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リアクション
■■ おいしいものは賑やかに ■■
厨房では休む間もなく料理が作られているが、それも時折追いつかなくなるほどにお披露目会にやってくる生徒は多い。
緑ヶ丘キャンパスの生徒は勿論、他のキャンパスに通う蒼空学園生、各学校からの生徒までも、興味を持ったり誰かに誘われたりしてやってくる。
「こうしてはいられませんわ」
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は光る菜箸を投げた。
カッ、と音を立てて刺さった菜箸に他の生徒が驚くところに悠々とやってきて、皿一杯に料理を取る。
「全ての料理、わたくしがジャッジしてさしあげましょう。食のプロデュースなら、このわたくしに敵う蒼空学園生はいませんわ」
「雪さん、ジャッジは構わんが1つの料理をそんなに盛って、全部を味見できるでござるか?」
雪を追いかけてやってきた坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が指摘する通り、雪が皿に盛っているのは1品だけで普通に学食で出る1人前はある。
「味だけで料理は成り立ちませんのよ? 分量や盛りをあわせてこそ料理。規定量全て食さなければ、真の料理の優劣は判らないことですわよ」
すべての料理を1人前ずつすべて食べ尽くそうと、雪は鹿次郎たちを待たずにさっさと自分だけ食べ始める。
「この野菜炒め、少しお肉が少なくはありませんこと? あら、このドラゴンカレーというのはいけますわね。おかわりをいただこうかしら」
「……しかしドラゴンカレーの材料に、ティフォン学長の代謝物と書かれておるのは気になるでござるな……」
「何を言うんですの。食に偏見があってはいけませんわよ。食はまず、すべてを食べ尽くすことから始まるのですわ!」
兎に角何でも食べてゆく雪の横で、岡田 以蔵(おかだ・いぞう)は料理を運んできたオタケを捕まえて、学食に対する要望を出す。
「前々から思っちょったがじゃ。酒が無いんはおかしいちや」
「ここの学食は飲酒禁止になってるんだよ。未成年の子が多いし、成人してたとしたって生徒が酔っぱらって授業に出たら大変だからね」
オタケが言っても、以蔵はきかず、試飲大会をやろうと自分で持ち込んできた酒を出そうとする。
そもそも、学生は酒を飲まないだとか、未成年の飲酒が禁止されているとかの現代常識が、以蔵の頭の中には全くない。だからオタケ相手に、いかに酒が必要かということを勢いと嘘混じりで訴える。
「覚えちょきや。地球じゃあ酒が出ん場所は無い!」
「そんなことはありません」
答えたのはオタケではなく白鞘琴子だった。
「ここは飲酒禁止の場。どうしても飲みたいのなら、飲酒が許されている場所へとお帰り下さいませ」
雪は注意されている以蔵をちらっと見、自分まで巻き添えになってはたまらないと、他人のふりして皿に集中する。
「以蔵の酒はともかくとして、拙者にも要求したいことがあるでござる」
鹿次郎は酒よりもっと大事なものがあると、以蔵の前に出る。
「ここでは新しくなる食堂への要求を募っていると聞いたでござる。だから拙者は要求する! 食堂に巫女さんを配置すること! どんな料理でも巫女さんがよそってくれればご馳走でござるよ」
「あの……」
「おお、すばらしいことに気づいたでござるよ! 白鞘先生が巫女装束を着て拙者にサービスしてくれれば、万事解決大感激売り上げ超倍増確定でござる!」
断られた時の為に、学食を和風デザインにし、屋外に和傘で食事スペースを作る案も次善の策として考えていた鹿次郎だったけれど。
「あの、確かに数ヶ月前は新しい学食案を募っていましたが、それで新しくなったのがこの学食なのですわ」
「な、なんと……拙者の巫女さんが……」
目の前が真っ暗になる思いの鹿次郎だったが、その目の前を……巫女装束の神威 由乃羽(かむい・ゆのは)がよぎった。
「巫女さんでござるか!」
目を輝かせて駆け寄った鹿次郎に、由乃羽はそうよと答えて肩に掛けていた賽銭箱を差し出した。
