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【三 聖石に連なる道】

 シャンバラ大荒野には、数多くの遺跡がそこかしこに眠っている。
 バンホーン調査団が足を運んだ旧キマク管掌モルガディノ書庫もそれら遺跡のうちのひとつだが、ピラーやクロスアメジストに関する文献が所蔵されている遺跡は、実は他にもあった。
 突き止めたのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)のふたりである。
 彼女達はシャンバラ大荒野で発見された数々の古代遺跡関連の文書を漁り、その中からクロスアメジストに繋がりそうな情報を抽出した上で、新たにヴェンフェリア寺院跡と呼ばれる遺跡の地下書庫に、まだ未発掘の古代文書が大量に残されている事実を突き止めた。
 このヴェンフェリア寺院跡の地下書庫に、800年前のピラー発生と、その際に回収されたクロスアメジストに関して記された調査記録が眠っている、というのである。
「こりゃまた、遺跡と呼ぶに相応しいぐらい、見事に寂れた寺院跡だわねぇ」
 砂埃にまみれ、建築物の大半の表面部分が長い年月、風にさらされて随分と削り取られてしまっている。ここがかつての寺院跡であることを知らなければ、ただの石造りの貧相な遺跡、という程度の認識しか持たれないような有様であった。
「でも、こういうところだからこそ見向きもされず、クロスアメジストに関する情報が眠ったままになっていたとも考えられますね」
 同じく、クロスアメジストの行方を文献調査から追っていた火村 加夜(ひむら・かや)が、ふたりに同行してヴェンフェリア寺院跡を訪れていた。実のところ、加夜には旧キマク管掌モルガディノ書庫の情報が先に入ってきたのだが、バンホーン調査団が既に向かっていることに加え、たまたま文献調査で顔を合わせたセレンフィリティ達がヴェンフェリア寺院跡に向かうというので、そのまま一緒についてきた、というのが真相であった。
 尤も、セレンフィリティとセレアナだけでは余りに人手が少な過ぎる為、加夜の参加は渡りに舟でもあったのだが。
 ともあれ、三人は早速、地下書庫へと向かった。幸い、妙な野盗団や古代の魔物などが棲みついている様子は無く、大きなトラブルにも遭遇せずに、真っ直ぐ地下書庫に辿り着くことが出来た。

 ヴェンフェリア寺院跡の地下書庫の荒れようは、相当なものであった。
 書架がそこかしこで倒れ、床は砂埃が堆く積もり、場所によっては壁や床が崩れてどうにも手のつけようが無いところもあった。
 それでも三人は何とか開けている空間を整理し、片っ端から大量の蔵書を掻き集めてきて、分担して各文献の精査に入った。
 それにしても、相変わらずセレンフィリティとセレアナの水着姿は場の雰囲気と、見事な程にマッチしていない。
 ふたりにとってはこれが正装みたいなものであったが、ランタンの光の中で、白い柔肌を惜しげもなくさらしながら古代の文献にじっと見入っている姿は、一種異様なものがあった。
 勿論、ふたりと付き合いの浅い者であれば面食らうところだろうが、幸いにして加夜は、このふたりとはよく顔を合わせる間柄であり、彼女達の水着姿も、もうすっかり見慣れた光景と化していた。
 だが、方向性がずれているのは、外観だけには留まらないらしい。
「ねぇセレアナ、これ見てよ、これ!」
 セレンフィリティが何かを見つけたらしく、嬉しそうな声を弾ませながら、自身が手にしている文書の、とある項を指差してセレアナに示す。
「……?」
 何事かと、セレアナのみならず、加夜も上体を乗り出して覗き込んでみる。
 だが、そこに書かれてあるのはクロスアメジストとはまるで無関係の内容であった。
「ほらほら、これメガディエーターじゃない!? あの化け物鮫、こんなところにも顔出してたのかしら!」
「……あのね、セレン」
