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リアクション
■ ヒイロドリを求めて ■
皆がお弁当を広げている間、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はふらりと山を歩き回っていた。
「ヒイロドリがいる辺りだけが暖かいという訳でも無さそうですね」
山に入れば、そこはもう春の景色だった。それは登っていっても変わりがない。
ということは、この山の暖かさはヒイロドリの発する熱ではなく、ヒイロドリがここにいることによって何らかの要因が生じているようにも考えられる。
山の植物に気候のことを尋ねてみると、今年は寒くなっていない、という返事がかえってきた。
『この山はわりと平和……というか、安全なのですかね? 見た感じ穏やかそうですが……』
『動物に踏まれたり食べられたりするから、安全じゃないよ』
『そういうことではないんですが……植物にとってはそうなのでしょうね』
山に生えている植物はこの場で精一杯生きているだけだ。
『この山にはヒイロドリがいるそうですが、普段はどこにいるのか知っていますか?』
『ヒイロドリって何?』
植物は生きる為の知恵は持っていても知識は無い。
どんな生き物かを説明して改めて聞いてみたけれど、他の場所のことを知らない植物は、
『ここにはいない』
としか答えられなかった。
山を歩いては目に付いた植物に話しかけ、遙遠は山のことやヒイロドリのことを聞いてゆく。
植物の話では、この山は暖かい以外は他の山と変わりがなさそうだった。それも今年からで、去年は普通に冬が来て、雪も降ったのだと木々が教えてくれた。
ヒイロドリについては、見たことがある、という植物が山の一部に帯のように続いて存在していた。恐らくそれが、ヒイロドリの巡回コースなのだろう。
そうして集めた情報を、遙遠はアゾートに教えた。
「じゃあ、とりあえずそのコースを歩いてみようか。まずはヒイロドリを見つけないことには、尾羽も手に入れられないからね」
アゾートは尾羽収集に協力してくれるという生徒を連れて、遙遠から聞いた情報を元にヒイロドリの捜索を開始した。
ヒイロドリの巡回ルートを歩き、待ち受ける場所を選定する。
皆の作戦から、地上に下りるスペースが確保でき、且つその後追い込めそうな場所が隣接しているところが良さそうだ。それを条件に探した結果、まずまずの場所が見つかった。
「では私は念のための準備をしてきますね」
風森 望(かぜもり・のぞみ)は追い込めそうな場所の先に、落とし穴キットを使って落とし穴を作成した。
いざとなったらヒイロドリを追い込んで落とし、眠らせてから穴に降りて尾羽を調達しようというのだ。
ただ、落とし穴は人ひとりが落ちる程度の大きさだから、ヒイロドリの体長はともかく、翼の部分を考えるとどこか引っかかってしまう恐れがある。上手く落とせたとしても、狭い穴の中に降りて尾羽を抜く人は熱いわスペースはないわで、かなりな苦行を強いられるだろう。
「まあ、何も考えずに飛び込んでくれそうなのはいますしね」
ぼそりと呟いた望の視線にノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が振り向いた。
「のぞみ? 何か言いましたかしら?」
「いいえお嬢様、ただの空耳でしょう」
しれっと答えると、ノートは素直にそうですのとそれを信じた。望が何かしていることよりも、ノートは自分の仕上げに意識がいっている。
体中に鳥の羽やヴァルキリーの羽をつけて、ヒイロドリに擬態しようとしているのだ。
「これでヒイロドリに見えますでしょうかしら?」
「全身にべたべたと羽をつけたお嬢様のそのお姿、まさしく……」
ヴァカキリーです、という言葉は口にのせずにおいて、代わりに望はライターを取り出した。
「あとはお嬢様を火だるまにすれば完璧ですね」
「何の冗談ですの」
「ヒイロドリに擬態するのでしょう? 炎を纏う鳥だそうですから、火に包まれていないと仲間には見えないですから」
「だからその、これは……ちょっと……おやめなさい! のぞみ!」
羽をひらひらさせながら、ノートは逃げ回った。
空から目視されにくい場所に身を隠し、待つことしばし。
「来たようだよ。みんな準備は良い?」
光学迷彩を使用して空を観察していたナインが、ヒイロドリの飛来を告げた。
「空から下ろすのに少々鳥を驚かすことになりますが、それは構わないんですよね?」
高月玄秀に念を押すように聞かれ、アゾートは頷く。
「降りてきてもらわないことにはどうしようもないからね」
では、と玄秀はタイミングを計ると、ヒイロドリの上空からいかずちを放った。
