リアクション
新しき年、ザンスカール 「朝ですよー」 エプロン姿の博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)が、妻のリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)を起こしに行く。 だが、リンネ・アシュリングの方は、微かな寝息をたてたままだ。 「もう、相変わらずですね」 ベッドの端に腰かけて、博季・アシュリングは彼女の顔をのぞき込んだ。さて、どうしようか。朝、自分がベッドを抜け出して朝食を作っていることにも気づかないくらいだ、ちょっとのことでは起きそうにもない。 「ずっと、寝顔を見ているのも楽しそうですけど……」 とはいえ、せっかくのできたての朝食が冷えてしまうのもだめだろう。 「やっぱり、これですかね」 そう言うと、博季・アシュリングがリンネ・アシュリングにおはようのキスをした。 五秒……十秒……。 「ぷはあ!! はあ、はあ、はあ、ちょっと、リンネちゃんを殺す気!!」 息が苦しくなったリンネ・アシュリングが飛び起きる。 「おはよう。ごはんができてますよ。早く着替えてください」 「う〜」 博季・アシュリングに言われて、リンネ・アシュリングがベッドの上で唸った。 先にダイニングで待っていると、しばらくしてパジャマ姿のリンネ・アシュリングが寝癖のおさまらない髪でぼーっと現れた。なんとも無防備な姿だ。 「もう、ちゃんと支度しなさいと言ったのに」 「冷めちゃうでしょ。それに、博季ちゃんしか見てる人いないからいいんだもん」 そう言うと、リンネ・アシュリングは椅子に着いた。カップに入ったコンポタージュを飲もうとして、あちちとあわてて口を離す。 「あわてるから。まだ寝ぼけているんですから、ちゃんとフーフーしてから飲んでください。フーフー」 そう言うと、博季・アシュリングがリンネ・アシュリングから奪い取ったカップに息を吹きかけて冷ました。 「今日は、フレンチトーストのバニラアイス添えです。さあ、召しあがれ」 焼きあがったフレンチトーストの横に待ちかねたようにアイスクリームを載せて博季・アシュリングが言った。リンネ・アシュリングの目の前で、メープルシロップでフレンチトーストの上にハートマークを描く。 「それで、今日はどこへ行くの?」 フォークの先に突き刺したフレンチトーストにぱくつきながら、リンネ・アシュリングが訊ねた。 「そうですね、新しくできた水族館でも行ってみましょうか」 「ああ、それいい!」 ちょっと目を輝かせながら、リンネ・アシュリングが身を乗り出した。 「それじゃあ、早く食べてしまいましょう」 「うん」 リンネ・アシュリングのいいお返事に、博季・アシュリングは満足そうに微笑んだ。 ★ ★ ★ 「こばば、こばばー。こばこば」 「小ババ様、お代わりはいかがですぅ?」 「こばー♪」 神代 明日香(かみしろ・あすか)に聞かれて、小ババ様がちっちゃなカップを元気よく差し出した。 白磁のティーポットから、神代明日香がハーブティーをそのカップに注ぐ。お砂糖は小ババ様用にちっちゃい薔薇砂糖を一つ。 「あらまあ〜。そろそろ、小さくなってきたのではないのでしょうかぁ」 校長室中に散らばっているエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が昨日脱ぎ散らかしたままの衣服を拾い集めながら神代明日香がつぶやいた。 成長が著しい十歳児だ、いくらロリ体系を維持していると言っても、そろそろサイズの合わない物が出始めているだろう。そうでなくても、インナーなどは定期的に新しい物にしなければ。そう、そろそろ、ちょっと大人っぽいインナーなども……。 「はっ、いけないいけない」 あわや妄想に浸りかけてしまった神代明日香が、あわてて口許を拭ってちょっと小ババ様の方を振り返った。 小ババ様は、そんなことには気づかずに、両手でかかえたカップからコクコクとお茶を飲んでいる。 洗い物を洗濯機に突っ込んで回すと、神代明日香は子供服カタログを引っ張り出していろいろと物色し始めた。 「わあ、これなんか可愛いですぅ。きっとエリザベートちゃんにぴったりなんですぅ。これは、ぜひ試着してもらわないとだめなんですぅ」 一人歓声をあげると、神代明日香はそのページに付箋を貼ってすぐ分かるようにした。 「さあて、そろそろ起きていただかないと。エリザベートちゃん、朝ですよー」 エリザベート・ワルプルギス用のお茶の準備を済ますと、神代明日香はお寝坊のエリザベート・ワルプルギスを起こしに行った。 ★ ★ ★ 「メイちゃーん、いるー、遊びに来たよー」 「いますかー?」 オベリスク跡にやってきた『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)が口に手を当ててメガホンを作りながら呼びかけた。隣では、作業用ヘルメットを被った『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)も同じようにして呼びかけている。 