「さあ、この素敵な賽銭箱に御奉納を……」
「拙者、巫女さんの為なら喜んで奉納でもなんでもするでござるよ!」
迷い無く財布を出した鹿次郎がさい銭を入れると、由乃羽は神のご加護がありますようにと呟き、もう用は済んだとばかりに料理を取りにいった。
「どれもこれも美味しそうだし、無料なら遠慮なく頂きましょう」
黙々と食べていると、背後から良く知った声がかけられた。
「なんだ、由乃羽も来てたのか」
料理を取り分けた皿を盛った如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が、どうしてと言わんばかりの顔をしているので由乃羽は答える。
「食費を浮かすためよ」
「……苦学生なんだな、意外と」
「お賽銭だけで食べていけるほど甘くないのよ」
佑也が哀れみのまなざしを向けてくるので、由乃羽は腹立ちまぎれにばくばくと料理を口にした。
「とり丼、浅漬け、みそ汁の組み合わせってほっと出来るよね。あ、このコロッケの中、クリームチーズが入ってる。こういう組み合わせもあるのか…」
佑也は喫茶とまり木のメニューの参考にも出来ればと、じっくり味わいながら料理を食べる。どれも美味しいから、気づくと分析よりも食べる方に夢中になってしまいがちだ。
「カブの天ぷらってしたことなかったけど、甘いんだね……」
話しかけながら眺めれば、由乃羽は手当たり次第に料理を食いだめているようにしか見えない。
「それ、美味しい?」
尋ねてみると、どれも美味しいという返事がかえってくる。
「……もしかして適当に答えてないか?」
「適当になんか答えてないわよ。本当にどれも美味しいわ。毎日でも食べに来たくなるけど、そんなお金もないし……今のうちに目一杯味わっておこうとしてるだけよ」
「ちなみに、由乃羽の一番好きな食べ物って何?」
「好きなもの? どぶろ、じゃなくてお団子」
答えかけて言い直した由乃羽に、おい、と佑也はつっこみを入れる。
「今とんでもないこと口走ろうとしなかったか」
「頂いてないわよ、神事用のお酒なんて」
「おまわりさーんこの人です」
「だから、頂いてないと言っているでしょう」
そんな会話をしながら食べた料理は、どれも美味しかった。
投票用のアンケートに記入しながら由乃羽は言う。
「色々食べたけど、やっぱりお財布にやさしくて美味しいものが一番よね」
「今日の料理はどれもそれに当てはまるんじゃないか? あんまり料理について偉そうなことは言えないけど、どのメニューもとても美味しかったから、きっとどれを出しても学生には人気でるよ」
みんな幸せそうな笑顔で食べているから、と佑也はお披露目会に来ている生徒たちを見渡した。
と、その佑也に気づいて、樹月 刀真(きづき・とうま)たちがやってくる。
「佑也こんにちは……いや新メニューのネタ探しならここはマスターと言うべきかな?」
「うんそうだね、マスター、由乃羽こんにちは!」
「えっと、じゃあマスターさん、由乃羽さんこんにちは」
刀真にならって、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)も同様に挨拶する。
「こんにちは。刀真たちもメニューのネタ探しに来たのか?」
「ああ。考えることは一緒だな。同席しても良いか?」
「もちろん構わないよ」
佑也に断ってから、刀真は席についた。
「巫女スキーの佑也が巫女さんを連れている……うん、物凄く自然だ」
佑也と由乃羽を見比べながら刀真が言うと、
「全力でチェンジを要求したいところだけどね」
巫女は巫女でも由乃羽だけは違うのだと佑也は首を振った。
「わー、明るくて良い感じだねー。料理もいっぱい! なに食べるー?」
学食のリニューアルでおいしいものが食べられると聞いてやってきたリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、誘ってきた皆を振り返って聞いた。
「黒崎先輩? 今日は食券は買わなくていいんだよ?」
券売機をじっと眺めていた黒崎 天音(くろさき・あまね)は、リンに言われて、いやと首を振った。
