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第二章 倉庫の中の戦争 2

(な……なんですかあれは!?)
 突然工場に乱入してきた謎の戦闘員。
 その覆面のせいもあって、その正体などわかるはずもない。
 ただ、リリィたちにも本能的に感じ取れることが一つだけあった。
(あの三人だけならともかく……あの覆面男は明らかに危険ですわね)
 本来、骨模様の全身タイツの戦闘員は一山いくらの雑魚キャラのはずなのだが、皮肉なことに現在工場内部にいる「敵戦力」の中では、彼が明らかに最強の存在である。

 さらにまずいことに、工場側には彼らと防衛ロボットの他に、まだ戦力が備わっていたのである。
(何か……来る!?)
 明らかに異様な足音に、ナカヤノフがその音の聞こえた方を覗き込む。
 そこにいたのは、少女型ではないが人型をした別の機晶姫――ルレーブだった。
 見た目からして完全にロボットなルレーブは、なぜか「工場の警備の方のバイト」に雇われてしまっていたのである。
 ちなみに、ルレーブだけがなぜかジョージアの無理難題をスルーできているのは、ルレーブがあくまでロボット扱いだからであった。

 ともあれ。
 いきなり出鼻をくじかれたあげく、戦える人数、実力、ともに明らかに不利。
 リリィたちはこっそり再び集合すると、やむなく「取れるものだけ取って撤退」の決断を下した。
「とりあえず、お二人は先に外へお逃げなさい。この状況であれば、おそらく相手も深追いはしてこないでしょうから」
 リリィの言葉に、マリィが頷く。
「わかった。ほら、チーシャ行くぞ」
「う、うん……でも、リリィ大丈夫?」
 心配そうなナカヤノフに、リリィは安心させるように微笑んだ。
「わたくしなら大丈夫。意識さえしっかり持てば、ヒールで傷を治すことはたやすい事ですわ」

 そして。
 合図に合わせて、三人が同時に飛び出す。
 ナカヤノフはまっすぐに高速飛行で外を目指し、マリィは隠れ身で敵の視界から消える。
 そしてリリィは、わざと敵の注意を引きつける方向へ飛び出した。

「そこですねっ!」
 真っ先に向かってくるアルテミスをうまくいなし、彼女の近くに留まることでヘスティアやルレーブのミサイルによる攻撃を牽制する。
「はわわっ、そこにいられたら撃てません〜」
 ハデス本人はあまり動く気配はないので、残るは一人。
 そう思った瞬間には、あの戦闘員がすでに間近に迫っていた。
「イー!!」
 奇声を上げつつ襲い来る戦闘員。
 その攻撃の鋭さはリリィの想像すらも超え。
(避けきれないとしても、少しでも浅く……!)
 ダメで元々でリリィが飛び退こうとした、ちょうどその時。

 突然、戦闘員の攻撃が止まった。

(…………?)
 リリィには知る由もなかったことだが、もともとこの戦闘員――エヴァルトは女性には優しい性格である。
 これだけ暴走しておいて自制心がどうこうなどとはとても言えないが、それでも自分から攻撃をしかけてこようとしない女性に対して、少なくとも最初の一太刀は止めるくらいの分別が彼にも残っていたのである。

 ともあれ、これだけ敵を引きつけられればもう十分だろう。
 リリィは軽身功を使って鮮やかに彼らをかわし、そのまま真っ正面から脱出していった。

「フハハハ! この悪の秘密結社オリュンポスが守る限り、正義の者どもの好きにはさせんのだ!」
「イー!!」
 高笑いをあげるて勝ち誇るハデスに続いて、おなじみの声を上げる戦闘員。
 そんな彼を少し見つめて、ハデスはふと首を傾げたのだった。
(しかし……こんなやつ、さっきまでいたか?)