 ここからセレアナが、セレンフィリティに対して懇々と説教を始める。
 ふたりの漫才のようなやりとりに、加夜は引きつった笑みを浮かべながらも、自身に割り振られた文献の精査作業に戻った。
 それから、セレアナの説教は程無くして終わり、セレンフィリティともども文献調査に戻ってから、結構な時間が経過した。
 もう何十冊という数の書物に目を通し続けてきた為、流石に目が疲れてきた加夜だったが、不意に項を繰る手が止まった。
「どうしたの?」
 セレンフィリティが怪訝な表情で呼びかけると、加夜は幾分緊張した面持ちで、手にしていた書物を広げたまま、ランタンの光でよく見える位置に押し開き、問題の箇所を指差した。
「……ナラカ・ピット?」
 セレアナが、眉間に皺を寄せて覗き込む。
 加夜が指し示す文書のその項には、次のように書かれていた。
 即ち、亡者の怨念は数百年単位でパラミタ上に充満し、それらが凝縮してシャンバラ大荒野を彷徨う。この怨念の束は、猛烈な力を浴びてナラカへの垂直経路『ナラカ・ピット』を通り、深遠の闇に堕ちる、というものであった。
 しかし、ひと知れず形成されたナラカ・ピットだけでは、怨念を引き込むことは出来ない。その怨念を導く道標が必要である。その道標が、クロスアメジストである、というのだ。
「クロスアメジスト……矢張り、実在するようですね。そして今回のピラー出現には、そのクロスアメジストが大いに関係していると見て、間違い無いでしょう」
 加夜が、自分自身の考えを整理するように、低い声音で自らの推論を述べる。セレンフィリティとセレアナには、その推論に肯定も否定も出来ない。意見するには、情報があまりにも少な過ぎるからだ。
 だがここで、新たな疑問が三人の間に湧き起こった。
 ナラカ・ピットとは、一体どのようなものなのか?
 更にこの地下書庫で文献を調べ続けてみたものの、それ以上の情報は出てこなかった。

     * * *

 領都バスカネアの商店街。
 ひと通りは決して多い方ではないが、かといって全く賑わっていないという訳でもない。つまり、聞き込みには丁度良い条件であるといって良いだろう。
 四条 輪廻(しじょう・りんね)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)、そして冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)の四人は、カニンガム・リガンティが行方不明になる以前に親交のあった人物が居ないか、或いは家族の有無などについて、朝から手分けして聞き込み調査を続けていた。
 バスカネアにポイントを絞ったのは、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)の調査によって、カニンガムの住所がこのバスカネアに登録されていたという情報がもたらされたからである。
 勿論、ザカコとヘルも、輪廻達の聞き込み班に加わって、カニンガムに関する情報を足で稼ぐという地道な作業に尽力していた。
「いやしかし……探れば探る程、色々分かってくるものであるなぁ」
 商店街の外れのカフェにて、他の面々と一緒に昼休憩へと雪崩れ込んでいた輪廻が、椅子の背もたれに上体を預けながら、手にしたメモ帳を幾分感心した様子で眺める。
 隣の椅子からからザカコが、供された熱いお茶をすすりつつ、上半身を僅かに傾けて輪廻のメモ帳を覗き込んで曰く。
「それにしても、カニンガム氏のパトロンがここの領主殿だったというのは、驚きでしたね。カニンガム氏自身も相当な財力を持っていたとのことですが、冒険家として活動するにはそれなりの資金が要るでしょうし、矢張り領主クラスのバックアップが無ければ、あれだけ飛び回るのは不可能、ということでしょうか」
 だがその一方で、領主ヴィーゴ・バスケスに関しては、あまり良い噂は聞こえてこない。
