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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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砂時計の紡ぐ世界で 後編

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「大丈夫ですか。その人はこっちに」
 ほんの少し前まで、そこで姫の誕生日が祝われていた会場であるとは一見して思えない。
 城の中央広間は、怪我人たちの運ばれてくる簡易的な野戦病院と化していた。
 軽傷の者も、肩を借りてやってくる者も。意識すら、ない者さえ。
 多くの人々が幻想として消えてしまったとはいえ、現実を再現しているからにはこの城にいる人間が姫君以外、まったくゼロというわけではない──……幸い、この幻に巻き込まれた生徒たちに今のところ重傷者はいないようだが、それでも運ばれてくる者は城の者も未来からきた皆も、あとを絶たない。
 即席の救護所となった城のホールで、笹野 朔夜(ささの・さくや)はそんな怪我人たちの治療にあたる。
 ひとりが終われば今度はあちら、あちらの次はそちら、と矢継ぎ早に、てきぱきと手当てを施していく。
「がんばって。きっと、すぐによくなりますわ」
 彼のパートナーたちもまた、同様の任に当たっている。
 負傷し起き上がれない城の兵に、薬を与え指切りをして元気づけていく、アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)
「行きます。皆さん、少し離れてください」
 そして、一瞬の閃光が大広間を照らし、消える。
 笹野 桜(ささの・さくら)の放った、威力をぎりぎりまで絞った雷術だ。
 それは敵を倒すためではない、命を救うために。
 危篤状態に陥った重傷者へと施す、電気ショックによる心肺蘇生だった。
「どうですか? 桜さん」
「もう一度行きます……っ!」
 二度、三度。電撃を浴びた兵士の身体がびくん、と大きく跳ね上がる。
 ──一瞬の、静寂。そして。
 アンネリーゼがそっと、兵士の脈に触れる。目を閉じて、そこに音を読み取ろうとする。
「……どう、でしょう……?」
 おそるおそるの、強張った桜の声。
 やがて目を開いたアンネリーゼは、頷いて。
「大丈夫。戻ってきましたわ。この人は──生きています」
 彼ら、彼女らもこうして戦っている。
 戦場に立たずとも、別の形で。

 *   *   *

 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、目を瞬かせていた。
 彼女が参加したのは、手薄な東側の護り。
 どう考えたって、城にいる人数では手が足りやしない。その上でどうしても、手薄になる部分は出てくる。
 誰かがやらなくては。そう思い、彼女が選んだ東の守備。
 そして偶然か、雅羅の知らぬ史実ゆえなのか。はたまた、『砂時計』の意志によるものなのか──盗賊たちの軍勢は、夥しい数でその手薄な東へと押し寄せてきた。
 その数は、正門を攻めるそれらと遜色ないほど。
 彼女自身、懸命に戦った。懸命に、支えた。しかし、限界というものは当然やってくる。戦いというものが究極的には、数である以上。
 いかに技術レベルが未来と過去、大きく離れていても。
 それが細ければ、太い流れに飲み込まれ、押し流されてしまうのは必然。
「これ、……は……?」
 もう、ダメかと思った。
 ぺたんと尻餅をついた周囲四方を囲まれて、逃げ場もなす術も残っていなかった。
 ひょっとしたら城を襲うこの状況すら、自分の招く不幸の姓なのかもしれないと、自己嫌悪さえした。
 だが──すべてはまだ、終わっていなかった。
「援軍……なの……?」
 それは背後からの奇襲。予期せぬ方向から攻められ、次々盗賊たちは倒れゆく。
 その死屍累々の向こうに立つ姿を、雅羅は見る。
「むうぅ、残念。ちょっと遅れちゃいましたねぇ」
「いくらか、敵が城に侵入してしまったようね。……あと少し、はやければ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)たちの率いる、味方にすら伝えられていなかった伏兵チームだ。
「んじゃあ、行ってくるよぉ」
「ええ」
 愛馬・ブルーライトニングを駆りレティシアが盗賊たちを薙ぎ倒していく。ミスティがその羽根を広げ、上空よりの威嚇を試み、敵の士気を挫かんとする。
「立てる?」
「え……え、あ、ええ」
 そして不意に伸びてきた両腕が、雅羅を助け起こす。
 ともにこの東の護りに就いていた、師王 アスカ(しおう・あすか)。彼女に手を引かれ、雅羅は立ち上がる。
「これでどうにか、踏ん張れそうだな」
 アスカのパートナー、蒼灯 鴉(そうひ・からす)オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が隣に並ぶ。
 皆それぞれに、それなりに傷ついてはいる。しかしその氷上にはまだまだ、闘志と呼ぶべきものが漲っていて。
「こうするのが、手一杯だったんだものぉ。いくらか、盗賊たちにここを抜かれていったのは仕方ないわぁ。これ以上城へやらないよう、全力を尽くしましょう?」
「オッケー」
「ああ」
 彼らは、なおも敵に向かっていく。
 そうだ──自分も。雅羅も彼女たちに続き、武器を手に、彼女らを追う。

