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■眠りの花畑 〜濃クロホル草採取〜
 ――魔法薬の効果でまったく眠れなくなった幼馴染みを救ってほしい。
 イルミンスール魔法学校の生徒である少女、ミモザのそんな依頼を受けた協力者たちは、各班に分かれて採取・採掘に向かうことになった。
 そしてここはイルミンスールからさほど離れていないところにある森林地帯。ここには魔法効果解除薬『ディスペルさん』の材料の一つである濃クロホル草が群生している場所がある。その場所を目指そうと、濃クロホル草採取班が森の入口に集まっていた。
「――植物がそこにある限り、園芸王子は行かなければならない。そう、それは使命。待っていてくれ、濃クロホル草!」
 ……美しい花(自前)を持ち、今回の採取に誰よりも一段と高い気合を持って挑まんとするは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。そのパートナーであるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はまたいつもの病気ですかというような雰囲気で、呆れている。
 エースのその気合の表れは事前準備からしっかりしているようで、濃クロホル草の花粉対策として防塵眼鏡やマスクを用意してきたようだ。最初から対策を施している人以外にも提供していき、周囲への配慮もバッチリである。
 『不寝番』『イナンナの加護』『肉体の完成』などのスキルや、装備による花粉対策を完全に終わらせると、さっそくルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)が先頭に立って濃クロホル草の群生地へ移動を開始する。ルナは森に詳しいようで、迷うことなく進んでいた。
 途中、『適者生存』と動物と会話できるという『言語』を使って、フミンカマキリのいなさそうな群生地を聞いていたようだが……あまり結果は芳しくなかったようだ。
「フミンカマキリは主食である濃クロホル草の近くに巣を作り、その付近で一生を過ごす……だそうです」
 道中、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は事前にイルミンスールの図書室で借りてきたらしい昆虫魔物大図鑑の56ページ、フミンカマキリの生態のページを見ながら、他の仲間たちにその情報を教えていた。その情報を聞く限り、巣にたむろする大群のフミンカマキリと戦わなくてはならないのかもしれない。
「でも、突然出てくるかもしれないし警戒は怠らないよっ!」
 セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)が座る車椅子を押しながら、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は指差し確認や耳を澄ませて、周囲からの奇襲を警戒している。と――程なくして、濃クロホル草の群生地に到着したようだ。
「なんか……花粉がやたらめったら浮いてないか? これじゃまるで黄色い霧のような――」
「あの水色の花が目的の濃クロホル草ですね。すごくきれ……ふわ……」
「あ、おい! 起きろ咲夜!」
「ふぇ……? あ、ありがとう健闘くん」
 防塵眼鏡とマスクをしているにも関わらず、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)は花粉の催眠効果を受けるが、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)がすぐに声をかけて起こす。どうやら許容以上の花粉が撒き散らされており、薄い黄色の霧みたくなっている。
「――この時期の濃クロホル草は通常より多くの花粉を撒いて、より強い催眠効果を生み出すようですので、気をつけてください!」
 『博識』による深い知識により、今の時期の濃クロホル草の危険性を察知した紅守 友見(くれす・ともみ)は、全員にそう注意を促す。気を抜かなければ問題はないようだが、気をつけなければならないだろう。
 となれば、あまりこの場に留まるのも得策ではない。すぐさま採取に取りかかりたいところだが、まずはエースとセリーナが濃クロホル草へ『人の心、草の心』でそれぞれ会話を試みる。エースは濃クロホル草へ事情を説明して採取の許可を得るため、セリーナはフミンカマキリの弱点を聞くためのようだ。
