リアクション
新しき年、ヴァイシャリー 「せっかくだから、黒子ちゃんも来ればいいのに」 家を出る秋月 葵(あきづき・あおい)が、フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)に言った。 「そんな暇はないのじゃよ。まったく、なんて使い方をしてくれたのか……。そうそう、主よ、買い物にでかけるのであれば、ついでにこれも買ってきてほしいのだが」 そう言って、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が秋月葵に何やらアルファベットと数字のならんだ紙を手渡した。 「なあに、これ?」 何かの呪文かと、秋月葵が聞き返す。あいにく、これから行こうとしているのはブティックで、魔法屋の類ではない。 「イコンの部品に決まっておろう。頼んだぞ」 そう言うと、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は百合園女学院のイコン格納庫においてあるNight−gauntsを調べ始めた。 大規模なイコンのメンテナンスは、まだまだ各学校の施設を使わないとできない。 各アクチュエータの調整をメインに、戦闘で傷んだ部分の交換などをしていく。 「まったく、どういう使い方をしたらこんなふうに……。きっと、へなちょこパンチでも連打したんじゃろうが」 特に損耗が激しい腕には、ちょうどいいからとビームシールドを取りつける。 「うむ、なかなか」 総体的には大して変わってなどはいないのだが、なんだかちょっと格好よくなった気がして、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は満足気にうなずいた。 いっそ、さらに飛行ブースターをつければ、もっと格好よくなるのではないだろうか……」 第三世界からもたらされたスフィーダの設計図を見ながら、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が夢をふくらませていった。 ★ ★ ★ 「おお、それでは、我が家はお取り潰しとなってしまったのでしょうか、父上」 「うむ、残念ながら。もはや、我が家には一ゴルダの硬貨さえ残ってはおらぬのだ。この城も、農園も、全てはあ奴の物となった」 はばたき広場に作られた臨時の舞台で、キーマ・プレシャスとジェイムス・ターロンが熱演を続けていた。ちょっと台詞周りが素人っぽいが、アマチュアの野外演劇としては、まあ及第の部類だろう。 「それでは、妹たちはどうなるのですか、父上」 「一人は別れた母方の姓を名乗り、執事とメイドと共に暮らしておる。今一人は、放校されたきり行方知れずだ。だが、今は彼女たちよりも、お前の方が心配。さあ、早く逃げるのだ」 「ですが、父上はどうなされるのです」 「わしは、ここで……。まずい、奴らが来た。さあ、早く逃げるのだ」 「父上! せめて、敵の名だけでも……!」 「その暇はない、さあ、早く!」 「父上〜!」 ちょんちょんちょ〜んと拍子木が鳴って、いったん幕が引かれる。 「かくして、貴族の名と家柄を失った娘は、名を変えて復讐の旅に出たのでしたあ。第二幕は、二十分の休憩後に行いますう」 ナレーター役の大谷文美が舞台袖で告げた。 「つまらない……」 観客席に座ったシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)がボソリとつぶやいた。 「何を言ってるのよ。これから、面白くなるんだから」 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、我慢しなさいとばかりに言った。もともと歌姫であるからヴァイシャリーの歌劇には興味があったので、イコンを壊した罰としてシルフィスティ・ロスヴァイセを観劇に無理矢理つきあわせたのだ。そういったことにはまったく興味がないシルフィスティ・ロスヴァイセにとっては、充分、拷問にも等しい時間だろう。 だが、さすがに思いつきで急にヴァイシャリーにやってきたのではオペラハウスのチケットを取ることもできなかった。 困っていたところに、はばたき広場で青空演劇が行われていた。 渡りに船と言うことで、リカイン・フェルマータは、強制的にシルフィスティ・ロスヴァイセを一緒に観劇させたのだった。 もちろん、即座に逃げ出そうとしたので、椅子に縛りつけて膝の上には各種教科書を載せてある。 「いったい、この後どうなるのよ」 「ええっと、これによると……」 リカイン・フェルマータが、大谷文美が配っていたパンフレットのあおりを読み始めた。どうやらストーリーはキーマ・プレシャスが書いたもので、ジェイムス・ターロンたちがそれにつきあっているらしい。 「この後、山奥で謎のイコンを手に入れた主人公が、仇の城に乗り込んで盛大なイコン戦を……」 「またイコンなの! 馬鹿なの、死ぬの!?」 そんな物見せられるなんて冗談じゃないと、シルフィスティ・ロスヴァイセが大きく身をよじらせた。さすがに、そのとたん教科書がバサバサと落ちて散らばる。 「ああ、もう。何やってるんだもん」 はた迷惑だなあと、近くにいたハーフフェアリーが、教科書を拾ってシルフィスティ・ロスヴァイセの膝の上に戻した。 重い……。 「御丁寧に、どうも……」 さすがに、シルフィスティ・ロスヴァイセが皮肉の一つも口にする。 「あれっ? もしかして、先生ですか!? 先生、僕だよ、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)だよ!」 突然叫んで、そのハーフフェアリーがちょこんと教科書の上に飛び乗って座った。 