晴天に突如鳴り響いた雷鳴に、ヒイロドリは仰天する。その驚愕に乗じて、玄秀はヒイロドリが雷を避けて着地するよう仕向けた。
ティアンは何かあれば玄秀を守れるように防御を巡らせて身構える。そうしていると、何も知らなかった昔、無心に玄秀をまもっていた頃の自分の姿と重なり、ティアンの胸は痛んだ。
ヒイロドリは地上に下りはしたけれど、落ちつきなく周囲を警戒している。
幸い、今の雷と目の前にいる人々を関連づけてはいないようだが、不意の雷と普段は見かけない多人数の人に、神経をぴりぴりさせている様子が伝わってくる。
ヒイロドリが落ちつきなく体を動かすたび、纏う炎もちらちらと揺れた。
鳥としては大きい。その全身が炎に包まれているのだから、安易には近づけない威圧感があった。
けれど同時に、目を奪われる。
一瞬も停止しない燃えさかる炎の色。炎の向こうに見える優しい赤い瞳。
優雅な立ち姿。そして長く伸びたひときわ美しい尾羽。
気圧されたように後退りしかけて、アゾートは踏みとどまった。夢に近づく為にはひるんではいられない。
「あの鳥、燃えているのに焼き鳥にならないんだね」
不思議だなぁと夜魅はヒイロドリに興味津々の目を向ける。
「も、もふも……ふ?」
トリと名前につくからにはきっともふもふに違いない、と勇んでやってきた葛葉 明(くずのは・めい)だったけれど、ヒイロドリの姿にちょっと戸惑う。
ヒイロドリは羽毛でもふもふしているというよりは、炎でめらめらしている。炎がもふもふするとは思えないけれど……。
「でももしかしたら、見た目は炎でも実は羽毛でもふもふしてるかも知れない、うん、きっとそうよ!」
もふもふである可能性があるならば、それに賭けるのがもふリストの定め。
「さぁっ、もふるわよ」
手をわきわきさせて準備運動を済ませると、明はヒイロドリに突進しようとした。
「うぉーー、もふもふー!」
「わわっ、待ってー」
奇声に気づいた灯世子が、明をタックルで止める。
「今抱きついたりしたら、ヒイロドリがびっくりして逃げちゃうよー。尾羽が抜けなくなっちゃう」
が、その灯世子を引きずって明はなおもずりずりとヒイロドリに寄ってゆく。
「邪魔しないで。私はドルイドよ、幻獣の主なのよ。そしてもふリストなのよ! ヒイロドリがもふもふなのかどうかを確かめることこそ、私の使命!」
「もふるのはいいけど、尾羽が終わってからにしてー。そしたらがまんしたご褒美みたいなもふもふ幸せタイムだよーっ!」
怪しい持論を展開する明に、灯世子も必死で抵抗する。やっと接触できたヒイロドリだ。今抱きつかれた為に逃げられたら、恐らく今回尾羽を抜くことは不可能になってしまう。
「モフタイム……?」
「うん、だから抜き終わるまで待って、お願いっ!」
邪魔者にしがみつかれていては、もふるのもままならない。ならば邪魔がなくなってから心ゆくまでもふった方が得策か。明は少しの間様子を見ることにした。
ヒイロドリを見てうずうずしているのは明だけではない。
「触ってみたい……乗ってみたい……」
鬼院尋人はヒイロドリから目が離せずにいる。
「あんなぼうぼうと燃えているものに乗ろうなどと、よく考えるものだ」
呆れるブルーズに、大丈夫、と尋人は目をヒイロドリに向けたまま答えた。
「オレには龍鱗化があるし、熱く感じても火傷しないのなら平気。餌付けできないかとオレンジとパパイヤを持ってきてみたけど、これで何とかならないかな?」
きらきらした眼差しで助言を求める尋人に、ブルーズはヒイロドリの知識を話してやった。
「何かを口にしたという話は聞かんな。それに鳥としては大きいとは言え、体長2mそこそこでは人を乗せて飛ぶことはままならないだろう」
「地上を走るだけでも構わないよ。どんな乗り心地なんだろう。馬よりは揺れるかな」
「ただ跨るだけならば、振り落とされぬよう首のあたりにしっかりとしがみついていることだな。裸馬より御しにくい相手なのは間違いない」
炎のゆらめきの下の本体がどうなっているか分からない相手だからと、ブルーズは尋人に注意を与えた。
「すぐ飛んで逃げられないように、もうちょっと狭いところに移動してもらいたいんたけどな」
ルカルカが餌玉各種を転がして誘導を試みると、ヒイロドリは一瞬そちらに目をやった。けれど動くものに反応しただけのようで、すぐに視線を戻す。
空に逃亡しようとしたら阻止しようと、玄秀とナインは身構えてヒイロドリの動作を監視した。今のところはすぐに逃げようとする気配はないようだが、油断は出来ない。
ヒイロドリの警戒具合を見て、ルイが進み出た。
「まずは私にやらせて下さい」
「近づく人は名乗り出てね。ファイアプロテクトをかけてあげる♪」
ダメージの無い炎でも熱いものは熱い。少しでも助けとなるようにと、ルカルカはヒイロドリに接近しようという人に炎熱の守りを施した。
「幻覚の炎でも思いこみで火傷することがあるから、皆注意してね」
