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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第10章 アガデ会談 1

 アナトに案内されて部屋へ入ったロノウェは、そこにコントラクターたちがいるのを見て、眉をしかめた。
「なぜシャンバラ人がここにまでいるの? これはザナドゥと東カナンの会談ではないの?」
「きみたちと話がしたいと言うので同席を許可した。彼らはオブザーバー的立場としてここにいる。第三者として発言・提案はするが、決定権はない」
「では、あくまでこれはザナドゥと東カナンの会談であるという認識でいいのね?」
「かまわない」
 その言葉に一応納得するふうに頷き、ロノウェはアナトの先導で空いている席――バァルの真正面――に向かう。
 ふと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が席を立ち、その前を遮った。
「あなたは」
「あの短い邂逅で、私を覚えていてくれたのであれば、感謝します。私はルカルカ・ルー。前回、あなたを攻撃したことは謝罪しません。あれは戦争でした。ですが今回の目的は違います。講和条約の締結――私たちはともに同じ目的でこの場にいると信じています。お互いその目標を完遂できるように、すばらしい議論の場としましょう」
「俺はダリル・ガイザック。彼女のパートナーだ。俺も今回は攻撃ではなく言葉をかわしに来た。よろしく頼む」
 逡巡しているかのように、少しの間、ロノウェは差し出された手を見つめた。
 やがて手を取り、握手をかわす。だが言葉としては何も返さず、黙したままその横をすり抜けた。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)が椅子をそれぞれ引いて待っていた。特にヨミの席は、そのまま座るとテーブルが目の高さになってしまうことから、厚めのクッションが座面と背もたれに1つずつあてがわれていた。
 ロの字型――上の辺と下の辺にあたる部分が長めで、縦の辺が短めの変形型――に会議机は並べられている。そこに座したのはロノウェ、ヨミのほか、帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)。それぞれのパートナーたちは彼らの背後の壁際に控える。一応椅子が置かれていたが、座る者はいなかった。
 中でも、同室のコントラクターたちを驚かせたのは雄軒のパートナーバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)の存在である。最後尾で入室した直後、その兜をはずしたのだ。
 これまでにバルトと剣を交えた者も何人かいる。下から現れた赤髪褐色肌の女性の面に、ちょっとしたざわめきが起きた。
「こういう非武装の場では、外さぬのは失礼に当たると聞く。それに、貴公は強い男だとも聞いた。ならば、敬意は示すべきだと思う」
 バルト本人は、周囲の反応などどこ吹く風。立つバァルを見返してそれだけを言うと、さっさと雄軒の真後ろにつく。ヨミの後ろについていたドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)だけが、くつくつと肩を震わせて笑っていた。
「ヨミ様、どうぞこれをお使いください」
 アナトが飲み物の入ったグラスを置いていく傍ら、マリカがフィンガーボールとナプキンを置いていった。それもそのはず、テーブルの上にはルカルカやマリカたちが持ち寄ったさまざまなチョコレート菓子がガラス皿に盛られていたからだ。
「はしたないわよ、ヨミ」
 大きな目をきらきら輝かせて、早くもぽっかりあけた口からよだれを垂らしかけているヨミの膝を、テーブルの下でロノウェがはたく。
「どうぞ遠慮なくお食べください。それらの品は、彼らからの心づくしです。会談の終わりには、宴席も設ける手筈になっております」
