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リアクション
■2−4
「可憐なお嬢さん、あなたの指がこんなに冷たいままではいけません」
「あら、あなたは?」
「私は通りすがりの路上販売員です。こちらのライターはいかがですか? ほら、ここをシュッと指でするだけで簡単に炎がつくんです。このままでも温まりますし、何かに火を移してもいいでしょう。銅貨1枚で天国の暖かさがあなたの物になるんですよ? お得だと思いませんか?(ニッコリ☆」
あ、よかったらこちらのバラもどうぞ♪
「なんだ? あいつ」
女性の手を握り込み、笑顔で100円ライターを売っているエースを見つけて、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は眉をしかめた。
「あんな所でライターなんか売ってたら、マッチ売れないだろ。大体この時代にライターなんかあるのかよ」
「あら? あるかもしれないじゃない」
とはユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)。
「自分も知らないことでケンカ売っちゃ駄目よ、陣」
「――ちっ。売るにしたってよそでやれってんだよ。何も同じ通りでやらなくったって……にしても、おいユピリア。おまえ、なんだ? その格好」
「えっ? どこか変?」
言われて、ユピリアはスカートをつまみ上げた。
重厚な緑のスカートはすそを引きずりそうなほどあり、腰の後ろで高くまとめられている。白いフリルのついた胸元、そで口。同色で作られたきらびやかなボンネット。毛皮のついた上着。雪よけというよりもあきらかにファッションの1つの、実用性のない日傘。
「どこから見ても裕福なおうちのご令嬢って感じよねー」
「1人あったかい格好してんじゃねーよ!! こっちは目だたないよう平民ルックで寒いっつーのに!!」
「まぁまぁ、お兄ちゃん」
はい、どうどう。ティエン・シア(てぃえん・しあ)が横からとりなしの手で腕をさする。
「マッチ売りの子たちを助けてあげるっていうのが今回のリストレーションなんだから、お姉ちゃんの設定は間違ってないよ」
「ロミジュリのときもあいつお姫さま役やってただろ。妙に少女趣味っつーか、そっちの願望が強いんだよ。だからあんな格好になるんだぜ」
ぶつぶつ。寒さに腕をこすりながら、いまひとつ割り切れない思いで陣はぐちる。
「それに、そもそもこのリストレーションっておかしくないか? タイトル以外忘れてるやつに話をもとどおりにしろってのがどだい無理な話なんだよ」
「陣、それ禁句!」
「はぶっ!!」
大急ぎ駆け寄ったユピリアが、勢いのままタックルして陣の口をふさぐ。
「それ、みんな知ってて口にしないようにしてるんだから!! でないとスウィップもその上司もバ……ねぇ、上司を「彼」っていうのアリ? もしかしてもしかして、あの2人って実は裏では特別な関係とか? ……きゃーっ、職場恋愛!? だれにも知られないように人目をはばかって、こっそり2人だけの親密空間であれやこれや……それこそ彼の氷も溶けちゃうくらいアツアツで、うふふふふっ」
「……妄想るまえに俺の背からどけ…!」
重いだろーが!!
「あの舞い上がりようは何だってんだ」
ぶつぶつ。ぶつぶつ。陣はぱしぱしはたいて服の汚れを少しでもとろうとする。
妄想スイッチが入ったユピリアは笑み崩れたほおを両手で支えつつ、にぱにぱだ。これにはさすがにティエンもどん引きだが、今はそんなこと言ってられる状況ではない。
「お……お姉ちゃん、それよりあの可哀想な子たちを助けないといけないんじゃないかなぁ?」
「あ、そうね。じゃあ私、裕福なご令嬢としてちょっとほどこしに行ってくるから。
私がそばにいないからって、浮気しちゃいやよー、陣」
「いいからとっとと行ってこい!! ――ったく!」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
と、肩をトントンする。
「あ?」
「僕、いいこと思いついたんだ! これを見て!」
さっとティエンが突き出したのは、先に5円玉をくくりつけた糸だった。
ぷらーんぷらーんと5円玉が左右に揺れている。
「僕、この前本で読んだんだ。5円玉には催眠術の力があるって!」
と、もう片方の手で『都市伝説〜幻のピヨを荒野に見た!〜』と箔押しされた本をペラペラめくって該当箇所を探す。
「あった!
いい? お兄ちゃんはわんこになーる。とっても素直なグレートパラミタピレニーズになーーーる」
5円玉がぷらぷら揺れるたび、陣の目はとろんとなった。
「……そうか……。俺は、真っ白もふもふつぶらな瞳のグレートピレニーズ! 可哀想な少女を見過ごせないワン!」
ワフッ!
