天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

平安屋敷の赤い目

リアクション公開中!

平安屋敷の赤い目

リアクション

「オレで最後だぜ!
 早く門を閉じてくれ!!」
 ここまで必死に走ってきて乱れたのだろう呼吸の中、国頭 武尊(くにがみ・たける)は壁にもたれて言った。
 海は咄嗟に彼に協力してくれた忍とロビーナと共に入り口の扉を全て閉めて、
取り敢えずの鍵の代りと、防犯用のさすまたでつっかえ棒の仕掛けを施す。
「これで少しの時間稼ぎは出来るだろう」
 そう思ったのもつかの間だった。
「な、何だよこれ。
 おかしいだろ? 何でアイツらが中に居んだよ!!」
 武尊の声に海達が廊下側を振り向くと、彼らが誘導して校内に逃げ込んだはずの客の姿は既にその場に無く、
代りにあの化け物の一匹が真夏の生ゴミのような強烈な臭いを放ちながら我が物顔で立っている。
 口からは涎が滴り、それと一緒に女性らしき白い腕がだらりと垂れていた。
「クソッ!!」
「まだだ高円寺様! 今ならまだ間に合うかもしれない!」
 忍の意見に海は廊下に向かって走り出し、妖刀村雨丸の柄を掴むとを鞘走りの勢いでもって下段に切り込む。
 その一刀目は化け物の両足を切断し、化け物は当然無様に後に倒れる事になった。
 間髪入れずに後ろをとった忍がハンドガンで化け物の両肩を打ちぬく。
「早く出すんだ!」
「分かってる!」
 忍が化け物の口を引き剥がす勢いで開くと、海が例の白い腕を引き抜くが、時すでに遅く
腕の先にあるはずの身体は出てこなかった。
「ど、どうしたんだよ! その人、死んじゃったのか!?」
 武尊が扉側から走ってくる。
「もしかしたら中を開けば……」
「その時間は無さそうでござるよ」
 ロビーナは渋い表情で野球のバットを握りしめる。
 彼女の視線の先、暗い影の中からまたあの煙が揺らいでいるのが見えたのだ。
 応戦すべきか考えて居ると、そんな海の肩を武尊が思い切り掴む。
「何が何だからわかないがこんなヤバい所に居られるか!
 君蒼空生なんだろ!? ほら、さっさと安全な出口までオレを案内してくれ!!」
「あ、ああ。
 だが、まずあそこを突っきらないと。
 あの先の教室なら中から鍵を掛けられるから……」
「この先なんだな!?」
 武尊は言うが早いか機晶スタンガンを取り出すと、完全に実体を露わした化け物の肩口に向かって
それを押し当てる。
 神経――というものが果たしてこの化け物にあるのかわからないが――の近い部分をダイレクト刺激され、
化け物が怯んだ隙に武尊はその場を駆け抜けた。
「畜生〜ッ。こんな事になると思ってなかったから役に立つものは何も持ってねぇし……」
 後ろから銃声が聞こえる。怯んでいた化け物に忍が留めを刺したに違いない。
 もう安心していいだろうとゆっくり扉を開けた。
 はずだったのだ。
「なんだこりゃ……」
 海によれば扉の先には内鍵付きの教室があるはずなのだ。なのに何故この部屋は
 果たして教室と言えるのか?
 床に一畳分程の畳が敷かれ、向うに屏風が見え、
 天井には御簾が垂れて、ご丁寧にきちょうで仕切りをされているここは一体何なのだろう。
 しかもそのどれもが長い間放置されたように汚れ、風化しているように見えた。
「蒼空学園ってこんなオリジナリティあふれる教室なんだなー?
 あは、ははは」
「こんな教室有る訳ないだろ!」
 海は激昂したように言いながら扉を乱暴に閉めた。
「こっちの教室も何か変だぜ?」
「真っ暗で何も見えない空間でござるよ」
 廊下の反対側の扉を開けた忍とロビーナが困惑の目で海を見てくる。
「……ここ教室なんだろ?」
 武尊の質問に、海には返す言葉が無い。
 自分が今立っているここはよく知っているはずなのに、全く知らない場所なのだ。
「何とか言ってくれよ、なぁ
 ……なあ!!」
「…………」
「……兎に角オレは帰らせてもらうぞ!!」
 張りつめた神経は沈黙に耐えられなかった。
 武尊は踵を返して元来た道へ走り出した。海達が止める声も聞かずに。

 戻ってきた校庭に通じる扉近く、幸い廊下には既にあの化け物の影は無い。
 武尊は扉を閉じる為のさすまたを外そうとするが、海達の仕掛けは中々固く上手く外れなかった。
 手に持っていた機晶スタンガンを近くにあった棚に置くと、もう一度仕掛けに手を掛ける。
 ――固い。
「何だッこれッッ!」
 これの仕掛けも、あのふざけた教室も、オレを馬鹿にしてるのか?
 オレはただ遊びにきたはずなのに。何でもいいから早く帰りたい。
 いい加減頭にきていた。
 ――畜生! 他の連中なんて知るもんか!
 オレは自分だけが助かればそれでいいんだ!!
 足で壁を抑えながら思い切り引っ張るとやっとの事で仕掛けが外れた。
「クソッタレ!!」
 誰に言う訳でもない侮蔑の言葉と共にさすまたを遠くに投げ捨てる。
 そして数秒して気付いた。
 鼻を曲げるあの醜悪な臭いに。
 おそるおそる振り向いてみると、廊下のあの影から新たな化け物が現れて居たのだ。
「スタンガンは――」
 武尊は慌ててスタンガンを探そうとポケットを探るが、あの棚が目に飛び込んできて絶望を覚える。
 化け物は待った無しだった。
 煙が動くように刹那の間に武尊の元へ現れ、全身でもって身体の上にのしかかられる。
 首に手が掛けられ息が上手く出来ない。
 だが手は動く。
 抵抗しようともがくが、化け物の腕力はその骨のような身体から信じられない程の強さだ。
 人の力では到底叶いそうにない。
 ――何か、武器を!!
 武尊は腕を伸ばし、床の上を左右に動かしてみる。
 ――何かあった! 当たった!
 左手の指先に感じた冷たい感覚に、武尊は目玉を動かした。
 手に当たったのは先程投げ捨てたさすまただった。
 あと数センチ、数ミリ手を動かせば手にする事が出来そうだ。
 朦朧としつつも、武尊は腕を、手を、指を必死で伸ばす。
 ――あと少し! あと少しなんだ!!
 目の前にある化け物の口が歪み、徐々に顔の全体がそれになってしまう程大きくなっていく。
 ――待ってくれ! 後少しなんだ!! 
 大きくぽっかり開いた暗闇が、武尊の顔を覆い込もうとしていた。
 ――畜生、あの時捨てなきゃよかった……