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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】アガデ会談(第1回/全2回)
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第18章 アガデ襲撃 4

「……くそッ! なんでこいつら、結界内で動けてるんだよ!!」
 翼ある魔族が相手では、ペガサス・ナハトグランツでは機動力で少々劣る。自翼を用いて夜空を駆り、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は無数の魔族を相手取っていた。
「うおおおおーーーっ!!」
 周囲をとり囲んだ魔族に向け、天馬のバルディッシュで一気になぎ払いをかける。
「イナンナの結界が解けたのか!?」
 彼女の疑問に答えたのは、少し先でカナンの剣をふるっているリネン・エルフト(りねん・えるふと)だった。
「いいえ、解けていないそうよ……風祭くんが言うには」
 その証拠のように、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がアロー・オブ・ザ・ウェイクの連射により上空高く追い込んだ魔族が、突然身を引き攣らせたと思うや悲鳴を上げて白光に包まれる。光はすぐに炎と化し、聖なる力で魔族を焼き尽くした。
「あそこ! あの高さよ、結界があるのは!」
 そう言う間も、ヘイリーはサイドワインダーを用いて自分たちを包囲せんとする魔族の動きを阻もうとする。だがあきらかにワイバーンでは彼らの動きについていけていなかった。
 回り込まれ、背後をとられる。
「――はっ!」
「ヘイリー!」
 リネンの叫びに重なって、そのとき天のいかづちが魔族を撃った。
「無事ですか? 皆さん!」
 ヴァジュラを手にしたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がいた。その間にも、横についたミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が、さらに天のいかづちを魔族にめがけて撃ち落とす。
 彼女たちの出現を警戒し、3人の一気せん滅を図ろうとしていた魔族がいったん退いた。
「けがはありませんかねぇ」
「ええ。助かったわ、ありがとう」
 気にかけて寄ってきたレティシアにヘイリーが礼を言う。
 ほんの数瞬の休息。
 体勢を立て直した魔族たちは、すぐまた彼らの周りに舞い戻ってきた。
「結界が解けてないなら、どうしてこいつらは動けるんだ?」
 なぎ払いで近寄らせまいとするフェイミィ。
 どうしても最初の疑問に戻ってしまう。
「さてねぇ。魔族に訊いたとて、答えてはいただけないでしょうしねぇ」
 ミスティの撃ち漏らした魔族を光の刃で払いながらレティシアが答える。口調はのんびりとしているが、その動きは機敏だ。宮殿用飛行翼を用いて自翼を持つ彼らとほぼ同等の動きをし、果敢にこれらを斬り伏せる。
 ヘイリーは結界を背に、高処から全体を把握しつつアロー・オブ・ザ・ウェイクで彼らの補助を行っていた。
「……駄目だわ」
「どうした、リネン」
「セテカと連絡がとれないの……さっきからずっと試みているんだけれど……」
 リネンは目を地上に移した。
 街の避難所が燃えていると連絡したときは、たしかに答えてくれた。だがそれからは一切反応がない。
(まさか……セテカ……)
 うなじが凍りつくような考えがひらめく。
 ううん、そんなはずないと、首を振って退けた。
 避難所の周囲一面は火の海になっている。あれの消火に全力を挙げていて、きっと今、彼はそれどころではないのだ。
「城の方とはどうですか?」
 ミスティの言葉に、リネンはテレパシーをそちらのコントラクターに向けた。
 そして首を振る。
「駄目……やっぱりだれも答えてくれない……」
「そんな……っ!」
 ヘイリーが思わず口元を覆った。
「……くそったれがああああっ!!」
 猛烈な怒りにかられ、フェイミィは魔族の固まりに突っ込んだ。彼女の今の感情そのままに、天馬のバルディッシュはうなりを上げて目前の敵を確実に葬り去っていく。
「――12騎士のエシム・アーンセトと連絡がとれたわ……今、ほかの騎士たちと城に向かっているそうよ……。城では爆発のような音と……悲鳴が……起きているらしいわ……」
 避難所は火の海と化し、セテカとは連絡がとれず、城にも侵入された。
 事態は最悪の様相を呈している。
 もはや一刻の猶予もないと、レティシアはミスティと視線を合わせ、頷いた。
「こちらはお任せしてもよろしいでしょうかねぇ」
「ああ、それは……だがなぜ?」
「あちきたちは救援を呼びにまいります」
「――って、そうか、東カナン軍!」
 そのことに思い当たって、ヘイリーが声を上げた。初めて希望の見出せた声だった。
 レティシアは力強く頷く。
「あの方々は、数キロ先の緑地で駐留されているとか。どうかあと少し、持ちこたえてくださいねぇ」
「分かった! 援護するから行ってくれ!」
 フェイミィはなぎ払いをかけた。
 魔族が散った隙に、レティシアとミスティは上空に上がり結界を抜ける。
「頼むぞ……!」
 わずかに見えた希望の光。
 しかしその刹那。悲劇が彼らを襲った。
「リネン!!」
 ヘイリーの悲鳴にそちらを振り向く。フェイミィが見たのは、下からの魔弾に撃ち抜かれたリネンの姿だった。
 上空の敵にばかり気をとられて、地上の敵に全く意識を払っていなかった。
「リネン!!」
 届くはずもない手を、フェイミィは伸ばした。
 その手の先、リネンは肩を押さえて墜落していく。
「くっ!!」
 ヘイリーがワイバーンを旋回させ、すぐさまあとを追った。このままでは地上に激突死してしまう。
 呆然となったフェイミィの無防備な右肩を、背後から魔族の槍が貫いた。
 しびれた手から天馬のバルディッシュがすべり落ちる。
「……きさま……」
 振り返り、槍を持つ魔族の胸ぐらを掴んだ。だがそうする間も、激痛は彼女の意識を散らして力を奪っていく。
 地上へ落下する直前、フェイミィは指に触れた何かを掴んだ。紐で結ばれた何か硬くて小さな物。握り締めた手のひらに先端が食い込む。
 それを引きちぎられた直後、その魔族は白光に包まれ、自動発火して燃えた。――結界に触れた、あの魔族のように。
(……これ……か……?)
 薄れゆく意識の中、落下していくフェイミィが見たものは。
 投擲された槍を受け、墜落していくレティシアと、それを追うミスティの姿だった。
 2人の姿が外壁の向こう側に消える。
 その光景を最後に、彼女の意識は闇に飲まれた。