 濃クロホル草自体はかなり気さくな奴だったらしく、採取許可はあっさり出たようだ。フミンカマキリに関しても『あいつら火が苦手だぜ。まぁ俺らも苦手だけどさ、あっはっは』と快く教えてくれた。セリーナはすぐに仲間たちへその情報を教え、共有していく。
「許可は取れたから、採取させてもらおうか。くれぐれも必要以上に採取しないようにね」
「はーい。じゃあ、採取しちゃうよ〜!」
 ルナが呼んだらしいゴーレムに、ルナと共に乗るアニス・パラス(あにす・ぱらす)は、エースの合図で採取を始める。……と言っても、アニス自ら採取するのではなく、キュゥべえのぬいぐるみを『式神の術』で式神化し……。
「QB、花の採取にいってこ〜いっ」
 と、濃クロホル草の群生地に向けて放り投げた。ぼてん、と大地に着地したキュゥべえのぬいぐるみは、犬が穴を掘るような要領で花の採取を行なう。……気のせいか、『わざわざ僕にやらせるなんて、わけがわからないよ』と言っているようにも見えなくもない。
 エースは丁寧的確、草を慈しむ心で濃クロホル草採取に集中している。一株一株をしっかりと採取していると……。
「――きた……敵だ!」
 アニスとルナに採取を任せ、護衛に勤しんでいた佐野 和輝(さの・かずき)が叫ぶ。
 自分たちの主食を採取する輩の存在を知り、巣から出てきたフミンカマキリがぐるりと採取班を囲む。手の代わりになっている鎌をギラリと光らせ、フミンカマキリたちは威嚇の鳴き声をあげるのであった。

 フミンカマキリの数は――五体だろうか。餌を取られていることに腹を立ててるのか、威嚇しながら採取班へとじりじり近づいている。
「私たちはこの濃クロホル草を採取しにきただけです。採取し次第帰りますし、殺生は望みません。それゆえ、退いてくれませんか?」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が説得を試みるが……やはりそれに応じるほどの知能がないのか、怒りで我を忘れてしまっているのか。説得が通用するわけもなく、フミンカマキリの一体が大きく鎌を振りかざそうとする。
「させませんっ!」
 だがその攻撃を、咲夜がフレンディスの前に入り、『オートガード』『歴戦の防御術』『ファランクス』を組み合わせた鉄壁の防御でフミンカマキリの一撃を防ぐ。だが、二人のすぐ後ろでは隠れていた六体目のフミンカマキリが一気に突っ込んできた!
「蒼学テニス部の反射神経、ナメんなーーーっ!!」
 フレンディスと咲夜のピンチを救おうと、女王のバックラーを構えたマーガレットが、突っ込んでくるフミンカマキリと二人の間に割って入り、突進攻撃を防ぎ、押し返す。強く押し返したからか、突進してきたフミンカマキリは大きく後ろに距離を離させる。
「そのカマキリはあたしに任せてっ!」
 大きく距離を離したフミンカマキリの相手をするべく、滝宮 沙織(たきのみや・さおり)が追撃に入る……のだが。
 遠目から見てると、どうやら自分で焼いてきたケーキをフミンカマキリに渡そうとしているように見える。賄賂のつもりだろうか。
 ……どうやら、興味を持ってくれなかったらしい。戦闘モード継続のまま、沙織とフミンカマキリの闘いが始まった。素早いフミンカマキリの攻撃を沙織が回避し、攻撃の隙を伺っているようだ。
「皆様、いきますわよっ! わたくしの歌声、とくとお聴きくださいませ――」
 セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)が『震える魂』で仲間たちの魔力を強化し、『恐れの歌』でフミンカマキリたちの魔力抵抗を下げる。
「――今が機会ですわっ!!」
 そして力いっぱいの『咆哮』でフミンカマキリたちへ響声をぶつけると、それを合図に勇刃と咲夜が動く。
「応っ! 行くぜ咲夜、俺らに勝とうだなんて百千億年早いこと、こいつらに教えてやるっ!!」
「はいっ!」
 勇刃の『歴戦の必殺術』を乗せた『歴戦の武術』『等活地獄』、咲夜は『歴戦の魔術』で周囲にいるフミンカマキリたちへダメージを与えていく。大きいダメージを受け、ふらつくフミンカマキリの軍勢へ続けてフレンディスとベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)も行動を起こす。
「てめぇら、邪魔すんなら永眠させてやろうか……?」
