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リアクション
<part2 アニマルパニック!>
第五十八回、女の子にモテるにはどうすればいいか会議。
その最中に、でっかいグリズリーに変身した鈴木 周(すずき・しゅう)と、小型犬ぐらいのネズミに変身した五条 武(ごじょう・たける)は、はしゃいでいた。
「武、こりゃぁチャンスだぜ! この格好なら、夢の国の住人で通るんじゃね!? 可愛いもの好きの女子にモテモテじゃね!?」
「お前が蜂蜜中毒のクマさんで、俺が二足歩行のネズミさんってことか! いける! いけるぜ周! 女の子にキャーキャー言われようぜ!」
二人は鼻息も荒く大通りに駆け出した。目を血走らせ、道行く女性たちに突進する。
二人の期待通り、女性たちはきゃーきゃー悲鳴を上げた。
しかし。
「おい、待てよ! なんで逃げんだよ! ここは俺たちに駆け寄ってくるパターンだろ!?」
武は当惑して女性たちを追うが、女性たちはさらに加速。もはや音速。
全力疾走する女とクマとネズミ。よく分からないシュールな光景が繰り広げられる。みんな必死である。顔がマジである。
「ちょ、ちょっとタイム……」
歩幅の小さいネズミな周は、息を切らして立ち止まった。
「なぁ武、これってあれじゃね? 俺らが服着てないのがいけないんじゃね?」
「そうか、一理あるな。例のクマさんとネズミさんは、動物ながらちゃんと服を着てるもんな」
「だろ? ぶっちゃけ俺らストリーキングしてたわけだし。そりゃ逃げるわ」
二人はうんうんとうなずき、手近の服屋に入って服を調達した。
しっかりと紳士的に身なりを整え、いざ勝負へ。スイーツなお店に飛び込む。バターと蜂蜜とシャンプーの匂い、そして女の子が充満する素敵空間。
特にイケてる女子三人が囲んでいるテーブルに、ネズミの周が跳び乗る。
「ハハッ! こんにちはマドモアゼル! 僕は可愛い可愛いネズミさ! よろしくね♪」
指を鳴らしてウィンクまで決めてみせる。
本人は決めたつもりだったが、ネズミにしては大きすぎて、だいぶグロテスク。女子三人の顔から血の気が引く。
そして、体長二メートルを超すグリズリーな武が満を持して登場。
「やぁ、僕、熊さん。蜂蜜大好き〜♪」
「は、蜂蜜あげるから許してください……」
女子の一人が、蜂蜜のかかったホットケーキの皿を震えながら差し出した。
そして三人揃って猛脱兎。
「やったぜ、周! 女子からのプレゼントゲットだぜ!」
「やるなぁ! 俺もプレゼントもらってみせるぜ!」
武と周は手を取り合って小躍りした。
「はぁーあ。ウサギになっちゃってるとはなぁ……」
フェレットに変身した弥涼 総司(いすず・そうじ)は、泉 美緒(いずみ・みお)の姿を横目で見やってため息をついた。
せっかくフェレットになったのだから、美緒の体を駆け上ってみたかった。そう思って美緒を血眼で捜し、見つけたのだけれど、ウサギ相手では意味がない。
ウサギと戯れるフェレット。なんて、ハートフルなだけだ。
「んじゃまぁ、ちょっくら(女体登頂の)旅に行ってきますか!」
総司はキリッとした顔つきで颯爽と出発した。
眉間に皺を寄せて見送るイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)。
「どうしたの? 難しい顔して?」
綿毛ウサギに変身した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が尋ねた。
「……ちょっと引っかかったことがありまして」
「なにが?」
白い犬に変身したコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も訊く。
「いえ、きっと気のせいですわね」
イングリットはかぶりを振った。
百合園女学院のシャワー室。
バレーボールの授業で汗を掻いてしまったルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)は、その汗をシャワーで流していた。
魔法薬の蒸気が広がったときには体育館にいたので、動物にも変身せず無事だ。
白い額を打つ湯が、頬を流れ、太腿を伝って床の排水溝へと流れていく。
なんだか外が騒がしい気もするけれど、ほかほかのルーシェリアはあんまり気にしていなかった。
「ふぅ〜、さっぱりしたですぅ」
バスタオルを体に軽く巻き付け、シャワー室から脱衣場に出る。
すると、一匹のフェレットがちょろちょろちょろりとルーシェリアに駆け寄ってきた。
「わぁ〜、可愛いネズミさんですぅ。どこから入ってきたですか〜?」
フェレットはルーシェリアの太腿からバスタオルの上を駆け上り、肩に乗った。
ルーシェリアは気付いていない。フェレットの眼がやたらとぎらついていて、鼻息も荒いことに。
フェレット(総司)は内心でガッツポーズを取っていた。
――うし! 女体登頂成功! 次は女体潜水だぜ!