 そう言って一礼すると、アナトは退いた。いつでも彼らの世話ができるよう、彼らのテーブルに近い側面の壁際だ。その左右にはルカルカと島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)島本 優子(しまもと・ゆうこ)三田 麗子(みた・れいこ)の面々が付き、椅子と壁の間にはクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とトライブが立って、威嚇するように厳しい視線を魔族側のコントラクターたちに向けている。
「あ、ありがとうなのですっ」
 ぐるっと部屋を見渡し、ではさっそく、とヨミは一番手前にある、長方形のチョコバーに手を伸ばした。
(部屋でも箱いっぱいチョコを食べていたのに……すっかり悪癖に染まってるわ、この子)
「ほら、かしてごらんなさい」
 ロノウェは苦笑しつつ、チョコバーの袋を裂いて取り出しやすくしてあげた。
「会談を始める前に、許可をいただきたいことがある。この会談の議事録作成のため、カメラと録音機器により記録をとらせていただいてもいいだろうか。後日文字として書き起こし、双方の確認を経た上の署名により、正式に議事録と為す。もちろん持ち帰れるようにきみたちにも提供させてもらう。映像についても、きみたちが望むのであればコピーを渡そう」
「……それでかまわないわ」
 部屋に設置されたいくつかの録音機器とカメラにロノウェは少し不快げに眼鏡の下で目を細めたが、バァルの説明に納得し、受け入れた。
「感謝する。それでは会談を始めよう」
 バァルの開会宣言が響いた。



「はじめに、この会談の流れについて説明させてもらう。本日は2時間程度を考えている。発言は1人ずつ、さえぎらないように。発言したければ自分の番がきたときにすること。進行によっては10分の休憩をはさみ、1時間程度の延長も考慮している。その後、この場での立食会となるが、これには迎賓館の警備をしている騎士団長ネイト・タイフォン、それに上将軍のセテカ・タイフォンも間に合えば参加する予定だ。
 間に1日をはさみ、2回目の話し合いは2日後を予定している。これは本日出た条件について勘案したものを互いに提出し、話し合う席となる。そこでまとまればよし。まとまらない場合を考慮し、予備として翌1日を設けている。そこでも締結と至らなかった場合は、後日あらためて第2回の会談を開くこととなる。それでよろしいか」
 全員の顔を見て、異論が出なかったことにバァルは頷く。
 会を進めようとした直後――
「それで? 小国東カナンは何を差し出してこちらのご機嫌とりをしようっていうんです?」
 嘲りが、緑郎から飛んだ。
 敵味方を問わず、全員の目が彼に集中する。
 薄っぺらなにやにや笑いを浮かべた緑郎は、目深にかぶった帽子の下から、ねめつけるような視線でバァルを斜に見返していた。
 椅子の後ろに回した手をぶらぶらさせ、テーブルの下で椅子を漕ぎ……それはバァルたち東カナン側に対する蔑みとして行っているのだろうが、全く礼節を欠くその行為に不快を感じているのは、ロノウェたち魔族側もだった。
 こちらの品位を著しく下げるも同然の態度に、特にロノウェの目が険悪な光を帯びる。しかし緑郎はバァルたちの方を向いてロノウェには後頭部を見せている。気付いている様子は全くなかった。
 場の注目を浴びたことに酔った緑郎の嘲弄は、水を得た魚のごとく、さらに続く。
「バァル殿におかれては、ザナドゥと講和をお望みとか。講和条件はなんです? まさか、ただザナドゥに帰れとは言いませんよね? 地上へ至ることはザナドゥの悲願だったんですから。
 ……そうですね、東カナンに土地をください。クリフォトの瘴気で動植物や人間に異変が起こるかもしれませんが、構いませんよね? ザナドゥと分かり合いたいというならばそのくらいは覚悟の上でしょう? 嫌ですか? それは困ったな。まさか何のリスクもなしに講和がなるとでも? 講和を申し込んだのはあなた方なんですよ。何かしら、誠意をみせる必要があると思いますが?
 だって我々はこんな糞みたいな講和を飲む必要なんて、これっぽっちもないんですからね。地球の歴史では異文化が衝突したときは必ず戦争になったものです。それを避けたいっていうんだから、多少は下にでて我々に尻尾を振っても罰は当たりませんよ。ねぇ?
