条架を使って風力でより水分を蒸発させる方法を使えば、塩を作るための労働はかなり軽減されるのだよ」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の説明を思い浮かべてみようとアゾートは試みたが、よく分からなかったらしくやがて首を振った。
「どんなものだか分からないけど、今はそうやって塩を作ってるの?」
「いや、今はイオン交換膜製法が主だろう」
「塩1つを取ってもいろいろなんだね」
今アゾートが必要としているのは陽月の塩だけれど、いつか別の製法で出来た塩が必要になることもあるかも知れない。これから塩を扱うときには製法にも気を付けなければと、アゾートはアルツールの説明をメモにとった。
「興味があるのなら、流下式塩田の実物を作って実験してみせても良いが」
アルツールは陽月の塩が欲しいわけではなく、万が一に備えて生徒たちの付き添いとして来ただけだ。ただ見守るのも手持ちぶさただから、製塩作業をしてみるのも一興だ。
「いいの? 見てみたいな」
「ではこのビニールシートを少し貸してもらえるか。あとは枯れ枝と木材か。この辺りで調達出来そうだな」
アルツールは早速材料を揃えに行った。
菫は星辰に留意しつつ、タイミングを見極めて海水を大きめのビーカーに取ると、パビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)と共にイルミンスールの宿舎へと戻っていった。あらかじめ宿舎に錬金術のための道具はもちこんである。それを使用してアゾートとは別の手法をもって塩を得ようという試みだ。
アゾートは早速ビニールシートを広げて、砂と海水を撒くための準備を開始した。暑いし砂だらけになるからとアゾートは羽織っていた上着を脱いで、イルミンスール魔法学校の指定水着姿になった。
「アゾートはどのくらい陽月の塩が必要なの?」
どんどんシートを敷いてゆくアゾートに祥子が尋ねた。
「一握りあればと思うんだけど、どのくらい出来る物なのかな?」
「海水から3%全部取り出せるとは思えないけど、それでももっと多くの量が出来そうね。必要な量よりたくさん陽月の塩が出来たら、それを手伝ってくれた皆に少しずつ、記念に渡してみたらどうかしら?」
「欲しい人がいるなら持っていってもらっても構わないよ」
「なら、たくさん塩が採れるようにはりきって作業をしなくてはね」
ビキニの上にTシャツとハーフパンツ、頭には麦わら帽子という軽装姿の祥子は早速バケツを持ってクラゲ退治中の海の様子を見に行った。
アゾートは風に煽られるビニールシートの扱いに苦戦しながら、砂浜に這い蹲るようにして作業を続ける。
「よかったら教えて欲しいんだけど」
「ん、何?」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)に聞かれ、アゾートはシートを身体で押さえながらルカルカを振り仰いだ。
「夢に向かって頑張る人はとても応援したくなるの。賢者の石を求める事情は聞いてるんだけど、そこまで懸命になる理由はなあに?」
「賢者の石を創るのがボクの夢であり、パラケルスス派の目標だからだよ」
そう答えたアゾートにルカルカは日焼け止めと鍔広の麦わら風に編んだ帽子を渡した。
「夢も大切だけどお肌と健康も大切よ。通気性あるし日光は遮るし、こうしておけば頭の上からひんやりよ」
渡した帽子の編み目に氷を張らせ、自分も同じようにした帽子を被ると、ルカルカは頑張ろうねと笑った。
「あ、そうだ。進み具合連絡するのに携帯番号を交換してくれる?」
「うん、いいけど……携帯どこに置いたかな」
アゾートは作業に夢中で放り出してあった携帯を持ってくると、ルカルカと携帯番号を交換した。
再びシート敷きに戻る間もなく、今度は柚木 瀬伊(ゆのき・せい)がやってくる。
「賢者の石を実際に創ろうとしていると聞いたんだが」
「そうだよ。この塩作りもその一環なんだよ」