 ベルクは色々と不機嫌(フレンディスとの仲の進展具合とか、独占欲とか、強気に出れない自分自身にとか)らしく、いつも以上の全力で『陰府の毒杯』などの闇系スキルで放出しそうなくらいのオーラを滲み出させている。フミンカマキリたちの怒気を越えるそれに、思わずカマキリは後ずさってしまう。
「カマキリさんたち、お覚悟を!」
 そこへ、無用な殺生を好まないフレンディスがフミンカマキリの戦意喪失を狙うべく、カマキリの両手の鎌を愛刀で切断していく。意図してないとは言え、見事なコンボになったようだ。
「動きを止めてくださって、ありがとうございますマスター!」
「え、あ、お、おう……」
 気づいたらフレンディスにお礼を言われたので、ベルクは慌てて返事をするのだった。下手にフミンカマキリを痛めつけていたら怒られていたのかもしれない。
 一方、和輝とメシエもフミンカマキリを追い払うためにそれぞれ動いていた。
「――良いだろう、本当の速さを教えてやる」
 和輝がそう言葉にすると共に、侵食型:陽炎蟲を脚部に展開し、強化。さらに『ゴッドスピード』でさらに速度強化した上で、カマキリたちの周囲を高速移動して敵を翻弄する。その速さには、素早い動きを持つフミンカマキリも目で追えないほどになってしまっている。
「和輝さ〜ん、穏便にお願いするですぅ〜」
 ゴーレムの上に乗っているルナが、和輝にいつもの調子で声をかける。当人もそれを承知の上だろう、なるべく傷つけないようにしながら『タービュランス』で乱気流を起こさせ、それに巻き込ませることで目を回させようと試みる。すでに翻弄されつつあるカマキリには有効だったようで、くるくる回りながら目も回してしまい、そのまま倒れてしまったようだ。
 メシエも乱気流に巻き込まれないよう踏ん張りながら、『ファイアストーム』で威嚇対処を行なう。火が苦手、という濃クロホル草からの情報どおり、火を見るとさらに後ずさっており、確実に戦意を削っているようである。
「ちょっと! 草の近くで火を出すのはやめてくれ! こっちにまで被害が及んだらどうするんだ!」
「――やれやれ、君の植物への情熱は敬意に値するよ」
 ……丁寧に採取していたエースから文句が飛んできた。メシエは面倒くさそうにしながら、仕方ないといった雰囲気で『ファイアストーム』の炎を消していく。すでにフミンカマキリたちの戦意は削いでいるので、もう大丈夫だろう。
「ええと、ひのふのみ……確かもう一体いたような……」
 あらかた片付いたと思い、マーガレットがカマキリの数を数える。鎌を切断され戦意喪失したのが一体、乱気流に巻き込まれて目を回して倒れたのが二体、火によって戦意を削られ逃亡したのが二体……。
「あれ、あたしが押し返したカマキリは……?」
 ……マーガレットは慌てて、沙織が戦っていると思われる場所へ視線を向ける。と、そこには戦っているうちにマスクの鼻部分がずれて花粉を吸ってしまったのか、気持ち良さそうに寝ている沙織の姿が。しかも、最後のフミンカマキリが襲おうとかなり接近している!
「まずい、友見っ!」
 勇刃が助けに入ろうと駆け出すと同時に、友見へ声をかける。すぐに友見は沙織へ『ナーシング』を使って、眠りから覚まさせていく。
「うにゅ、王子さまぁ……キスで早く起こして……ふにゃ?」
 ……どうやら沙織の目が覚めたようだ……が、頭を起こしたと同時にフミンカマキリが顔を近づけていたために、そのままカマキリとキスする形になってしまう。
「――い、いやーーーっ!!!」
 つんざくような叫び声とともに、沙織はフミンカマキリを蹴り飛ばすと、スカートがひるがえって水色の水玉模様パンツが見えるのも気にせずに踵落とし、旋風脚、浴びせ蹴り、ストンピング、ケンカキック、蹴り蹴り蹴り……。
 ……勇刃が着く頃には、カマキリは見ても見れないほどの惨状になっていた。さすがの勇刃もその有様に同情せざるを得なかったという。
「や、やりすぎちゃった……ごめんね、フミンカマキリさん。これあげるから許して……ね?」
 と、沙織は自身のケーキを惨状の被害虫であるフミンカマキリの横に置いたのであった……。
 ――濃クロホル草採取を終わり、採取班はすぐにイルミンスールへと帰還する。その道中、疲れている人がいたらセレアが『激励』で励まし、ペースを落とさぬよう注意していく。そんな中、エースは採取した濃クロホル草の生態や採取したサンプルの土の土質を移動中でも調べ、さらには気温・湿度確認等……あれやこれやと観察、記録している。その表情は本当に幸せそうであり、この観察は依頼終了までの時間一杯やっていたという――。