フェレットはバスタオルの隙間に潜り込もうとする。
「にゃははは! 駄目ですよぅ! くすぐったいですぅ!」
ルーシェリアは笑いながら身をよじる。
そのとき。
「そこまでだよ!」
ばばん! と綿毛ウサギの美羽が脱衣場のドアを開け放った。
「やっと見つけましたわ! やっぱり悪事を働いてたんですのね!」
犬のイングリットが美羽と共に脱衣場に飛び込んでくる。
コハクはドアの外でもじもじしている。いくら犯人逮捕のためとはいえ、女子の脱衣場に入るのは恥ずかしかった。
「なんですかぁ〜、いきなり〜。寒いからちゃんとドアは閉めてくださいねぇ〜」
ルーシェリアはのんびりとたしなめる。
美羽が叫ぶ。
「それどころじゃないよ! あのね、落ち着いて聞いて! そのフェレットはフェレットじゃないの! 人間が化けてるんだよ!」
「?」
首を傾げるルーシェリア。
こいつはいけねぇとばかりに、総司はルーシェリアの肩から飛び降りた。美羽やイングリットの脇をかいくぐって外に逃げ出そうとする。
「そうはいかないよ!」
美羽は前肢で立つや、ウサギの強靭な後ろ肢で総司を蹴りつけた。
弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる総司。
「天誅! 天誅天誅てんちゅーっ!」
げしげしげしと、美羽は総司を蹴りまくる。
「げふっ! ちょ、ちょっとした気の迷いだったんだ! 心神喪失状態だったんだ! 弁護士を呼んでくれ! ぐはっ!」
総司はあっという間に昇天した。
イングリットが総司の首根っこをくわえて一礼する。
「お騒がせしましたわ」
美羽とイングリットは脱衣場の外に出た。
ぱたんと閉じられるドア。
「なんだったのですぅ……?」
残されたルーシェリアは状況が掴めずに唖然としていた。
イングリットは百合園を出ると、総司を縄で街路樹の根元に縛りつける。
「さ、他にも不届き者がいるかもしれません。捕まえに行きますわよ!」
「だね! ゴーゴーレッツゴー!」
イングリットと美羽は元気に駆け出した。
コハクはそっと総司に歩み寄り、ヒールをかけてやる。美羽にやられた傷が治癒していく。
「た、助かる」
総司は礼を言った。
「もう悪さしたら駄目だよ?」
「ああ。……ところで、オレにいい作戦があるんだがな、お前も乗らないか?」
「だから悪いことは……」
「いいから耳を貸せって」
総司はにやりと笑う。全然懲りていなかった。
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、石化させがいのある可愛い被害者を捜しにヴァイシャリーに来ていたところを、騒ぎに巻き込まれた。
今の姿は黒い子猫。だがよく考えれば、これはチャンスかもしれない。この格好なら、女装しなくても百合園に入れるし、相手を油断させることもできる。
マッシュはそう思い直し、百合園に忍び込んだ。細い尻尾を振り振り、石畳の道を歩いていく。
そこへ、制服を着終えたルーシェリアが通りかかった。
「きゃ〜、今度は子猫さんですぅ。今日は動物さんが多いですねぇ〜。おいでおいで〜」
スカートを押さえてしゃがみ込み、チチチと舌を鳴らしながら手招きする。
――ふふ、鈍そうな子だね。石化させてあげようっと。
マッシュは甘い鳴き声を上げてルーシェリアに歩み寄った。
「いい子いい子〜」
ルーシェリアはマッシュのなめらかな背中を撫でる。
――今だ! 石化あっ!