「わーい! もっふもふーっ!!」
夢の中って便利だね♪ とティエンは真っ白い毛長の大型犬にとびついたのだった。
数分後。
街路の一角ではちょっとしたひとだかりができていた。
彼らの前では白い大型犬が、マッチ売りの少女の足を温めるようにぴったりくっついている。
「こんな大きな犬がいたのねぇ」
「俺も初めて見たぞ」
「おいおまえ! こいつは何か芸ができるのか? それともただデカいだけか?」
はやすような言葉に大型犬はちらと目を開けただけで、またすぐ閉じてしまった。いかにも穏やかな気質で凶暴性はありません、といった様子だ。
かわりに動いたのが、頭の上に乗っていたヒヨコだった。
ピヨッ
と鳴いて立ち上がる。
もちろんこれはティエンである。
「おっ、動いたぞ」
「え? オモチャじゃなかったんだ」
「いやーん! かわいーっ」
ピヨッピヨッ
鳴きながら、大型犬の頭の上を、あっちチョロチョロこっちチョロチョロ動き回る。
「一体何事ですの? 皆さん。――まぁ、なんてかわいらしいのかしら!」
人波をかき分け、先頭に出る裕福なご令嬢・ユピリア。
「ヒヨコがマッチを持って……剣士のつもりなのかしら? うふふっ。ヒヨコ印のマッチなのね、いいわ、気に入ったわ。お嬢ちゃん、マッチをくださいな」
「あ……は、はいっ」
少女は目の前に立った豪奢なユピリアに目を奪われていたことに恥じ入った様子で赤くなりながら、かごの中から取り出したマッチ箱を両手で差し出す。
ピヨッピヨッ
とたん、ヒヨコがこれまで以上に鳴きながら、大型犬の頭の上で活劇風の動きを見せ始めた。
羽に結びつけたマッチを突き出したり、振り払ったり。
飛んだり跳ねたりするその姿に、見物人たちが手をたたいてはしゃぎだす。
「いいぞ! もっとやれ!」
だが1分程度で、ヒヨコはぺこっと頭を下げて、動くのをやめてしまった。
「皆さん。マッチを買わないと、どうやらヒヨコは踊ってくれないようですわよ?」
マッチ箱を手に、ユピリアがにっこり笑った。
「向こうはすごい盛り上がってるねぇ」
プリティなヒヨコダンスに歓声が上がっているのを遠目に見て、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)はほうっと白い息を吐き出した。
「ね? 私たちもあっちのやり方をすればよかったんじゃないかな?」
くるっと振り返った先、路地奥では、遊馬 シズ(あすま・しず)が少女・セラを相手に力強く弁をふるっている。
「あごを引くな! のどがふさがってまともに声が出ないだろ! 肺で呼吸しようとするな、腹式呼吸だ! さっき教えたじゃないか! 腹の奥から声を出せ!」
「……シズくん、熱くなりすぎだよぉ? ここ、オペラ座じゃないんだからさー」
これは『マッチ売りの少女』っていうタイトルの本なんだから、オペラ歌手のサクセスストーリーとは違うと思うよ?
しかしシズはそんな秋日子の言葉など耳にも入れていない。
セラを見つめ、ここへ連れ込んでからずっと変わらない熱心さで少女に歌の指導をしている。
そんな彼に気圧されて、少女はちょっと引き気味だ。
「……〜♪ 〜〜〜……♪」
それでも一生懸命、言われたとおりに声を出そうとするのだが、びくびくとした自信のなさが声に出てしまっていて、声は震えてとぎれがち。背中もすぐに丸まってしまっている。
「やめろ! 違う違う、そうじゃない! こうだ!」
パン! と手を打って歌をやめさせたシズは、今度は自分が歌ってみせた。
幸せの歌だ。
聴く者の心に幸福感を呼び起こす、あのスキルの力はなかったが、それでもそれは耳に心地いい、きれいな歌と声だった。
(うーん…。でも音楽に厳しいだけあって、シズの歌はほんと、きれいなんだよなぁ)
秋日子もついつい聞き惚れてしまう。
だけど。
「ほら、やってみろ!」
「……ぁ、ぁー♪……」
「違うだろ! あーもおっ! なんでいきなり第一声で音程はずすんだよッ!!」
キーッと鬼の形相で頭を掻きむしる。
「ご、ごめん、なさ――」
「やめてえーーーーーっ!!」
2人の間に割り込んで、秋日子はおびえるセラを抱き込んだ。
「ちょーっと音はずしただけなのに、なんなの? そのこの世の終わりみたいな駄目出しっぷりは! 8歳の女の子相手にそう熱くならないでよ! あんた悪魔か!! ……あ、悪魔だったっけ」
いやでもこれはひどすぎ。
「なんならキミが歌って、あのヒヨコたちみたいに客引きしてあげればいいじゃない!」
「秋日子サン…」
シズは乱れた髪を掻き上げる。
「それじゃ駄目なんだよ。根本的な解決にはならない。この子自身が変わらないと、この子はいつまでたっても冷たい路上でマッチを売ることしかできないんだ」
分かるだろ? と見つめられ、秋日子は口先をとがらせる。
「でも、これは『マッチ売りの少女』なわけだし……」
「いいからどいて、秋日子サン。
さあもう一度最初からだ、セラさん。おなかを意識して、でも笑顔は忘れず。背筋はしゃんと、あごを上げて! 陰気な顔をして歌ってたら、いくら幸せの歌を歌ったってだれも幸せな気持ちになんかならないよ!」
音楽の持つ力は偉大なんだ。
シズの信念ともいうべきこの言葉は、やがて現実となる――。
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