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リアクション
潜入 奉行所 1
「ったく、タチが悪いよな。奈落人を憑依させるなんて」
闇の中でハヤテがつぶやいた。
「何が目的かしらねえが、竜胆まで巻き込みやがって、全員ぶっ殺してやる」
「しっ」
大岡 永谷(おおおか・とと)が、ハヤテを諌める。
「声をたてるなよ。どこに役人が潜んでいるのか、分からないんだぜ」
ここは、奉行所の塀の内。一同はいままさに奉行所に忍び込んだところである。
しかし、ハヤテは答えた。
「へぼ役人なんか、このハヤテ様が蹴散らしてやるさ」
その言葉に永谷はやれやれと肩をすくめた。
それから、一同は闇の中を獄舎に向かって歩きはじめた。そこに、竜胆が入れられているはずだ。獄舎はここからは大体5分ほどの距離にある。横長の建物である。
やがて張番所が見えてきた。明かりが灯り、障子に牢役人の影が映っているのが見える。
テンサ・トランブル(てんさ・とらんぶる)がそれを見て、一人でクスクス笑いだした。
「何がおかしいのでございます?」
千石 皐月(せんごく・さつき)が小声で尋ねた。すると、テンサはぼそぼそと答えた。
「いや。ここで通報というか、牢番に叫んで知らせたら絶対絶命? とかいって」
「何を言ってるんございますか!」
皐月は小声で叫ぶ(?)と、テンサの首を思い切り締めた。
「おい! 静かにしろ。早く行くぞ」
ハヤテが振り返って手招きする。
張番所を過ぎ、しばらく歩くと獄舎の入り口が見えて来た。あの建物の中に、竜胆の入れられている女性牢があるはずだ。
しかし、獄舎の入り口には二人の番人が立っているのが見える。
「あいつらをなんとかしないと、入れないな」
永谷は眉をひそめてつぶやいた。
すると、
「俺にまかせろ」
と、叫んでハヤテが走り出していった。
「ちょ……ハヤテさん。よせよ!」
永谷は慌ててハヤテの後を追いかけていく。
「目的は、竜胆さんの救出であって敵の殲滅じゃないぜ」
しかし、永谷の静止も聞かずに、ハヤテは番人達に襲いかかっていった。
「な……なんだ貴様は!」
うろたえる番人達。しかし、ハヤテはものも言わずに、片方の男に蹴りをかましながら、もう片方の男のみぞおちに頭突きを入れた。この間、わずか数秒。番人二人がうめき声を上げて同時に気を失う。
「どんなもんだ?」
得意げにポーズを決めるハヤテ。しかし、その時思わぬ伏兵が現れた。
第三の番人だ。どうやら、獄舎内にいたのが、物音を聞いて駆けつけて来たらしい。男は、この惨状を見ると全てを察したかのように無言で刀を振り上げた。
ハヤテの背中に刃が迫る……!
「危ない!」
永谷はとっさにハヤテと番人の間に入ると、ヴァーチャースピアで番人の刃を受けた。
驚き、二人を見上げるハヤテ。そのハヤテに向かって永谷は叫んだ。
「さあ、ハヤテさん。今のうちに……」
「おう!」
ハヤテは答えると、神速で役人の背後に回り、刀を抜いて峰打ちを喰らわせた。役人が泡を吹いて倒れる。
「おかげで助かったぜ」
ハヤテは汗を拭って永谷に礼を言った。永谷は苦笑いして答える。
「ったく。ハヤテさんは血の気が多いな。戦場ではどこに危険があるのかわからないんだから、一呼吸してから行動した方がいいぜ」
それから、永谷は「はい!」と言ってハヤテにお守りを手渡した。
「なんだ? これ?」
「禁猟区のお守りさ」
「お守り? 俺に?」
「ああ。頭に血が上りそうになったら、それを一度見てほしい」
「……ありがとう」
ハヤテは意外と素直に受け取ると、それを懐に入れた。
それから、ハヤテは獄舎内に眠り玉を投げ込んだ。投げ込まれた玉から眠り薬を含んだ煙が立ちこめ、牢番も、囚人達も眠ってしまう。全員が眠ってしまったころあいを見計らって、一同は獄舎内に忍び込んでいった。
獄舎内は冷え冷えとした雰囲気だ。おまけに皆眠っているせいでしんと静まり返っている。一同は、忍び足で歩きながら、各牢を覗いて竜胆の姿を探し回った。しかし、いくら探しても竜胆の姿は見当たらない。皆の顔に焦りが見えて来た。
「もしかして、敵側に回った……とか?」
テンサがぼそっと言う。
「何を言っているんでございますか!」
皐月が答える。
「というか……もしかして竜胆が牢内で死んじゃってたりしたら……跡継ぎ問題はどうなるんだろう」
「不吉な事を言うんじゃございません!」
「でも、これだけ探しても……見つからないということは……あ……?」
「どうしたんでございますか?」
尋ねる皐月にテンサは答えた。
「向こうから……役人の集団が」
「え?」
皐月の顔に緊張が走る。しかし、次の瞬間テンサは言った。
「来たりしたら……きっと、終わりだろうなあ……ふふふ」
ついに、皐月がキレた。テンサを羽交い締めにしながら言う。
「いい加減になさらないと、ぶっ殺すでございますわよ!」
「うわ……やめろ……よ」
テンサがぼそぼそと言う。
「おい。お前ら……いい加減にしろよ」
ハヤテがあきれて二人を見る。
「は…っ!」
その言葉に正気になる皐月。ひたすら頭を下げて謝る。
「ああああ。すみません、すみません。この人いつも変でほんとうにすみません」
「にしても、どうして竜胆は見つからないんだ?」
首を傾げるハヤテ。その時、
「ちょっと、あんた達」
牢の中から女が話しかけて来た。
「静かにしておくれよ。眠れないじゃないか」
ハヤテは驚いて女を見た。
「お前、眠り玉が聞かなかったのか?」
「あたいは、不眠症なんだ」
「不眠症? よっぽどひどいんだろうな。いや、そんなことよりも、お前に聞きたい事がある」
「なんだよ」
「つい先日、ここに女が連れてこられなかったか? 年の頃15、6の青みがかった黒髪の奇麗な女だ」
「ああ。連れてこられたよ。ものすごく美人だったから、よく覚えている。あんた達、知り合いかい?」
「そうだ。その女はどこにいるんだ?」
「すぐにここから出されて、どこかに連れて行かれたよ。何でもとてつもなく恐ろし女だからって」
「どこに、連れて行かれたんだ?」
「さあ。そこまでは、あたいたち囚人は知らないね。聞きたければ、役人に聞きなよ」
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