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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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【黒史病】記憶螺旋の巫女たち

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第4章 失ったのは人の形、歪んだのは心の形。同じ筈の喉は、嘆きを慟哭を、歌を其々に与えた。



 光は影を必ず伴う。
 影がなければ光も存在できない。
 その影は魔族とは限らず、人間が善で魔族が悪という分かりやすいかたちでもなかった。
 巫女王の国にも暗殺部隊が存在したように、人の心には必ず影が潜んでいる。
 それが、民衆ひとりひとりの心を食い破り、食い尽くし──“異形”が誕生した。

 劣勢の王国から起死回生を狙い、魔族を討つべく旅に出た者たちがいた。
 その強大な力は幾つかの魔王軍の部隊を壊滅させ、幾千もの魔族の屍を築き上げたという。
 しかし旅の途中で倒した魔族の力を吸収し、いや呪いというべきか、その代償で、彼らは異貌と化した。
 王国に戻ったその時は受け入れられたかに見えた。が、それは戦乱時の劣勢故に、ただ戦力として必要に迫られただけのもの。
 信頼を得ようと、魔王封印時に残った魔王の“影”を討伐したものの、その姿と力に、やがて人々は恐れを抱き、彼らを処刑してしまう。
 ──だが。
 処刑の刻限、異形のうち一人が暴れることによって、場は混乱。彼らの一部はそれに乗じて逃げ出すことに成功した。

 ──いつか復讐の為に戻って来ることを誓って──。



 ユーフォルビアが巫女王の元へとようやく向かい始めた頃、その“異形”、かつて英雄と呼ばれた者たちは既に巫女王の近くまで迫っていた。
「やはり、ここが<魔術門(ゲート)>か……」
 人気のない、その高架下のトンネルには、奇妙な文様が描かれていた。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり))は、頭部に付けた羊の頭部を思わせる形状の面──その下から、辺りをぐるりと見渡した。
 王国の巫女が使う魔術的な結界様式の文様──本当はただの暴走族のスプレー跡なのだが──間違いない。
「かつてはこれらゲートを通ることで、蒼角殿の謁見の間へ行くことができた。これを通らなければ、その場所を感知することもできない。となればこの先に奴はいる。必ずな」
「この状況でゲートを作るとは、余程結界を張り直す余裕がないと見えますね」
 隣で月島 悠(つきしま・ゆう))が言えば、垂は頷いた。
 大掛かりで強力な結界を張り、誰も侵入できないようにすれば、巫女王は「安全」だろう。
 だが魔王が復活しつつある今、巫女王の目ざめのため、多くの巫女や戦士を彼女の元に集める必要がある。魔王復活までに間に合わなければ、巫女王以外の張った結界など役に立たない。
 行こう、と仲間に促して歩き始めた垂は、
「やはり──」
 予想通り、トンネルの出口に転生者を見つけた。
 ただ予想と少し異なっていたのは、既に戦闘が始まっていたことだ。
 門を守る三人の女と、それに従う少女たちと、そして彼女らの敵だ。そして誰だろうか、見覚えがない黒ずくめの少女の姿も見える。
 だが彼女に気を取られる前に、
「あの日、あたしたちを処刑した女!」
 未沙朝野 未沙(あさの・みさ))が指を一人の門番を指差した。
 他の仲間たちも顔を見合わせる。だが今はただ無駄な戦力は使わないことにして、戦闘の行方を見守った。

 門を守っていた、指を指された一人。
 彼女は、“天使の奏(レクイエム・エンゼル)”†エクスセブン†騎沙良 詩穂(きさら・しほ))。
 巫女王を守護する妹戦士の1人で、天使の名はその光を纏った姿から付けられた。
 英雄の処刑時、彼らのあまりに強大な力に、そして未沙の操る精霊という種族には、通常の刃では歯が立たなかった。故にエクスセブンが自身で聖別した剣を持って、処刑したのだった。
「ここは通さないよ。前世も今も、私は巫女王の忠実なる臣下だもん」
 今もエクスセブンが纏うその光は、ただの光ではない──<偉大なる老賢者の裁きの光(グレーテスト・ジャッジメント・デイズ)>
 彼女を鼓舞するように、ヴァイオリンを奏でるもう一人の少女は神無月秋子(19歳)五月葉 終夏(さつきば・おりが))。
 そして相対するのは、かつて彼女たちに一度は味方した魔族の男と、ただ彼を愛したがために、異形の英雄と同じように処刑された女たちだった。

