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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第2回/全2回)

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第3章 芸術・オン・ザ・ステージ 2

 衿栖のステージは、四体の人形を使った人形パフォーマンスだった。
 先日はアムドゥスキアスの前だけで見せたものだが、今回は大舞台で、しかも大勢の観客を前にして行う。より派手に、より躍動感あふれる人形の舞いが、舞台の上を縦横無尽に廻った。
「あいかわらず、すごいねー…………ううん、もっと、すごくなってるのかな」
 スタッフが用意してくれた、会場の特設席で舞台を見つめるアムドゥスキアスは、そんなことを思わず呟いていた。
 彼女の人形の舞は芸術だ。一度腕を振るえば、まるで意思ある者がごとく人形が動き出す。彼女たちは衿栖によって命を吹きこまれ、自分たちこそが、衿栖の為に舞おうとしているのだ。
 リーズ、ブリストル、クローリー、エディンバラ。
 人形師・衿栖によって生み出された四体の人形は、それぞれの名前を呼ばれると、ソロの演舞すら、軽やかに、それでいて優雅に踊った。
 彼女のステージを見ていると心が洗われる気分になる。アムドゥスキアスはずっと目を離せず、衿栖の人形の舞いに見惚れていた。
 やがて四体の人形が床に降り立ち、曲も終わりを迎えようとしていた。これで終わってしまうのか……? と、少し残念そうにアムドゥスキアスは思った。
 そのとき――舞台に、四体以外のもう一体の人形が降り立った。
「あれは……アムドゥスキアス?」
「え……?」
 怪訝そうに言ったシャムスの言葉に、思わずアムドゥスキアスは声を漏らした。
 すると、その一体の人形は、衿栖の腕が広がるとともにアムドゥスキアスのもとにジャンプしてきた。ぴょこん、と、人形は彼の目の前に着地する。
「どうぞ見てあげて下さい。その子も貴方の手に取って貰えることを望んでいます」
 衿栖が言った。
「私は貴方の様に魂を加工することは出来ません。私に出来ることは魂を込めること。…………私の心を込めて、貴方を想って作った人形です」
「ボクを……?」
 アムドゥスキアスはそっと、優しく人形を両手で支えた。
「良かったら貰ってください。その子も貴方のところに居たいと言っています」
 衿栖は笑った。
 それはこの舞台上で、このステージで彼女が見せたパフォーマンスの中で、どれよりも美しい笑みだった。
 そんな最高の笑顔とともに――。
 すっと膝をついた衿栖と四体の人形は恭しく跪き、彼女のパフォーマンスは終わりを迎えた。


(これは……ザナドゥで本格的に落語家デビューするチャンス!)
 と、なんとも牡丹餅的な展開を期待して、胸を躍らせていたのは若松未散だった。
(勝ったら専用の劇場の創立と……専用のスタッフと……あ、あと、アムドゥスキアスにスポンサー契約を持ちかけてやる! ふふふふ〜、楽しみだな〜)
 まだ交渉してもいないというのに、彼女の中ではすでに決定済みのようだ。
「未散さーん、出番ですー」
「おっけー、いま行くよ」
 ステージの袖で控えていた彼女は、スタッフに呼ばれて気合を入れた。
 バシッと両手で頬を叩き、この日の為に用意した噺を思い出す。
 題名は『魂の宿る彫像』――これまでいくつかの舞台を回って訓練してきた成果を、この噺に凝縮するつもりだった。
(……よし!)
 落語家・若松未散の出番を、会場は拍手で出迎えた。