 どの領民も、ヴィーゴについて水を向けると、むっつりとした表情を見せて、途端に口が重たくなるという光景が非常に多かったのだ。
 単純に領民達から嫌われているのか、それともヴィーゴについては、迂闊に喋ってはならない何らかの理由があるのか。
 いずれにしても、領主に関する情報を仕入れるのは、この街は最適ではなさそうであった。
 だが、そうとばかりもいっていられない事情が、六人の頭上に重たく圧し掛かってくる。実はカニンガムと親交があったという人物が、バスケス家の私邸内、即ちカルヴィン城内に住居を構えているという情報が、歩の聞き込み調査の結果、判明していたのである。
「そのひとの名前なんだけど……ゾーデさん、っていうみたい。正確には、フェルヴィル・ゾーデさん」
「でもね、ここの領主さん、すっごく気難しいって話だから、なかなか会えないんじゃないかなー? って、さっき八百屋のおじさんがいってた」
 歩の情報に、巡が補足を付け加える。
 どうやら、一筋縄ではいかない状況らしい。
「何なら、この俺が忍び込んでみようか? そのゾーデとかいう輩の居場所ぐらいは、特定出来るかもよ」
「いや、何もそこまでする必要は……」
 ヘルの提案に、輪廻が苦笑を漏らしながら小さくかぶりを振る。実際、輪廻としてはゾーデよりも、更に気になる存在があった。
「それより、いささか眉唾な話ではあるんだが……カニンガム氏には、娘さんが居た、ようなのだ」
 輪廻の台詞は、どうにも歯切れが悪い。それもその筈で、ザカコが調べてきた情報によると、カニンガムは天涯孤独の身であり、家族はひとりも居ない、ということになっているからだ。
 しかし、カニンガムには確かに娘が居たらしい。それも聞くところによると、盲目の幼女である、という話ではないか。
 この情報に最初に食いついたのは、日奈々だった。
 自分と同じく盲目であり、且つ幼い少女だということで、余程親近感を覚えたのか、さんざん聞き込みに聞き込みを重ねて、その盲目の幼女の名がミリエルだということまで突き止めるに至っていた。
「でも、折角、ミリエルちゃんのことが分かっても……居場所が、分からないんじゃ……」
 そういって落胆しかかった日奈々だが、そのミリエルの情報もゾーデに会えば、何か分かるかも知れない、という希望が僅かながらに残されている。
 それだけに、何とかしてカルヴィン城内に潜り込みたいという思いが、六人の胸中に少なからず湧き起こっていたのも事実であった。
 本当に、どうにかならないものか――六人の誰もが思案顔でそれぞれの視線を宙に漂わせる。
 が、その直後、不意に歩が何かを見つけ、あっと驚いた様子でその方向に目線を据えた。日奈々を除く残りの四人が、何事かと歩の目線を追いかけてみると、カフェの店内支柱に、一枚の広告が貼り出されていた。
「ねぇ……これって」
 思わず歩が椅子から腰を浮かしかけた。
 その広告には、六人が困り果てていた『ゾーデへの接触手段』を一気に解決する方法が、克明に記されていたのである。
 歩に代わって巡が、広告上に踊る文字を丁寧に読み上げてゆく。
「緊急募集……このたびバスケス家では、ツァンダ使節団をお迎えするにあたり、臨時応対スタッフを募集します……こ、これって、もしかして!」
 巡の面に、ぱっと明るい色が咲いた。日奈々が、驚きと喜びがない交ぜになった表情で、巡の声にはっと振り向く。
「どうやら、忍び込む必要は無さそうですね……クロスアメジストについて調べている、他の方達にも連絡しておきましょう」
 ザカコの提案に、輪廻と歩が素早く反応して、HCを通じて他のコントラクターに情報を送る。その一方で、ヘルがいささか残念そうに、トレードマークであるカウボーイハットの鍔先を軽くつまんで、目許を隠すように引き下げた。
「俺の出番は無しか……ま、危ない橋を渡らずに済んだと思えば良いか」
 この直後、六人はすぐに行動を起こすべく、昼食を手早く済ませてカフェを飛び出していった。