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嘆きの石

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嘆きの石

リアクション

★プロローグ



 古代神殿――。
 と言っても、それがいつからあり、どういう役割を担ってきたのかは様々な説があり、定かではない。
 ただ、今1つだけ定かなのは、ここが世界の中心であり、地獄とさして違わない様相を呈しているということである。
 標高などと単位で表す必要性もないくらいの山――丘かと一見思ってしまうほどのそれは――ほとんどが神殿であったようで、太い樹に石造りの柱がもたれかかるように折れ、崩れた石塊と床石は伸びた木の根に抱かれていた。
 神殿は初夏の爽やかな霧雨に近いモヤがかかっていると言えなくもないが、それは瘴気であり、散策やハイキング、古代建造物調査などでごくごく普通の人間がひょいと敷居を跨いでしまえば、後悔の念を感じたが最後、魔物化してしまう。
 そんな場所で事態の収拾にあたれるのは、やはり契約者なのであるが、それでもその契約者でもこの瘴気は惑わせてしまう。
 現に事態にいち早く先行していたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)も、自分達では――能力的にも人数的にも――この瘴気の中で活動し続けるのは不可能だと感じていた。
 もうすぐだ――。
 もうすぐ仲間だやってくる――。
 嘆きと悲劇を止めるため、その入り口で2人は待ち続けた。

 そんな神殿の入り口と思われし場所――対の兄弟となって未だ立ち続ける折れ朽ちた石柱――で待つ2人に気付かれぬように、シャルロット・ルレーブ(しゃるろっと・るれーぶ)でもある試作型改造機晶姫 ルレーブ(しさくがたかいぞうきしょうき・るれーぶ)が、そっと脇道に逸れ、瘴気と正常な大気の境界線を探るような仕草をさせながら、歩を進めた。
 いち早くマッピングと探索を兼ねての行動――と見ようによっては見えるが、ルレーブは登り下りをニ度三度繰り返した脇道から、丁度木々や石の邪魔にならない――神殿を奥を窺えるような場所で佇んだ。
 その外見からは全くこの場所に溶け込めていないのだが、ふっと息を潜め静観を決め込めば、これまた自然の一部となれる。
 カメレオンのように擬態などする必要はない。
 ふと覚える違和感――暗闇の背後の草むら。そこに何かがいるはずなのに、それが何かよくわからない――程度でさえいれれば、このまま事の成り行きを見ていられるだろう。
 事実、さも乗り気の協力者のようにこの場に着きながらも、アゾートやカールハインツには気付かれなかった。
 気が無ければ、そういうものである。
(私にとって関与は重要ではありません……。ただ見届けること。傍観者として見届け、証言できることが重要なのです……)
 それはどちらのルレーブの言葉なのか――。
 傍観者の視線は、続々と集まる契約者達に移って行った。



 ――神殿内部――



 その男、将来を待ち焦がれていた。
 「この村」で生まれ、「この村」で育ち、受け継いだ麦畑で生活をしていた。
 夕暮れ時に揺れる実りの稲穂は、まさに黄金の海のように壮大で美しく、そして、隣にいた「女」もまた、男にとっては光り輝く存在だった。

 ――ねえ、わたしと一緒になれて、あなたは幸せ?

 村人が続々と瘴気にあてられ魔物化していく中、家の中で男と寄り添うように潜めていた女もまた、男よりも先に瘴気にあてられ、神殿へと姿を消していった。
 その変わり果てようとする中でも、人としての思考、感情を持ち合わせていると知った男は、危険を省みずに追った。
 そして、見つけ――殺し合った。

 ――ねえ、わたし、あなたの子供を授かったの。

 男は知っている。
 何度歓喜に痺れる様に身体と拳を震わせたかわからない。
 男は獣のように伸びた甲骨の爪で、女の腹をかっ裂いた――。
 自分たちと同じ、それでいて小さな小さな結晶が、真っ赤に染まって縮こまっていた。
 男は泣いた。泣いた。泣いた。泣いた。
 男は叫んだ。叫んだ。叫んだ。叫んだ。
 赤く染まった鬼の顔を一筋の涙が落としながら、同じく血に染まった女の手が伸びた。

 ――ねえ、お願い。

 生命の光が薄れるほどに、身体は本来の肌を取り戻していた。
 襲わなければならないという意志と強烈に自我が戦いながら、震える手で、男はそっとその手を握った。
 そのお願いは、きっと、

 ――わたしを殺して。

 男は人とは到底かけ離れた叫び声を上げながら、呪った。
 誰を呪った?
 誰を呪えばいい?
 誰のせいだ?
 誰が招いた?
 全ての元凶は誰だ?
 何故こうなった?
 何故。何故。何故。何故。



 今、この狂気の悲劇を打ち止めにできるのは――契約者達。