 *   *   *

「おっと。そのくらいにしときや」
 音もなく。大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、城内へと侵入した盗賊の一団、その背後に立っていた。
 とっさに振り向いた数人の盗賊たちは次の瞬間、ふらりと力なく、意識を失いその場に崩れ落ちていく。
「この先は生憎と、礼拝堂や。それより向こうには、行かせへん。ま、命だけは勘弁しといたる」
 忍び寄ったフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)と、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の当身に盗賊たちは全員、意識を失っていた。
 いや──ひとり、逃げ出した者がいた。
「おっと、ダーメ。行かせない」
 フランツたちの間を、押しのけるように掻い潜り、逃走する。あるいは、別ルートからのダイム姫暗殺を試みるつもりか。
「悪いねぇ。お姫様は今、急いでるんだ。僕がいる限り、彼女に手を出せるとは思わないでね」
 その身体が、宙に浮きくの字に折れ曲がる。
 白目を剥いてその盗賊は、石造りの床に転がった。
「君たちもなかなかしぶといようだけれども、僕も諦め、悪くってねぇ」
 盗賊の腹に吸い込まれていたのは、永井 託(ながい・たく)の振りぬいた拳。鳩尾を、的確に打ち抜いた。
「この人たちが、ダイム姫を死なせた張本人……かぁ」
 少し間延びした口調で言い、託は倒れた面々を見下ろす。
「なんや、どーしたん?」
「いや。ちょっと、ねぇ」
 史実どおりなら、この連中が殺した。ダイム姫の死因となった。
「ただ、もしも史実として伝わっているのが間違った歴史なら──……そうしたら、どうなってたのかなって。それだけ」
「ふぅん。変わったこと考えるなぁ」
「かもねぇ」
 ま、どっちでもいいさ。頭を掻きつつ、泰輔たちは近付いてくる乱雑な足音を耳にする。
「とにかく僕らは、ここを通さんようにするだけや」
 廊下に躍り出てくる、盗賊たち。
 彼らはそれを迎え撃つ。
 あと、少し。少しだけなのだ。たった少ししか残っていない姫君の時間を──邪魔させるわけには、いかない。
 そのための、盾となる。それが彼らの、決意だった。

 *   *   *

 ──すいません。そうぽつりと呟くように言った姫の声は、喘鳴混じりに掠れ始めていた。
「お気になさらず。……大丈夫、ですよ」
 彼女の軽い身体を両腕に抱え通路をひた走る紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、その姫の様子に『終わり』が近いことを悟る。
 例の『砂時計』の力が、消えようとしている。姫は元気な身体という幻想を失い、徐々に現実に近付いている。
 急がなくてはならないと、思う。
「彼の言うとおりです」
 並走する護衛役がひとり、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)も唯斗の言葉に同調する。
「我々は、貴女のためにいるのだから。貴女の、騎士として。疑問や謝罪なんて、挟む必要なんてない」
 幻想を失い、現実に引き戻されつつある彼女の、皆への最後の願い。
 両足の自由すら既になく、声消えかけた姫の望んだこと。
 それは、城の地下。中心であり最深部の地下室へ、自分を運んでいって欲しいということ。
 そこにきっと、自分は行かねばならない。姫君は囲む皆へと、そう言った。
 歩けぬ彼女を、唯斗が抱え。皆を護衛に、飛び出した。
「ダイムさんは私たちに夢をみせてくれました。今度は私たちがお礼する番ですよ」
 少し遅れて、杜守 柚(ともり・ゆず)。パートナーの杜守 三月(ともり・みつき)も、頷いている。
 と。
「ダメ! 紫月さん、止まって!」
「……っ!」
「そこかっ!」
 穏やかに語っていた柚が不意に、緊迫した声をあげる。
 とっさ、姫を抱き寄せながら急ブレーキをかける唯斗。
 入れ替わるように三月が、彼の前面に躍り出る。
「させないっっての!」
 いつの間に、そこにいたのか。天井に張り付いていた侵入者ふたり。襲い来るそれらを 勇平とともに、斬り伏せる。
「いけない! 後ろだ!」
 今度は、唯斗が叫ぶ番だった。
 一行の後ろ、天井から数人の盗賊たちが床面へと降り立ち武器を構える。いや、十人近くはいる。
 少数による潜入。その様子はさしずめ、暗殺チームといったところか。
「やらせないってば!」
 とっさ、仕込み竹箒を振るい下川 忍(しもかわ・しのぶ)が迎え撃つ。
「……任せて」
 井澤 優花(いさわ・ゆうか)も、彼女に援護射撃を重ねる。
「紫月さん! 姫様抱いて、頭伏せて!」
 三月が唯斗の頭上を飛び越えて、忍たちの援護に入る。
「助かる!」
「このくらいの、数なら……っ!」
「面白くはないけど、仕方ない。勇平がそうしたいのなら」
 優花の射撃に翻弄される盗賊の一団を、スカートを翻し、円を描くように切り捨てる忍。姫のもとになど、行かせるものか。
 三月とともに全員打ち倒し、刃をもとの箒へと仕舞う忍。優花も、銃口の硝煙をふっと吹き払う。
「急ごう。まだ、こういう連中いるかもしれないよ」
 一同は頷いて、廊下をともに駆ける。
 唯斗の腕の中で、姫君は苦しげな息を吐いていた。