意思の力は偉大なのだと言うと、ルカルカはダリルと共に空へと浮かび、ヒイロドリの上空に待機し、逃亡阻止に努める。
ファイアプロテクトをかけてもらったルイはヒイロドリの正面に回り込むと、目をじっと見つめた。
その視線に気づいたヒイロドリも、何をするつもりなのかとルイに目をやる。
ルイは視線を外さぬようにして、ヒイロドリが何らかの行動を起こすのをひたすら待ち続けた。
「あ、灯世子ちゃんだ。何してるの?」
山道をやってきた冠 誼美(かんむり・よしみ)が、灯世子に気づいて話しかける。
「しーっ」
大きな声を出さないように口に人差し指を当てておいてから、灯世子はヒイロドリの尾羽を抜きに来ていることを誼美に説明した。
「あの燃えている鳥の尾羽を抜くの?」
「そうだよー、って言っても抜くのはアゾートで、あたしは注意を惹きつける役なんだけどね」
話を聞を聞いた誼美は、一緒にピクニックに来ている健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)と天鐘 咲夜(あまがね・さきや)のところに駆け戻った。
「ねえねえお兄ちゃん、咲夜お姉ちゃん、私、灯世子ちゃんのお手伝いしてもいいかな。前からずっと友だちになりたかったの」
「そうか……しょうがない、ピクニックはまた今度か」
「え? 予定変更ですか?」
急なことに、咲夜は持ってきていたお弁当に目を落とす。
「すまない、咲夜。せっかくのピクニックを台無しにしてしまって」
勇刃が謝ると、咲夜はいいえと首を振った。
「大丈夫ですよ。誼美ちゃんがお友達のお手伝いがしたいみたいですし。友だちが1人増えるにこしたことはないですからね。でも何をお手伝いしたら良いのでしょう」
「あの鳥の注意をひきつけるんだって」
「ずいぶんとデカイ鳥だな……」
くちばしの先から尾羽の先までの体長、およそ2m。鳥としてはかなり大きい。何か方法は、と考えて勇刃は咲夜にピクニック用のお弁当を出してくれるよう頼んだ。
「料理を餌にしよう。へへ、俺って天才かも!」
「さすがお兄ちゃん!」
「そうですね。さすが健闘くん、賢いです!」
「ちょ、誼美、咲夜、そんなに褒めなくてもいいだろう」
勇刃は照れながら、咲夜に出してもらったお弁当の中身を確かめた。
今日のメニューは、ツナマヨのサンドイッチとエビクリームグラタン。
「咲夜の料理なら鳥もきっと喜んで食べてくれるだろう。やべ、俺も食いたくなってきた……」
けどこれも誼美の為だと、勇刃はぐっと我慢してお弁当を持っていった。
「ようやく追いついた……」
ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)はアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)の姿を見つけてほっと息をついた。
暖かい山があると聞いて3人でピクニックにやってきたのだけれど、山に着いてすぐ、アリスの姿を見失ってしまったのだ。
アリスは油断するとすぐに迷子になってしまう極度の方向音痴。仲間からはぐれたことも一度や二度のことではないから、こんな時のために服に発信器を仕込んである。
山の中であっても、その音波を頼りにすれば探し出すのはそれほど難しいことではない。
「アリスちゃん、また迷子になっちゃったの? 心配したんだよ」
及川 翠(おいかわ・みどり)に言われ、アリスはごめんなさいと謝った。
「ちっちゃくて茶色っぽいものが走っていくのが見えたから、何の動物なんだろうって追いかけたら迷子になっちゃったの。でね、山を歩いてたら、たくさん人が歩いてるのが見えたからそっちに付いていってみたの。そしたら……」
あれ、とアリスが指した先にはヒイロドリがいる。
「何あれ? 火の鳥?」
見たことのない鳥に、翠が首を傾げると、ミリアがもしかしてと呟く。
「火を纏った鳥……どこかで聞いたことがあるわね。たしか……ヒイロドリ……だったかしら」
「うん、そう言ってたよ。これから餌付けしてみるんだって」
「餌付け……ヒイロドリさんって何を食べるのかな……?」
興味を持った翠は、何か食べ物はないかと荷物を探してみた。
出てきたのは、お弁当の鶏の唐揚げとサラダ、おにぎりと卵焼き。
「翠ちゃん、何してるの?」
「何だか面白そうだから、私も餌付けにチャレンジしてみるの」
「だったら私もやってみたい! 熱そうだからファイアプロテクトかけたらいいんじゃないかな?」
「翠もアリスも……仕方ないわね」
興味の赴くままヒイロドリに近づいていってしまいそうな翠とアリスだから、ミリアは2人を守れる位置についた。
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