*       *       *

 月を背に落下していくいくつもの人影を、三道 六黒(みどう・むくろ)は黙して見上げた。
 空を埋めるは魔族の群れ。
 地上もまた同じく。
(アガデが落ちるか……)
 クリフォトの樹より途切れなく現れる数十数百の魔族の姿を見下ろしていた目を迎賓館へと向ける。
 バァル・ハダド。
 アバドンを退け、ザナドゥを退けたその手腕。イナンナの言うがままザナドゥ侵攻に走らず、己が意志を貫いたことは褒めてやってもいいだろう。しかし結局のところ、あの男もまた、無力なおろか者でしかなかった。
 平和であれ、何であれ、願うことには力がいる。
 なぜなら、それは「欲する」という意味では等しく、同じものだから。
(力無くしてただ願いさえすれば平和が降ってくると信じるなら、一方的に制圧されるが良い)
 炎上した街に背を向けた六黒。
 彼は、道をふさぎ立つ人影に気付いた。
「あなたたち……またカナンやバァルを傷つけるつもりなんだね」
 ううん、もう傷つけた。
 彼の愛する都をこんなふうにして。
「どうして彼をほうっておいてあげられないの!? これ以上、彼から何を奪うっていうの!」
「――停滞を望むか。停滞は貪汚と腐敗よ。生きながら腐ること、やつがそれを望んでいると思うのか」
「バァルが望んでいるのは幸福になることだけ!」
 それが死んだエリヤとの約束だから!
 その約束をかなえるために生きている彼を傷つけるなんて、絶対に許さない!
「これ以上バァルを傷つけるというのなら、私が相手よ」
 あなたでも……魔神でも!
 盛夏の骨気をまとい、かまえをとる小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)を見て、六黒はくつくつと笑った。
 やがてその笑いは強まり、高笑いとなる。
「おもしろい! 来よ、小娘。願うだけで為ると思うならば、その意志の力、見せてみるがいい」
「……はぁっ!!」
 バーストダッシュで一気に距離を詰め、美羽はギガントガントレットで打ちかかった。
 腕の数倍の大きさを持つこの武具の破壊力ははかり知れない。だがそれもまともに入ればこそ。黒檀の砂時計、彗星のアンクレットを持ち、高速攻撃を得意とする六黒はこれを難なくいなしていく。
「くっ!」
 美羽は繰り出すこぶしに爆炎波を乗せた。これならすり流せないだろうとの計算だ。しかしまともに入ったと思われたこぶしは六黒の残像を打ったにすぎずなかった。
 目を瞠った一刹那、背後からヴァジュラの一刀が振り下ろされる。
「美羽!」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がバーストダッシュで割り入った。忘却の槍で受け止め、回し蹴りを入れる。飛び退こうとしたが、一瞬早く決まったヴァルキリーの脚刀が六黒の腹部を浅く切り裂いた。
 皮一枚とはいえ、流れた血を指ですくい、六黒は口元をゆがめる。
「――来い」
 ただひと言。
 次の瞬間にはもう、彼は葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)をまとっていた。
「!」
 魔鎧を身に着けた六黒の体は、ふたまわり近く大きさを増していた。
 重厚な鎧は見る者を威圧する。否が応でも増す緊張感に、2人は低くかまえをとる。
「――いくよ、コハク」
「うん」
 2人は同時にバーストダッシュで飛び出した。
 忘却の槍からのシーリングランス、そしてギガントガントレットによる爆炎波。連携攻撃に慣れた2人は、いかなる合図も必要とせず、まるで一体であるかのようになめらかな連続攻撃を繰り出す。
「むう」
 まともに入ったこぶしに押された六黒の体は背後にあった石像を破壊し、落下防止柵に当たって止まったこれがなければ下の街まで落ちていただろう。
「むくろ」
