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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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 エンジンが、唸りを上げる。フルスロットルにまで叩き込んだギアが、彼の跨る愛車を迫り来る敵の軍団目掛け疾駆させていく。
「はああぁぁっ! 天誅と思え、この野郎どもっ!」
 気合いの声とともに、十田島 つぐむ(とだじま・つぐむ)は引き金を押し込む。戦場を駆けるバイクは装備されたマシンガンを咆哮させ、幻の世界に現れた盗賊の一味を蹴散らし、なぎ払う。
「ぬぅんっ!」
 その速度に、盗賊たちは追いつけない。その武装を、盗賊たちは防ぐ術を持たない。勝っているのは、数だけ。
 怯む敵軍勢を更に、崩しにかかる巨躯ひとつ。
 立ちすくむ盗賊たちの首めがけ振りぬいた両腕の、渾身の豪腕ラリアット。ガラン・ドゥロスト(がらん・どぅろすと)による、非常にわかりやすい制圧。
 盗賊たちはパワーファイターの彼から距離をとろうと試みる。
 だが、それを実行しようとした瞬間──無数に降り注ぐ光の刃が、彼らを貫き、切り裂いていく。
 更に、密集地帯へと起こる爆発。
「……おしいっ」
「なにか、言いましたか?」
 上空より投下された爆弾。それを落とした張本人、ミゼ・モセダロァ(みぜ・もせだろぁ)が光刃の発射された方角を睨む。
「んーにゃ、別にっ」
「……なんで地上の敵を撃つのに、空にいるワタシをかすめていくんです?」
「ごめんっ。精神感応繋がってなかったもんで、照準がっ」
「……そうですか」
 大袈裟に両手をあわせて謝る竹野夜 真珠(たけのや・しんじゅ)に、絶対わざとだ、と思いながら再びミゼは戦闘へと意識を切り替える。
 いくら大したことのない連中が相手とはいえ、和葉あちらのほうが圧倒的なのだ。敵はこちらが言い合っているのを待ってはくれない。
「っと。結構多いな、こりゃ」
「ああ、だがオレとお前ならこの程度の数どうと云う事無いだろう?」
「トーゼンっ。……でも、まあ」
 ミゼの足許遠く、眼下でつぐむとガランが背中合わせに敵と相対している。ミゼも、そこに降り立つ。
 そう──数だけは、とてつもなく多い。
「無理はするなよ! ここで全滅が理想! だけど必要じゃあないんだからな!」
「ああ! 減らすぞ!」
「ええ!」
 戦っているのは、自分たちだけではないのだから。できることを、やればいい。壁になれずとも、網の目となればそれでいい。
 つぐむの号令とともに、三人散る。
 再び放たれた光刃の着弾にあわせ、敵の軍団に躍りかかっていく。
 ──また、目の前を援護射撃がかすめていく。
「真珠様っ!」
「ごめん、ごめーん」
 わざとだ。……絶対、わざとだ。
 確信を武器に込めて、ミゼは盗賊の一群に八つ当たりすることにした。

 *   *   *

 その先には、跳ね橋があった。
 つまるところ──それは城へと、その正門へ続く北の路。
 ここを、抜かれるということ。それすなわち、侵入を意味する。
「そう簡単に、行けると思わないでほしいな」
 いざ参らん、目的を果たさんと進む者たちがいた。
 少なからず。その数はとても膨大に。彼らは──気付けば、周囲を覆い視界を閉ざす深い霧に、巻かれていた。
「見えないよね、そのためのアシッドミストだもん」
 いかに数が多くとも、雑魚の集団。大部分を食い止めるだけならば、こうして視界を奪ってやれば十分にこちらの少数戦力でもどうにでもなる。
 あちらには、奪われた視界に対応する想定や手段など、ありはしないのだから。
「さあ……今だよ、みんな!」
 霧と混乱とに包まれる盗賊たち。頃合いは今だと、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は叫ぶ。
  タイムラグすら殆どなく、天空より奔るのは雷光。
「罪深き者に、罰を」
 ミア・マハ(みあ・まは)の手によって呼び寄せられた雷が、密集する敵の軍勢を穿つ。
 雷の落着により、盗賊たちは混乱に包まれる。そして次に彼らを襲うのは、頭上からでなく、正面よりの狙撃弾にも似た雷の光。
 御凪 真人(みなぎ・まこと)匿名 某(とくな・なにがし)のサンダーブラストだ。
 あるいは各個に、あるいは複数、盗賊たちは頭上から、そして正面からの雷に撃ち抜かれ、倒されていく。
「よおっし! ナイス、 真人!」
 それでも、まだ相手の数はきりがない。ゴッドスピードによる超高速機動で斬りかかり、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は盗賊たちに体制を整える隙を与えない。
 同時に四人、斬り伏せる。
「どんどん、行くわよっ!」
 立ちはだかる大柄な男に、刃を振り上げる。
 一撃で捻じ伏せた。だが渾身であるぶん、背後ががら空きだ──彼女が、ひとりであるならば。
「はーい。女の子を後ろから襲うなんて感心しないなァ」
 横薙ぎ、一閃。セルファの背を突こうとした数人の盗賊が、崩れ落ちる。
「これでも僕も、剣士なんでね」
「ありがと、助かった」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)は、とんとんと肩を剣で叩きながらウインクをした。
「「!」」
 セルファと恵、そのふたりの頭上を不意に、黒い影が遮っていく。
 身構える彼女と彼に、その影、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は叫ぶ。
「行くぞ! そこの!」
 彼は敵の密度濃い地点へと跳躍し、彼女たちに呼びかける。
「オーケー! 合わせる!」
 恵とセルファは頷きあい、彼の後を追う。
 セルファと康之の声が重なり、恵の咆哮が続く。
「「乱撃っ!」」
「ソニックブレイドォォッ!」
 風の刃が、無数に。あるいは一陣吹き抜け、そこにあったすべてを切り刻む。
 彼ら、彼女らの周囲の敵、そのすべてを。
 斬り伏せられた敵はそれぞれ微細なずれとともに地面へと倒れ、そして──消えていく。
「……ふむ? これは──連中は、人や生き物、物質的存在ではない、ということか?」
 その様相を、ひとり上空から戦いを避け、ミスター ジョーカー(みすたー・じょーかー)が見下ろしていた。
「そうか……さしずめ奴らは、『砂時計』そのものが差し向けた刺客。だとしたら」
 ぶつぶつと、考え込む。
 この一件に関し、彼は傍観の立場をとっている。協力をする気はなかった。しかしそれゆえ、微細な異常に気付くことのできる余裕がある。攻める者でもなく護る側でもない、第三者であるがゆえに、だ。
「これは、完全に我慢比べのようだね。砂時計の効力が尽きるか、押し寄せる盗賊たちの前に皆が疲れきるか」
 おそらくは──それまで無限に、盗賊たちはやってくる。補充される。