「どんなメニューがあるのかと思って見ていただけだよ」
それにしてはメニューの文字でなく券売機を観察していたけれど……ということにはリンは全く気づかず、そうなんだと笑った。
「何が食べられるか楽しみだねっ。っていうか黒崎先輩とかしじょーさんは普段はなに食べてるー? あたしは甘いものがあればそれで!」
「僕はブルーズがいろいろ作ってくれるからね」
天音は新しいメニューに興味を隠そうともしないブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を示した。
四条 輪廻(しじょう・りんね)の方の答えは一言。
「白飯」
「主食じゃなくておかずはー?」
「白飯!」
「しじょーさん…………ほろり」
「本日の目標、白飯だけじゃないメシを食う! 何にするかな……よし、カレーにでもしようか。サツマイモカレーの大盛り。当然らっきょうも大盛りだな」
カレーの良い匂いに誘われて、輪廻はさっそく食べる物を決めた。
「蒼空学園だと和食が多いのかと思ったけど、結構色々な料理がありますね」
関谷 未憂(せきや・みゆう)は並んでいる皿から、料理を取ってゆく。メニューを絞らずに好きなものを少しずつ食べられるビュッフェ形式だと、なんだか得した気分になる。
「ほんとに色々……あ、季節のハーブティがある」
料理を取るまえにメニューを一渡り眺めていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、嬉しそうににこりと笑う。
「どうかしました?」
「えへ、ちょっとねー。あとでハーブティ飲もうかな、って。……あ」
取り皿を手にした歩の動きが止まる。その視線を辿って、未憂もああと頷いた。
「そういえば、円さんとロザリンドさんが天ぷらを揚げると言ってましたね」
厨房で真剣に天ぷらを揚げている2人はこちらには気づいていない。
「2人とも練習したのかな? がんばってるね」
まだちょっと危なっかしく見える2人に、心の中で頑張れと歩はエールを贈る。もし大変そうなら手伝おうと思っていたけれど、この分なら任せておいた方が良さそうだ。
円とロザリンドの頑張りに敬意を表して、歩は取り皿の上に最初に天ぷらを載せた。
皆が料理を取り終え、どこに座ろうかと食堂を見回していると、輪廻が一角を指さした。
「あれ、樹月たちじゃないか?」
「あ、ほんとだー。とーまさんー!」
「おーい、皆こっちこっち」
リンの声に気づいた刀真の手招きに応じて、一同は合流した。
「どうぞ」
白花が増えた分の皆の飲み物を取ってきて配った。、
「いただきます」
食べる前に未憂が手を合わせると、皆それに倣う。
食べ物に、作ってくれた人に、いただきますするのは食事の基本だ。
輪廻は手を合わせた後、背筋を伸ばすと、一糸乱れず、米一粒ムダにしないように、敬意を払ってカレーを口に運ぶ。
「……っ、これは!? パラリと炊きあげた米に丁寧に煮込んだルー、サツマイモの甘味を計算した絶妙な配合のスパイスが絡み合い、そう、それは、さながら味の小宇宙ッッ!」
ドドーンと感動の嵐を背負って、輪廻はじーんとカレーの旨さを噛みしめる。
「ルーのあるカレーがこんなに旨いものだったとは……ッ!」
うどんかラーメンか悩んだブルーズは、結局決められずに両方を前に並べて食べ比べ。
「むぉ……! これは、出汁が違うな。美味い。いくらでもいけそうだ」
麺への愛が感じられる出来にブルーズは感心し、この味を家でも出せないものかとスープを念入りに味わった。
「天ぷらも上手に出来てるね。お店で出てくるようなのとは違うけど、家でお母さんが作ってくれる天ぷらみたいで美味しいなー」
普段料理をしない円がどのくらい頑張ったのかと、歩はちょっといびつに衣がついている天ぷらを見て思う。
「おにぎりが無いのは残念! 和食だから食べられると思ったのになー。そーいえば、とーまさんは和食じゃないんだね。和食が恋しくなってきたのかと思ってたのにー」
「いや、今日は味を盗みに来たんだ」
リンにそう返事をすると、刀真は選んできた肉料理を食べる。