「うぐぐ、重い……。ちょっと、どちら様か知りませんけど、重い……」 「ええっ、僕のこと忘れちゃったんですか? ほら、保育園でよく遊んでくれたよね、ほら、こんなふうに……」 そう言うと、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライが、持っていた水鉄砲でシルフィスティ・ロスヴァイセの顔を撃った。 「知るか!」 もともと過去の記憶が曖昧なシルフィスティ・ロスヴァイセは、本当に覚えがなくて叫んだ。保育士をしていたと言われれば、なんとなーくそんな気もするが、確とした証拠も自信もない。 「じゃあ、膝かっくんしたこととかも?」 思い出せないかと、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライがシルフィスティ・ロスヴァイセの膝の上で軽く飛び跳ねた。当然、拷問である。 「うぐぐう……。こんなの、なんともないわ」 「じゃあ、これなら……」 やせ我慢するシルフィスティ・ロスヴァイセにそう言うと、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライがサラマンダーを取り出して近づけた。 「あちあちあちちちちち!!」 さすがにこれはまずいと、面白がって見ていたリカイン・フェルマータが間に入って止める。 「フィス先生、本当に記憶にないの?」 リカイン・フェルマータに聞かれて、シルフィスティ・ロスヴァイセがブンブンと激しく首を振った。先にかけられた水が、髪の毛から飛び散る。 「そんなあ、ほんとに忘れちゃったの?」 涙目になるミスノ・ウィンター・ダンセルフライを見て、リカイン・フェルマータがちょっと考える。 「うーん、これは、時間をかけて思い出してもらうしかないでしょう。あなた、なかなか見所がありそうだし、どう、私と契約しない」 にたあっと思惑を秘めた笑みを浮かべながら、リカイン・フェルマータがミスノ・ウィンター・ダンセルフライに言った。 「なんだかうるさいよね。でも、気にしちゃダメだよ」 公園の一角で、リードをつけた三毛猫にむかってアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)が言った。 せっかく散歩の途中で猫の躾けをしようと思っていたのに、うるさい人たちもいるものだ。猫が怯えたらどうしてくれるのだろう。ちなみに、この猫は、名前はまだない。 「それじゃ、もう一度行くよ。いい、お座りだよ!」 「がんばれー」 元気よく猫に命令するアリス・ウィリスから少し離れたところから、及川 翠(おいかわ・みどり)が応援する。気紛れな猫にむかって、犬のような芸を仕込むのは難しいが、アリス・ウィリスの指導力ならなんとかなるだろう。どうやら、猫の言葉もそれとなく意味を読み取れるようであるし。 アリス・ウィリスがちょんちょんと猫の腰の所を叩いてやると、猫がちょっとお尻を持ちあげてからお座りをした。ここは気持ちいいのである。 「いいこいいこ、じゃあ、お手」 アリス・ウィリスが手を差し出すと、クンクンとその臭いを嗅いだ猫が、ちょんと前足を載せてきた。そのままこしこしと肉球をちょっとこすりつけるような仕種をする。臭いつけだ。つまり、この手は、自分の支配下にある宣言である。 「いいこだねー、じゃあ、伏せ!」 大声でアリス・ウィリスが言ったので、猫があわてて身を伏せた。耳をピクピクと左右に回して警戒する。 「これができたら合格だよ。待て!」 アリス・ウィリスが、持っていた猫カリカリを猫の前に転がした。 「にゃ?」 『貢ぎ物か?』と猫がアリス・ウィリスの様子をうかがう。 「まだよ、まだよー」 アリス・ウィリスが、手を下にして、言い続けた。 「にゃあ」 『わらわは、もっと御所望じゃ。追加を待つゆえ、ここに運べ』と、猫が尻尾をパタパタさせながら言った。 「ああ、もう、可愛い。いいんだもん、食べても!」 先に我慢できなくなった及川翠が、勢いよく駆け寄ってきて言った。 『よいのか。ではいただくぞ』と、猫がぱくんとカリカリを食べる。 「ああっ、まだだったのに……。仕方ない、もう一度だよ」 後一歩だったのにと、新しい猫カリカリを取り出してアリス・ウィリスが言った。 ★ ★ ★ 「やっぱり、黒子ちゃんも来たらよかったのに」 ブティックでおしゃれな服をいろいろと選びながら、秋月葵が言った。 お年玉のおかげで、資金は潤沢だ。たまにはこんな贅沢をしてもいいだろう。ここに来るまでも、最近流行のデザートの店で新作スイーツを堪能してきている。 いろいろと見て回っていると、ふと壁に貼られた紙が目についた。 『オーダーメイド 承ります』 「これだわ!」 ついでという感じだけれど、ゴチメイのコスプレ衣装を頼んでしまおう。 「体形から言うとリンちゃんというところだけれど、やっぱりココちゃんのに挑戦してみようかな。たまには、ちょっと冒険もいいよね。そうだ、どうせ体形はほとんどおんなじなんだから、黒子ちゃんの分も頼んじゃおう。せっかくの銀髪なんだから、アルちゃんの服でいいよね。髪をアップにすれば、胸以外は似てなくもない……かな?」 ちょっとした悪巧みを考えて、秋月葵がほくそ笑んだ。これは、いろいろとフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』を着せ替えして遊べそうだ。 もちろん、服遊びとは関係のないイコンのパーツなんか、もっともっとずーっと後回しでいいだろう。 |
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