だが、裏切りと、誰が決めたのだろう。好奇心は猫を殺し、猜疑心は人をも殺す。




 黒ずくめの魔道書の力には、指向性──意思がまだない。
 故にか、彼女の魔術的影響──『黒史病』は、契約者に影響を及ぼすということはあまり見られない。
 一組の契約者、地球人ニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)と機晶姫メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)が日本観光のついでにその病にかかったのは、偶然彼女たちにその魔術に対する抵抗力がなかったか、そもそもそういった嗜癖があったのか。
 ともかくも、今の彼女たちは怨霊だった(ということになっていた)。
「何でニケちゃんが? 巫女が集まらなかったら、お姉ちゃんは……」
 エクスセブンとは別の、妹の一人になりきっているであろう少女がそう言った。
「今更何を言っているの」
 かつて『運命力』を司る巫女であったニケは静かな怒りをたたえたまま、そう言った。
 彼の視線はエクスセブンではなく、傍らの魔族の青年を──鉄心源 鉄心(みなもと・てっしん))を見ていた。
「そうね、あなたですら知らないでしょう。私の処刑は極秘裏に行われたものね。巫女が、魔族の民を愛するなんて許されない運命だった」
 たとえ片想いであっても、彼が最終的に巫女王に味方した者であっても、魔族だっただから。
 でも、彼女は諦めなかった。ニケと彼は結ばれるべき運命だったからだ。
 処刑後その執念によって怨霊と化したニケは、世話役だったメアリーを唆し王国を裏切らせ、彼を探させた。その時にはもう彼は手の届く場所にはいなかったけれど。
「でもようやく、転生してようやく、彼を見つけたのよ! 新しく得たこの生、この身体で、今度こそ私たちを引き裂いた巫女王国を叩き潰し、私は彼と結ばれるのよ。そう、それが、この身に課せられた運命なのだから!」
「やめてよニケちゃん。メアリーちゃんも止め てよ!」
 エクスセブンはかつての巫女仲間たちにそう訴えたが、メアリーは感情の浮かばない眼でニケを肯定するばかりだった。
「親兄弟はこの手で殺した。そう……きっと……あたしが、皆を殺してしまったことも運命なの。運命には逆らえない……だから、仕方ないの……これまでも。これからも。
 あたしに残されたのは……ニケが導く、運命に従う、ただ、それだけの道」
 メアリーはそれだけ言うと押し黙る。
「やめよう、巫女同士今争ったって──」
「どの口がそれを言ってるの? 王国の民は一人の男を愛しただけの私を、裏切り者と罵り蔑み、最後には殺してくれたじゃない。その恨み、転生したって消えやしないのよ!
 お望みなら、かつての運命力の巫女として宣言しましょう。あなた方には間もなく死が訪れる。ええ今ここで死ぬ、それがあなたたちの運命なのよ!」
 ニケの赤毛が燃え上がるように逆立った。
「<魔女の呪い>!」
 それは、彼女の怨霊となり身につけた地獄の力を解放し、裏切り者として殺された時の苦しみを相手に追体験させる魔術──。
「きゃああああっ」
 悲鳴が響き、エクスセブンの周囲で次々と巫女の妹たちが倒れていく。
「仕方ないよね……ごめんニケちゃん!」
 エクスセブンの光の翼が伸びあがった。光の翼はニケたちを包み込み、メアリーを守護するように、呪うように包む兄弟の怨霊もろとも、光の炎で浄化していった。