「うん旨い、しっかりとした噛み応えに口の中に広がる肉汁とソースの組み合わせが凄い。学食でこのレベルの料理が出るなら人気出るだろう。ウチの喫茶店でもこのレベルの料理を提供したいところだが……このソースは何だろう」
味わいながら肉を噛みしめ、真剣に味を分析しようとする。
「おうどんは今まで食べる機会がなかったのですけど美味しいです。喫茶店でもこういった麺類を出したいですね〜」
白花はさくらんぼ冷やしうどんのコシに感心しながら食べ、月夜は魚の煮込み料理に舌鼓を打つ。
「うんこっちも美味しい! このスープがしっかりしていてそれが染みこんだ魚の味を引き出してる。白花も食べてみて。はい、あーん」
「えっと……あーん……。こっちも美味しいです」
「だよね。はい、未憂とリン、歩とプリムもあーん」
月夜は次々に皆の口に魚を入れて、ね、と同意を求めた。
「いい味出てますねー」
「へぇお魚も美味しくなるもんだねー」
「ほんと。美味しいね」
「うんおいしい……」
プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)も呟くように言って微笑んだ。
「この肉もレベルが高いんだが……」
言いながら刀真はふと反応を試したくなって、天音の前にフォークに刺した肉を差し出した。
「あーん」
すると天音は何の疑問も差し挟まずに口を開けてそれを食べた。
「確かに学食とは思えない味だね。こちらも食べてみるかい?」
それだけでなく、自分の皿にある肉料理を刀真に「ん」とお返しに食べさせる。
その様子にブルーズは少なからずショックを受けた。
天音があーんと食べさせられることに抵抗がないのは、自分が世話焼きの一環でああして食べさせているからというのも理由のうちにありそうだ。
「刀真ズルイ! 私たちにはしてくれてないのに!」
「ずるいって……月夜も食うか?」
「私もして欲しいです」
「って白花もか!」
口を開けた月夜と白花に肉を入れてやると……刀真の取ってきた肉は丁度無くなった。
(みんなであーんしてる……)
歩がドキドキとその様子を見つめていると、気づいた天音が食べてみるかいと聞いてきた。
「え、えっ、あのー……美味しそうですねっ!」
イケメン王子様のように思っている天音に言われ、歩のドキドキはより激しくなる。
天音はリンと未憂にも聞いて、少しずつ料理を皿に取り分けてやった。
「皆で食べると余計においしいね!」
リンが言うと、白花もにこにこと答える。
「はい、皆で食べるご飯は美味しいです」
「何だ、皆で分け合いっこか? 黒崎、俺のカレーを特別に……」
輪廻の申し出を天音は即座に却下した。
「カレーの食べかけはいらない。それにらっきょうの味もついていそうだし」
「そうか、黒崎はらっきょうが苦手なのかー」
にやり、と輪廻は笑った。
「……どうぞ……」
プリムは取り皿に秋鮭ときのこの生姜炊き込みご飯やジンギスカンを載せてきて、ブルーズの前にそっと差し出した。皆が分け合っこしているのを見て、自分も誰かに何かをあげたいと思ったのだ。
「我の分を持ってきてくれたのか? ありがとう。ふむ、これもなかなか……」
プリムが選んできた料理を興味ありげに食べるブルーズを見ていた未憂は、ふと思いついてアンケートに記入する。
「メニューに食材だけでなく、どういう調理をしているかも添えてあるといいですよね。私にとっては馴染みのメニューも、パラミタの人にとっては初めて見る料理だったり、その逆もあるでしょうから」
「それは良いかも知れないね……ん?」
未憂に答えて自分の皿に目を戻した天音は、そこにどっさりと盛られたらっきょうを発見した。
「はーっはっはっは、食事は皆で分け合った方が楽しいものな、それに好き嫌いはよくないぞくろさ……ッッ!?」
右、左と鼻の穴に飛び込んできた何かに、輪廻の高笑いが止まった。
天音が丸めた紙ナプキンの切れ端を指弾で飛ばして詰めたのだ。
「ふがぉ、っ……ぐふぉっ……」
輪廻が苦しんでいるうちに、天音はらっきょうが触れた部分の料理も共に、輪廻の皿へと涼しい顔でリリースしたのだった。
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