 ところで、ハデスの勘違いは実はもう一つあった。
「ジョージアのアジト(倉庫)から正義の味方(契約者)が財宝(衣服)を持ち出している」と誤解していた彼らには、「ジョージアの指定する服を着た契約者は攻撃対象ではない」という部分が全く伝わっていなかったのである。

 かくして、その後ほどなくしてその食い違いが浮き彫りとなり。
 ジョージアにしても、言うことを聞いている契約者まで撃退されてしまい、倉庫そのものが完全に機能不全に陥っていると思われてはたまらないので、即座に暴走する彼らの側を「攻撃対象」と見なして切り捨てることにした。
 別に薄情なのではない。ただ単に合理的なのである。

「は、ハデス様っ!」
 無数の警備ロボットと、ルレーブに囲まれるオリュンポス一行。
「むむむ……ジョージアよ! 征服を志すものは二人もいらんと、そういうことかっ!!」
 最後まで勘違いしたまま、彼らは敗走することになった……のだが。

 アルテミスを先頭に、警備ロボットを打ち払いながら出口を目指す一行の前に、おぞましき化け物が立ちふさがった。
 赤と黒のライダースーツに、赤いゴーグルのついた黒いヘルメットの人物。
 しかしその本体はそちらではなく、どう考えても背中に張りついている巨大な毛虫の方であろう。

「今のうちに我らを亡き者にしておこうという魂胆か……だがさせん! ヘスティアっ!」
「は、はいっ、ハデス博士っ! ターゲット、ロックオン……全ミサイル発射します!」
 ハデスの合図で、ヘスティアが【アルティマ・トゥーレ】で冷凍ミサイルにした、そしてなぜか着ぐるみの影響で弾頭がニンジン型になったミサイル計十八発を一斉に発射する。
 避ける間もなく、化け物は氷漬けになった。

「フハハハ! ジョージア、いつかこの借りは返すぞ!!」
 そう捨て台詞を残して去って行ったオリュンポス一行であったが、そもそも全てがハデスの勘違いに起因する以上、ジョージアにハデスらを追い払う理由はあっても、抹殺しようとする理由などない。
 では、あの化け物は一体何者だったのか?

 ここで、再び時間はやや遡る。
 ちょうどエヴァルトがあの全身タイツを受け取った直後に、天城 一輝(あまぎ・いっき)もまたとんでもない衣装を着せられていたのである。
 お察しの通り、彼が渡されたのは赤と黒のライダースーツに、赤いゴーグルのついた黒いヘルメットである。
 そして彼にとって不幸だったのは、彼自身が衣装を着替え終わったと思った矢先に、背中に謎のギミックが取り付けられてしまったことであった。
 何のためのものかはさっぱりわからないが、その外見を一言で言うなら「巨大な毛虫」。
 虫嫌いの人間なら目撃しただけで悪夢にうなされること必死、そうでない人間でもおそらく見たら後悔するだろうという、正直誰の得にもならないシロモノである。
 さらに悪いことに、彼自身は「自分の背中がどうなっているか」を、全く知らなかったのである。
 もちろん「何となくかさばる」くらいのことは気にしていたが、その原因までは全く見当もついていなかったのだ。
 そんな彼が、これまた運悪く、たまたまハデスらの退路に居合わせてしまった。
 これだけの不幸と不運が重なるとは、運命はなんと彼に対して残酷なのだろうか!

 ともあれそんなわけで、彼は何が起こっているか全くわからぬまま、いきなり、しかも背後から冷凍ミサイルの嵐を叩き込まれ、あっという間に氷漬けにされたのである。
(オ……オレが一体何をした……!?)
 その嘆きはごもっともではあるが、運命とは時に極めて不条理なものなのである。

 そして、こちらは不運というよりどう考えても彼自身のせいなのだが、戦闘員ことエヴァルトもその頃には我に返っていた。
「し……しまった! 大暴れするのが目的じゃなかったー!!」
 今さらそんな事に気づいたところで、さんざん暴れた後では時すでに遅し、である。
「俺のバイト代がーッ!!」
 そんな彼の叫びが庫内に響き渡ったが、むろん、同情するものなどいないのであった。





 ちなみに、早期にさっさと逃走したと思われたリリィたちであったが、実はマリィだけは防衛側の感知能力の低さをついてこっそり倉庫の陰に隠れており、その後の大規模戦闘のどさくさに高そうな服をたっぷり持って帰ってきていた。
 このことは、大騒ぎ続きだったこともあって当人たち以外にはあまり気づかれていない。