 彼の劣勢に、九段 沙酉(くだん・さとり)が飛び出した。
「させません!」
 沙酉の持つ禍心のカーマインをベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の光条兵器・全長2メートルの大剣が真っ二つにする。
「諦めなさい。もし動くというのであれば、あなたの相手は私です。決して容赦はいたしません」
 指1本、わずかな動きも見逃さないと、ベアトリーチェは沙酉を真っ向から見据える。その目は、いつになく怒りに燃えていた。
 普段は控えめで、おとなしやかなベアトリーチェ。普段であれば美羽と相手の仲介に入り、場をとりなそうとする心優しき彼女もまた、今度という今度はアガデをこんなふうにした彼らを許せず、激しい怒りと憎しみを感じていたのだった。
「やあっ!!」
 鳳凰の拳から等活地獄へ。美羽の猛攻が続く。いまや完全に美羽とコハクの押しているかに見えた。
「――ククッ……ぬしらの意志の力とはこの程度か」
「なに?」
 つぶやきを聞き取ったコハクが一瞬気を奪われる。その隙をつくように、サターンブレスレットが彼の心を侵食した。
「……うっ……ああっっ」
「コハク!」
 苦しげに両膝をついたコハクは、六黒の足下で苦悶の表情を浮かべて身を折る。
「コハクに何をしたの!」
「ふん、心の折れた弱者など、とどめを刺すまでも無い。悔しければ、押し返す力を、そして意思を見せよ」
「うるさい! だまれ!! コハクを元に戻せーっ!!」
 美羽は跳んだ。
 この戦いで初めて見せる跳び技。しかしもともと彼女は足技を最も得意とする使い手なのだ。その研ぎ澄まされた一撃をかわせる者は、そうはいない。
 爆炎波をまとったレガースによる回し蹴りが六黒の後頭部に決まるかに見えた、その刹那。
 六黒の腕が、これをブロックした。
「そんな……」
 じりじりと炎に焦げる手。
 驚愕のあまり怒りの消えた美羽の目を間近から覗き込み、彼は告げた。
「憤怒は力を生む。が、感情に囚われるな。使いこなせ。心は思いの奴隷にあらず」
 美羽が、わずかに瞠目する。
「! 美羽さん、危ない!!」
 ベアトリーチェが叫ぶ。いつの間に距離を詰められていたのか。激闘する2人に気付いた飛行型魔族が魔力の塊を撃ち込んでいた。
 反応したのは六黒だった。
「ふん!」
 美羽を突き飛ばして軌道から押し出す。
 魔力の塊は六黒の足近くの地面を吹き飛ばし、彼とそのパートナーは爆発にまぎれるようにこの場から離脱した。
「美羽さん、大丈夫ですか?」
「うん……」
 美羽は、六黒が言った意味を理解しようと混乱した頭で反すうする。しかしすぐ、間近に迫った魔族たちの撃退へと意識は流れていった。


「バルバトスよ……。人が人類を裏切ることは滑稽か?
 今はその高見から見ておるが良い。種よりも個の意志で道を選ぶのが人間。種として最も強き魔族を打ち破るのは、そのような個かもしれぬぞ」
 しばらくの間、彼は魔族と美羽たちの戦いを足下に見下ろしていた。
 だがやがては背を向け、闇に消えていったのだった……。

*       *       *

 翼持つ魔族が飛び交う空を、要は飛んでいた。
 無防備に飛ぶ彼が、なぜ攻撃を受けないでいるのかは分からない。
 鋼骨機翼で飛ぶ姿を同じ魔族と見誤られたのかもしれないし、全身からおびただしい血を流してふらついていることから、自分が手をくださずともすぐに死ぬと判断されたのかもしれない。
 その判断は、実際正しかった。
 彼はじき死ぬ。
 背中に受けた傷も、顔面の傷も、どちらも致命傷だ。おそらくはあと数分も経てずに、彼は地上に倒れている無数の死体の1つとなって、転がることになるだろう。
(……約束……)
 その言葉だけが、鋼骨機翼に飛ぶ力を与え、ここまで来た。
 しかしそれももう終わり。
(……悠美香ちゃん…………ごめん……ね……)
 それを最後に。
 要は墜落した――