「俺自身賢者の石については話に聞いたことしかないのだが、実際に作ろうとする者がいるとはな……。生成方法に興味があるので、可能なら高度な調合等を手伝わせて貰えないだろうか」
瀬伊が申し出ると、アゾートはちょっと困った顔になった。
「ここに来たのは材料集めの為だから、高度な調合は必要ないんだ。材料が集まってきたらそういう調合もすることになるだろうけど、今はまだその段階にはないんだよ」
「そうか。ならば塩作りを手伝おう。力仕事も多そうだし」
「ありがとう。じゃあまず、砂を運ぶのを手伝ってもらってもいいかな? このビニールシートの上に砂をたくさん載せて欲しいんだよ」
「ああ、分かった」
「いくも瀬伊おにいちゃんのおてつだいするよー」
アゾートとの話が終わるのを待っていた柚木 郁(ゆのき・いく)が、ぱたぱた駆け寄ってきてしがみついた。
「手伝うのはいいけど、まずはこれ」
柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は郁に苺の飾りがついた麦わら帽子をかぶせ、腰には郁専用のドリンクホルダーを下げさせた。
「郁、ふらふらしたり気分が悪くなったら、すぐに俺か瀬伊に言うんだよ? それから、あとは怪しい人には絶対についていかないこと。約束できるね?」
「うん。いく、おやくそくできるよ」
「海に近づきすぎてもいけないよ。それからクラゲを見かけても絶対に触らないこと」
つい過保護になってしまう貴瀬の諸注意の1つ1つを、郁は真剣に聞いて頷いた。
さすがに郁に砂運びをさせるわけにもいかないからと、貴瀬は郁に飲み物配りの手伝いを頼んだ。
「配るための飲み物を調達してくるね。郁も一緒においで」
貴瀬は郁の手を引いて、飲み物を調達しに出掛けていった。
その間、アゾートが写した陽月の塩に関する記述に目を通していた清泉 北都(いずみ・ほくと)が顔をあげて尋ねる。
「アゾートさん、砂はどこから持ってくればいいかな?」
「砂浜の砂としか書いてないから、きれいそうな砂ならどこからでも良いと思うよ」
「ん、分かった」
海辺での作業の為に北都は水着を着てきているが、それだけでは強い日差しが防げないから、その上に更にパーカーを羽織り、麦わら帽子を被って日差し対策をしている。
「北都、私も持ちますよ」
北都と色違いで同様の恰好をしたクナイ・アヤシ(くない・あやし)が伸ばした手に、北都は砂運び用に用意されているバケツを渡した。取っ手を持つ際に北都と手が触れて、クナイは思わず息を詰める。ときめいてしまった心の動揺が気づかれていないかと、ちらっと様子を窺ったが、塩作りの方に気を取られている北都は何事もなかったかのように別のバケツを手に取っていた。
「どこの砂がいいかなぁ」
出来るだけきれいな砂をと探し始めた北都の後を、クナイは表情を隠すように麦わら帽子のつばを深く引き下げてから追っていった。
「砂って結構重いね」
砂を入れたバケツを一旦置いて、久世 沙幸(くぜ・さゆき)がふぅと汗をぬぐった。せっかくの海だからライトグリーンに小花を散らしたビキニを着て、足下はうっかり打ち上げられたクラゲを踏んだりしないようにサンダルを履いている。
「ねえアゾート、やっぱり砂は不純物の少ないきめ細かいもののほうがいいんだよね?」
沙幸に聞かれ、そうだと思うとアゾートは答えた。
良質の塩を精製するためには不純物は混じっていないほうが良いし、貝の欠片等が入っていると作業中に誰かが怪我をする可能性もでてくる。
「一応、きれいそうな砂を選んできたけど……ここって元々海水浴客がくるところなんだよね?」
「そうらしいね。宿舎があるからイルミンスールの生徒も良く来るし、地元の人も来るから海の家とかがあって賑わうんだって聞いたよ」
今年はシビレルクラゲの大発生の為、浜辺は閑散としている。海の家も造られておらず、目に入る人影は今回の塩作りに同行してきた生徒ばかりだが、例年ならこのビーチも人でごった返している時季だ。