そう目を光らせるマッシュだが、
「ふにゃんっ!?」
急に尻尾を触られ、声を跳ねさせた。
石化も失敗。尻尾は弱点なのだ。敏感すぎて、触られたら力が抜けてしまう。
――くっ。鈍いと思ったらなかなかやるね! でも今度こそ!
「あーそうだ! いいもの持ってるんですぅ」
ルーシェリアはポケットからまたたびを取り出した。マッシュの鼻先に近づけて嗅がせる。
――な、なんで一介の百合園生がそんなもの持ってるんだよ! あ、だめ。なんか気持ち良くなっちゃう。せ、石化! 石化しにゃいと……。
「ふにゃあああああん……」
マッシュはお腹を見せて寝転がった。盆踊りみたいな猫踊りまで披露する。
――ううう。こんなはずじゃなかったのにぃ……。
マタタビの魔力に囚われてしまったマッシュだった。
「捜査が難航しているようだな。俺も協力しよう」
シェパード犬に変身したマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は、道行くイングリットを見かけて申し出た。
「感謝しますわ。暴れる動物が多すぎて困ってたんですの」
イングリットはマイトに会釈する。
「ふむ……。私が人間でマイトが犬とは……いつもと立場が逆だな」
マイトの相棒、ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)は興味深そうにつぶやいた。
普段は猟犬の姿をしているのだが、今は人間。スーツを粋に着こなし、黒髪灼眼、やせぎすで背丈もかなりある。立派な英国紳士の姿だった。
「というかロウ、お前そんなに渋かったのか……」
マイトはロウを眺めて小さく唸る。
「マイトもそんなに犬だったとはな。びっくりだぞ」
「……それはどういう意味なのかよく分からんが」
二人が互いの姿に見入っていると、
「……こんにちは」
一匹の黒ヒョウが近づいてきた。
彼女は雪 汐月(すすぎ・しづく)。翡翠の瞳が澄み通って美しい。
「私にも……なにかできることがあれば」
「ああ、是非手伝ってくれ。人数は多い方がいい」
マイトは汐月にうなずいて見せた。
「ふふ、面白いことになったものだな」
マデリエネ・クリストフェルション(までりえね・くりすとふぇるしょん)はパイプ煙草を吹かしながらほくそ笑む。
ドラゴニュートの彼女は、浅黒い肌の若い女性に変身していた。スタイルは抜群で、青いロングヘアが陽光にきらめいている。
イングリットたち捜査班は、連れ立って大通りを練り歩いた。
道沿いの店が酷く荒らされているのを発見する。総菜屋なのだろうか、棚の商品がぐちゃぐちゃに引っかき回され、貪られて、空の容器だけが散乱していた。
店主らしきおばさんが呆然と立ち尽くしている。
「ご婦人、どうしました?」
ロウがおばさんに聞き込みを始めた。
おばさんは口をパクパク動かす。
「虎……虎……トラトラトラ……」
「虎?」
ロウが聞き返した。
「虎がうちの売り物を食い荒らしてったんだよ! すいません、すいませんっ、て言いながら!」
「言葉を喋ったのか……。ただの虎じゃないな」
マデリエネがつぶやく。
ロウはさらに尋ねた。
「それで、その虎は今どこに?」
「あっちだよ! なんとかしとくれ!」
おばさんが中心街の方を指差す。
「すぐ捕まえますわよ!」
イングリットが言い、捜査班は走り出した。
鈴木 麦子(すずき・むぎこ)は貧しかった。
基本的にいつも空腹。財布の中身はすっからかんで、今日だって百合園の授業をさぼって看板持ちのバイトをしていた。
そんな彼女が凶行に及んだのは、当然といえば当然、なのかもしれない。
今の姿は虎。物凄く怖い顔で、斜めに傷まで走っている。誰もが恐怖する外見だった。
「お邪魔します……」
麦子はのっそりと肉屋の店先に歩み寄った。
「と、虎ぁ!?」
肉屋の店主が縮み上がる。