 どうしたんです? ひと言ぐらい返してみては?」
「――よくそれだけ一度にしゃべれるものだと感心していた。止めなければどこまでしゃべるのだろうと。だが意外と短かったな。あと数分はいくかと思っていたが」
 無表情に淡々と返したバァルは、ロノウェに視線を移す。
「これは、ザナドゥも合意の上の条件だろうか?」
「まったく違うわね」
「そうか。では議事録からは削除させてもらおう」
「なっ……!?」
「言いたいことを言ったのだから、十分でしょう。あなたは退出しなさい。――メルアァ、彼を連れ出して」
 ロノウェの冷徹な命令が下る。
「は……い」
 背後に控えていた緑郎のパートナーライラ・メルアァ(らいら・めるあぁ)が、強引に椅子を引いた。
 彼女は魂を捧げている。本意はどうあれ、魔族の命令には逆らえない。
「おい、ライラ?」
「出ましょう、緑郎様」
 腕を掴み、強引に立たせるとそのままドアへ引き立てていく。
「ライラ! 放せ」
「メルアァ、門を過ぎるまでその手を放すことは許しません」
 部屋を出ても、まだ何か言っている緑郎の声が聞こえた。
 しかしそれもすぐに遠ざかり、何も聞こえなくなる。
「あのような者を連れてきたことをお詫びするわ、領主バァル」
 バァルは頷いた。
「よかったら、こちらをどうぞ。甘い紅茶は気分を一新するには最適ですから」
 少し感情の欠落した声と表情でセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が給仕する。脇に、そっとチョコチップクッキーの乗った小皿も置いた。
 トレイを壁際のテーブルに戻した彼女は、あらためてイーオンの後ろの椅子につく。
 ロノウェがひと口飲んだとき、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)がおもむろに発言した。
「最初に、そちらの最終的な目標についてお聞きしたい」
「もちろん『ザナドゥの地上への顕現』よ。私たちはそのための方法を5000年かけて見つけたの。そして今がその好機と判断したからああして行動に出たのよ。この地における人類の支配やザナドゥの領土権威拡大は、結果的にそうなるにすぎないわ」
 地上に大量の魔族があふれ出れば、当然居場所が必要になる。元からそこにある物やいる者たちを押しのけねばならないだろうし、そうなれば人類とかかわることは避けられない。それであれば、奪い取り、支配する側に立つ方が手っ取り早いというのだろう。
「あのぅ…」
 ちらちらと周囲の顔色を伺いながら、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がおそるおそるといった様子で口を開いた。
「ザナドゥの人たちは、地下にとじこめられる前は、ボクたちと同じ、地上にいたって本当ですか?」
「事実よ」
「じゃあどうして、ザナドゥの人をむかしにとじこめちゃったんですか?」
 その言葉に、わずかにロノウェの口元がゆがんだ。
「訊くべき相手を間違っていないかしら? 私たちは閉じ込められた側、閉じ込めた者はそちらにいるわ。
 私の方こそ驚きよ、あなた方がまだそれを知らされていないなんて。ということは……何か後ろ暗いことがあるってことじゃない? 私ならそう疑うわね」
 魔らしいひと刺し。この魔神は巧みだ。
 早くも会談が難航しそうな気配に、バァルは半ば伏せた目でそっと周囲の反応を見る。
「じゃあ……いいです。
 でもそれは、今のボクたちのしたことじゃないですよね。それはもうずっと、ずっと、昔の人たちがしたことです。
 ボクたちとロノウェさんは、なかよくはできないですか? どうしたらなかよくなれるんですか? もしボクたちにわるいトコがあるんだったらおしえてくださいです。みんなでなかよくするためになら、ボクもがんばるですよ!」
「そうね、今のこの世界からあなた達と私達が全部いなくなれば、仲良くなれるかもしれないわね」
「えっ」
 ヴァーナーはうろたえた。
「そんなの……ムリです……。だって、だれもいなくなったら、だれとだれがなかよしになるんですか?」
「そうね。だから、あなたがいくら頑張ったところでどうにかなる話じゃないの。あなたが1000年2000年生きられるなら、話は別かもしれないけれど」
「イナンナさんのようにですか?」
 ヴァーナーには何気ないひと言だったのだろう。だがそれを聞いて、ロノウェのほおがわずかにひきつった。
「……人間は、都合よく忘れる種族だから、よ。いみじくもあなたは今、自分で答えを口にしたわ。「昔の人がした事」とね。
 100年200年も経てば、人間にとってそれは「昔の人がした事」になるのよ。私は覚えているわ、5000年前何があったか。私たちに人間がどんな仕打ちをしたか。なのに、あなたは言うの「昔の人がした事」と」
 ロノウェの指が、テーブルの上で組まれる。
「そんなことを免罪符のように平然と口にする者たちを、どうしたら信じられるの?
 今ここで講和が結ばれたと仮定しましょう。領主バァル、50年後東カナンはあなたの子の代になっているでしょう。そして100年後、あなたはもうこの世を去り、あなたの孫の代になっている……そして私を前に、この講和は「昔の人がした事」と言わないと、あなたは確約できて? あなたでなくとも、今この席にいる人間の、だれか1人でもいいわ」
 しん、と場は静まり返る。
「できないでしょう。たった100年、それすらも人間は維持できない。信ずるには値しない種族なのよ」
「……ボク、がんばるです! ボクに子どもができたら、いっぱいロノウェさんのこととか話して聞かせて、やくそくはまもるようにっておしえます。子どもが生まれたらその子にも、つたえるようにって言います。それではだめですか?」
 ロノウェはもう答えなかった。それが答えだと……。
「――だから外交努力をせず、いきなり侵略したというのか」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が重々しく、どこか非難めいた口調で言う。
「人は信用できないと、蔑みの思いから出たのがあの戦いか。だがそれは、被害を承知でせねばならない行為か? こちらにも被害は出たが、そちらとてかなりの被害を出しただろう。その結果はどうだ? 南カナンからは退却を余儀なくされた。今の状態は、自軍の被害に見合った結果か?