「わーい、こんにちはー」 声がするなり、メイス姿のメイちゃんが『地底迷宮』ミファに御挨拶した。 「大丈夫です、跳ね返しました」 備えあれば憂いなしと、『地底迷宮』ミファが勝ち誇る。 「誰か遊びに来たのー?」 だが、連続して今度はランス姿のランちゃんが飛んできて、『地底迷宮』ミファの被ってるヘルメットを弾き飛ばした。 「ああっ!?」 焦る『地底迷宮』ミファのところへ、棍棒形態のコンちゃんが止めを刺す。 「こんにちはー!!」 「きゅうー」 ポカリと一撃を食らい、『地底迷宮』ミファが石畳の床に倒れて大の字にのびた。 「相変わらずだね」 さすがに『空中庭園』ソラが苦笑するが、『地底迷宮』ミファとしてはそれですましてほしくないところだ。 「よかった元気そうで。それで、あれからマスターたちはどうしたの?」 「大丈夫だよ。ずっと私たちと一緒だもん」 メイちゃんが首から提げたペンダントを見せて言った。ランちゃんとコンちゃんもそれぞれのマスターの封印された魔石をペンダントに入れて首から提げている。メイちゃんだけが、けんちゃんのマスターの分も入れて二つのペンダントを首から提げていた。 「あいたたた。この封印は解けないのですか?」 なんとか意識を取り戻して立ちあがった『地底迷宮』ミファが、メイちゃんたちに訊ねた。 「私たちには分からないけれど……」 「封印した先生なら、解けるかも」 「ねえ」 メイちゃんたちが顔を見合わせる。 「そうですかあ。じゃあ、イルミンでえらい召喚士の先生とか探せばなんとかなるのでしょうか」 「だったら、みんなイルミンに来ない? オベリスクも壊れてしまったし、その方がいいと思うよ」 『地底迷宮』ミファのつぶやきに、『空中庭園』ソラがメイちゃんたちに提案した。 「うーん、そこって面白い?」 「もちろん。誰でも叩き放題だよ」 「わーい」 無責任なことを言う『空中庭園』ソラに、メイちゃんたちが歓声をあげた。 五人で揃ってイルミンスール魔法学校にむかう。 茨ドームがなくなったため、イルミンスールの森もだいぶ通りやすくなった。それに、クリフォトに浸蝕されていた部分も、魔法力の供給でずいぶんと持ち直したようだ。 木々の間を進んで行くと、バスケットをかかえたビュリ・ピュリティア(びゅり・ぴゅりてぃあ)とばったりと出会った。 「何をしているの?」 『空中庭園』ソラが訊ねる。 「拾い物をしているのだー。なんでも、キラキラがたくさん落ちてるらしくて、それを集めて学校に持ってくるように言われているのだ。聞いてない?」 ビュリ・ピュリティアが答えた。 キラキラというのは、遺跡であった巨大イコンからばらまかれた魔法力の結晶だ。以前から、アルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)が星拳エレメント・ブレーカーを発動させるときに使っていた魔法石と同じ物である。 イルミンスールの森からアトラスの傷跡の間に大量にばらまかれた魔法石は、そのほとんどが大地に吸収されて自然の力に戻ったが、それでもかなりの数が地上に残っていた。逸早くそれに気づいたチャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)によって、ゴチメイたちもアルディミアク・ミトゥナ用に大量に拾っていったらしい。 「ええっと……。とりあえず、私たちはお客様をイルミンに連れていく途中で……」 『空中庭園』ソラに言われて、ビュリ・ピュリティアがメイちゃんたちを見た。 「ん? 凄いのだあ。その魔石、あたしが集めた石なんか比べものにならないくらい強い魔力なのだ」 なんだか物欲しそうなビュリ・ピュリティアの態度に、メイちゃんたちが魔石を握りしめてちょっと後退った。 「封印の魔石なんですけど、壊せないんです」 「うんうん。強い力を持ってるから、もっと凄い力で壊すか、力その物を弱めないと無理なのだな」 『地底迷宮』ミファの言葉に、ビュリ・ピュリティアが納得するようにうなずいた。 「何か方法はないの?」 「凄い魔法使いのわしにかかれば中身ともども粉々にはできるぞお」 「それじゃだめです!」 自信満々のビュリ・ピュリティアに、『地底迷宮』ミファが叫んだ。 「じゃあ、中の人が壊れない程度の魔法でも壊れるように、その魔石の力を弱めるしかないのだ」 「どうやってですか?」 「えへん。もちろん知らないのだ」 無意味な自信を込めてビュリ・ピュリティアが『地底迷宮』ミファに答えた。これではなんの解決にもならない。 「とにかく、他の人の意見も集めてみようよ」 そう言うと、『空中庭園』ソラがみんなをうながした。このままここで問答を続けていても日が暮れてしまいそうだ。 「それじゃあ、さよならなのだ。わしはまだまだ集めるのだ!」 元気よく腕を突きあげてビュリ・ピュリティアが言った。 |
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