麦子は二本脚で立ち、肉屋のカウンターに前脚を乗せた。
「店中の肉を出してください。お腹いっぱい食べたいです」
「は、はい!」
肉屋はショーケースから肉を取り出し、次々とカウンターの上に乗せる。
麦子はそれをすぐさま平らげる。元々、万年腹ぺこ虫なのもあるが、虎になって胃袋が大きくなったのもあって、恐るべきスピードだった。
「……足りません。もっとください」
「はいぃぃ! 今持って来ます!」
肉屋は顔面蒼白になって店の奥に駆け込む。
「見つけましたわ! きっとあれが強盗虎ですわ!」
イングリット率いる捜査班が店先に走ってきた。
「警察だ! 大人しくお縄についてもらおう!」
マイトが猛々しく吠える。
「すいませーん! 違うんですー!」
麦子はヤバイと思って逃げ出した。
「なにがどう違うのかねぇ」
マデリエネが麦子の進行方向に雷を落とす。
「きゃー!?」
立ちすくむ麦子。
汐月が麦子の前方に回り込み、鬼眼で威嚇する。
マイトが全力で麦子を押さえ込んだ。
ロウが麦子の四肢を縄できつく縛り上げる。
「よし。これで一匹片付いたな」
「あううう……。全部ビンボーが悪いんです……」
麦子は情けなくうめいた。
「誤解だ! 誤解なんだ! 俺たちは女の子にプレゼントをもらっていただけなんだ!」
周はイングリットの捜査班に逮捕され、必死に弁解していた。
「そうだ! 俺たちはカツアゲなんかしてねェ! 濡れ衣にもほどがある!」
武も布の袋に閉じ込められ、ジタバタと暴れる。
「ふん……、犯人って奴は大体そう言うんだよ」
一仕事終えたマデリエネは、ぷかりと煙を吹かす。
「とっくに調べはついているんだ。話は署で聞くから、な?」
マイトは周の体を軽く叩いて言い聞かせた。
ロウはため息をつく。
「それにしても、動物の姿になったのをいいことに、好き勝手やる者が多いな。困ったものだ」
「……ですね」
汐月はうなずく。
「残らず捕まえますわよ! ヴァイシャリーの平和はわたくしたちが守りますの!」
イングリットが拳を突き上げ、皆が『おーっ!』と気勢を上げる。
そのときだった。
「あんぎゃあああああああ!」
と、鼓膜が割れそうな大音量の鳴き声が、ヴァイシャリーに響き渡った。
捜査班が仰天して見上げると、三十メートルはあるパラミタダイオウイカが立っていた。
その正体はアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)である。
「なっ、なんなんですの! あれは!」
目を丸くするイングリット。
「あ、あれも人が変身してるんでしょうか……?」
汐月は体を縮こまらせた。
アキラは地響きと共に大通りをうねうねと進んでいく。その前から悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
――かいじゅうだ! 俺は今かいじゅうになってる! 男のロマンだぜ!
アキラは触手を振りながら、ご満悦で人々を追い回した。
とはいえ被害を出さないよう、建物には触手が当たらないよう、人間も踏まないように注意する。
が、捜査班はそんな気配りも知っているわけがなく。
「こらっ! 止まれ! 止まりたまえ! 止まれと言っているだろうが!」
マイトはアキラの触手に噛みついた。
彼は忘れていた。今の自分が犬だということに。そして犬にとってイカは猛毒だということに。
途端、マイトは腰が抜けて引っ繰り返る。
汐月は驚いてマイトに駆け寄った。
アキラは捜査班を引き離し、自由気ままに暴れまくる。墨を大量に吐き出し、ヴァイシャリーを漆黒に染める。
思うさま暴れた後、アキラは満足の吐息をついた。
「ふー。楽しかったー……」
そして、今さらながら思い当たる。
――これってどうやったら人間に戻れるんだ? あれ? ……戻れなかったりするのか?
パラミタダイオウイカの白い体がさーっと青ざめた。