 もっと上手なやり方というものがあったはずだ。偏見というフィルターがかかっていなかったらな」
「まるで私達が外交努力をしていないかのような言い分ね」
「しているというのか? 交渉の場を持つことなく、宣戦布告するでなく、いきなり無防備な相手を攻撃するのが外交努力とは、あきれたものだ」
「その言葉はそっくり返させていただくわ。私たちを地下に封じたとき、イナンナは私たちに何をしたか? 答えは『何もしなかった』よ。交渉もなし、宣戦布告もなし。魔王をおとしいれ、ただ封じたの、有無を言わせずにね。そして立ち去って知らんぷり。どうしてそんな者たちを相手に、こちらがしなければならないの?
 それでも……そうね、何故かと問われれば、外交をする必要性を全く感じなかったから。魔王ルシファーを封じたうちの1人、アーデルハイトはすでにこちらの手の内。あとはイナンナを手に入れさえすれば、それで私達の目的は完遂する。
 外交をする必要があるというなら、その後の話よ。もっとも、人間たちが望むのであれば、してあげないこともない、という程度かしら」


「……5000年前何があったか、その真偽はともかく、きみたちが人類を信じられないと考えているのはよく分かった」
 静寂の広がる中、再びイーオンが言葉を発した。
「先の発言の大部分が真実であることも認めよう。未来の者が口にする言葉を、われわれはだれ一人保証できない。しかし、信じられないから一切を拒否するというのは極論だ。利害が一致すれば、手を結んできた例はいくらもある。
 こちらとしては魔族による人類の支配については応じられない。あくまでそれを固持するというのであれば、徹底抗戦するしかないが」
(イオ……)
 その発言に、後ろについていたセルウィーが反応した。わずかにまぶたがひくつく程度のものではあったが。
「しかし、必ずしもそれが主目的ではないと先ほど言った。そこには交渉の余地があるように思う。
 こちらとしては、魔族が地上に出てくること自体を拒みはしない。そちらの文明を興味深いと思う者がこちらにも少なからずいるのでな。往来が自由にできるなら、むしろ歓迎する者の方が多いだろう」
 どこか、皮肉げな声だった。
(イオ……それは交戦を望まない、ということを伝えたいのですか? それとも――)
 共に生きたいという事ではないのですか?
「先の戦いで、一体どれほどの仲間を失った? 戦いは不毛だ。どうしたところでどちらの側にも遺恨は残る。勝った側にも負けた側にも病巣のようにいつまでもとりつき、何年経とうが、どんな治療を施そうが、完全に消え去ることはない」
 でき得るのならば、誰の死も見たくないのだ。イーオンは本気でそう思っていた。
 戦場にあって、じりじりと胸を焦がす焦燥感。地を埋め尽くすのは草花ではなく、もの言わぬ骸と化した人々と赤い血の海。そして彼らにとりすがって泣く人々……。
 もう見すぎた。十分に。味方の死も、向こう岸の味方の死も。これ以上はたくさんだ。
「先の戦いは間違いだった。それを認め、ともに反省し、協力し、ともに生きよう。尽力するのであれば、戦いなどにではなく、こうして分かり合うことに努力するべきだ。そうは思わないか? できるはずだ。俺たちも……キミにもだ」
 ロノウェは、笑んだ。
 あわれむような眼差しで。
「ご立派ね。でも、あなたがいくら戦いたくないと主張しても、それがこちらが戦いをやめる理由にはならないのよ。私に言えるのは、せいぜい、引退したら? という助言かしら。そうすれば見たくないものを見なくてすむでしょう。
 交渉に感傷は無要よ。私たちは戦うことで得られる物、失う物をきちんと勘案した上で戦うことを決意して、あの戦いを起こしたの。そしてそれは何も変わらないまま、ここへ来ている。そんな私たちの決意を覆すだけの条件を、あなたやお仲間たちは提示できるのかしら。それだけのものは最低限用意されていると思って来たのだけれど」
 ロノウェの視線がテーブルについた全員の顔の上をすべる。
「無論じゃ」
 応じたのは袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)だった。