 *   *   *

「よォし、いいぞ!」
 現状、城の護りについた皆はよく戦線を支えてくれていた。
 指揮を取っていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、拳を握り、状況に快哉を挙げる。
 跳ね橋近くの本陣。未だ、橋に皆は敵を近づけてはいない。
 この一連の幻想、ハッピーエンドで終わらせる。そう決意もあらたに、橋の向こうに小さく見える戦場をじっと見据える。
「……ん?」
 そしてやがて、その異変に気付く。
 けっして暗闇というわけではないが、厚い雪雲に太陽を遮られた、光源に乏しい寒風吹き荒れる大地。
 つい先ほどまでの常春が打って変わった灰色の空の下に自分たちはいるはずだ。
 なのに。地面には黒く濃い影が落ちている。いや、それ以上にこれは……逆光?
「なんだっ?」
 背後に聳える城壁を振り返る。
 そこに、答えを探す──そして、見つける。
「あれは……光術?」
 カクテルライトのごとき、明らかに人為的かつ不自然な無数の鮮やかな光が空を照らしている。
 そう、空を、だ。まるで舞台かなにかであるかのように。
 城壁の上。仁王立ちした少女、魔装戦記 シャインヴェイダー(まそうせんき・しゃいんう゛ぇいだー)の光術が飾っている。
 少なくとも彼女ら、彼らにとってそれらは必要な舞台装置ではあったから。
 姫君を護る、ヒーローとしての。
「おおっ?」
 光に彩られた空に、ひとつの影がやがて躍り出る。
 その全身に纏うのは、魔鎧。魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)、その装甲に包まれ、『彼』は空を舞う。
「少女の夢を守るため……朝焼けの騎士シャインヴェイダー! 推して参る!」
 蔵部 食人(くらべ・はみと)は、そう名乗るとともに空を駆け、敵の溢れる城の正面、その戦場へと降り立つ。
 唐突な闖入者に、盗賊たちも戸惑っている。──戸惑っている間にも、幾人もが銃弾に撃ち抜かれ、ばたばたと倒れ伏しては消滅していく。
 きらびやかに光術を展開した少女と同じく、 食人のパートナー……シェルドリルド・シザーズ(しぇるどりるど・しざーず)の狙撃だ。
 浮き足立った盗賊たちは悉くが、食人の──いや、正義のヒーローが拳の餌食となっていく。
 だが、それでも敵の数は多い。食人たちの手の届かないところで、盗賊たちの一角が跳ね橋へと迫る。
「それも想定内なのだよ」
 積もった雪と、土砂と。進軍する盗賊たちの足許が不意に崩れ、彼らをくわえ込んでいく。
「まあ、こんなもの。いわゆる落とし穴……単純なブービートラップだがね」
 林田 樹(はやしだ・いつき)が、すっと片手を挙げる。彼女自身ももう一方の手に、銃を構えて。身動きの取れない盗賊たちに、城の守備についた面々が武器を向ける。
 樹の号令とともに、一斉砲火が放たれる。
 結果は見ずともわかる、とばかりに彼女は即座、踵を返す。無意識、胸のペンダントを握りながら。
「ねーたん、ねーたん!」
「コタロー、アキラ。……どうだった?」
 そんな彼女の元に、別行動をとっていたパートナーたちが合流する。林田 コタロー(はやしだ・こたろう)と、緒方 章(おがた・あきら)。偵察に向かっていた、ふたりが。
 この地で、どのような策が使えるか。地形を把握するために。
「このおやまと、こっちのこおりのかわ〜、それと、ここのみち〜。このみっつれ、てきさん、どーんって、れきるれすお!」
 地図を指し示しながら、舌足らずな声でコタローが身振り手振り交え説明する。
 待ち伏せはどうやら、可能なようだった。それと。
「やっぱり、敵は四方から来ているんだな?」
「ああ、間違いないよ」
 万一の事態にも、備えておく必要がある。確認する樹の視線に、章が応じ頷く。
「最悪、脱出路に使えそうなルートはいくつかもう見つけてある。大丈夫だよ、誰も死なせない」
 章のサムズアップ。後顧の憂いも──対策が出来ているのならば。
「ああ……あとは、やるだけのことを、やるだけだ!」
 姫君を、護ってみせる。
 誰も、死なせたりなんてしない。その決意を、胸に。