「あ…………ねえねえ、ハルさん」
 会場警備のために、霧隠れの衣を纏って姿を消しながら見回りをしていた茅野瀬朱里が、同じく警備に回っていたハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)を呼んだ。
「はい、なんでございますか?」
 すると、銃型HCの通信機能がハルの返答をキャッチする。
 彼もまた霧隠れの衣を纏っているため、会場の人々の目には見えていなかった。
「なんだか、未散さんの舞台が始まるみたいよ?」
「お、本当でございますか? それはぜひともこの目に焼き付けなくては」
 ハルは野外ステージの上に視線を送った。
 今日、この日の為に、街でネタ集めをし、公演を重ね、ザナドゥ用の創作落語を作った未散の姿を彼はずっと見てきた。その成果がいま、試されるのだ。
 出来ることなら、アムドゥスキアスにもしかとその目で見てもらいたい。きょろきょろとあたりを見回して、ハルはアムドゥスキアスの姿を探した。
(お……?)
 ようやく見つけて、ぴたっと彼の視線が止まる。
 アムドゥスキアスとシャムス、それに幾人かの護衛の契約者や魔族が、会場を見回せる特等席にいた。
 あそこならば、きっと未散の落語もよく見え、聞こえることだろう。
 うんうんと、ハルは頷いた。
「ステージは順調みたいね。私たちも、やれることをしましょう」
「そうでございますな。……瑞樹さん、なにか不審なところはありませんか?」
 ハルは気を入れ替えて、もう一人の警備担当へと声をかけた。しばしノイズの間が空いたが、すぐに銃型HCから返答が返ってきた。
「はいはい、こちら瑞樹ですー。うーん……私が見てる限りでは、怪しい人はいないですよ」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)は空にいた。
 機械翼ブレイジング・スターの翼を広げ、空から会場を監視しているのだ。もちろん、怪しまれては元も子もないため、迷彩塗装で隠れながら監視している。霧隠れの衣ほどの効果はないが、一般の観客が空をじっと見つめることもそうそうないだろう。十分に隠れて監視することが出来ていた。
「何か見つけたらすぐにご連絡します」
「お願いしまする。せっかくのライブですから、無事に終わらせたいでございますし」
「それは私ももちろんです。では、警備を続行しますー」
 瑞樹がそう言うと、ハルの通信はプツっと切れた。
 その通信は朱里も聞いていたようで、彼女はとりあえず今は安全であることに安堵の表情を浮かべているところだった。
「本当に……無事に終わってくれるといいわよね」
「……そうでございますなー」
 口には出さなかったが、彼女たちはお互いに、どこか不穏な気配が隠れていることに気づいていた。
 と、意識が警備に傾いていたとき、観客がどっと笑いで沸く。どうやら未散の落語が落とし所を突いたようだ。彼女の落語を見やって、ハルは思った。
 何事もなく事が運べば良いが……。
 いまはそれをただ、静かに祈るばかりだった。


 ある芸術家が自分の作った彫像に恋をしてしまう。
 彼は毎日彫像への愛を囁き続ける。それは滑稽で、しかし真摯な思いだった。
 やがて、彫像は人間へと姿を変える。芸術家の愛が、彫像を人間へと変えてくれたのだった。
 未散の創作落語『魂の宿る彫像』は――そんな噺だった。
 面白く、おかしく、それでいて涙を誘う。
 会場の観客は一斉に笑い、しかし目には涙を浮かべて、腹を抱えていた。
 ふと――未散は特等席にいるアムドゥスキアスに判別できぬ程度の視線をやった。
(笑ってる……)
 アムドゥスキアスもまた、会場の客と同じように嬉しそうに涙目になって笑っていた。
 芸術の根底にあるのは作品への愛。愛するほどに、作品はそれに答えてくれて、彫像までもが生身の人間になってしまう。自分の魂をかけないと、作品は答えてくれない。
 彼に伝わっただろうか……?
 噺は噺。それがどう伝わるかは噺手と、聞き手による。どう受け止めようともこれは、落語であって……未散はそれを笑ってくれさえすれば本望だった。
 落語家・若松未散の大舞台は、そうして幕を閉じた。


 アイドルデュオ『Sailing』。
 神崎輝。そしてシエル・セアーズの二人によるユニットだ。
 846プロライブと言えば、彼女たち――と、いうように銘を打ったアイドルユニットは、ついに野外ステージの舞台にその姿を現した。
「みんなー!! ノッてるー!?」
 輝がそう言うと、観客は熱狂的な掛け声を発した。これまでのパフォーマンスやライブで温まった熱気が、輝の一言で、一瞬のうちに爆発したのだ。
 ちなみに、今回の彼女たちの衣装はひときわ気合が入っている。パートナーの神崎 瑠奈(かんざき・るな)が作ってくれた衣装だが、これがまた水色を基調としたセーラー服ベースの服で、男心も女心もがっちと掴んでいた。
「ボクたちの歌、聴いてください! いい? シエル」
「うん、任せといて!」
 二人は自分の担当する楽器を構えた。
 イントロが流れ――二人の歌声が紡ぐ。その曲名は、『Treasure−宝物−』。

 楽しかったこと 嬉しかったこと 感動したこと
 悲しかったこと 苦しかったこと 恥ずかしかったこと

 数え切れないほどの 思い出があるけど
 どれもみんな 最高のTreasure

 だからこれからも 沢山思い出を作って
 沢山のTreasureを 見つけよう

 二人の澄んだ歌声は、マイクを通じて会場の隅にまで響き渡った。
 明るく、楽しく、元気よく……。キーボードを叩く輝と、ベースを弾くシエル。
 二人の振りあげた腕に合わせて、観客が同じく腕を振りあげ、曲のサビに入ると、あまりにも熱狂的なファンが会場に乗り出そうとしてきた(無論、姿の見えない朱里に殴られていたが)。
 そんなアイドルたちのビッグライブ。
 二人の歌声は、何処までもどこまでも伸びて、アムトーシス中に届いていた。