「まぁ、本来講和というのは互いに交戦を繰り返した結果、ある程度確定し、両国の厭戦感情が高まってきたところで締結するものなのじゃ。そのことからすれば、今回の会談はそのセオリーからはずれた、早すぎるものの気がするが……じゃが逆にここで講和を結べば、ザナドゥにとって優位となる条件で講和を結ぶこともできるわけじゃぞ?」
「こちらに優位とは何かしら。聞かせてもらえるかしら」
 志方 綾乃(しかた・あやの)は本初に頷いて見せ、発言を始めた。
「まず、この講和が実現すれば、少なくともザナドゥは戦うことなくしてカナンの四半分を無力化することができます。それにより、どれだけ効率が図れるか。戦力、軍備、これは決して少なくない数字でしょう。西南北のカナンとは紛争を続行するにしても、戦力が温存でき、かつ挟撃を受けることもない。このメリットは言うまでもありません。さらには「東カナンが親ザナドゥの路線を取った」となれば、西や南をザナドゥ側に引き込める可能性だってあります」
 かなり低いとは思うけれど、と内心思ったが、そんなことはおくびにも出さず、綾乃は続けた。
 交渉は、ハッタリだ。駆け引きによって削られていくのが当然。であれば、最初はできる限り大風呂敷を広げるべき。
「講和条件として、私は以下の内容を双方に提示いたします。
 1.ザナドゥと東カナンの紛争の即時停止。東カナンとザナドゥは、軍事同盟を締結する。
 2.ザナドゥ軍は東カナンに駐留し、東カナンは駐留のための土地を用意する。代わりにザナドゥ軍は東カナンやその民に危害を加えず、有事の際は共同でそれらを防衛する。
 3.東カナンはザナドゥからの移民希望者を、ザナドゥは東カナンからの移民希望者を受け入れる。
 これならば、双方ともに利があるのではないでしょうか」
 と、バァルを見、ロノウェを見たあと。
「何を得たいにせよ、ハンマーを振り回して戦争するだけが方法じゃないんですよ?」
 ちくりと刺すことも忘れない。
「……そうね、あなたの提案はずいぶんと魅力的だわ。お互い、少なくとも敵をひとつ減らせることになるのは確かだし、戦争にかかる負担を大幅に減らせるのも確かよ。時間の節約にもなるわ。そしてこちらの主目的であるザナドゥ顕現に、一切の負荷はかかっていない」
 ロノウェの視線がバァルへと向く。
「彼女はずいぶんと都合の良い事を並べ立てているけど、今言ったことを東カナンは本当に実現可能なの?」
「非戦闘員であるザナドゥの移民希望者のために土地を用意することは考慮しよう。この地で不便なく日常生活が送れるよう、できる限り援助はさせてもらう。制限つきとなるが、一定の自治権も認める特許状も出そう。しかし軍の駐留は認められない。そして紛争の即時停止は東カナンではなく『カナン』となる。これは講和締結において、絶対的必要条件だ」
 なぜならば、東カナンは女神イナンナが統治するカナンという大国の一地方国にすぎないからだ。かなり自由度の高い自治権を与えられ、こうして講和を結ぶ会談を開くことも許されているが、根本的に領主はイナンナの代理人的立場にあたる。領主は女神イナンナよりこの地方を代理統治する権利を賜っているにすぎず、西南北の地でザナドゥとの争いが起これば、そしてイナンナより派兵せよとの下命を正式に賜れば、出兵せざるを得ない。だからこそ、ザナドゥ軍の駐留は認められないのだ。軍事同盟もしかり。
 イナンナの怒りを買えば、代理権剥奪により領主の座を追われることも、絶対にないとは言えない。
「それは欲張りすぎというものよ。ザナドゥはカナンへの一切の敵対行為ができないのに、講和を結ぶ相手は東カナン単独でしかないというのなら、そんなものは認められないわ」
 バァルとてそれは分かっている。これは、これから先の会談で譲歩を余儀なくさせられると。
 落としどころとして持っていきたいのは、西南北の地でザナドゥ側が争いを起こした場合、イナンナの要請がない限り東カナンは中立を保つということ。もし敵対した場合も東カナンは前線に出ず、後方の補給部隊を務めることとし、ザナドゥ軍は東カナンへ進攻しないというあたりだ。
(だがおそらくそれも、これ単独では無理だろう)
 今後の折衝次第、他条件との折り合いによるだろう。
 肘立てた手で隠した口元で、バァルはそっとため息をついた。