「人が多く来るところは砂にもいろんなものが混じっちゃうと思うんだよね。これ、使ってみたらどうかな?」
沙幸は持ってきていた園芸用のふるいを取り出すと、それで砂をふるいながらビニールシートの上に落とした。底に張られた網から砂が落ちた後には、ふるいの中に貝殻や石ころ、小さなガラスの欠片やゴミが残った。
ビニールシートの上に積もっている砂にアザートは手を通し、すごいと呟いた。
「きれいな砂だね」
「ちょっと手間だろうけど、こうしてふるってから敷き詰めたら良い塩ができるんじゃないかな」
貝殻等は砂に戻せば良いけれど、ゴミはちゃんと持ち帰ってから捨てなければと、沙幸はふるいに残ったゴミを種別で分けてゴミ袋に入れた。
「砂はふるってから敷くの?」
砂を運んできた北都が、沙幸のやっている様子を見て尋ねる。
「その方が良いと思うんだよ。これ貸してあげるからやってみて」
ふるいを北都に渡すと、沙幸はまた砂を取りにいった。
「では私がふるいを持ちますから、北都は砂を入れて下さい」
クナイは北都に砂を入れてもらいながら、ふるいを揺すった。
さらさらと細かくてきれいな砂が積もってゆく。
砂場遊びをしてるみたいだねと言いながら砂をまたふるいに継ぎ足す北都の顔の近さに、クナイは顔を帽子に隠すように深く俯いて、無闇にふるいを揺するのだった。
砂がある程度敷き詰められると、次は海水だ。何杯も海水を汲んでは、砂の上にざあっと空ける。
契約者の身体能力なら、両手に海水入りのバケツを持って運ぶのは造作もないことだけれど……、と祥子は空を仰いだ。
問題はこの暑さ。
何か疲れない方法はないかと、宇都宮祥子は持っていたバケツを置いて、それをサイコキネシスで運べないかとやってみた。バケツを持ち上げて、それを横に移動させる。腕力と同じくらいの力は出るのだけれど、視線がはずれたり意識が逸れたりすれば落ちてしまうから、かなり集中して進まなければならない。
やがて、祥子はバケツを砂の上に下ろすと手で持った。
「……手で運んだ方が疲れないわね」
余計に暑くなった気がして、祥子は汗をぬぐった。
「ずいぶんと暑そうだね。そのバケツは俺が運んでおくから、少し休んだ方がいいよ」
その様子に気づいた柚木貴瀬は祥子のバケツを代わりに持つと、郁に呼びかける。
「郁、飲み物をこのお姉さんに渡してあげて」
「はーい」
郁は中身をこぼさないように気を付けて、ちょこちょこと走ってくるとコップを祥子に差し出した。
「つめたいのみもの、どーぞなのっ」
「ありがとう。まだ大丈夫だとは思うけど、お言葉に甘えるわね」
コップに注がれていたのはグレープフルーツジュースだった。パック入りとはひと味違う生ジュースだ。
「あのおねえちゃんからのさしいれなのー」
郁が振り返って指した先では、シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が宿舎で作ってきたグレープフルーツジュースを配っていた。
「汗をかいて消費するのは、水分だけでなくミネラル分もあるので、お水やお茶だけでなくミネラル分をとれる飲み物も飲んでくださいね。スポーツドリンクも良いですけれど、グレープフルーツジュースも美味しくて良いですよ」
「瀬伊おにいちゃんもどうぞなのー」
また1つコップを受け取ると、郁は今度は海水を汲みに行こうとしている瀬伊へと走り寄っていった。
「あせ、いっぱいかいてるのー」
「ありがとう、郁」
背伸びして汗を拭こうとする郁の為、瀬伊は身を屈めた。
「瀬伊おにいちゃん、だいじょーぶ? いくがはこんであげようか?」
心配そうな郁の頭を、瀬伊は砂をぬぐった手で撫でる。
「ん、大丈夫だ。郁は飲み物係を頑張ってくれ」
「うん、いくいっぱいおてつだいするー」
「あまり無理しすぎないようにね」
はりきる郁の背中を、貴瀬は保護者然とした視線で見守った。
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