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パラミタ百物語

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パラミタ百物語

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第壱拾漆話 雪山の怪
 
 
 
「それでは、俺の番かな」
「えっ!?」
 佐野和輝が蝋燭を手に取ったので、膝の上にいたアニス・パラスがちょっと引きつった。
「これは、ある人から聞いた話です。
 その人は、ある雪山で猛吹雪の中、友人三人とともに遭難してしまいました。
 このままでは確実に死ぬ……。そう皆が考えていた矢先、山小屋が見つかったそうです。
 息も絶え絶えに四人は山小屋になだれ込みました。
 ところが、その山小屋には暖房施設がなく、あるのは非常用の食糧のみ。
 寝てしまえば確実に凍え死ぬ状況だったのです。しかし、朝になれば救助隊が来るかもしれません。
 すると四人のうちの一人が、ある方法を提案しました。
 『四人全員が小屋の四隅に座って、五分ごとに東回りに歩いて、人を起こして回るんだ。起こされた人は起こした人と交代して次の角にむかう』
 他によい案が出てこなかったので、四人はその方法で朝まで過ごすことにしました。
 まず、最初の人が壁沿いに移動して、眠りかけていた友人を起こしました。二人揃ってそこでなんとか眠気と戦った後、最初の人をその場に残し、五分後にその友達が次の角にむかって移動していきました。
 そこで、同様に、バトンを渡された人が、やってきた人を自分のいた場所に残して、次の場所にむかって行ったのです。
 この方法は、うまくいきました。いいえ、むしろうまくいきすぎたのかもしれません。
 朝まで、何回も何回もグルグルと小屋の中を回って、四人は眠気と戦いました。
 そして翌朝、四人は無事に救助されたそうです。
 俺の話はここまでです」
「よかったあ、みんな助かったんだ。怖い話じゃなかったねー」
 安堵したアニス・パラスが、佐野和輝の代わりに蝋燭を吹き消した。
「ええっと、一つが二つ、二つが三つ、三つが四つ、四つが五つ? よく分かんないや」
 指折り数を数えながら、キャロル著・不思議の国のアリスが不思議そうな顔になった。
「たたたたー、バトンタッチ。たたたたー、バトンタッチ。たたたたー、バトンタッチ。たたたたー、あれれれれ、誰もいない」
 広間の四隅を走り回りながらキャロル著・不思議の国のアリスが言った。
 そこで初めて、みんなが数が合わないことに気づく。最初の人が移動してしまっているのだから、四人目が移動した先には誰もいないはずではないか。
「ふっ、簡単なことではありませんか。四人目がコンジュラーで、最後にフラワシに友達を起こしに行ってもらったのですよ」
 空京稲荷狐樹廊が、謎は解けたとばかりに広げた扇でスッと口許を隠した。
「なあんだ」
 またパニックになりかねたアニス・パラスが、空京稲荷狐樹廊の勝手な謎解きに妙に納得しておとなしくなった。
 
 
第壱拾捌話 見下ろす者の怪
 
 
 
「これは、俺の実体験の話だ」
 今度の語り部はグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。
「身体がズタズタになって意識が朦朧としてるときに、ふと気づくと血まみれの自分を見下ろしていることがある。
 よくある幽体離脱っていうのかどうかは分からないが、自分で自分を客観的に観察しているんだ。
 そのとき、よく背後に気配を感じる。
 何度か同じ経験をしているうちに、その気配はだんだんと近づいてくるようになった。
 それと一緒に、何か喋っているのも聞こえてくるんだ。
 何度か振り返ってみようかとも思ったんだが、いつも振り返る前に見下ろしていた自分の身体に戻ってしまう。
 この前も、ズタズタの血まみれになった自分を見下ろしているとき、またその気配がして、そして、声が聞こえた。
 そのときも振り返る前に戻ってしまったんだが、声は聞きとることが出来たんだ。
『こっちにこい……』
『早く……』
 他にも聞こえたが、聞きわけられたのはこれくらいだ。
 聞こえてくる声は、過去に死んだ人の声に似てる気がする。
 今はいない人の声を聞くとはな。痛みで気が狂ったんじゃないかと、結構恐い思いをした」
 こんなものでいいのかと、ちょっと苦笑気味にグラキエス・エンドロアが語り終えた。
「いつか、振り返ることの出来る日が来るのだろうか。
 もしかしたら、その声の主は、いつだって、俺や誰かの後ろに立っているのかもしれないな。どれ……」
 そう言うと、グラキエス・エンドロアが振り返ろうとした。
「ちょっと待て、それはいかん、いかんぞぉ!」
「だめであろうが!」
 いきなり、聞き手の席からゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)が飛び出してきた。
「その声に耳をかたむけては絶対にいけない。振り返るのもだめだ、絶対に!」
 グラキエス・エンドロアの頭をかかえ込むようにして、ベルテハイト・ブルートシュタインが叫んだ。
 はっきり言って、グラキエス・エンドロアの体験談は臨死体験そのものにしか聞こえない。もし、そんな背後の人についていってしまったら、そのまま三途の川を一気に渡ってしまいそうだ。
「ふむ、そんな面白い物がグラキエス様の背後に集まっているのですか。これは、もしかしたら、彷徨える魂の入れ食い状態ですか? ほとんど友釣りみたいですね。将来、魔鎧の制作研究に関しても、素材に困ることはなさそうですし。一度捕まえてしまった魂には、あんなことやこんなことを……。ぐふふふふふふ……。ここは、なんとしてもグラキエス様に長生きしてもらって、生き餌状態を少しでも維持してもらいませんと……」
 かなり邪な妄想に浸りながら、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が口角を崩した。
「逝かせはせん、逝かせはせぬぞ。誰か、グラキエスのお祓いを!」
 興奮したゴルガイス・アラバンディットが、周囲の物にむかって必死に叫んだ。はっきり言って、必死の形相のドラゴニュートの方が、グラキエス・エンドロアの話よりも万倍も怖い。
「お任せを!」
 ルカルカ・ルーとルカ・アコーディングが祓い串を振り回す。二人のお祓いの力自体はないにも等しいが、へたにルカ・アコーディングにバニッシュを無差別に放たれでもしたらさすがにやばい。
「べんべべんべんべん」
 いや、無差別に鬼払いの弓をかき鳴らす柳玄氷藍の方が、奈落人たちにとっては驚異だった。
「うげっ」
 流れ弾のような弓弦を鳴らす音の直撃を受けた藤原識が、悠久ノカナタの身体からはじき出されて廊下の方へと転がっていった。
「はっ、わらわは今まで何を……。ひー、帰りたい帰りたい帰りたい……」
 意識を取り戻した悠久ノカナタが、自分がとんでもない場所に居ることを再認識して、思わずその場に突っ伏した。
『いらはいませー』
 笹野桜が、木曾義仲、椎葉諒、アスカ・マルグリットとともに一列に廊下にならんで座りながら、転がってきた藤原識を出迎えた。
 はっきり言って、柳玄氷藍が暴れている限り、広間の中は奈落人たちにとって危険地帯である。
『なんだか、修学旅行で怒られて廊下で正座させられているようだな……』
 やれやれという感じて、木曾義仲が溜め息をついた。
「ふふふ、蝋燭のこと忘れているな……。ふっ」
 ニコ・オールドワンドが、消し忘れられているグラキエス・エンドロアの蝋燭に近づいてそっと吹き消した。
「さあ、ひとりでに蝋燭が消えたぞ。恐れおののくがいい……って、誰か気づけよ!」
 柳玄氷藍たちをひとまず落ち着かせるのに手一杯で、会場はそれどころではなかったのである。